出雲ダンジョンはメンテナンス中です。
――島根県唐川町ダンジョン地下288階層。
震度9の地震が常に発生する極限状況の地の階層エリアで、二つの人影は揺れている大地からまったく干渉を受けていないかのように歩みを進めていた。
その内の一つの影が足を止める。
すると、大地が割れてマグマが吹き上がり高熱と熱波が、その身を包み込むが、人影は燃え上がる事もなく、金色の瞳で真っ直ぐに空中を見上げていた。
しばらくするとマグマが作り出す光が、暗闇のダンジョンを明るく照らし出す。
そのついでとばかりに、強烈な熱波と光に照らされたのは一人の――、20代前後の女性であった。
茶色い髪、吊り上がった勝気な瞳、小麦色の肌、女性らしい均整の取れたプロポーションと、万人が見惚れるほどの美貌を兼ね備えた女性であった。
「足を止めて、何かあったか? 天照の代行よ」
「大国主様。私は、埴山姫です」
「ふむ。そうであったな……」
「それよりも大国主様、何かあったのですか? ダンジョンのメンテナンスなど」
「それは、天照に伝えることであるからして気にすることではない」
「そうですか……」
「それよりも、埴山姫は先ほど何かを見て笑みを浮かべておったが何かあったのか?」
「それは……」
「聞いたぞ? 人間に、懸想をした神がいると」
歩き始める大国主の後ろ姿を見て埴山姫は溜息をつく。
全てのダンジョンを管理運営している天照大御神より島根県のダンジョンの調査とメンテナンスを依頼されて来た埴山姫であったが、現地に到着してみれば天津神と対局を成す国津神と合流する事になったのだから、その心境は複雑であった。
「人間なんぞと!」
「ふむ……。だが、儂が聞いた限りでは、受肉していると聞いておるが?」
「――ッ! あの子は! 妹は……、人間がどれだけ醜い存在なのか理解していないです……」
「だが、我々を含む全ての神々は人という観測者が居なくなれば忘却の彼方に消えるのみであるぞ?」
「そ、それは……」
「埴山姫、お主が妹と添い遂げるかも知れない者に苛立ちをぶつけるような真似をしても、罔象女神とお主との仲を拗らせるだけだと思うがな」
「……」
「まぁよい。それよりも、あまりダンジョンのアイテム確率を妹の婿が気に入らないからという理由だけで操作するのはどうかと思うぞ?」
「――っ。べ、べつに――!」
「気に入らないのであれば会ってくればよいであろうに」
「……たしかに。それで倒せばいいのね」
「会って話してくるという選択肢を――」
大国主が途中まで言いかけたところで、埴山姫の気配が消える。
もちろん、それを察した大国主は溜息をついた。
「まったく、話を聞かん女神だな。自身が倒されるという可能性を少しでも考えないものなのか……」
頭を抱えた大国主とは対照的に、養老渓谷ダンジョンへと向かうことに決めた埴山姫は、颯爽と自身の妹を誑かした男に対して、どう償わせてやろうかと心の中で考えたのであった。




