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ショクザイの狛人  作者: 西井あきら
1章 食材の狛人
3/5

アオ

「話すってもなぁ……」

 肩に乗った雷飛が羽を組んでうーんと呻る。

「とりあえずまずは清衣さんを探さないと……あ、いた」

 外に出てしばらく歩いたところ、駄菓子屋の前で彼女を発見した。


「清衣さんあの、少し話しを――」

「ん」

 駆け寄るこちらの言葉を遮り、ついさっき買ったのか、持っていた袋から駄菓子を一つ取り出し差し出してくる。

「あ、ありがとうございます」

 唐突な彼女の行動に若干驚きつつも、礼を言って受け取りズボンのポケットにしまった。


 そうしている間に清衣が歩き出してしまったので急いで後を追う。

「あの、清衣さん。さっきの話考え直してくれませんか?」

 必死な声音で言うと彼女は緩慢な歩行をやめ、僅かにこちらに身体を向ける。


 しかし実際に反応を返したのは彼女の式神の方。

「しつこい奴だねお前も。いくら言ったって主様の気持ちは変わらないよ。ほら、菓子もやったんだから行った行った」

 うんざりした顔で風刃にしっしと手を払われた。


「そういうわけだから、私そろそろ行くね」

「待ってくれまだ――」

 話は終わったとばかりにまた一方的に去ろうとする清衣を雷飛が引き留めてようとするがそれを制止する。

 湊人としてももう少し説得を試みたいが、今食い下がったところであまり効果は見込めない。

 どこかに行く予定があるようなので、ここは一旦退くことにした。


「分かりました、すみませんお引き留めしてしまって」

 大人しく見送る彼女の背中。ところがその相手は数歩歩いたところで立ち止まり、考え込む素振りを見せた後に振り返った。

「……来る?」

「え?」




 海岸沿いに浅瀬を渡り、岩山に囲まれた入り江にやってきた。

 奥は洞窟になっており、清衣に続いて中に入っていく。

「アオー」

 反響する彼女の声。それに反応するように、最奥の海水の溜まり場が大きく波打ち始めた。


 何かが迫り上がってくる。

 チャプ、と音を立てて伸びてきたのは水かきの付いた大きな手。次いで腰まであるであろう長い青髪、左肩から右の脇腹あたりまで傷跡が備わった胴体。そして、ぐにゃりとうねる魚状の下半身――。

 人魚だ。


「セイ!」

「よしよし、元気にしてた?」

 陸に上がり、ぶるぶると身体を震わせる人魚に清衣が駆け寄り頭を撫でる。

 その光景を、湊人は身体を強張らせて見ていることしか出来なかった。


「でっか……」

 雷飛も思わず首の後ろに隠れている。

 それもそのはず、現れた人魚があまりにも大きい――成人男性くらいの体躯だったからだ。


「大丈夫だよ、この子は人襲ったりしないから」

 清衣がこちらに手招きしてくるので、おそるおそる近付き、そろーっと人魚に手を伸ばす。

 人魚はスンスンと手の匂いを嗅いできたかと思えば、自らの頬を擦り付けてきた。


「ほんとだ……随分と人懐っこい――」

 そのまま手を上に移動させたことで気付く。

 長髪に隠れていた左目、そこにも鋭利な刃物で斬られたような傷があることに。


 ――この子やっぱり……。

 胴体の傷が目に入った段階で予感していたが、ここで確信に変わった。

 自分はこの人魚に会ったことがあると――。


「紹介するね、この子がアオだよ。アオ、友達の湊人くんだよ」

「ミ……?」

「み・な・と」

「ミ……ミナ、ト」

「そうそう上手!」

 辿々しい発音に清衣がワシャワシャと頭を撫で褒めて、アオは嬉しそうに目を細める。

 尾鰭をブンブンと振る様はまさに犬のようだ。

 

「湊人くんが出ていってすぐくらいかな、アオと出会ったの」

 買ってきた駄菓子をアオに与えながら、清衣は彼との出会いを話してくれた。

「お父さんが死んじゃってそんなに経ってないのもあったから、寂しさを紛らわせるためによく一緒に遊んでてね。今ではすっかり仲良しなの」

「そうだったんですね……」

 彼女の言葉を受けて、彼女が辛いときにそばに居られなかったことを申し訳なく思う。


 だがあのときはそうせざるをを得なかった。

 鱗界家に--彼女のそばに自分がとどまるわけにはいかなかったのだ。

 

「ねぇ」

 俯き思い悩んでいた顔を上げると、いつの間にか清衣が至近距離まで近付いていた。

 心臓が跳ねる。


「村の外のこと、教えて」

 ガラス玉のような大きな青眼がこちらを見据えている。

「私村から出たことないから」

 垂れ目がちなのは父親譲りだろうか。


「本やネットである程度の知識はあるけど。やっぱり、実際に街に住んでる人のリアルな話も聞いてみたいな」

 落ち着いた声が妙に心地良い。


「お、お安い御用です! えっと、具体的なご要望はありますか?」

「うーん……。――湊人くん高校には……?」

「今年無事に卒業しました」

「じゃあそこでの思い出話して」

「はいっ」


 高校生活は比較的最近の出来事なので鮮明に覚えている。

 体育祭や文化祭といった行事からクラスメイトとのたわいないやりとりまで。

「――それで放課後は友達とファミレスとか行ったりして」

「すごい、ほんとに漫画みたいなことするんだ。――と、ちょっとごめんね」


 会話がある程度盛り上がったところで清衣のスマホが鳴った。

「どうしたのお祖母ちゃん。……うん、……え? …………うん、分かった」

 最後浮かない声だったが何かあったのだろうか。通話を終えた彼女に尋ねる。


「どうされたのですか?」

「西にある森にね、鬼が複数出たんだって。結界を張ってるから人里には来ないけど、このまま放置しておくわけにもいかないから倒してこいってさ」

「なるほど、それなら僕も――」


「湊人くん一人で」

「え?」

 同行させてほしいと言おうとしたところ、思わぬ言葉が返ってきて口から疑問符が漏れた。

「今回は湊人くん単独で討伐すること、私は手を出さずに見ていろって言われたよ。……少し前から森に行くなって言われてたんだけど、なるほどこういうことだったんだね」

「ははーん、手立てってのはこれのことか」


 清衣と雷飛が言葉や仕草で納得を示す。

 湊人も態度には出さないが理解した。

 数日前に現れた鬼達をこの日のためにとっておいたということだ。

「せっかくのお膳立てだ。使わない手はねぇよなぁ?」

「……そうだね」

 ここで実力を最大限発揮出来れば、彼女の考えが変わるかもしれない。


「清衣さん、来てくださいますか?」

「……いいよ。たくさんお話聞かせてもらったから、少しだけ付き合ってあげる」

 またねと言って清衣はアオの顎をくすぐると、洞窟の出入り口へと向きを変えた。

「それじゃあ、行こっか」

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