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激臭の女勇者ランナ  作者: 阿国豊山
あたしがにおいの力を手にするまで
7/29

あたしが「におい」を手にした夜

 ランナは涎を垂らしながら、浅い眠りに浸っていた。


「はにゃにゃ、むにゃにゃ……」


 熟睡しきれなくて頭の中が半覚醒状態の彼女に、いつの間に出現していた「ナニカ」がそっと近づいた。

 光沢に包まれており神聖な雰囲気を纏ったナニカは、驚くべきことにランナの意識だけをすでに「自らの領域」へ移動させていた。

 ナニカの行動は、当然それだけに留まらない。


「おい、人間や。起きるの」


 人間の言葉を話し、ランナへ声をかけたのだ。


「はにゃは? にゃむにゃむ……」


 甲高い声色に反応して少しだけ目を開けたランナだが、結局完全には覚醒せずぼーっとするだけである。

 やがて瞼を閉じた彼女の耳元に寄ったナニカは、先程より数段大きな声を出そうと決めた。


「人間。ちゃんと起きてこっちを見るの!」

「ひやぁ――ッ! 何々!?」


 流石にランナは驚き飛び起き、すぐさま周囲を見渡す。


「え……あれ、ちょっとナニコレ。ここどこ! 宿屋の部屋じゃない。ベッドもないしルイもいない!?」

 

 異変にすぐ気がつき、慌てふためく。

 自分がいるはずの部屋とは、全然違う場所にいた。

 相棒もおらず寝具や壁が消えて景色は白く、床は黒く冷たく固い。遮蔽物もなく、どこまでも白黒の眺めが続く虚無の世界だった。

 茫然とするランナは、頭上から降ってきた甲高い声に再び驚愕することとなる。


「安心するの、ここはオデの精神世界。お前の意識を招待させてもらったの」

 

 ランナはビクッとして横に飛び退いた。


「わわッ! な、何よアンタ!」

 

 綿毛みたいにふわふわと降下してきたナニカを視界に映して目を見開く。

 ランナには全身へ温かい光を纏い、茶色の豊かな体毛に包まれた球体の生物に見えた。

 顔にあたる部位へつぶらな双眸がある。身体の両横からは枝木のように細く黒い腕が生えており、その先の人間で言えば手の平にあたる部位には、丸い握り拳のようなものが付いていた。

 ランナが知る限りの、どの動物、魔物にも該当しない未知の生物である。


「騒がしい奴だのー。ま、しょうがないか。自己紹介してやるの、オデは大聖霊ヌキアだの」

 

 口のような器官は見えないのに声を出し喋っていることよりも、出てきた名にランナは仰天した。


「は――大聖霊ヌキアですって! あの伝説の!?」

 

 言い切った後の開いた口が塞がらない。

 神聖なる大聖霊ヌキアと自称した生物は、満足げに胸を張った。


「だのだーの。流石に聞いたことあるだの?」

「そりゃね。でも邪神ミルンとの最初期の戦いで、すぐ集中攻撃を浴びて石板にされちゃったって習ったけど……え、どうなってるのやっぱコレ夢ぇ?」

 

 話の途中で置かれている状況を疑ったが、不思議と身体も動かせるのだ。


(夢にしては、はっきりし過ぎてるけどさ)

 

 更に、虚無の世界を鮮明に認識もできた。

 そして思考の最中に、はっと息を飲む。

 大聖霊ヌキアを自称する生物から、鼻腔が癒されるまろやかな香りが漂ってきたのだ。それは力が抜ける程心地よかった。


「うわナニコレ、激いい香りだわ。これって――」

「そうだのそうだの、俺が出してやったんだの」

「マジで! あれ確か、大聖霊ヌキアって色んなにおいを操る力を持ってるて言い伝えがあったわね。まさかアンタ、本物の……!?」

 

 ランナは仰天の表情で、浮遊する毛むくじゃら玉生物を二度見した。

 におい、を自在に操る能力はまさしく大聖霊ヌキアの証に他ならない。

 自称ヌキアは、頷くように身体を上下に動かした。


「やっと信じてくれたの。夢だと言うお前に信じてもらうため、良さげな香りを出したってわけだの」


 夢ではない精神世界とやらに連れてこられ、意識がはっきりしている状態で見たことのない知的生物にビックリ限界破裂な正体を明かされ伝承通りの能力を使われたのだ。ここまでくれば大聖霊ヌキアであるとの彼? の主張を信用せざるおえないとランナは思う。


「あたしは昔々の大聖霊サマのにおいなんて嗅いだことないけど、実際目の前で能力を使いながら信じてと言われたら、流石に信じるわよ。で――大聖霊ヌキア様がどんな要件であたしをご自身の精神世界とやらに招待してくれたの?」

 

 一番の疑問である。

 現時点では、まるで理由がわからない。

 大聖霊であるヌキアは、意外にもかしこまった様子で答えた。


「まずお前には感謝を伝えるの」

「感謝?」

「あぁ。オデはめっちゃ強いけど、言い伝えにある通り邪神ミルンと眷属達へ集中的にやられて、石板にされてしまったんだの。でも、お前が割って解放してくれたんだの」

 

 ヌキアから自身が恩人であると告げられて、ランナは驚天動地の面持ちとなる。


「え!? あの石版が――そっか、石板にされたんだもんね大聖霊は! あたし、激快挙しちゃってたんだ!」

「だの。割れた時に光ったと思うが、なにか起こったとは思わなかったの?」

「そりゃー思ったわよ。でも、まさかこんな。やっぱりただの石板じゃなかったのね……けど、あなたの姿はどこにも見えなかったけど」


 ランナの疑問に、ヌキアは咳払いをするような仕草をして答えた。


「オデら大聖霊は聖霊以上に高位の次元にいる存在。力を使ったり戦う時は別として、普段からおいそれと実体は出さない。石板が割れてからも姿を具現化しないまま、お前にずっとくっついてたんだーの」

「うーん、何だかわからないけど今までくっついてたなんて。全っ然気がつかなかった」

 

 もはや全てを受け入れるしかないと悟ったランナだが、石板になったヌキアの状況について気になった点があった。


「そもそもさ、石板にされた大聖霊様が何で川辺なんかに落ちてたのよ?」


 質問すると、ヌキアはどこか遠くを見つめるような目で経緯を話し出した。


「他の仲間達はどうなったか知らんがオデは石板にされた後、はるか遠くに投げられたの。最初に落ちたのはあそこじゃなくどこかの山だったけど、鳥獣に掴まれて運ばれたりやら他にも色々あって、途方もない長い時間をかけてあの川のほとりまで流されてきたんだの」

「悲惨な経緯ね……てか、石板にされても意識はあったのね」

「あったの。とってもしんどかったの。意識はあるのに何も動けず流れ流されで、半分死んでるような感じだったの」

 

 ヌキアは悲しみを帯びた口調で言い終えると、辛く悔しかった過去を思い出し、涙目になってしまった。


「うぅ、聞いてるだけで激キツ。想像したくもないわ」

 

 ランナはゾッと身震いした。

 気が遠くなりそうなくらい長い時間、冷たい牢獄に閉じ込められているようなものである。

 今度はヌキアが丸い手で涙を拭いながら、ランナへ尋ねる。


「なぁ人間。オデの仲間達は、ミルンとの戦いはどうなったか教えてくれの。石板にされてからずっと自然の中にいて人間もほぼ見てなかったから、今の時代がどうなってるかわからないんだーの」

「えーと、あたしが知ってる歴史としては――」

 

 ランナは自身が知る範囲での邪神ミルンと、大聖霊に人類との戦いの軌跡をヌキアへ語った。


「そうだったのかのー。仲間は皆、石板に変えられて邪神ミルンは未だ健在、との」


 自身同様の責め苦を仲間に味あわせた邪神への怒りで、ヌキアがわなわなと震える。

 ランナは続けて現状を補足した。


「大聖霊は全て石板に変えられて、ガルナン各地に散らばったんだって。それでも大聖霊様との戦いの影響でミルンが弱体化したからこそ、人間と聖霊の力だけでも戦えるようになったって」

「だが飛行眷属を使い、眷属を召喚する邪鏡なるものをガルナン大陸へばら撒いたとはの。数で押してくるしか脳がなかったアホ邪神がいきなり凝った策を使ってきたのが気になったが……とにかく迷惑な奴だの」

 

 ヌキアは身体を傾けて訝しげな様子である。

 彼が知る邪神ミルンのやり口とはまるで違う。実際今日までの戦いの歴史からみても前例のない、異質な状況だった。


「まー結論ガルナン中が大変ってワケ。だからあたし達は勇者になって邪鏡を壊す旅を続けているの。それでも思うようにはいかなくて、現実の厳しさを実感してるってカンジ」

 

 ランナが苦笑いを浮かべて肩をすくめると、ヌキアは何かを思いついたように瞳を光らせた。


「ほうほーう。なら礼といってはなんだがな、お前が良ければオデと契約して我が大聖霊魔法――芳醇大酔香の力を貸してやることはできるの」

 

 思ってもみなかった申し出に、ランナは飛び跳ねて頓狂な声を上げる。


「えぇ!? 大聖霊ヌキア様があたしと魔法の契約を!?」

 

 大聖霊という存在はただの聖霊と違い、人格があり賢く単独で強大な力を持っている。過去の大戦の最中でも、人間とわざわざ契約せずとも各々の意志と能力で戦ってきた。そんな聖霊以上に神として崇められる存在が契約を持ちかけてきたのだから、ランナが驚愕するのも無理はなかった。


「そうだの。石板にされて長ーい間閉じ込められたせいで、もう自分で動いて戦うのはダルいしこりごりだの。だから、お前へ代わりに力を使ってもらおうかと思いついたの」

「成程そーいうワケで。けどあたし、魔法使いみたいに聖霊と契約して力を使うための修練とか、なーんにもしてないですけど。パロントの木の指輪だって持ってないし」

 

 ランナが不安そうに尋ねると、大聖霊はあっけらかんとした調子で答えた。


「心配いらないの。オデら大聖霊との契約はただの聖霊とは違う。与えるだけなら個人の資質適性や精神を鍛える過程をすっとばして、肉体に直接大聖霊魔法を付与できるの。パロントの指輪いらずで使えるが、使い方に関しては経験が必要だけどの」

 

 大聖霊との契約は、勇者学園魔法科生徒の聖霊と契約に至るまでの厳しい修練の様子を見聞きしてきたランナが思わず笑いを漏らすくらい、苦労を要さないものだった。


「アハハ。大聖霊との契約、楽すぎて激凄じゃないですか! それなら契約しないワケないです! あたしに任せて見守ってて下さいよ」

 

 ランナは高揚した様子で承諾した。


「受けてくれて良かったのー。よーし、ならばちょいと失礼するの」

 

 彼女の額に、ヌキアの丸く白い両の手の平がぽんと触れた。

 ランナの心臓が途端に早鐘のように鳴る。


(まさかあたしが大聖霊と……)


 聖霊どころか大聖霊と魔法の契約をする日がくるとは、思いもしなかった。

 ヌキアが瞳を閉じて、自身の魔法についての詳細を続けて補足する。


「芳醇大酔香を唱えれば、邪神の眷属如きはチョチョイで制圧できるの。閉じこもった空間も開けた空間も関係ない一定の範囲内で効力が働く魔法だから、そこんところは気をつけるの」

「わっかりました! ちなみにですけど、術者自身は平気なんですよね?」

「だーの。他の聖霊魔法同様に加護があるからの」

 

 通常、自分が発現させた聖霊魔法に対しては契約した聖霊の加護が働くため、発現者本人が傷や状態異常を負うことはないが、大聖霊とその魔法の場合においても変わらないようだ。


「良かった……あれ、痛たた、なにこれ頭が、痛い」

 

 ランナが安堵した直後、右側頭部にズキズキとした痛みが生まれた。

 反射的に痛む箇所を片手で抑える。


「大丈夫だの。すぐ治まるし、契約はもはや終わるの」

 

 ヌキアは閉じていた両目を開け、ランナから手を離した。契約は時間もかからずに、あっさりと終わったようだ。


「おっ、間にあった。そろそろ精神世界を繋げれる時間も終わるようだーの」

 

 次いでヌキアは、辺りを見回して言った。

 白く染まっていた世界が次第と灰色に変色し、そして最終的には床と同色に黒くなっていくのだ。

 ランナは右側頭部を抱えたまま、愕然とした。


「え、周りが黒く染まってきた!? ちょっと何なのよコレッ」

 

 狼狽えるランナへ、ヌキアはやれやれと肩をすくめるような仕草をしながら言った。


「最後までうるさい奴だの。少々のことで慌てないでしっかりするの、勇者のなんとかとやら」

「痛つつ、ランナよ大聖霊ヌキア様。あたしの名前はランナ!」

 

 頭痛に苛まれるランナは、やけくそ気味に名前を明かした。

 ヌキアがつぶらな瞳を細める。


「ほう、ランナというのか。これからは、オデという存在はお前と共にある。宜しくだーの」

「ちょっ、どーなんのよあたし! 大丈夫なんでしょうね!?」

 

 もはやヌキアから返答はない。その面妖な姿が消えるように薄くなっていく。

 精神世界は完全に黒く染まった。ランナも己の姿を視認できなくなり、やがて何も考えられなくなった。

 彼女の意識は大聖霊ヌキアの精神世界から、現実へと戻っていったのだ。

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