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激臭の女勇者ランナ  作者: 阿国豊山
あたしがにおいの力を手にするまで
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今日も今日とて。

 人間が邪悪なる神にその眷属と果てなき争いを続ける、アオモンという大陸があった。

 有史始まって以来、双方共に多大なる犠牲を出した戦争が幾度もあったが、未だ決着はついていない。

 聖霊が生きる雄大な自然と多様な人間文化が共存するアオモン大陸のガルナンの大地では現在、各所に邪神勢力が施したある「装置」が人々を苦しませていた。

 そんな今日――猛禽が謳歌する澄み渡った空の下、ガルナン南西部に位置する巨大な一枚岩、ジャルロックの周囲に広がる森の入り口へ、装置の一つを排除すべく二人の人間が訪れていた。

 一人目。背中にかかる鮮やかな紅色髪を黒いリボンで頭の左側に結わえ、赤を基調とした装束の上に使い込まれた革鎧を身につけた少女。健康的な肌の色の、切れ長の黒い瞳が印象的な華のある顔立ちの美人である。腰の鞘に青銅剣を携えた彼女は剣士。

 名をランナといった。


「よーし。やっと着いたわよ、ジャルロックの森!」

 

 よく通る声を響かせたランナは額の汗をぬぐった後、前方に広がる原生林を見据えて決意表明する。


「さっそく森の奥を目指して邪鏡がある洞窟を探すわよ! 前のパーティは失敗したけど、あたし達が絶対に破壊するんだから!」

「今日も元気だけはいいですねー、ランナは。私なんてもう、ここまで歩いてきただけで疲れちゃったんですけど」

 

 二人目。光沢のあるふわふわしたセミロングの銀髪を掻きながら、気だるそうに返したクリアな声色の少女の名はルイという。

 雪のような白い肌にぱっちりした瑠璃色の瞳の、童顔で可愛らしい顔立ちの少女だ。

 背丈はランナの頭一つ分小さい。年季の入ったフード付きの茶色いローブを纏い、左手の人差し指に木彫りの指輪を嵌めている彼女は、聖霊と契約し不可思議の力を操る魔法使いである


「元気だけはとは何よ。おこだよそれ」

 

 ランナが相棒を不満げに見つめながら言った。


「てか、情けないこと言わないでよルイ」


 そして、自身らがこの地を訪れた目的を再確認するように語る。


「邪神ミルンの眷属がこそこそとガルナンの大地に放った転移の邪鏡のせいで、眷属が闇の大地シウバから邪鏡を通って出入りしてるヤバい状況なのよ。この病魔みたいな奴らの策略を叩き潰せるのはあたし達勇者のみ! 邪鏡を壊して壊して全て壊しつくすんだから!」

 

 拳にも力が入り口調が熱く荒くなるが、ルイは欠伸を漏らしながら返す。


「学園で嫌という程聞きましたし、そもそも百も承知ですって。あーあ、誰か代わりにジャルロックの洞窟に行って、邪鏡を壊して手柄を譲ってくれる親切な勇者はいませんかねぇ」

 

 あしらいながらの多力本願。ランナが呆れたように息を吐いた。


「何言ってんの。アンタはどれだけやる気ないのよー」

 

 一拍置いた後に気を取り直し、やる気全開の調子で想いを伝える。


「ルイにも限界を越えて頑張ってもらわないと。今日こそ勇者の使命を果たす時よ、私達の記念すべき邪鏡粉砕初体験記念日にするんだから!」

「私達、失敗続きですからねぇ。ここまで上手くいかないとなると、気分も萎え萎えですよ」

 

 成果が出ない日々を嘆き、テンションが盛り下がる発言を重ねるルイにランナはムッとしながらも、前を向かせるため更に熱い言葉をかける。


「だ、か、ら! 今日こそ決めるって言ってるでしょ! 弱気になったらもう負けなんだから、気合と根気でいくわよ!」

「わー、でたーランナの暑苦しい根性論。それで上手くいった試しがないですのに」

 

 効果は今ひとつのようだが、めげないランナはずいと顔を近づけ、ルイの両頬をぐにぐにと抓った。 


「ぶーぶー言ってないで覚悟決めなさい! どのみち行くしかないのよ、あたし達は!」

「ふぁー! ふぁかりました、ふぁかりましたからぁ! 本日も粉骨砕身で頑張らせて頂きますってば!」

 

 無理やりに説得されたルイは、とうとう観念する。

 ランナは望みの言葉を聞いた瞬間に、ぱっと頬を抓る手を離した。


「わかればよろしい。じゃあ出発よ!」

 

 勇んで先導するランナの後ろへ、しぶしぶ歩き出したルイがついて行く。

 ハリキリ剣士とダウナー魔法使いは、不気味な程静寂に包まれたジャルロックの森へと入った。

 獣の気配すらない木々の中を警戒しながら進む二人は、揃って立ち止まる。


「ルイ、邪鏡の結界が見えたわよ」

「えぇ。そろそろという感じですね」


 二人は強張った表情で前方を見据える。

 数歩先には、泥水みたいに淀んだ壁のようなものがあった。それは森を、ジャルロックを半球形に包んでしまうまでの規模の、人知を超えた巨大さだった。

 向こう側は地形や色が変化しているわけではないが、邪神の眷属が蠢く危険地帯なのだ。


「人間を少人数、それもあたし達みたいな十代の若さの人間しか入れないようにしてるワケのわからない結界……。こんなものをガルナン中に発現させて、ふざけたことしてくれるわ」

 

 苛立ち顔のランナがつんつんと邪鏡の結界と呼んだものに触ると、揺れる水面のように波紋が広がっていく。


「しかも眷属側は制限なしと。転移魔法のような力があるだけでなくでたらめな効力を有した巨大結界をずっと維持できる鏡を量産してくるとは、邪神の力は凄まじいですよ。王国随一の魔法使い、ミウ先生ですら外側からは解除不可能の厄介な結界ですもん」

 

 ルイが邪鏡の結界を難しい顔で眺めながら、厳しい現状を解説した。

 魔法使いとしてトップクラスの人物ですらおてあげな邪神の所業は、脅威でしかない。

 それでも、ランナの瞳から希望の光は決して消えない。


「でも邪鏡を壊せば結界が消えるのは確かだからね、絶対解除できないワケじゃない。あたし達十代の勇者がやらずに誰がやるのよ。行くわよルイ」

 

 そう言って、ランナはルイへ手を差し出した。

 底なしポジティブで元気を分けられた魔法使いは小さな笑みを浮かべ、相棒の手を取る。


「敵わないですねぇランナには。よし、やったりましょうか」

 

 いっそうに気を引き締めた二人は、手を繋いで結界の中へ入った。

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