チャプター2 京都のお屋敷
いつもの黄色いワンピースにコートを羽織った京子が、国鉄京都駅の北口から出る。するとターミナルに、出迎えの黒塗りのクラウンが来て、待ち構えていた。祖母からは事前に聞いていた。しかし便利で助かるけど、一人で乗るのはチョット気恥ずかしい。
新年が明けたばかりの午前中ということもあり、道のりは、さほど混雑してなかった。心配だった天候も、雪がチラチラ降る程度で、積もってはいない。程なくして、クルマは左京区の下鴨神社近くにある、祖母宅の門前に到着した。掲げられた「藤原」という表札も厳めしい、まるで昔の武家屋敷のような堅牢な門である。
京子は、運転手の小室さんへお礼を言ってクルマを降りる。と、ちょうどそこへ使用人の坂本さんがお使いから戻って来るところだった。
京子は坂本さんに無理を言って勝手口から邸内に入れてもらった。
昔からどうも、あの門は苦手である。自分の身分に不相応な感じがして嫌だった。
そこそこ長いアプローチを歩くと、ようやく玄関にたどり着く。
「こんにちは。」
引き戸を開けると、目隠し替わりに置かれた一枚板の龍の彫り物の前で、濃緑色の留め袖を着た祖母の藤原聖子が、既に正座をして待っていた。
「いらっしゃい。京子さん。」と祖母。
笑顔だが、目が笑っていない。
「お久しぶりです。おばあ様。明けましておめでとうございます。」
玄関に立ったまま、京子は新年の挨拶をする。
「おめでとう。長旅でお疲れでしょうけど、早速こちらへいらしゃい。」
そう言うとすぐに祖母は立ち上がり、龍の彫り物の裏へスタスタ歩いて行く。
京子は慌てて履物を脱いで揃えると、祖母の後ろからついて行った。
廊下をしばらく歩いて、右手の座敷に案内される。
そこは二十畳ほどの和室で、既に座布団が二枚用意されていた。
祖母が床の間を背にして座り、京子は下座に座った。
二泊分の荷物は取りあえず左側に置く。
「さて、京子さん。」
「はい。」
「アナタは今日から二泊三日で、私からチカラの使い方を学びにきたのですね。」
「そうです。よろしくお願いいたします。」
「正直にいいます。そのような短時間で、チカラの使い方をマスターするのは不可能です。」
「……でしょうね。」
京子にとっては想定内の回答である。だから嫌だったのに……。
「でも、ヒントぐらいなら教えてさしあげられます。」
「それは……ありがとうございます。」
「そんなに堅くならなくて大丈夫よ。もう少しリラックスして聞きなさい。」
京子のことを難儀に思ったのか、祖母は少しだけ表情を崩す。
「私も私のおばあ様からこの話を聞きました。だからあなたと同じです……まず私たちのこのチカラは、隔世遺伝で代々女系家族に伝わるものです。」
それは、お母様も言っていた。
「その始祖は、私たちより何世代か前の文明で、ナノテクノロジーにより作り出されました。」
(えっ、今、ナノ…なんて?)
「……この話は口伝なので、ところどころ解らない言葉もあるでしょう。後でまとめて質問しなさい。」
私の戸惑う様子を察して祖母は言った。
「……続けます。このチカラには、空間に存在する水分子を使うので、当然有利な場所と時期があります……それがどこで、いつなのか、分かりますか?」
想定内の質問だった。
「冬の海岸ですか?」
「よろしい。解っているようね。」
「気温が低く、冷えた海水を、波打ち際でどこまでも活用できるからですね。」
「そうです。勝利条件の高い場面です。ちなみに、夏なら琵琶湖にしなさいね。」
大事な話の途中だが、どうしても、京子には引っかかることがあった。
「あの、お話の途中でごめんなさい。おばあ様。」
「何かしら?」
祖母は少しだけムッとする。
「勝利条件って、私たちはナニかと戦うのですか?」
「そうよ。」
当然のように祖母は言う。
「私たちは先祖代々戦ってきました……相手は別のチカラを持つ異能者だったり、理不尽な圧政者だったり、異世界人や地球外生命体だったりしました。」
「え、えええっ!?」
シレっと、突然とんでもないことを言いだす御老人である。
「私たちは皆、人知れずこの国の平和を守ってきた、誇るべき血筋なのです……それどころか、場合によっては、この世界、いえ、地球の平和そのものにも、何度か貢献しているのです。」
京子は最早、何も言えなかった。
ただ、もう後戻りが出来ないということだけは、理解できたのだった。
コレが1974年の元旦のことである。




