カウントダウン
――日本国首相官邸
「高原臨時総理! 大変です!」
「何かあったのかしら?」
高原は、日本初の臨時ではあったが総理大臣であった。
彼女は、仕事をしていた時に部屋に入ってきた官僚を真っ直ぐにみる。
その視線は、まるで話をするようにと促しているようであった。
「総理が、養老渓谷ダンジョンへと移動させた民政党の白鴨代表の遠い血縁であり財務省の事務次官であった笹口が、『死神』と衝突しました」
「そう、想定通りね」
書類にサインをしていた手を止めて高原は一瞬考えたあと口を開く。
「それで、どのくらいまでゴタゴタしているのかしら?」
「西東京テレビ、夕日テレビ、NMK、あとは各種マスコミが氷河期世代のことを吹聴して叩いています」
「それは、御仲間を総動員しているのね」
「はい。そのようです。ですが一つ問題がありまして――」
「それは『死神』個人ではなく、氷河期世代全体を叩いているという事?」
「はい」
小さく溜息をつく高原臨時総理は、椅子に深く背中を預けたあと、室内の天井を見る。
「それは厄介ね」
「――と、言いますと?」
「死神個人を叩くのなら、彼と一緒に行動している存在が動く可能性があったのだけれど……」
「つまり神罰ですか」
「そう。でも、ターゲットは氷河期全体でしょう?」
「そのようです」
「と、なると神罰からの反社会団体一掃は難しくなるわね」
「たしかに……。それでは、どういたしますか? 日本政府として何かしらの助言を佐藤氏にしますか?」
「それこそ藪蛇ね。こちらまで被害が及ぶ可能性がある存在に接触する事はリスクでしかないわ」
「……それでは、どういたしますか?」
「そうね。そういえば、そのテレビの番組内では氷河期世代が叩かれるという番組構成だったのよね? 実際、その時死神は何をしていたのかしら?」
「報告によると秋葉原で女神とデートをしていたようです」
「そうなのね」
そこで言葉を切った高原は、マスコミは氷河期世代を叩くことで世代間の軋轢を広げているという事に気がつきつつ目の前に立っている官僚に視線を向ける。
「それで、『死神』は、何か行動を起こしているのかしら?」
「デートのみです」
「そう。つまり、『死神』は今回の氷河期世代を叩くことに舵を切ったマスコミを大したことだと問題視していないということね」
「そのようです」
「そう。それなら仕方ないわね」
「高原臨時総理?」
「しばらくは静観するわ」
「宜しいのですか?」
「仕方ないじゃない。日本政府が出来ることは限られるのだから。これがスパイ防止法が可決出来ていたのなら少しは違ったのかも知れないけど……」
「そうですね」
「それと例の物は見つかったのかしら?」
「いえ」
「東京都民が危険に晒されている現状、一刻の猶予もないわ」
「分かっています、故岩野外務大臣が持ち込ませた中性子爆弾のことは。それでは引き続き調査をしてまいります」
「ええ。急いでね」
官僚の様相をした男が――、内閣情報調査室の男が部屋から出ていった。
扉が閉まったのを確認したあと、高原臨時総理大臣は深く溜息をつく。
「今のままでは神々が動く可能性は低いわね。どうしたものか……。おそらく神々が動くとしたら、何か大きな問題が――、中国政府が国防動員法を使って日本国内で大規模破壊工作活動をする時くらいだと思うけれど、一般的な思考をしているのなら、世界的に見て重要な危機に陥っている中で、そんな馬鹿なことをするわけがないわよね」
そう高原は安直に考えてしまっていた。




