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激臭の女勇者ランナ  作者: 阿国豊山
女勇者あたし、においがヤバい
12/29

あたし、におう。前編

 朽ち果てのヒノエ神殿内は薄暗い。

 両脇の通路へ規則的に配置された窓や天窓から、太陽光が一応差し込んではいるものの、そこから所々に太い蔓が侵食しているせいで、明かりとしては不十分である。

 二人は目を凝らして邪神の眷属を探るが、一匹足りとも姿は見当たらない。


「いないわね。先で待ち構えてるのかな」

 

 ランナは埃臭い空間の奥を訝し気に見つめた。


「日の光もあってないようなものね。このままじゃ危なくて進めないわ」


 次いでしゃがみ込み、革袋から携帯用照明器具を取り出し、上部を開けた。


「ルイ、明かりをお願い」

「はい」


 ルイもしゃがみ、指のマジックエフェクターに意識を集中させて光らせる。


「では、ファイヤポーロ」 


 聖霊文字を小さく描きながら小声で詠唱し、携帯用照明器具の中に小さな火球を発現させる。

 薄く平らに削いだ動物のツノで作られた囲いの中に、丸い炎の塊が生まれ、周囲を照らす光源となった。


「炎の聖霊魔法は便利よねー。油要らずで長持ちする明るい火を出せるんだから」

 

 上部を閉めたランナは火の玉を見ながら、うっとりしたように言った。


「小さな火の玉でも出した後はまぁまぁ疲れますよ。炎の聖霊は私とは相性が合わないので」

 

 ふぅと一息ついたルイ。

 炎の聖霊魔法としては初歩的な魔法であるが、生まれ持った資質と相性の関係で炎の聖霊魔法が不得意な彼女にとっては、他に契約している聖霊の魔法より幾分か体力の消費が大きい。


「用心して行きましょ。中は広そうだし、眷属が隠れて待ち構えてるだろうし」


 携帯用照明器具を手にしたランナは、険しい顔つきで言った。

 ルイも同様の表情で頷く。二人は歩き出した。

 荘厳だった神殿は見る影もない。変色した壁面へ彫り込まれた大聖霊ソランの彫刻は崩れ、床は埃まみれ。左右に立ち並ぶ石の柱もひび割れ劣化している。

 張り詰めた静寂に包まれた荒れ果てのヒノエ神殿廃墟は奥に進むにつれ、ランナの想定通り無人の様相とは言い難くなってきたようだ。


「ルイ、さっきからガサゴソしてるのに気がついてる?」

「えぇ。うるさいくらいに主張してくるので。やはり待ち伏せてたんでしょうね」

 

 何かが素早く移動する音がしたり、殺気を帯びた視線が四方八方から感じられたのだ。

 ランナが足元に携帯用照明器具を静かに置いた後、忍び寄っていたつもりの者達へ向かって叫んだ。


「かくれんぼは終わりよ。さぁ、出てきなさい!」

 

 そして、対面を果たす。


「これはこれは……あれまー、めちゃくちゃいるじゃないですか」

 

 照らし出された彼らを目にしたルイの口元が引きつり、嫌な汗が額から頬へしたたり落ちてきた。

 一方切り札を要するランナもあまりの数に圧倒され、足がすくみそうになる。


「確かこいつらは灰鬼。いつの間にか囲まれちゃってたわね……それにしても、集まりすぎでしょ」

 

 わらわらと湧いて現れたのは邪神の眷属――灰鬼だ。灰色の皮膚に尖った耳や鼻、鋭い牙と爪を有した人型の化け物達が二人を取り囲んでいた。

 背丈は子供程で腰布以外は身に纏っていない。不気味な笑い声を上げながら、これから切り裂こうとしている二人へじりじり距離を詰めていく。


「イギーッ!」


 威嚇の金切り声が収斂し、ランナ達の鼓膜が痛んだ。

 歯を剥き出し爪を鳴らしている。もはや一斉に飛びかかるのは秒読み段階だが、先に動き出したのは銀髪の魔法使いだった。


「先手必勝ですッ」


 左手の指を差し出し、マジックエフェクターを輝かせて宙に聖霊文字を描く。

 発現するのは、当然攻撃の聖霊魔法。


「ライトニングアロー!」


 まずは前方の小鬼達へ、得意の雷撃魔法を繰り出した。


「どうですか!」

 

 黄白の稲妻の矢が五体の灰鬼に直撃して即死霧散していくが、全滅には程遠い。

 灰鬼達は同族が一撃で消滅して臆したか少し後ずさったが、それでも一体が意を決して前に出ると後の灰鬼らも続き、再び飛びかかる体勢となった。


「うわわ! ビビって逃げ散ると思いましたが、全然ですぅ!」


 ルイは想定とは違う反応に、慌てて喚いた。


「イギギー!」

「ヒィィッ。ラ、ランナに任せます! いよいよアレを試す機会が来ましたよッ」


 ルイは情けない声を出してランナの袖を引っ張り、陰に隠れる。

 頼られたランナは普段の戦闘時よりも昂ぶりや緊張が強く、手足は恐怖とは違う意味で震えていた。


「ルイ! さっき話したみたいに、ヤバい効果だったら――」

「覚悟はできてます! それに私は大事には至らないでしょう!」


 相棒に最終確認をするも、遮るようにすぐ肯定の声が返ってきた。


「聖霊魔法の性質は破邪! 邪神や眷属に対しては効果大ですが、悪に堕ちてもないただの人間には効力が落ちるはず。多分大聖霊魔法もです。なので清廉淑女な私がにおいを嗅ごうが、邪神の眷属が受ける程強い効力にはならないから大丈夫……だと思います!」

「破邪の性質! 聖油を濡らした剣みたいな感じか。なら少しは不安が減るわね!」


 魔法の知識に長けるルイの解説を受けて、ランナの意思も完全に固まった。  

 そして、堂々とした面持ちで眷属達と対峙する。


「よーし! とうとうこの時が来たわ。大聖霊ヌンキ様、力を貸してもらうわよ!」


 ランナは目を閉じて意識を研ぎ澄ませた。

 契約したヌンキの言葉通り、大聖霊魔法を発現させる感覚はすでに身体の中へ生まれている。

 右頬に紋章が浮かび上がった。身体に命じると、未知なる力が内からぐんぐん湧き上がり、全身に虹色の淡い光が迸る。

 いつでも「出せる」状態となった。

 襲い掛かる寸前だった眷属達が、少女から発せられた光に本能的恐怖を覚え動きを止めた瞬間、ランナは目を開いた。


「芳醇大酔香」

 

 大聖霊魔法名を声に出したと同時に両手を翳した。 

 彼女が纏っていた虹色の光が、薄暗い空間全体を輝きで染めた。

 数瞬の出来事。この場にいたランナ以外の者達は眩さに目を背ける時間さえなかったが、やがて閃光は収まった。

 灰鬼達は不思議そうな顔で瞬きを繰り返した後、自らの身体から周りの仲間達までキョロキョロと見やる。敵の攻撃らしき閃光を受けて、自身らの身に何が起こったのだろうと。

 外傷はない。しかし体の内から異変はすでに起きていた。鼻から息を吸った者から、ぴくぴくと痙攣し出したのだ。

 それが合図となって、ヌンキの大聖霊魔法の効力が発揮された。


「ガァァァァァッ!?」

 

 灰鬼達が声にならない叫びと共に、一斉にこめかみや鼻を抑えて倒れ伏していく。

 原因は光の消失と共に発生した、嗅いだ経験のない激臭だ。鼻の中に入った途端に強烈な頭痛や眩暈に苛まれて、身体の自由が利かなくなったのだ。

 ソレは灰鬼に限らず、匂いを感じ取る器官がある生物ならば防げない「香害」そのものだった。


「何コレ、灰鬼が頭と鼻を押さえて皆倒れた! これがにおいの力なの!?」


 ランナは自身の大聖霊魔法により激変した状況に目を見開き、驚嘆の声を上げた。 

 しかし不思議なもので、彼らがもがき苦しむ根源である自身はにおいを感じることはない。


(でも激ヤバなにおいなんて全然しな……あ! 契約者だからヌンキ様の加護で守られてるんだっけ!)


 そしてランナは、ヌンキから唯一聞けた大聖霊魔法の詳細事項を思い出した。

 聖霊魔法と同様に、契約した大聖霊ヌンキの加護により、己が放った芳醇大酔香のにおいから嗅覚が守られたのだ。

 大いなる自然を動かし生物達を翻弄する神のようだと興奮さえ覚えたランナだが、喜んでばかりもいられずハッとして後ろを向いた。


「そうだ――ルイはッ」


 確認しなければ。においを感じる生物――人間の相棒も香害を受けたはずで、効力はどれ程かと。


「ウグ、臭い! 臭すぎて頭が痛い! 痛すぎますッ!?」

「えー! 効果抜群じゃん!?」


 どう見ても「大丈夫」の範疇から外れていた。

 においを嗅いだルイは不快感の頂点へ瞬時に達し、耐えられなかったようだ。

 灰鬼同様、渦が湧いたかの如き痛みに襲われた頭と、これ以上のにおいの侵入を防ぐため鼻を押さえながら、ふらふらと膝をついてしまった。


「ヤバッ、ルイ!?」 

 

 すぐさまルイを抱き支えたランナの心中は、焦燥感でいっぱいだ。


(見当外れよ! 人間も眷属並に効いてるじゃない!?)


 破邪の性質を受けないはずの清廉淑女も、行動不能状態に陥ってしまった。大聖霊魔法の強烈な効力を目の当たりにして、動転せざるおえない。


「芳醇大酔香、なんて強力なにおいの力。けど、これじゃまるで――」


 ルイの背中をさすりながら、ランナは悟る。


「あたしが臭くなったみたいじゃないッ!?」


 嘆きの絶叫が、朽ち果ての神殿に響いた。

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