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激臭の女勇者ランナ  作者: 阿国豊山
あたしがにおいの力を手にするまで
10/29

みーとあげいん(苦手な人と) 後編

「大丈夫ですかジョウ様!?」

「ジョウ様!? どうしたんですジョウ様!」

 

 仲間、もといお供の二人が血相を変えてリーダー的存在の元へ駆け寄る。

 呼吸が荒く冷や汗をかいているジョウを心配そうに抱きかかえたダブは激怒し、女子勇者二人へ抗議する。


「ふざけるなお前らッ。レックス王国勇者学園一期生ならば、成績上位でご卒業された名家ベルレーヌ家の御子息ジョウ・ベルレーヌ様を知らないはずが……というか、ランナは俺らと同じ戦士科だったろうが!」

 

 ベルレーヌ家とは、レックス王国に忠誠を誓う騎士の名家である。

 

「ルイ! 貴様も同じ魔法科だったのに天才魔法使いステップを忘れたなどとつまらんおふざけはよせ! ジョウ様、ダブと三人揃って有望な勇者パーティーになると期待された学園の有名人な我らを知らなかったとほざくなど、嫉妬が過ぎて恥ずかしいぞ!」


 鷲鼻の魔法使いステップも、学園での自称小話を付け加えて喚き散らした。

 ランナとルイは揃って考え込むような表情を作り、仕方なく記憶を手繰り寄せた後、顔を見合わせた。


「あー思い出した。騎士の名家だのは覚えてないけど、髪型ばっかり気にしてたいつでも上から目線の偉そうなやつがいたわー」

「自分達は大して凄いワケでもないのに腰巾着でいばってた、ぱっとしないお供の二人も記憶の隅にありましたが、やっと思い出せましたよー」

 

 わざとらしい言い回しだが、決して他意はないはずである。

 ダブとステップは二人の態度に怒りの極致を通り越して、呆然としてしまう。


「お、お前ら、なんと失礼な……」

「侮辱だ……侮辱にも程があるぞ」

 

 呻くように呟き、ふらつきながら下がった。

 そして――


「フッ、もうよせお前達」


 ジョウが震える手でダブの背中とステップの肩を掴み、よろよろと立ち上がった。


「ジョウ様!」

「しかし……!」

「出来が悪くて卒業試験も運よくギリ合格の阿呆二人だ。これ以上絡むとバカが移る」


 血色の悪い表情で、精一杯罵ってきた彼に対し、


「絡んできたのはそっちでしょーが」


 ランナがむっとして言い返す。

 険悪な空気が広がる中、ジョウの隣にきたデン村長が、沈黙を破って尋ねる。


「あのー、ジョウ様。もしやこちらの失敗勇者達はご友人でしたか?」


 ジョウは髪をかきあげ、嫌悪丸出しの表情で答えた。


「まさか。ただ同じ時代に生まれたというだけで、断じて友人ではありません。ただのモグリで、勇者になれたかも定かでない愚鈍な二人だ」

「なんと、勇者ですらなかったと」


 もはや事実無根の誹謗中傷である。


「好き勝手言ってくれるわねー。ちゃんと勇者手帳は持ってるわよ!」


 カチンときたランナは、勇者学園を卒業して勇者になった証である学園長の判が押された手帳を、ばっと出した。


「てか、最初村に来た時に見せてんだけど……!」


 疑いの眼差しを向けてきたデン村長含む周囲の村人へ、改めて見せた。


「形だけでなく行動で示さないと意味がない。邪鏡を破壊した実績もなく勇者としての意識も実力も低すぎるお前らと違って、ボクらはガルナンの平和を取り戻すという大業に貢献してるんだよ」

 

 ぴしゃりと制したジョウが鞘から愛刀を抜き、掲げて見せた。


「邪神の眷属だろうが、僕とこのラヴィアンローズの前に敵はいない!」

 

 太陽光を受けてきらりと輝く刀身は細みで先端が鋭く、全体的に赤みがかっていた。

 皆の視界に映ったジョウの得物が、どよめきを生む。


「剣が赤い……炎の聖霊石を原料に作られた聖霊剣ですか!」


 ルイも驚きの声を響かせた。


「出たァ! 数々の窮地を救ってくださったジョウ様の聖霊剣ラヴィアンローズだ」

「ベルレーヌ家に伝わる宝刀が今日も輝いてるぜぇ!」


 ダブとステップが囃し立てる。


「聖霊剣だって! 初めて見たぞ」

「流石は真の勇者様だ。持っている得物からして違う」


 村民達やデン村長からも感嘆の声が漏れる。

 聖霊剣とは、聖霊石を原料に加えて打たれた剣の名称である。

 聖霊石に凝縮された聖霊の力がそのまま剣に付与されるので、非常に強力な武器だ。聖霊石同様に聖霊魔法の心得がなくとも扱える。刀身が割れない限りは剣に帯びた聖霊の力を限りなく使えるため聖霊石よりも断然使い勝手がいいが、希少でとても高価なので中流層や貧乏人はまず手が出せない代物なのだ。


「フッ、どうだランナよ。眷属共を打ち払う強力な武器と耐久性に優れたオーダーメイドの防具、戦士として卓越した総合的技量、そしてこの溢れ出るカリスマ性! 全てを持ってこそ民を導く勇者となれるのだ。剣の腕もへっぽこで身なりもみずぼらしくては、そもそも勇者など名乗れるワケがなかろう」

 

 自画自賛しまくり存在全てを誇示するジョウが、ランナを指差して嘲る。


「くっ、好き勝手言ってくれるじゃない」

 

 ウザい自慢や説教だけで終わらず、気にしていた点を馬鹿にされ堪忍の器が決壊したランナは、怒りを帯びた鋭い視線をジョウに向ける。

 シンプルに押し黙らせたいと、感情が突き進む。


「さっきからごちゃごちゃうっさいわね! 聖霊剣にオーダーメイドの鎧? そんなのあたしの手にした力に比べたら無力よ!」

「手にした力、だと?」

 

 ジョウが眉をひそめた。

 ランナが勢いそのままに続ける。


「えぇ。聞いて驚きなさい……あたしはね、あの大聖霊ヌンキ様を石板から解放、契約して大聖霊魔法の使い手になったんだからね!」

 

 秘密にするつもりは毛頭ない。

 一度も使った経験がない、言い伝えによる知識しかない昨夜手にした奇跡であるが、苛立ちしか感じない男の度肝を抜かしてやると、その一心で言い放った。

 結果、ジョウは目を見開いて衝撃を受けたが……。


「大聖霊ヌンキと契約、だと? 遥か昔に邪神ミルンへ石板にされたあの伝説の大聖霊が、お前と……!?」

 

 ランナは胸を張って頷く。

 事情を知らない者にとっては嘘みたいな話を、激昂の勢いだけで明かした彼女を、ルイはぎょっとした顔で見つめた。

 時が止まったような静寂が訪れた後、


「ぶっ、くくく。はーはっはっはッ」

 

 ジョウやお供の二人にデン村長、周囲の村人達までもが爆笑の渦に飲み込まれた。

 笑いをとるつもりなど一切なかったランナは、発言が信じてもらえず嘲笑されているのだと遅れて気がつき、恥ずかしくなって耳まで顔を赤くした。


「なにがおかしいのよッ。本当よ、本当なんだって! ヌンキ様の精神世界に招かれて話したのよ!?」

 

 両手をわたわたと振って真実だと主張する彼女の姿が、ジョウにはいっそう滑稽に映った。


「どうしたって、伝説の大聖霊ヌンキがお前なんぞと契約しなきゃならんのだ」

「そんな夢みたいな話が現実にあったのよ! 証拠もあるから見なさいこれをッ」

 

 とうとう紋章を発現させたランナは右頬を指差し、大声で必死に訴えた。


「あー何、今度はなんだって?」

 

 ジョウは腹を抱えながらランナへ寄って、右頬の紋章へ注目するも、


「む……ブフゥッ!」

 

 噴出した。


「おいおいこれ以上ボクを笑かすな! こいつ、顔料で頬に聖霊文字を描いてる! それを大聖霊と契約した証だとか抜かしてるぞ!」

 

 どっと、更なる爆笑が沸き起こる。


「はぁッ!? ちょッ……ちゃんと見てないでしょ、これのどこが顔料なのよ!」

「頬を指差した時に予め指へ塗っていた顔料で、聖霊文字っぽく描いたんだろ。ボクらを騙そうとしてな」

「なッ、そんなバカみたいなマネして騙そうなんて思うワケないでしょ! どんな想像力よ! 本物よコレはッ、指にも何もついてないでしょホラ!」

 

 周到狼狽するランナ。

 必死に指を見せたり右頬を強調させても、もはや彼らは聞く耳を持たない、見ていない、信じない。


「とんだ子供騙しだ。お前みたいな阿呆の考えることなんてボクにはお見通しだよ」

 

 ジョウは全て見抜いたと言わんばかりの様相だ。

 大聖霊ヌンキを封印から解き放って契約し、その証だと聖霊文字の紋章を今しがた浮かび上がらせたとは、確かに耳や目を疑う話である。

 だが言葉だけでなく奇跡を現実として見せたのだから、大多数の者なら信じるだろうが、


(歴史中、誰も発見していない石板をランナが発見するなんてミラクル、起きるわけがないっ)


 ジョウは違った。

 ランナに対しての頑な過ぎる否定的スタンスと本人の斜め上過ぎる捉え方が加わり、超現象を現実として認められず、子供の悪戯レベルの作り話をふっかけてきたとしか受け取れなかったのだ。

 

(どんだけ信用してないのよ! あんなの見せられたら、あたしだったらヤバい凄い本当だと思うし!)


 相手がジョウといえど、光る紋章を嘘に落書きだと片づけられたのは、ランナも予想外だった。

 割れた石板は宿の屑かごに入れてきたため、この場にはない。もっともソレを見せたところで虚言癖と勝手に断定されているランナの話を、急に信じるわけがないのだが。

 結果として、ランナは押し黙るしかなかった。

 

「顔料って……アレを見て信じないなんて、ランナを意地でも認めない思考に振り切れてるとしか」


 そしてルイは、呆れたように呟いた。

 いくら嫌っていようが、あんまりだと感じざるおえない。

 

「全く、ここまで手の施しようのない大馬鹿だったとはな」


 やっと笑いがおさまってきたジョウが、ランナへ言った。


「ワケわかんない! コレが信じれないなら、もっと確かなものを見せてあげるわ。ここで大聖霊魔法を使ってッ――」

 

 言い返す途中でランナはハッとして、大聖霊ヌンキとの会話を思い出した。


『閉じこもった空間も開けた空間も関係ない一定の範囲内で効力がある魔法だから、そこんところは気をつけるーの』


(芳醇大酔香。まだ試したこともないしここで使っちゃ危ない、よね)


 周りを巻き込む可能性大である。衝動の赴くままに使ってしまえば大問題になるだろう。


「ん、どうした? そんなに言うなら使ってみんのか、大聖霊魔法とやらを?」


 ニヤニヤとした顔でジョウが煽る。


「う……その、ここじゃあ危なくて使えないし」


 やっと絞り出した言葉は弱く、力ない。

 ジョウは鼻で笑い、


「フン、使えるワケないだろ。最初からありもしない嘘話なんだからな」


 吐き捨てるような口調で言った。

 ランナは悔しくても唸ることしかできない。

 会話に区切りがついたところで、笑い過ぎて涙を浮かべるステップがジョウへ促す。


「ジョウ様。ランナの妄想話を聞いているのも時間の無駄ですし、待たせるのも悪いので早く村長の屋敷に向かいましょう」


 ジョウは「そうだな」と同意し、ランナとルイへ向かって、指を差して言い放つ。


「ランナとルイ! 最後に同期のよしみとして忠告してやる。このまま勇者ごっこを続けていたら、遅かれ早かれ命を落とすぞ。王都へ帰って学園に手帳を返却して、素直に引退するのが身のためだ」

「余計な御世話よッ、何よごっこって!」 


 忠告と言う名の、煽り全開の勝手な物言いに、ランナの怒りのボルテージは増すばかりである。

 一方、お供サイド――ステップはジョウの発言にうんうんと頷き、ダブは乗っかって嘲る。


「怒るな怒るな。ジョウ様の言う通りだ、有り難く聞き入れろ。お前らは実家の庭でも掘って大聖霊の石板探しをしてる方がお似合いなんだからな」


 三人の男子勇者は揃って高笑いをした。


「フフフ、そろそろ行くか。待たせましたね村長。では参りましょう」


 ジョウはデン村長に声をかけ、お供を引き連れて丘の屋敷へと歩いていき、村人達もそれに続く。

 一吹の風が、ランナとルイの髪を撫でた。

 静かになった村内。ランナはわなわなと震えながら、遠くのジョウ達を憤怒に溢れた視線で睨みつける。


「何なのよあいつら。大嫌いだったから忘れてたのに、ここで会うなんて激おこ案件よ! あー使いたい、あいつらにヌンキ様の大聖霊魔法を使いたいッ」


 悔しさが限界を突き抜けて地団駄を踏んだ。


「相変わらず嫌味な連中でしたねぇ」


 ルイもムスッとした調子で言ったが、彼らへの関心はすでになかった。


「けど、大聖霊と契約したなんて言い出したら誰だって最初は信じれないのかもしれません。何せ、石板を発見して壊した人の話なんて初めて聞きましたし」


 ルイの興味はすでに、相棒が強運か偶然の類で手にした奇跡へと移っている。


「ランナ、私はジョウと違ってあなたを信じていますからね。早く大聖霊ヌンキのにおいを操る魔法を見てみたいです」


 期待の眼差しを向けられたランナが、真剣な表情で頷く。

 もはや怒りは決意に変換されていた。


「えぇ。次に向かおうと考えてたところの邪鏡がどのパーティーも割ることができてなかったなら、今度こそあたし達が勇者としての務めを果たした記念すべき一つ目の邪鏡にするわよ。ジョウなんかに負けないくらい凄い勇者へ絶対なってみせるんだから!」


 ランナは意気盛んに拳を天高く上げる。

 大聖霊魔法を一度も使っていないのに、妙な自信だけは湧いていた。

 二人はモンブの村を後にして、次なる地へと向かう。

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