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激臭の女勇者ランナ  作者: 阿国豊山
女勇者あたし、においがヤバい
19/29

その頃、レックス王国王都勇者学園では…… 後編

 勇者学園内会議室。

 円卓を囲むレジェンド元勇者の教員一同と騎士団副団長の表情は、ザートルの報告を受けて一様に厳しくなった。


「破壊された邪鏡の数は想定以下で、解散したパーティーの数は想定以上と。変わらず好転せず、か」


 円卓の奥の席に座るジャンナ学園長は、苦しげにため息をついた。

 彼から見て左側手前の席に座るザートルは、眉間にしわを寄せて報告を続ける。


「空から確認した国内の結界数、パーティー数に関しては前回同様に王都へ帰還し、勇者を辞める旨を伝えにきたパーティーと各町村の長達からの報告を合わせた数のみの統計だ。全員揃わずとも退く意思や現状報告をしてもらうため学園へ戻るのは決まり事になっているが、実際は怪我や精神を壊した影響で、それどころでないパーティーも相当数あるだろう」

「現地で解散してそのままの子達もいるでしょうしね。仲間を失い続行不可能、もしくは全滅……あまり考えたくないけど」

 

 深紫色のローブを纏い、眼鏡をかけた妙齢の女性が、悲しげに目を伏せた。

 ザートルの隣の席に座る彼女は魔法科担当の教員であり、かつてジャンナと共に邪神ミルンと戦った勇者パーティーの一人、ミウナだ。


「鍛錬を積んで勇者になろうが、大半は上手くいくはずもない。何せ実戦経験のない少年少女達がぶっつけ本番で命のやりとりをし続けるのだからな。わかっていたことだが、いざ聞かされれば堪えるが」


 ザートルの向かい側の席に座る、頬から口周りにかけて草むらのような髭を生やした細目の中年男が、腕を組みながら沈痛な面持ちで言った。

 スキンヘッドでいかつい顔立ちだが、彼もまたジャンナの仲間で戦士科の教員である。

 上着の類は着ておらず、鍛え上げられた逆三角形の上半身を常に晒している彼は腹が冷えやすくて緩く、生徒達の鍛錬中は便所に籠っていた。


「それに他国も似たような現状だという話が使者から入ってきていると国王様が仰られていた。我が国同様、観光資源を乗っ取られたり田畑を荒らされたり等好き放題されてる。どこも厳しいようだな」

 

 各国の状況を補足したザートルが、難しい表情でジャンナへ向き直った。


「国内各所の砦でも兵士達が眷属の対処に疲弊しきっている。旅を続けている勇者達も精神的肉体的にもいつまで持つか。学園長、今後の状況次第では二期生を一期生より早めに送り出す必要があるかもしれんぞ」


 窮余の策を提案するが、ジャンナはすぐには返答せず悩むように唸るのみだ。

 そして、反対意見を持つ教員も当然いた。


「早計よ。一期生がすぐに成果を出せなくても、二期生を指導の途中で送り出すわけにはいかないわ。それこそ二の舞になる可能性大じゃない」

 

 ミウナが落ち着いた口調でザートルの意見に反対した。


「ミウナよ、全てが想定外の非常事態なのだ。心苦しいがこれ以上現状が厳しくなるようであれば、それしか手立てはないと考えている」


 ザートルは彼女の反論に冷静な口調で答えた。


「しかしだなザートル、ヒヨッコをヒヨッコのままで送り出すのは我も賛同しかねる。苦境ではあるが、生き残った一期生がここから奮闘し続ける可能性もあるし、まだ様子を見てはどうか」


 ポットダンも乗り気ではなく、ミウナと同意見だ。

 だが実際に国内を飛び周り、危機を肌で感じているザートルは意見を曲げない。

 

「現実は非情だ、ポットダン。一期生が全滅してしまえば邪鏡は減らないうえ、こちらが気長に構えてる間に奴らが侵攻してきたり新たな邪鏡を追加設置する可能性もあるのだぞ。最悪を常に想定し、邪鏡を減らす方針を重要視した結果、二期生を早期に送り出す案が浮かんだのだ」


 ポットダンとミウナへ、真剣に語り続ける。


「それに指導期間に関してはカリキュラムを見直して詰める等、やりようはある……が、俺とて良策だとは思っていない。二期生にも負担を強いてしまうし、問題点も出てくるだろう。むしろ苦肉の策だとは理解している。だが先刻も言った通り今は非常事態、余裕を持った指導ができなくなる可能性も考慮せねば」

「むぅ……致し方なしか」

「分かったわ、ザートル。悠長な時間はないと考えてほしいってことね」


 ザートルの想いと考えを受け取ったポットダンとミウナは、他の打開策も思い浮かばず、ひとまず納得する。

 一同が過酷な現実を認識して場の空気がどんよりと暗くなる中、突然バンッ! という大きな音が響き、皆の視線がある人物へ向けられた。

 ミウナの向かい側の席で、元勇者達の会議を傾聴していたネックス王国騎士団副団長シェイドが、溢れる激情を抑えきれず机を手で叩いたのだ。


「邪神ミルンめ、猪突猛進に攻めてくるだけしか脳のなかった阿呆の悪神が、何故にここへきて年齢と人数制限のある結界を生成する邪鏡をガルナン全土へばら撒くといった、非道で厄介なマネをッ」


 彼は怒りに焦燥、困惑と様々な感情が入り混じった複雑な表情を浮かべて、思いの丈を叫ぶ。


「ジャンナ学園長率いる歴戦の勇者達が! 幾多の実戦を経験してきた屈強なる騎士団と魔法隊が、結界内に入れさえすればッ」

 

 百戦錬磨のレックス王国軍が邪鏡結界に攻め入ることができたのなら、すぐに事態を解決へ導けるのにと、想像の話を口に出してしまう程に悔しんでいた。


「落ち着けシェイド。もしも話をしてもしょうがないだろう」


 ポットダンが身を乗り出して注意する。


「あ――し、失礼しましたッ」


 シェイドは多少我にかえったものの、瞳に宿る憂いは消えないままだ。    


「ですがポットダン殿。我らさえ結界へ出撃できれば少年少女達はもとより、姫様が勇者として活動するという志しを持たずとも済んだのにと現実逃避せずにはいられなくて。こうしている今も、姫様の身に何か起きていないかと心配で息が詰まりそうです……!」


 落ち着けと言われても結局落ち着けずそわそわする彼は、王族でありながら勇者となったプリンセスが、特に心配でならないようだ。

 そんなシェイドの心情を少しでも安定させようと、ザートルは彼女の動向を話しだしたのだが――


「シャーリー様率いるパーティーの所在に関する情報もあるぞ。アジャラ山の邪鏡を破壊しに向かわれたそうだ」


 シェイドの強張っていた表情が少し和らいだ。


「ご健在であったか! 良かった……では姫様達はその後、邪鏡の破壊に成功されたのでしょうか?」


 ザートルは首を振った。


「話を聞いてアジャラ山上空を通ってみたが、生い茂る木々の中からは発見できなかった。邪鏡があるとされる砦付近も結界の範囲が広くて近づけなかったしな。申し訳ないが、シャーリー様一行がその後どうなったのかまではわからん」


 安否不明。

 シェイドはがっくり肩を落とすと、わなわなと身を震わせた。

 

「そんな。やはり心配だ、すこぶる心配だ。創造神よ、どうかシャーリー様に御加護を施したまえ。というかマジでシャーリー様を救え! お願いしてるんじゃない、命令だマジで救え! 救ってくれぇ!」

 

 ザートルがよかれと思い話した情報が裏目に出た。

 シェイドが発狂したように甲高い声を出しながら天に祈る異様な様相を、一同は真顔で見つめる。

 程なくしてジャンナが大きく息を吸い込み、


「落ち着けやシェイドォッ!」


 あらん限りの声を張り上げて怒鳴った。

 空間を揺るがすような声量にも元勇者一同は慣れたもので驚かないが、怒られた副騎士団長はギョっとして完全に我へかえった。


「はっ! 申し訳ありませんジャンナ様!」


 背筋をピンと伸ばして、謝罪の言葉を述べながら深く頭を下げた。

 ジャンナは重ねて怒ることはなく、諭すように言葉を続ける。


「シャーリー王女殿下が窮地に陥ってるかもしれねぇ現状に心を痛めてんのは俺らも同じだ。けどよ、オロオロしたって何も変わらねぇぞ」

「えぇ、仰る通りです。取り乱してしまいました」

「分かりゃあいいさ。まぁよ、皆狂いそうになる気持ちを必死に押し込めてんだ。ミルンのふざけた結界に振り回され、未来を担うガキ共に勇者の称号を与えて命懸けの旅に出すなんて俺ら含め国中、いやガルナン中の大人達全員が気が気でないからな」


 冷静な口調で抱える想いは同じだと語った彼もまた、瞳の奥ではミルンに対する怒りの炎が激しく燃えていた。

 大人達では解決できないため少年少女達に命運を託すという苦渋の選択に、胸が張り裂ける思いである。

 しばし一同は、二度の無言状態に突入。

 重苦しい空気が立ち込める中、ミウナが静かに口を開いた。


「わたしの魔法でも邪鏡結界には太刀打ちできない。こんな時にユウがいてくれたら、状況は少しでも変わっていたかしら。結界なんてあの子の魔消の剣で!」


 場の雰囲気に引きずられて、聡明なミウナまで願望を口に出してしまう。

 だが彼女のみならずユウという人物と深い絆で結ばれていた元勇者パーティーメンバーならば、一度でも想像した経験があった、儚い願望……しかし彼女はもういない。「破邪の剣」もなくなった。考えるだけ更に悲愴感が増すだけである。


「ミウナ、しっかりしろ。ユウを想う気持ちはわかるが、夢想してもしょうがないことだ」


 ザートルがどんよりした大魔法使いをみかねて、励ますように声掛ける。

 ミウナもまた、ハッと我に返った。


「ごめんなさい。わたしまで、もしも話を……」


 気を取り直して謝った。

 そして普段は豪胆なジャンナも、ユウとの最後の記憶を思い返して感傷的になっていた。


(ユウ、困ったことにおめぇが命を賭して守ってくれた俺達の命、力を存分に使えねぇ状況になっちまった。皆しんどくて思うようにいかねぇがよ、それでもお前が託した想いまでは死んじゃいねぇからな)


 だが、邪神ミルンが好むような絶望は決してしない。

 彼女と、仲間達と苦楽を共にして歩んできた勇者の日々が、希望の光となって困難を乗り越える「勇気」となるのだから。


「皆、しみったれるのはやめだッ!」


 ジャンナは閉塞感を吹き飛ばすような一声を発す。

 一同は、目が覚めたように彼へと視線を向ける。


「まずは一期生の勇者達を信じて待とうや! ユウの、俺達の意思を継いだガキ共はクソみてぇな現状を必ず打破するさ。今を戦ってるあいつらを信じ切らねぇ悪い方に考え暗くなるだけなんて、希望を信じて戦った俺ららしくもねぇ。ユウに笑われちまうぞ!」


 漂っていたネガティブを完全に塗り替えるポジティブ全快の発言に、一同は目を見張った。


「ジャンナ様……!」


 シェイドは目を輝かせて頷いた。


「そうだ、ジャンナの言う通りだ。希望は何一つ消えてない。我らが鍛えた子供達は勇者として窮地を乗り越え、絶対ミルンの策略を打ち砕いてくれるさ」


 ポットダンが勢いよく立ち上がって同意した。


「悲しんで悪い方に考えるなんて、あの子は決してしなかったわね。次世代を育てる務めを全うして、送り出した勇者達の力を信じて健闘を祈りましょう」


 曇りなき瞳のミウナも、自身に言い聞かせるように言った。


「俺としたことが焦るあまり、戦い続けてる一期生達を信じる心が欠けていたようだ。こんな有り様ではそれこそユウにも叱られてしまうな」


 ザートルも劣勢を受けて気が逸り、生徒達を信じる心が足りなくなった自身を叱責するように呟き、冷静さの中にあった暖かさを取り戻した。

 歴戦の猛者達が気を張り直して前を向く。

 今できるのは、平和のために戦った自身らの勇気という魂を継ぐ十代の勇者達を信じて、教員としての役目を果たすだけであると。


「話がまとまったところで会議は終わりだな。さぁ、各々授業再開といこうか!」


 ジャンナが手を叩いて一同に呼びかける。

 皆は晴れた表情で立ち上がり、会議室を後にした。


(頼むぞ、勇者になったガキ共よ)


 隻腕の学園長は眩しい日差しが入り込む窓の外を眺めながら、心の中で祈った。

 さんさんと輝く太陽の下で、勇者学園一期生は今も国中を脚行し、使命を全うしているのだ。

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