勇者はつらいよ
ジャルロックの森から少々離れた位置にある人里――モンブの村。
邪鏡から現れる黒鼠の脅威へさらされている小さな村の小高い丘に、村一番大きな屋敷がある。
村長であるデンという男の住まいだ。時はすでに夕刻。彼は執務室の机に座り、ソワソワしながらも勇者の帰還を待っていたのだが……。
「おぉ、勇者様方! 無事にご帰還されたかッ!」
椅子から飛び跳ねる勢いで立ち上がった。
使用人へ案内されて勇者の二人――ランナとルイが入室したのだ。
だが期待とは裏腹に、現実は上手くいかないものだった。二人は俯いたまま失敗を告げたのだ。
初老村長はショックのあまり、薄白髪と顎の白髭が何本か抜け落ちた。
「なんと。それで、ジャルロックの邪鏡は壊せなかったと」
デンの細い瞳が絶望に染まり、開いた口が塞がらない。
「うぅ、すいませんでした村長さん。大船に乗ったつもりで任せてと言っておきながら、期待に背いてしまって」
「死力は尽くしたのですが、面目ないです」
沈んだ表情のランナとルイが、揃って深く頭を下げた。
重たい空気が流れる。
がっくりと肩を落としていたデンが、声を絞り出した。
「うーん、とりあえずお二人がご無事でホッとしましたが……それでも本音で言わせてもらうと非常に、めちゃくちゃ、すこぶる残念ですなぁ」
安堵したと言っているが声色は明らかに心がこもっておらず、労いでもない冷淡な言葉で締められる。
ランナとルイは失敗に対する自責は勿論あるが、依頼主から膜へ包まない厳しい言葉が返ってくるとは思っておらず、唖然としかける。
ヘイトは二人だけに留まらず。デンの心中で溜まっていた厳しい現状へ対する憤りは、ネチネチした口調で放出される。
「邪神の眷属ネズミめが気まぐれに森を出て作物を食い荒らし村の者を襲うせいで、安心して畑仕事もできん。パロス王に砦から派遣して頂いた兵士や魔法使いの方々に警備してもらっても、奴らはきりなく出てくるもんだから怪我人続出、もはや警備もまもならん状況。村の自警団では心許ないし、だからこそ勇者様を頼りにしてるのにどの御一行も邪鏡を壊すことができないとは」
わざとらしく大きなため息を吐いて、芝居がかったように天を仰いだ。
「なんのための勇者なんじゃあ。国の決まり事の勇者支援でこのご時世に宿も飯も格安提供してやっとるのに、成果を出さずの体たらく。しかもジャルロックの邪鏡へ限った話ではないと聞いておる。全く、近頃の若者は勇者学園とやらで何を学んできたんじゃ。騎士団や魔法隊の青年達が結界に入れぬから若人達が決死の覚悟で臨まんといけないのに。あぁ……儂らはこのまま備蓄も尽きて飢えて死ぬんじゃあッ」
新米勇者という存在へ対する不満をグチグチ喋り、終いには全てを悲観して両膝をつき号泣し始める。
自分勝手な感情のぶちまけだが、感謝の気持ち皆無のデンが語った内容もまた事実だった。
勇者学園を卒業していざ旅立ち、大陸全土へ散り散りになった十代勇者達の大半が、邪鏡破壊の任務に失敗していたのだから。
悲壮感に溢れる空間。真顔で押し黙っていたランナとルイは、互いに顔を見合わせた。
「本当にその通りで何も言えないけど、何かが引っかかるわね。失敗したあたし達が悪いのは重々わかってるけどさ」
「更に気まずくなりましたね……。とりあえず、今のうちに屋敷から出ちゃいましょう」
ランナはルイの提案に迷いなく頷く。
「そうね。宿に戻って、今後について考えましょうか」
デンは未だ泣きながら床をばんばんと叩いている。
申し訳ない気持ちはあるが釈然としない、そんな複雑な面持ちで感情ぶち撒け村長を一瞥した二人は、静かに執務室を出て屋敷を後にした。