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激臭の女勇者ランナ  作者: 阿国豊山
アジャラ峠でにおいを出しまくろう
20/29

入山! アジャラ山 前編

 ガルナン南西部に位置するアジャラ山。

 その山道は麓のワニの町とヒーロの町を結ぶため拡幅整備された交通路である。二つの町を繋ぐ道の中では、最も短いルートだ。往来も盛んで商人の物流ルートとしての役目も果たしていたが、現在は日中でも人気はない。

 峠付近に現存する、かつてネックス王国軍に攻落された悪逆非道な山賊団の砦に、邪神ミルンの眷属である羽黒虫によって邪鏡が置かれて結界が発現し、山全体が邪神の眷属が跋扈する危険地帯になってしまったからだ。

 はた迷惑な脅威を排除すべく挑戦した何組かの勇者パーティは、もれなく散っていった。

 人々はアジャラ山を無理に越えず、遠回りの迂回ルートを通るしか現状の手立てはない。

 だが人間達は諦めない。今日もまた、勇気ある挑戦者が一組いた。

 ランナとルイである。二人は早朝にワニの町を発ち、アジャラ山の砦を攻略すべく山道へ入った。

 それから時間は経って現在――青空に浮かぶ太陽は、すでに頂点から降り始めたようだ。

 勾配が急な坂道をよろよろ登っていたルイが、額から流れる汗を拭いながら両足を止めた。


「待って下さいよーランナ。私の足が悲鳴を上げています。何卒、何卒休憩を」


 悠々と先を歩く相棒を見上げて懇願した。

 呼ばれたランナは振り返って一息ついた後、限界を訴えるルイを呆れた顔で見下ろす。


「さっきお昼ご飯食べて休んだばっかじゃん。てか毎回体力切れるの激早でしょ。そんなんじゃ、勇者ドリームなんて掴めないわよ」

「今からそんな気合入れてどうするんですかー。まだ眷属の一体すら出てきてないんですよ」

 

 ルイは掠れた声で文句を言った。

 木々に囲まれた道は、鳥の鳴き声が聴こえたりたまに横切る動物がいるくらいで、眷属の姿は未だ見えない。 

 

「警戒はしてるけど、別に今は気合入れてないわよ。こんな山道とか長い距離を歩くのを想定して学園で鍛えてきたんだから、多少険しかろうが平気だもの」


 ランナは腰に手を当てて、得意げに言った。


「私だってそれなり走らされたりしましたが、ランナとは地が違うんです。そこんとこ考慮して下さい」


 ぶつくさ言いながらも、ルイは少しづつ自分のペースで登った。

 やがて追いついた彼女の手を引っ張ったランナは、


「しょうがないわねー。また少し休みましょうか」


 そのまま近くの木陰に移動した。

 ドサッと腰を下ろしたルイは、肩にかけた大きな革袋から革の水筒を取り出し、口につけてゴクゴクと勢いよく水を飲んだ。


「はー、生き返りましたぁ」 


 水分補給で満たされたルイだが、登ってきた道とこれから登る道を交互に見やり、溜息をついた。


「それにしても結構登ってきましたが、まだまだですね。あとどのくらいなんでしょう」

「町長さんが言うには、峠に着けば邪鏡結界が見えるそうだけど」


 水筒で少しだけ水を飲んだ後、ランナが答えた。

 

「じゃあまだまだですねー。はぁ、骨が折れます」

 

 と、嘆くルイ。

 木々の葉が、風でざわざわと囁くように音を立てて揺れている。

 先の長い山道を眺めていたランナが、不意に何かを思い出したのか、ハッとした顔でルイを見た。


「あ……そういえばルイ、眷属と遭遇する前にアレを見せてもらわないと」

「アレとは、例のアレですか?」

「うん。あんたがワニのお店で見つけて買ったっていう芳醇大酔香対策の道具、ちゃんと見せて。これならにおいを防げるかもですって言ってたやつ」


 ワニの町の雑貨屋でルイが購入し、もったいぶるように「後々のお楽しみです」と革袋にしまったモノである。

 ランナが促すと、ルイは口元を緩めた。


「そうでしたね。戦いの前にお見せしましょう」


 ルイがまた革袋の中を漁り、ランナへ差し出したソレは、木製の仮面だった。

 口にあたる部分が、鳥の嘴みたいに長く尖っているのが特徴的だ。色褪せてはいるが、カラフルな彩色も施されている。


「コレ、仮面よね? 口が妙に尖ってるけど……」

 

 手にとった奇妙な仮面をまじまじと眺めながら、ランナは確認するように訊いた。


「仮面は仮面ですが、ただの仮面ではありません。魔法使い科の座学でチラッと話が出てきたもので、実物を手に取るのは私も初めてです。この目立ってる嘴部分が大事なところなんですよ」


 意味深に答えたルイは、変わった仮面について解説を始める。


「歴史の話になりますが。私達が生まれる前の時代、ネックス王国にスカルゴンという魔物がいました。そいつは畑を荒らしたり人を襲ったりと、恐れられたそうで。しかも体臭や吐く息と何から何までとても臭く、まともに退治もできないくらいだったそうです」

「魔物か。眷属みたいに危険で厄介な生き物ね」


 魔物――ガルナン大陸に生息する怪物の総称だ。

 邪神の眷属とは似ているようで異なる生物であり、眷属のように死すると肉体が消失することはない。

 穏やかで無害な魔物もいれば、人間に害を為す魔物もいるが、個体数は多くない種が大半だ。

 近年は邪鏡から召喚された眷属と争って殺されたり食われたりと数を減らされているのに加えて、人間側にも武器や防具の素材にするためと乱獲され、絶滅の危機に瀕している種もいるという。


「で、そのスカルゴンって激臭魔物が変な仮面と何の関係があるのよ」


 ランナが小首を傾げて話の先を促した。

 ルイが「まぁまぁ、これから話しますから」と、宥めるように両手を前に出した。


「この仮面は奴らの臭い対策として、当時の国王の側近だった魔法使いが考案して作らせたものなんですって。悪臭を浄化する効果があるアロンマの木で作られているそうです。尚且つ嘴の内側にも同様の効果がある、アロンマの葉の香料を塗り込むことにより浄化力を強化した結果、奴らの臭いを気にせず戦って退治しきれたという話を魔法科の先生、大魔法使いミウナ様が仰ってました」


 激臭浄化仮面が生まれた経緯を知ったランナは、期待に瞳を輝かせた。


「凄いじゃん! じゃあそれをかぶって戦えば、芳醇大酔香のにおいを嗅いでも平気でいられるかもしれないってワケね」


 ルイが希望に満ちた表情で頷く。


「えぇ。店主が言うには使われなくなった仮面を親族から引き取ったそうで。アロンマの葉の香料も、現代では悪臭浄化効果を利用する人のため普通に売られているので一緒に買えましたし。大聖霊魔法によるにおいを浄化できるかは未知の領域ですが、試す価値は大いにありですよ」


 と、言い終えたルイは小さな胸を張った。


「よーし、今日の戦いでさっそく試そー!」


 問題解決の可能性が生まれた。

 更にやる気が漲ったランナは、跳ねるように立ち上がる。


「結構休めたでしょ? ぼちぼち山登り再開よ」

「えぇ。皆が安心して山道を通れるようにするため、元気に務めを果たすとしましょうか」


 ルイも立ち上がり、土や草をはらって前を向いた。

 事あるごとに弱音を吐いてみる彼女であるが、瞳に灯った強い意志は消えることなく燃え続けている。


「その意気よ。今日も一緒に頑張るわよ」


 ランナがニカッと笑い、再び先導する。

 そして二人が山道を再び歩き出して、間もなくの時だった――


「しかし眷属は全く出てきませんねぇ。さては私の放つ只者ではない空気感を感じ取り、迂闊に手を出せないので――あたッ!?」


 冗談を調子良く言っていた最中、ランナが突然立ち止まったためルイはぶつかった。


「いたた、何ですかランナ。いきなり止まらないで下さい」


 鼻を押さえて抗議するも、


「ルイ、何か来るわ」 


 ランナは振り向かず、真剣な声色で返した。 


「何か?」


 鳥のさえずりや獣の鳴き声以外の音がルイにも聴こえた。

 段々大きくなり、慌ただしく地を踏みしめる音と叫びのような声が合わさって、耳を騒がせる。

 確実に近づいている。緊張間が生まれた二人は顔を見合わせ、意識を戦闘に切り替える。

 ゆるやかになってきた山道の先に視線を定めると、騒がしい音をまき散らしながら向かってくる存在の全容が明らかとなった。

 視界に映したランナとルイは、仰け反ってしまうまでに驚いたのである。


「え!? ジョウ達じゃん!?」

「しかもただ事ではない様子ですッ!?」


 廃都ヒノエで別れた相性最悪の同期パーティーと、予期せぬ再会を果たしたのだ。

 彼らがただ走り向かってくるだけならば、そこまで驚きはしなかった。三人の状態が色んな意味でおかし過ぎたのである。


「うわぁぁぁぁぁッ!」


 タブ。


「ママーッ! 助けてーッ!?」


 ジョウ。


「敵わない強いッ強すぎるッ! うほぉァァアッ!」


 ステップ。

 全員が衣服や鎧を纏わず下着一丁かつ涙目で、それぞれの得物や革袋を抱え、酷く慄いた様子で山道を落ちるように駆け下りてきたのだから。

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