至れり尽くせり! 貸切温泉! ポロリどころじゃないよ〜
満点の星空の下、髪を結い上げ一糸纏わぬ姿のランナとルイは、地中から湧出する無色透明な温水が溜まった大きな石造りの浴槽の中で、至福の時を過ごしていた。
「あぁ、気持ちいぃ……! 最高ですぅ!」
「激同意だわー。湯浴みなんてずっとしてなかったものー。しかもあたし達が入ってる間は貸切って、尚のこと最高よね」
湯に身体を浮かせて、極楽を堪能している二人の表情は緩みきっている。
「お腹も満たされて長旅の疲れもとれて支援金もちょっぴり援助してもらって、町長さんには大感謝です。笑いが止まりませんよ、ホントに」
薄い胸を浮上させた華奢なルイが満足気に微笑む。
街道先のワニの町に着いた二人は、町長へ廃都ヒノエの邪鏡の破壊成功を報告したら、彼は飛び跳ねて喜んだ。
結果としてルイの想像した通り、ジョウ一行のように厚遇を受けたのだ。
町長の邸宅で大皿料理を振る舞われ、その後は立派な作りの露天風呂を併設した町自慢の宿屋に無料で宿泊させてもらう流れとなり、現在はそのメインコンテンツを貸し切り堪能しているのだった。
「ヌンキ様の大聖霊魔法をランナが実際使う前までは、こんな未来は考えられませんでしたねぇ」
しみじみと言ったルイの視線は、ランナの大きすぎず小さすぎずなサイズの、形が良い胸に注がれていた。
(にしても……うーん、離されていく一方ですね)
同年代なのに生まれる差を少し憂いて、真顔になってしまう。
そんなルイの羨望など知る由もないランナは、背伸びをしながら返す。
「うん。激リスク激リターンな大聖霊魔法だったから、最後まで色んな意味で心配だったけどね。何はともあれ大眷属を倒して邪鏡を壊せて、無事二人でご褒美を楽しめて最高だわ」
「同感です。無事で何よりですが、アレ程の魔法を発現させてランナ自身があまり疲れていないから、内心驚いてましたがね」
「疲れ? 歩いたり気を張った疲れはあったけど、芳醇大酔香を使って激疲れたとかはなかったわね」
キョトンとしているランナを、ルイは不可解な面持ちで見た。
「えっと、私達魔法使いが聖霊魔法を使う際、自分自身の肉体エネルギーも消費するのは知ってました?」
「流石にね、それくらいは覚えてるわよ」
「では、魔法の効力や規模が大きくなればそれに伴い、肉体エネルギーの消費が多くなるのは?」
「それは……そうなの? 習ってたかもだけど、もう忘れてたわ」
「多くなるんです。ありえない話になりますが、仮に経験不足の新米魔法使いが大聖霊魔法みたいな規模に効力のヤバい魔法を発現させたら、疲労困憊で動けなくなっちゃう可能性大でしょうね。その契約した聖霊との相性が抜群でもなければ」
「うんうん」
「だけどランナは大して疲れてる様子もなかった。それが今思えば不思議過ぎて……」
肉体エネルギーとは、いわば体力である。
聖霊魔法――契約した聖霊の力を発現させる際は、自身の体力を消費するのだ。
魔法使いとしての資質や経験値、魔法との相性にもよるが、そもそも魔法使いとしてはビギナー以下なランナが超強力な大聖霊魔法を使ってピンピンしてる現実が、ルイには信じられなかった。
「でも言われてみれば、体はちょっと重い感じはしたか。けど、それだけかな」
当の本人は顎に手を当てて思い返すも、やはり疲労はあまり感じていなかったようだ。
彼女は知らない。自身の才能が、実は剣技ではなく違う分野にあったということを。
「羨ましい限りですよ。つまりクサクサ大聖霊魔法とランナは、相性抜群ってことになりますね」
ルイはちょっぴりおふざけ混じりの感嘆の声を上げたが、ランナは黒く笑いながら拳をぽきぽきと鳴らし、怒れる人となった。
「臭いだの何だの一言余計なんだってば。どうやら、おしおきが必要みたいね」
「ひぃぃ。でもでも、事実じゃないですかー!?」
様子激変のランナへ恐怖するも反論したルイだが、ランナの怒りの炎に薪を焚べる形となってしまう。
「はー、あなたを浴槽の底に沈めて動けなくしたら、そのクセの悪いお口も静かになるわよね」
「それだけは、それだけはご勘弁をー!」
浴槽の中で手をばたつかせて怯えるルイを、後ろから優しく押さえたランナは、
「冗談、冗談。地図通りだと次に目指す邪鏡も厄介な場所にあるんだし、大聖霊魔法があっても一人だけじゃ無謀よ。二人で連携しまくっていかないとね」
真剣な表情になって耳元で話した。
難所の次もまた難所、それが邪鏡破壊の任務だ。
ルイも落ち着きを取り戻し、まだ見ぬ関門を思い浮かべて不安気な顔を湯に映す。
「ヒーロの町へ向かうために通る、アジャラ山の中にあるという邪鏡ですね。そのせいで皆、山を迂回する遠回りの道を利用せざるおえない不便な状況になっているという」
ルイから手を離したランナが「えぇ」と首肯する。
次いで浴槽を囲む石の一つに腰掛けると、山の邪鏡について語り出した。
「アジャラ山の砦の邪鏡。昔、山道を通る人達に悪さをしまくってネックス王国軍に討伐された山賊団の砦が峠付近の森に今も残ってて、邪鏡結界がそこら一帯に展開されてるって」
「ハードだそうですね。山に巣食う眷属達も強く、勇者パーティが何組も挑戦しては皆失敗、誰も邪鏡を拝めてすらなく帰ってこないパーティーもいると町長さんから聞きました。しかもその中には、あの姫様率いるパーティーがいたとも」
入手した情報を改めて確認し合うルイとランナは、揃って張り詰めた表情になった。
「言ってたわね。姫様パーティーもアジャラ山の邪鏡に挑戦してたんだ。ザートル先生が視察しに来たそうだから、当然国王様や学園に話がいくでしょうけど、ついに一大事が起きちゃった感じか」
二人の同期の中には、王家の人間がいたのである。
しかも、生死不明の状態であると。
そしてザートルという名の人物は、二人の恩師の一人であり、定期的にネックス王国中を飛び回って状況の把握に務めてくれている。その者により、由々しき事態は王室や学園内に伝わるだろう。
ルイが難しい顔で唸った。
「う〜ん。そもそも姫が勇者学園へ入って勇者となり、私達のように旅へ出るという一連の流れ全てが問題でしかないですけど……そこは常識に囚われないネックス王家とはいえ覚悟して送り出したでしょうし」
王家の人間、もとい同期に対してある意味冷たい意見になるため、言いづらさもあり歯切れが悪くなる。
彼女が言いたかったのは周りが許可した他、本人も過酷な道中になると承知で身を投じているため、進み続ける選択をとったならば自己責任――それはどんな立場に置かれた人物だろうが変わらないということだ。
勇者として危険な旅に出るのだから本人は勿論、親族も覚悟をしているハズ……であるが、実際「その時」が来てしまわないように、全力を尽くすのみであるとルイは強く思う。
「でも、姫様パーティーが全滅したって確定したワケじゃない。生きてる可能性だって絶対あるよ!」
悲観よりも希望を信じるランナは確定でない限り、同期の殉職なんて信じない。
「そうですね。もしも生きてお会いできたなら……全力でお助けしましょう」
相棒の相変わらずなポジティブ姿勢を見せられたルイは表情を和らげ、少しでも姫君パーティーが生きている可能性に望みをかけた。
「何が起こるか分からない、明日は我が身ね。でも絶対に挫けないし倒れないわよ」
ランナが意を決した顔つきで、ルイを見つめて言った。
「ルイ、ここからがあたし達の第二幕よ! 立ちふさがる眷属は全て蹴散らして邪鏡を割りまくって! あたし達が激いかしてる勇者だって名を残すのよ!」
と、口調へ熱がこもり、ぐっと拳を握るランナ。
憧れの存在への想いだけでなく、シンプルな名誉欲も持っていた。
「なれますよ。邪鏡を割りまくったランナのドキツい激臭がガルナン中に届いて、歴史に名を残す勇者に」
ルイが励ましと希望の言葉で、相棒を更に勢いづけようとするも――
「うん! あたしの激ヤバなにおいがガルナン中に……って、違うわよッ」
気にしている「におい」へのからかいが混じっているのにランナは途中で気づき、烈火を纏ったかの如く怒って再び浴槽へ入った。
「それじゃまるで! あたし自身が前代未聞に臭すぎるからガルナン全土に名前が届くくらい有名になって歴史に名を残したみたいな話じゃないッ!」
ランナは早口で激しく文句を言い立てながら、バシャバシャと津波のような波しぶきをあげて相棒へ迫る。
ルイはその剣幕に押され、湯へ沈みそうになった。
「身体だって入念に洗ったわ。どこににおいがついてるってゆーのよ!」
「落ち着いて下さいランナ、冗談ですって! 湯浴み以前に最初からにおってませんから! だから安心して静まって下さいっ」
今更マズいと思ったルイは必死に宥める。
ランナは少しだけ落ち着いて顔を離すも、頬を膨らませて抗議する。
「むぅ……ったくもう、激おこだよルイ」
「す、すみませんでした」
「激ヤバだけど何かいやーな効力だし、気にしてるんだからねっ」
「はい、このたびは申し訳なく……」
ルイは素直に反省して謝った。
湯気が立ち込める空間で、少々の沈黙の時間が経った後、
「でも、なにはともあれランナのおかげで、勇者として名誉を得る夢が現実味を帯びてきましたよ」
ルイは話の流れを強引に戻すと、期待に輝いた眼差しをランナへ向ける。
「功を立てたら、国王様から特別恩賞なんか貰えたりとか。もしそうなったら、私がお世話になった孤児院の借金も帳消しできますよね」
「――勿論でしょ」
ランナは瞳の輝きが金色に変わったルイの手を握ると、
「ルイの願いも叶うわ。孤児院の皆にも美味しいご馳走を毎日お腹いっぱい食べさせれるわよ!」
希望に溢れた表情で肯定した。
大切な人達を守り幸せを届けたい。ルイにもまた、勇者として結果を出さなければならない理由がある。
源泉のように沸き上がる高揚を抑えきれない二人は、互いの手を握りあったまま勢いよく立ち上がる。
ばしゃりと湯が跳ねた。
堂々と未完成の全裸を晒し合った、うら若き乙女二人――勇者学園時代から互いに何度も見ているため、もはや慣れたもので羞恥のかけらもない。
「ランナ、掴みますよ私は。勇者ドリームをね!」
「勇者ドリーム!? ソレ、いい響きね。やったるわよあたし達で。掴みましょう、勇者ドリーム!」
湯けむりの中で見つめ合い、改めて勇者としての大成を誓い合ったのだった。




