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激臭の女勇者ランナ  作者: 阿国豊山
アジャラ峠でにおいを出しまくろう
25/29

生理的に無理な大眷属ウッホ 後編

「グォッ。ゴフ。クセェッ、臭過ぎだべ!? あがが、頭が、頭がおかしくなるぅ!」

 

 頭の中を侵食する割れるような激痛に負けて倒れ、地面をのたうち回る。


(アガガッ! 誰か、誰か助けてくんろ!)


 斬られたわけでも潰されたわけでもない、経験のない痛絶から逃れたい一心で赤い空へ手を伸ばした彼の視界に映ったのは、満面の笑みを浮かべて見下ろすランナだった。


「嗅いでくれたわね。あたしの大聖霊魔法、芳醇大酔香を」


 告げられたのは、耳を疑う言葉だった。


「だっ、大聖霊魔法だどっ!?」


 ウッホはあまりの衝撃に、ひっくり返った声で聞き返した。


「そうよ。驚くのも無理ないわよねー、ただの魔法剣士だと思ってた相手が、大聖霊と契約してたなんて考えもしないだろうしっ」

「ましゃかッ、ましゃかそんなッ」


 頭を抱えて苦しむウッホへ、ランナは淡々とした口調で大聖霊魔法について語り続ける。


「あんたらの親玉がむかーし昔に石板にして封じた、においを司る大聖霊ヌンキ。あたしはその石板を壊して、ヌンキ様と契約していたのよ」

「なぬぅ!?」


 主と戦った末に石板へ封印されたにおいの力を操る大聖霊ヌンキを、未熟な小娘勇者が解き放って力を得た――デタラメ話にしか思えず、おいそれと信じられないウッホだが、


(こんなガキが、大聖霊ヌンキを救い契約をッ……)


 しかし現実。

 鼻に残る激臭の残滓が、嗅覚を攻め続けて目眩も消えさせない。


(しかしヒデェ臭いだ。これがあのヌンキの大聖霊魔法なのか!)


 ここまでやられれば、大眷属の自身を地へ伏せさせた小娘の言葉と力を認めざるおえなかったが、


(ぐ、おぉッ……お、頭の痛みがちょい軽くなったべ!?)


 彼のプライドからくる気合に身体が応えたのか、頭痛が少しだけ治まったようだ。

 ウッホの持ち直しは流石に見抜けないランナは、肩の上に剣を構えた。


「アンタは魔法の発現を未然に防げるくらい反応力と速さが激ヤバだけど、おつむが弱いし芳醇大酔香を受けて平気でいられる程強くはなかった。ここで終わりよ」


 慢心大眷属に非情な現実を突きつけ、冷淡な瞳で睨みつける。


「それじゃあ、永久にさようなら」


 そう言って、沈黙のウッホにトドメの一振りを放とうとした次の瞬間だった。


「ハァッ!」


 危機脱出のタイミングを伺っていたウッホが動いた。

 素早く立ち上がり、ランナ達から距離をとるように後方へ飛んだのだ。


「えぇ!?」


 剣を振り下ろそうとしていたランナ、近くにいて気を緩ませていたルイは、敵の突如の復活に驚愕して、揃って尻もちをついた。

 確信していた勝利がいきなり崩れた二人は、空いた口が塞がらない。

 敵の特殊技能の前に苦戦したものの、耐えきって連携し、大聖霊魔法を浴びせれた。大眷属でさえも芳醇大酔香には耐えきれないとは、すでに実証している。 

 だから慢心していた。もはや敵は戦闘不能。生殺与奪は自分達が握っているのだと。


「クソぉ、オラがこんな無様な……! 許さねぇ、絶対許さねぇッ」


 鼻息荒く勇者達を睨みつけたウッホだが頭痛と目眩は完全に消えたわけではない。ズキッと痛む頭を片手で抱え、ふらめきながらも恨み節を呟く。

 ランナとルイは我に返って追撃態勢をとるが、動揺は未だ残っている。


「嘘でしょ。芳醇大酔香を嗅いだはずなのに動けてるなんて……」


 ランナは特にショックが強かった。


「むむむ。考えられるとしたら、空に向かって放ったから落ちてる最中に範囲内で一瞬吸っただけで、動けなくなる量は吸わず不充分だったかもしれませんね」


 ルイがぱっと頭に浮かんだ仮説を立てたが、ランナも十分納得できるものであった。


「においを吸わせた時間の長さも関係あるのかもね。アイツの耐久力や根性が、馬男の大眷属より上だから耐えれた可能性もあるでしょうけど」

「それでも、倒すまでに至らずとも弱体化はしたはずです。様子からみるに、先程みたいに全て邪魔される事態にはならないかと」

「えぇ。やっと勝負論が出てきたってことにしときましょ」


 ルイは指先を光らせ、ランナは剣の切っ先をウッホへ向けた。


「往生際が悪いわね。今のアンタなんか怖くない、トドメをさしてやるわ!」


 煽り立てられたウッホは憤激した。


「クソ、いい気になりやがって。どこまでもムカつくおなご連中め――ウッ」


 頭痛は治りきっておらず、移動はともかく戦えるまでの状態には未だ回復していない。それどころか精神面への悪影響が強くなる一方である。

 闘気と殺気、集中力が少しづつ消えていき……そして、一つの選択が生まれた。

 迫られる決断。ウッホは多少迷ったものの、自身にとって最善の道を選んだ。


「こうなったら、うぉぉぉッ!」


 いきなり声を張り上げ、両手で胸を叩いて鳴らしたウッホへ、ランナとルイはギョッと慄いた。


「――ッ!?」


 咆哮と胸叩きが終わり、悔しそうに唇を噛んだウッホが、目を三角にして勇者達を睨みつける。

 更なる緊張がはしる中、彼は肩で息をしながら言い放つ。


「逃げるが勝ちだっぺ!?」

「は!?」


 驚きの声が重なる。

 唐突な行動と発言の連鎖に唖然としかけるランナ達をよそに、ウッホは背を向けて戦いから逃げ出した。


「ちょ、ちょっとランナ! 呆けてる場合じゃないです、ウッホが邪鏡の中に逃げちゃいますよッ」


 相棒へ慌てて声掛けたルイは、あっという間に離れていくウッホを指差して喚いた。

 邪鏡は闇の大陸シウバと繋がっているのだ。


「そ、そうだわッ、追わないと!」


 釣った魚を逃がすわけにはいかない。ランナとルイは急いで追うも、ウッホに俊敏さでは敵わない。

 二人が塔の前へ着いた時には、すでに驚異の跳躍力で屋上までひとっ飛びしていたのだ。


「なんてデタラメな! もうあんなところにッ」


 焦燥のルイが指を光らせて、聖霊文字を描こうとするが、


「あッ……」


 直前で冷静になって動きをピタっと止める。

 ランナも立ち止まってルイの肩に手を置き、残念そうにかぶりを振った。


「やられた。ここから魔法を放ったらあの子が巻き添えになっちゃうしボロ塔は更に壊れるし、そもそも間に合わない。残念だけど逃がすしかないわ」

「読めなかった。あんなプライド高い自惚れ屋が持ち場や攫おうとしてる人、ましてや邪鏡を捨てて逃げるなんて」


 ルイは大きくため息を吐いた。

 勇者達は敵の逃亡を眺めることしかできない。

 邪鏡に入る直前、ウッホはぐったりとした磔の少女の顔を覗き込んだ。


「すまん未来の嫁よ、必ず舞い戻るっぺ! 今はオラ、戦いでもおめぇどころでもねぇ、自分の身が惜しいだよ。だって、オラが死んだらおめぇと結ばれることはできねぇからな!」


 軽い調子で謝罪と約束を言葉にして伝える。

 肉体と精神の限界のあまり、九割意識を閉じている少女は無言のままだった。

 ウッホは返事を待たずに、鏡面へ飛び込むように突っ込んだ。水面へ波紋が広がるようにして、鏡面がゆらゆら揺れる。彼は「向こう側」に入ったのだ。

 敵のお見送りを終えて悔しさを表情に滲ませていた二人は、それでも感情を処理して多少落ち着きを取り戻し、顔を見合わせた。


「苦労して山を登って戦いまくって、大眷属を倒す間際だったのに……でも、これが人生ってやつなんでしょうね。撃退しただけでもよしとしましょうか」

「まだ油断できないわ。何をするか読めない奴だし、ただ増援を呼びに戻っただけかも」


 屋上を見上げたランナは、険しい顔つきで邪鏡を眺めながら言った。


「ありえますね」


 ルイは同調した。


「でしょ。上に着いたらすぐに邪鏡を割って、それからあの子を助けるって感じでいきましょ」


 急行。ランナとルイは塔に入った。

 内部はボロボロで、上の階に上る手段である梯子は大破していた。そのため、ルイの風の聖霊魔法、ファンファンを使用することにした。

 風の力を調整、一点集中させて対象を傷つけずに巻き上げる補助的な魔法で、効力時間は数瞬である。

 ルイの実力だと過度に重くない人間一人ならば、上の階に上げることが可能だ。

 とはいえ、できるだけ負担が掛からないよう剣以外の重い装備や持ち物を置いたランナとルイは、ファンファンの効力で数回巻き上がり、屋上階へ辿り着いたのだった。

 そこには禍々しくて大きな邪鏡と、隣で磔にされた少女がいた。

 身に纏った装束もボロボロで、肌も痛々しい傷が目立つ。俯いてはいるものの、風で髪がなびいて素顔が少し見えた……しかし顔全体が汚れているのもあって、誰であるかは特定できない。

 やはり間近で確認する必要がある。「うぅ……」と苦しみ喘ぐような声を出しているので、生きているのは確かだった。


「良かった。誰かまではわかりませんが、生きてはいるようです」

「嫁にするなんてほざいてたから殺しはしないと思ってたけど、かなり弱ってる。ちょっと待っててね、邪鏡をぱぱっと壊してからすぐ助けるわ」


 同期の生存にひとまず安堵したルイとランナは、邪鏡と対峙した、


「二つ目の邪鏡か。ルイ……あたしさ、ちょっとやってみたいことがあるんだけど」

「なんですか?」

「こういう高いところからデカい鏡を落とせばガシャーン、バリーンて盛大に割れて壊れるでしょうけど、それってめっちゃ気持ち良さそうじゃない?」

「は、はぁ……?」


 神妙な様子から一転、ウキウキした口調で共感できない癖を語られて、ルイは戸惑った。


(あれ? ルイにはわかんないのかな)


 理解に苦しむといった視線が痛い。  

 相棒の反応が思いのほか悪かったので、若干の気まずさを覚えたランナは、


「ほら、アレよ! 見た瞬間思ったんだけど、ここ広くなかったし、剣や魔法で大きな鏡を割ったら破片が飛び散ってあたし達やこの子も危ないかなってさ! そこも言ってるのよ、あたしは」


 自身の「変な癖」だけではなく、正当な理由も考慮しての発言だと加えて補足する。

 ルイは屋上を見渡した。


「まぁ、言われてみれば確かに……」


 拭えない違和感は残ったものの、それでも一理ありと概ね納得したようだ。


「でしょでしょ? じゃあ、早速動かすわよ」

「はい。ぐぐぐ……中々重いですね」


 二人は力を合わせて邪鏡を押して、落とす間際の位置まで動かした。


「せーの!」


 最後に掛け声を合わせ、力を込め邪鏡を押し倒す。

 落下していった邪鏡はやがて地面と接触し、ランナの言うガシャーン、バリーンという大きな音を立てて鏡面もろとも砕け割れたのである。

 身を乗り出して様子を眺めていた二人――ランナは目を輝かせてはしゃいだ。


「わー! すごーい、バラバラに壊れちゃった! いやー、試してみたかったのよね、こういうの」

「そりゃあこの高さから落とせば邪鏡といえど割れて壊れますよ。だから、で? という話ですけど」


 ランナはモノを落として壊した際に、爽快感と興奮が生じる人なのだろうとなんとなく察したルイであるが、彼女にとってはやはり理解できない楽しみに違いない。


(前回の馬男にトドメの滅多打ちをした時の嬉しそうな様子といい、モノを落として楽しんだりする変な癖を持っていたりといい勇者……いや、人として大丈夫なんですかね)


 徐々に消失していく邪鏡結界を眺めて「やったー!」と跳ねて喜びを体現するランナを、ルイがじとっと見つめる。相棒の人格が色んな意味で心配になってしまった。


「――ハッ!」


 怪訝な表情を向けられていると気がついたランナは、咳払いをして、


「と、ともかく二個目の邪鏡を壊すのに成功したわ! 大眷属を逃がしはしたけど、アジャラ山の平和は取り戻せたわね。あとはあの子を降ろすだけよ」


 二度目の気まずい空気を変えようと、強引に話題を変える。

 ルイも切り替えて頷いた。


「そうですね。もう助かったんだよって、早く安心させてあげたいです」


 脅威を取り払った今、磔の少女を早く降ろしてあげなければいけない。

 ルイとランナは木の柱に駆け寄った。

 ランナがよじ登って縄を切り、二人がかりで少女を抱えて寝かせる。

 とうとう対面。少女の顔を間近で見た瞬間、二人の心臓が早鐘のように鳴った。


「ルイ。やっぱりこの子……!」

「間違いありませんね。この子――というか、このお方は!」


 黒髪の少女は、二人が可能性を視野に入れていた人物その人だったのだ。

「ロイヤルな彼女」は、平民勇者らに頭上で喚かれても未だ覚醒せず、覚めない悪夢を見ているのかの如くうなされたままであった。

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