お破廉恥な姫様 中編
「ちょっ……姫様が左手を光らせてるんだけど!?」
「え!? マジックエフェクターも付けてないのに……これは一体!」
変態姫君が突然起こした奇跡にランナとルイは口を驚きの形に開いたが、衝撃はこれだけに留まらない。
「ほぉーれ」
光輝く手の平で負傷した箇所をなぞると、みるみる内に傷が塞がっていくのだ。
やがて全ての傷は癒えて、肌は元通りになった。
「しかと目に焼き付けたか? これぞネックス王家に代々伝わる伝統魔法――光魔法キュアミスだ」
堂々たる佇まいのシャーリーは、額へ流れる汗を拭い、誇らしげに言った。
傷は癒したが多少の疲労が現れたようで、左手の光を消すとソファーへぐたっと腰掛けた。
「凄い! これが光魔法キュアミス。ネックス王家に伝えられし癒しの力……!」
「非常時有事以外は使用が許されないというネックス王家の伝統魔法ですか。話には聞いていましたが、本当に傷を綺麗サッパリ治せるんですね」
ランナとルイは、彼女が行使できる奇跡の如き力については情報のみ知っていたが、目の前でまざまざ見せられると驚嘆の声を上げずにはいられない。
伝統魔法とは、古くから特定の一族または集団にのみ受け継がれてきた、秘伝の魔法だ。
契約した聖霊の力と術者の体力を使って発現させる魔法が聖霊魔法であるが、伝統魔法は術者の体力の他、特殊な技法や体質もしくは魔道具を介して発現させる別種の不可思議な力なのだ。
そして光魔法とは魔を挫き人の傷を癒す、ネックス王家のみに伝わる聖なる伝統魔法であり、その力の源泉もまた秘密のベールに包まれている。
シャーリー王女殿下は、息を呑んだ面持ちの二人へしてやったりの表情を浮かべた。
「驚くのも無理ないか。むやみやたらに使うなと言われていたから、学園内では一切使ってないしな」
「いやぁ……奇跡を目の当たりにしましたよ。ネックス王国のお姫様と接してることを改めて実感してます」
「同意見です。凄い魔法を見させて頂きました」
先程の王女らしからぬ振る舞い(性癖全開)の印象からまた一転して、無意識に膝をつき恐縮するランナとルイに、シャーリーは穏やかな笑みを浮かべた。
「なになに、光魔法に驚かろうが畏まらなくてもよいし、言葉遣いにも気をつかわなくてよい。レックス王国を、ガルナンの大地を守るために同じ学舎で切磋琢磨して勇者になった仲間なのだからな」
緊張を解すような言葉を掛けられたが、寛大過ぎて余計に戸惑うばかりだ。
「そんな。アレを見せられた後だと尚更畏れ多くなっちゃって……ねぇルイ?」
ランナがルイに同意を求めると、彼女もぶんぶんと首を縦に振った。
しかしシャーリーは大らかな姿勢を曲げない。それどころか平民出の狼狽勇者らへ、重ねて頼むように言ったのだ。
「ワタシは城や学園にいた時から礼節だの作法だの堅苦しい決まり事が大の苦手なんだ。同い年だろうし、せめて王都の外ではシャーリーと呼び捨てにして、友達以上恋人未満くらいに接してくれる方がワタシとしても望ましいんだが」
またも意図が理解しかねる言葉が挟み込まれたが、ここまで言われれば要望を受け入れないのが逆に失礼であると、ルイとランナは王女の言う通り同い年の友として接することにした。
「後半部分はよくわかりませんが、遠慮なく平等に接してほしいんですよね。慣れるまで時間がかかるかもですが、フランクに努めます」
「あたしも最後の方はちんぷんかんぷんだけど、シャーリーさ……が望まれるのならその通りにしま……するわ」
二人は由緒正しき高貴たる王族としては珍しい考えを持つシャーリーへ、更に興味が湧いていた。
「うむ、感謝する。では下から見上げるのはやめてくれ。ワタシの隣へ密着するように座って、恩人の君達とこれまでの旅についての語らいを――」
満足気に頷いたシャーリーが他意のある促しをしていた最中、彼女の腹の虫が盛大に鳴いた。
「む、申し訳ない。お腹が空きまくっているようだ」
シャーリーは頬を朱色に染めてはにかんだ。
ルイはクスっと笑い、
「私達、食事中だったんです。お口に合うかわかりませんが、シャーリーも一緒に食べながらお話しましょう」
食事に誘った。
シャーリーは嬉しげに頷いた。
「ありがたい。では頂こうか」
そして三人は椅子に座り、質素な食卓を囲む。
「私は魔法使い科を専攻してました、魔法使いのルイです。誰に対しても丁寧な口調で喋ってしまうのが癖になってしまっていて、お気になさらず」
「あたし、ランナ。シャーリーと同じ戦士科だったけど……話したこともなかったし覚えてない、よね」
並んで座ったランナとルイは、食事をしながら簡単な自己紹介をした。
「ルイにランナか。ふむ、ランナの方は同じ戦士科だったと……はて、ジョウといつも揉めてた紅髪の子がいたような記憶があるのだが、もしやそれが君?」
向かい側の席に座るシャーリーが顎に指を当てて学園での日常を思い出しながら尋ねると、ランナの顔がパッと輝いた。
「そう! それあたし! ジョウと言い合ったりしたのとか覚えてるじゃん。こっちは囲まれてるシャーリーを遠目に見ることしかできなかったけどね」
「気がついたらワタシの親衛隊ができていたからな。それもあって戦士科は一部の者以外、ちゃんと交流できなかった者が殆どで、記憶が曖昧で容姿と名前が一致しないのだよ。すぐ思い出せずに済まなかった」
申し訳なさそうに謝るシャーリーへ、ランナが片目を瞑って小さく笑った。
「気にしないでよ。改めて宜しくね、シャーリー」
「あぁ! 宜しくランナ。はむ、ほむほむ……」
シャーリーは微笑み返しながら、タオナムを口いっぱいに頬張った。
エサを溜め込む小動物の頬袋を作ったはしたない姫君を、ルイは驚きと感心が入り混じった面持ちで見た。
「姫様のお口に合うか心配でしたが、この食べっぷりだと杞憂だったようですね」
「ほむほむ、ごくん……案ずるな。勇者として旅に出てからは市井の食事はもとより野生動物の肉に果実、野草まで食えるものは何でも食ってきたからな。ウッホから最後に食べ物をもらって結構経ってるし光魔法を使ったから、尚更腹も減っている。はむはむ」
勇者とはいえ王女様にしては逞しいエピソードに、ランナが目を丸くした。
「へぇ、王族なら旅費の工面にも困らなそうだから、道中も美味しいものを買いまくって食べまくれそうなのに」
「そんな品のないマネはできん」
ランナの偏った発言を受けたシャーリーは、真剣な表情になって語り出す。
「ガルナン大陸全土が邪神ミルンの邪鏡によりジワジワと苦しめられている昨今……君達も眷属に荒らされた田畑や、人や荷馬車の行き来が滞った街道、沈んだ空気の町や村を見てきただろう。勇者パーティによる邪鏡破壊は全体的に上手くいっていないという。そんな状況で贅沢三昧の旅など民を導くレックス王家として、何より勇者の誇りに反するだろう」
民が苦しむ現状を直接目に映し、危機と対面してきたシャーリー王女は、羽振りよく漫遊するなど愚かで甘えた行動は絶対にしない。
勇者特権をあてにして行使しまくっているランナとルイは、王族――そして勇者としての矜持を示したシャーリーが立派過ぎて眩しくなり、セコい自分達がいたたまれなくなった。
「うぅ……眩しい。シャーリーが輝いて見えるわ」
「何故でしょうか、何かがグサグサ刺さってきて胸が痛いです」
シャーリーは邪な心持ちを焼かれて悶える二人を特に気にせず、パナムを「ほう、これも中々いけるな」と頬張り飲み込んだ後、話題を切り替える。
「さて、君達の旅の話から聞かせてくれるか。学園を卒業してからは皆、進む方向や旅に出る時期もバラバラで、多分途中までは違う道を進んできたろうし」
邪鏡は様々な箇所へ設置されており結界も人数制限があるため、勇者パーティは全組同方向には進まず、ある程度分散して旅をしている。
これはネックス王国に限らず、他国にしても共通の方策である。
「そうですね、積る話はありますよ」
「旅に出て序盤から色々あったわよね、あたし達も」
促されたルイ、ランナは旅に出て今日に至るまでから、勇者へ賭ける想いまでを語った。
中には王女シャーリーが耳を疑い驚愕した話もあった。勿論、ランナが大聖霊魔法を手にしたエピソードである。
「驚くしかないな。石板を壊して大聖霊と契約したとは前代未聞、大陸中が沸き立つ快挙だ。世界の調和を正すために奇跡を施して下さった、創造神ファリス様のお導きがランナにあったという他ないぞ」
シャーリーが琥珀色の大きな瞳を輝かせて、興奮した調子で言った。
まるでランナという存在が世界と生命を創った天上の創造神に選ばれたと言っても過言ではない言い回しである。
「本当に偶然見つけただけよ。まっ、神様が助けてくれたのなら大感謝だわ。大聖霊ヌンキ様と契約できてなかったら、勇者を続けられたかわからなかったし」
ランナがしみじみ言った。
ルイもうんうんと頷く。
「大げさな話ではないぞ。人はそれぞれ役割をもって生まれてくると言われている。ランナは勇者となり大聖霊の石板を引き当てた、そういう星の下に生まれたんだろう」
シャーリーが真面目な口調で運命を語る。
「ワタシも同じだ。王族に生まれ勇者となりネックス王国、そしてガルナンの大地を救うため旅に出た道中であっけなく邪神の大眷属に敗北し婚姻を結びそうになるも、同志の大いなる力に救出され九死に一生を得た。生きて大業を果たせという命運の中にいるのだ」
過酷な道半ばにいるのは自身も同様だと語る王女殿下へ、
「あの! そもそも、他のパーティーメンバーはどうしたんですか? 何故に一人きりだったのか……」
ルイがずっと気になっていた点を訊いた。
「そうよね。砦の中を軽く探してみたけれど、他には誰も見つからなかったし」
ランナも同様に訝しんでいた。
二人の疑問を受けたシャーリーは、自身の「ここまで」について語り出す。
「それに関してはだな。まずパーティは四人だった。戦士科のランナは知っているだろうが、その中にはワタシのお目付け役として騎士団長の息子もいたんだ」
「あー、確かゴーンヌ君だっけ?」
ランナは優等生だった同期の男子を思い返した。
シャーリーは頷いた。
「彼はボンの村の周辺で暴れていた眷属との戦いで、襲われた村人を庇って大怪我を負った。旅は続行不能となり、療養のためパーティーから抜けたのだ」
「え、そうだったの……!」
「うむ。それから魔法使いの二人となんとか旅を続け、紆余曲折を経てようやくアジャラ山の砦まで辿り着けたんだが、二人は揃ってウッホの強さに絶望して逃げてしまった。ワタシも多勢に無勢には敵わなず、捕らえられたというワケだよ」
悲惨としか言いようがない経緯を、言い淀むことなくさらりと答えたシャーリー。
重い空気が立ち込める。
「……酷いわ。仲間を見捨てるなんて」
ランナが憐憫の眼差しをシャーリーに向けながら言った。
「信じられないです。誰ですか、その馬鹿者らは」
ルイは勇者にあるまじき選択をした臆病な同じ科の二人へ、怒りさえ湧いた。
失敗続きで運良く生き長らえた時だって、仲間を見捨てるなんて酷い行いは考えもしなかった。
「ダッフルにトートだ」
シャーリーは真顔でキッパリと明かした。
「あの二人ですか。あまり話したことはありませんでしたが、なんてことを……」
ルイは残念そうに目を伏せる。
裏切られた姫勇者は、突然乾いた笑いを漏らした。
「いやぁ、仲良くやってると思っていたんだが。流石に人として、勇者として薄情という他ないな」
そして言い切った直後に両手をわなわな震わせて、憤怒の形相で虚空を睨みつけた。
「ダッフルにトートめ、邪鏡を壊しきる旅が終わったら手配書を国中に出して必ず見つけだし、市中引き回しの刑にしてやるからな」
彼女には何もない空間に、卑怯者達の顔が浮かんで見えるようだ。
語気を荒げに荒げた王女殿下に、ルイは身を縮こませて怯えた。
「ひぃぃ。王女様がお怒りですぅ!」
「尋常じゃないくらい殺気がヤバいわね」
ランナもシャーリーの突然の感情変化に気圧される。
数瞬後に引き気味の視線に気がついた怒り姫は、ばつが悪そうな顔で咳払いをした。
「と、まぁー過ぎたことだ。人間、人生に絶望してしまう出来事もあれば、素晴らしい出会いに恵まれる日もある。今日はそんな日だ。君達がいたから、ワタシは勇者としてまた明日を生きていけるのだからな」
本心ではあるが、不自然な流れで人生論と感謝の言葉を入れて話を締めたシャーリー。
誇り以外は王女とは思えない言動が大半な彼女に対し、ランナの中で「何故」がまた湧き出たのだった。
「ねぇ、シャーリー。あたし思ったんだけどさ」
「何だランナ?」
「王女殿下がさ、わざわざ危険の最前線に向かわれる必要なんてないのに、どうして勇者になろうとしたのかなって。ねぇルイ?」
話を振られたルイも真面目な表情で同意した。
「そうですね。私達とはワケが違いますし、そもそも国王様や王妃様、臣下の方々に至るまで国の中枢にいる方々に猛反対されそうですしね」
平民勇者らの素朴な疑問を受けた姫勇者は、真剣な顔つきで口を開いた。




