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第56話 ドンキーコングのクレイジー・トロッコ

 マグディエルは、木枠をぎゅっと掴んで、嫌な予感をなんとか抑えようとした。


 ……だめだっ。

 嫌な予感しかしないっ。



     *



 マグディエルたちが、シオン山をくだってガラスの海を目指していると理解したネフィリムたちは、森の中を先導して案内した。


 一番小さなネフィリムは、すっかりマグディエルのことが気に入ったのか、離れようとせず、いまはマグディエルの肩に座って、みじかい足をぶらぶらさせている。


 案内された先には、トロッコがあった。


 ひとりの背の高いネフィリムがトロッコにのりこみ、おのり、というように手をこまねいた。


 マグディエルは、トロッコに近づいて、不安な声をあげてしまう。


「まさか、のるんですか」


 トロッコは、木製で、ずいぶん古く、部分的に木が朽ちて穴が開いていた。木の板をとめる金具も、錆びて表面はざらざらとし、角がかけている。レールも随分と古いようで、すべてが錆びていた。草も生え放題で、先の方はすっかり緑に包まれてレールが見えない。


 背の高いネフィリムが、一番後ろに陣取って、なにやら木の棒を持っている。


「これは?」


 マグディエルが訊くと、ネフィリムが手で、すいーっと走って、木の棒を引くと、ゆるーくなる、といった動作をした。


 あ、ブレーキか。

 え、この、朽ちかけた木の棒がブレーキ?


 マグディエルの胸に、久しぶりに嫌な動悸がおとずれる。


 イエスが嬉しそうな声を上げて、さっさとトロッコに乗り込んだ。


「ドンキーコングのアトラクションみたいですね♡」


 ドンキーコングのアトラクション?


 イエスの意味の分からない発言に戸惑っていると、マグディエル以外、さっさとトロッコに乗り込んでしまう。


 ナダブが余計なことを言った。


「おい、はやく乗れよ。特等席のいちばん前、あけといてやるよ」


 マグディエルがしぶしぶトロッコに近づくと、肩にのっていたネフィリムが、ぽよぽよの手で、マグディエルの頬をなでた。なぐさめの気持ちが流れ込んでくる。ネフィリムの小さな手をにぎり返してから、意を決して乗り込む。


 トロッコは、けっこう大きかった。全員が乗り込んでも、まだすこし余裕がある。


 トロッコのまわりで、たくさんのネフィリムたちが、手をふった。


 一番後ろに乗り込んだ背の高いネフィリムが、ブレーキの棒を操作すると、ぎぎ、と金属がねじれるような音をさせて、トロッコがゆっくりと坂をくだりはじめた。


 マグディエルは、まわりのネフィリムに手を振り返す。

 すると、ガタンとトロッコがゆれた。


 もう脱線か、と思ったが、トロッコはレールの上にのったまま、徐々にスピードをあげた。どんどんスピードがあがるが、尋常ではない揺れがある。ガクガクとゆさぶるように、トロッコ全体が揺れた。


 レールが古すぎるんじゃないのか。

 木枠をつかんだ、マグディエルの手にじわっと嫌な汗がでる。


 マグディエルは一番後ろのネフィリムを振り向いて言った。


「これ、最近使っていますか?」


 ネフィリムは身体を横に振った。


「えっ⁉ 使っていないのですか⁉」


 ネフィリムは頷いて、手で自分を指し、指で走るような仕草をした。


 自分で走った方が早いという意味だろうか。

 それとも……、自分で走った方が安全という意味だろうか。


 ガクガクと揺られながら、マグディエルは叫ぶように訊いた。


「最後につかったのはいつです⁉」


 ネフィリムは考える素振りをした。


 考える素振りをして……、そして、あきらめた。


 おしよせる絶望に、木枠をつかむ手に力が入った。

 すると、イエスが前を見て嬉しそうに叫んだ。


「きましたよ、マグディエル! 絶叫ポイントっぽいです!」

「えっ⁉」


 前を振り向くと、先の方が急な斜面になっていた。レールが急激に下に落ち込んでいる。


 こわいこわいこわい!


 マグディエルは肩でのんきにしている小さなネフィリムをつかみ、自分の首元から服の中に突っ込んだ。ネフィリムが、あそんでいると思ったのか、マグディエルの首元に顔をだし、両手をあげて、わーいと喜ぶような仕草をした。


 思わず叱るように叫ぶ。


「やめなさい‼ それは絶叫マシーンで、プロだけに許されるスタイルです‼」


 マグディエルは両手でしっかりと木枠をつかんで踏ん張った。


 急激な下りにさしかかった瞬間、トロッコはゆっくり傾いた。ゆっくりと、トロッコ自体を斜面の向きに傾けて、斜面に乗り切ったところで、急激に速度をあげた。


 マグディエルは叫んだ。

 みんなも叫んでいる。


 イエスの叫び声だけが、楽しそうだった。


 トロッコは直線の下りで、どんどんとスピードをあげる。まわりの緑が、姿を失って、流れるように後ろへとんでいった。近くにある木が、ぶつかるぞ、と脅すように次々と通りすぎていく。


 ひときわ大きな木の横を通り抜けた後、トロッコはとんでもないスピードのまま、カーブに突入した。

 下りのカーブが続く。

 右へ。

 左へ。

 身体が放り出されそうになりながら、下ってゆく。


 叫び疲れ始めたころ、トロッコがまた長い直線に入った。


 イエスが先を見つめて言った。


「なんと、先がありません!」

「えぇっ⁉」


 見ると、本当に先がなかった。


 山崩れでもあったのか、レールがひしゃげて、その先がない。山肌も、土がむき出しになっている。


「ブレーキを!」


 マグディエルが必死で叫んで振り返ると、悲しい顔をしたネフィリムと目があった。ネフィリムが折れたブレーキの木の棒を、ぶらぶらっとさせた。



 終わった。



 アズバが男の姿になって、イエスとペトロをつかんで叫んだ。


「飛べ‼」


 その瞬間、トロッコがすごいスピードで宙に放り出された。


 みんなの動きが妙にゆっくりと見える。


 アズバはイエスとペトロをつかんで、トロッコをけるようにして離れた。ナダブが、うしろにいた背の高いネフィリムを抱きしめるようにして、翼を大きくはばたかせる。


 マグディエルは後ろをむいていたので、天を見上げるような形で、トロッコから放り出された。


 マグディエルの首元から、ネフィリムの身体が飛び出す。手でつかもうとするが、ちいさなネフィリムの身体は、すごい勢いでマグディエルから離れた。


 マグディエルは身をひねって翼を動かし、ネフィリムを追いかけた。


 ネフィリムが墜ちてゆく。


 崩れた斜面に、大きな穴があいていた。まっくらな穴だ。ネフィリムがすいこまれるように墜ちていった。マグディエルもおちるようにして追いかけた。うっすらと暗くなった穴のはじまりで、マグディエルの手がネフィリムをつかむ。


 よし。


 だが、暗闇にすいこまれるように、翼が風をつかまなくなる。


 ネフィリムを胸に抱いて、必死に翼を動かしたが、無駄だった。


 ふたりは、暗やみに堕ちていった。



     *



 マグディエルは、真っ暗な中で目をさました。

 はるか上に、ちいさくちいさく光が見える。


 かなり深い穴に落ちてしまったようだった。


 マグディエルの顔の横で光っているものがあった。

 ネフィリムだ。


 ネフィリムの黄色い身体が、ほんわりと光っていた。


 心配そうな顔をして、ぴたぴたと小さな片方の手でマグディエルの頬を撫でている。


 マグディエルは痛む身体を無理矢理おこして、ネフィリムを見た。

 ネフィリムの細長い、右の手がだらりと不自然に垂れ下がっている。


「痛む?」


 マグディエルが訊くと、ネフィリムは悲しそうな顔で、自分の動かない右手を見てから、マグディエルの顔をみあげた。マグディエルが手を差し出すと、ネフィリムが動かせるほうの手で触れた。そこから、ネフィリムの気持ちが流れ込んでくる。


 こわい。


 マグディエルは服の裾をさいた。自分の羽から、良さそうなサイズをえらぶ。小さめの羽をひとつ手折った。


「痛いっ」


 ルシファーが大きな風切り羽を、平気そうに手折っていたのに、ほんの小さな羽でも無理に手折れば痛かった。


「痛かったら、ごめんね」


 マグディエルは、そっと、ネフィリムのだらりとたれた細長い手に、羽をあてて、布で固定した。肩がないが、なんとか反対側の腕と背の翼ににひっかけるようにして、できた。


 ネフィリムが、天をゆびさして、悲しそうな顔をした。


「そうだね、のぼらないとだね」


 マグディルは、ネフィリムをすこし離して、何度か飛ぼうと挑戦した。だが、翼はなにもつかめず、はばたくだけだった。


 あの時と、同じだ。

 まさか、これも地下世界なのだろうか。


 マグディエルが天を見上げていると、ネフィリムがその足を、ぺちぺちと叩いた。

 見ると、ネフィリムが暗がりの方を指さす。


「なに?」


 ネフィリムの指さす暗がりに、なにか、ぼんやりと光るものがあった。


 ネフィリムをそっと抱き上げて、近づいてみる。


「ウリムとトンミム?」


 暗い地面に、ウリムとトンミムが転がっていた。


 ネフィリムと一緒に飛び出して、おちてきたのだろうか。


 かがんで、拾おうとすると、横穴があることに気づいた。

 目をこらすと、横穴のむこうで、なにか光っている。


 すると、ネフィリムがマグディエルの手からぴょんと飛び出て、横穴のほうに走ってゆく。


「あ、こら、だめだよ」


 マグディエルは急いでウリムとトンミムをひろった。かがんで横穴をくぐり、ネフィリムを追いかける。


 横穴の先には、広い空間が広がっていた。円形の空間の真ん中に、泉がある。泉の中にある石が、きらきらと光っていて、まるで夜空のように見えた。


 星の光の中で、ぼんやりと、泉の真ん中にあるものが見える。


 泉の中央に、大きな石碑が立っていた。





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 おまけ ☆聖書豆知識☆

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【ウリムとトンミム】

「光と完全」という意味。

大祭司であったモーセの兄、アロンが神の前ではかならず胸に入れていたという謎の石。

モルモン教では、地球がきよめられて不滅の状態になると、一つの雄大なウリムとトンミムになる、と言われている。


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