みーとあげいん(苦手な人と) 前編
身支度を済ませたランナとルイは、宿を後にした。
天気は快晴。絶好の勇者任務遂行日和である。
気持ちが逸って自然と早足になるランナへ、ルイが遅れてついていく。
朝食の硬いパンをランナに急いで食べてと促され、小さな口の中に詰め込んだ小柄な魔法使いは、起床時からずっと困惑している。
夢の中から抜け出せていない相棒の発言、行動に納得できないままだからだ。
「ランナ、ちょっと待ってくださいってば!」
「何よー。ヌンキ様との契約と大聖霊魔法についてなら、一通り説明したじゃない」
ランナが振り返りながら言った。
何か問題でも? といった面持ちで、自身がおかしいとは微塵にも思っていない様子だとルイは感じた。
そんな彼女を見ているだけで、心労が増していく。
「いきなり過ぎて信じられませんて。アレが、大聖霊が封じられた石板だったなんて。そんなミラクルが」
「ちょっと来てよルイ」
半信半疑のルイには論より証拠であると、往来で立ち止まったランナが、真面目な顔で自身の右頬を指差した。
「あたしの右のほっぺたを見てて」
「は? はぁ……」
ルイは言われるがままにランナの右頬へ視線を向けた瞬間、目を剥いた。
「な!? 何ですかそれは!」
頓狂な声を出して驚愕するのも無理はない。
「せ、聖霊文字ですか……!? 頬っぺたに浮かび上がってますよッ!」
ランナの右頬に、聖霊文字らしき記号が突然現れたのだから。
「実際見ると驚くでしょ。大聖霊ヌンキ様と契約した証なんだって」
と、自慢気なランナ。
先程宿屋で彼女が話した内容を思い返したルイは、取り乱しながらも右頬を凝視した。
「はわわ、見たことない形状です。聖霊文字には違いないでしょうが……。学園でも教えられてない、未だ見たことない聖霊文字が存在するなんて」
聖霊の力を行使するためには、契約した聖霊とコンタクトをとらなければならない。その手段であるのが聖霊文字。勇者学園で教えられたもの以外があるとするならば、それは大聖霊の聖霊文字であってもおかしくない。
(身体へ直接契約の証が施されるなんて、聖霊との契約では生じない変化! これが伝説の大聖霊との契約だとしたらランナ、歴史に残る大快挙ですよ)
相棒に生じた奇跡をまざまざと見せられて、ルイの心境は流石に信じる方向へ傾いた。
「どう? 信じる気になったでしょ」
ランナは片目を閉じて、してやったりな表情で訊いた。
口を驚きの形に開いたままのルイが、何度も頷く。
「解決ね。さぁ、行きましょ」
そのリアクションに満足したランナは、未だ言葉が出てこないルイの手を引いて歩き出す。
機嫌よく「未来はあたしの手の中〜」と歌いながら、跳ねるように村内を進む僥倖授かり新米勇者だったが、程なくして異変を目に映し足を止めた。
「あれ、人が集まってるわ」
総出といえる数の村人達が、何故か村の出入り口に集まっていたのだ。
「たくさんいますね。何の騒ぎでしょうか」
平静を取り戻したルイが、前方を見渡す。
ガヤガヤと騒がしいが、暗い空気に包まれていた村へ、活気が戻ったように見えた。
「奥の方が見えないけど、ともかく近づいてみましょ」
ランナが先になり、人集りへ近づいた。
「本当にありがとう! ジャルロックの邪鏡を壊すことができたなんて、流石は本物の勇者御一行だ。これで安心して畑を耕せるぞ!」
「どこぞの有象無象とは違う、真の勇者様方じゃあ! 今ここに救世の英雄が誕生されたんじゃあ!」
凱旋。ランナ達とは別の勇者一行がいる。
村人達やデン村長が感謝感激して彼らを褒め称えているようだが、聴こえてきた会話にランナは愕然とした。
「勇者パーティーがいるみたいよ! しかも、ジャルロックの邪鏡を壊せたって!?」
その勇者一行は自分達を含めた複数のパーティーが失敗してきた、ジャルロックの邪鏡破壊に成功したというのだ。
ルイも衝撃を受けて瞠目した。
「村長や村人達が絶賛の嵐ですね。あのジャルロックの巨大黒鼠を攻略した勇者パーティーとは……ここからだと見えませんっ、一体どんな面子がっ」
成功して祭り上げられている同期の勇者パーティーを、ルイがぴょんと背伸びして確認しようとするも、背が高く厳つい男性グループが丁度彼らを囲んでいたため、邪魔で見えなかった。
「うー、ここで出てくるのを待つしかないか」
ルイより背の高いランナでもはっきり見えない。
人集りを掻き分けていく気にもなれなかった。勇者の務めを果たした同期達が出てくるまで待つしかないようだ。
そんな賑わいの先にいたのは、三人の少年だった。
中央にいるのは、眉目秀麗で気品ある佇まいの美少年である。
肩までかかった金の長髪は絹糸みたいに美しく、碧眼は宝石のよう。色白な彼は、青い裝束の上に薔薇の紋章が刻まれた高価な銀鎧を纏い、腰にはこれまた薔薇の意匠が施された剣を携えており、存在自体に華があり一際目立っている。
美少年の左側にいる少年は、三人の中で一番背が高く首が太く、厳つい巨漢だ。四角い輪郭に太眉、しゃくれ顎の顔立ちで、全身を青銅の鎧で包んでいる他、背中には戦斧を携えていた。
そして、黒いローブを着た小柄で痩せっぽちの少年が、美少年の右側に控えている。鷲鼻と細いツリ目が特徴的で、指にはパロントの木の指輪をつけている魔法使いだ。
「村の皆様。英雄なぞ身に余る言葉ですよ。我々は邪鏡破壊のエキスパートとして教育された勇者としての務めを果たしたまでです」
「ジャルロック含めすでに三つの邪鏡を破壊しましたが、まだまだこれから。この村含めネックス王国、そしてガルナンの大地全土に蔓延る邪鏡を全て破壊するまでは、勇者の使命が完了したとはいえません」
大柄な少年と鷲鼻の少年は胸に手を当てて勇者然とした立派な言葉を返すも、表情はしたり顔である。
言葉だけを真に受けた村人達とデン村長は、真摯な姿勢だとますます胸を打たれた。
「素晴らしい! 謙虚でありながら崇高な精神をお持ちの方々……勇者の鏡だ!」
「今日は真の勇者の方々が村に平穏を取り戻してくれた記念日じゃ! よし、これからワシの屋敷で飲めや歌えの宴会を開催するぞ!」
感動のあまりか、興奮して飛び跳ねたデン村長の高らかな宣言に、村人達から歓声が上がる。
「真の勇者の御三方よ。村を救って頂き、改めて御礼申し上げますじゃ。小さな村ではありますが、精一杯のおもてなしをどうか受けて頂きたく」
次いでデン村長は、迫る勢いで三人の勇者に祝宴への参加を促す。
そして先程から聞き耳を立てていたランナは、悔しそうに歯ぎしりしていた。
「ぐぬぬ、めっちゃ激厚対応されてるのが聴こえてくるわねぇ」
ルイは苦笑しながら肩をすくめた。
「しょうがないですよ。挑むパーティー全てが失敗続きだった中、やっと邪鏡を壊せた唯一のパーティーですもん。それに、もう三つも割ってるとは凄いです」
三人組の勇者としてのポテンシャルの高さは、相当なものである。
「てかあの村長、飢えてどうのこうのと泣いてたくせに、宴会を開く余裕はあったんですか……」
また、デン村長の調子の良さには呆れるしかなかった。
一方、謙遜している風な表情の大柄な少年と鷲鼻の少年は、
「いやー、どうしますかジョウ様」
「俺らはどちらでも……」
金髪の美少年――ジョウに判断を委ねる。
同年代であるも、敬語を使われている彼の方が立場
が上のようだ。
ジョウはふむ、と顎に手を当てて考えるような仕草をした後、柔和な笑みを浮かべて口を開いた。
「ダブ、ステップ。せっかくの申し出だ、ご厚意を有り難く受けようか」
「参加して下さいますか! そうと決まればささ、わたくしめの屋敷までご案内致します……おーい皆の衆、まず勇者の方々を通すから開けてくれ!」
喜色満面になった村長が、村人達に道を開けるよう促し、三人組勇者を先導する。
人集りの中から出てきたジョウ達は、数歩先にいた蚊帳の外な女子勇者二人と対面して立ち止まった。
「どうしました?」
「あ、失敗しかしてない勇者一行がいるぞ」
「まだ村にいたのか。真の勇者の方々、進まないので?」
ジョウ達からの返答はなく依然として不動であるため、デン村長と村人達は困惑気味に各々顔を見合わせた。
「フッ」
そして、止めていた時を動かしたかの如くジョウが鼻で笑った。
出くわした二人がランナとルイだと気づくやいなや、上品な雰囲気から一転して小馬鹿にするような不敵な表情を浮かべたのだ。
「ほう、これはこれは。使命に失敗した情けない同期の一組に君達がいたとはな。ランナにルイよ」
初手から挑発するような言い回しである。
ジョウは明らかにランナ達を見下していた。両脇の巨漢のダブと鷲鼻のステップも、彼と同様の表情だ。
一体どんな因縁があるのか。同じ学び舎で切磋琢磨し、同じ志を持った勇者パーティー同士の交錯する視線が、ばちばちとぶつかり合っていた。
ランナとルイは、険しい顔で売り言葉に返答するがーー
「あなた達は――!」
「どちら様、でしたっけ?」
そもそも二人の記憶から、彼らの存在は消えていた。
張り詰めた空気が融解する。
「ぐふぅッ」
ジョウは心に強いショックを受け、腹に打撃をくらって押し倒されたかのように後方へと倒れた。




