第4話 偶像崇拝、してみませんか
ミリアムの言うところの『地上ショップ』を見て、マグディエルはあいた口がふさがらなかった。
ナダブとアズバも、同じような反応だ。
こんなの、天国にあるんだ。
あらためて、自分が天国について、何も知らないのだと思い知らされる。
店は、森を抜けた先にあった。
小さくて古い雑貨店のようなものを想像していが、そんな小さなものではない。
まず駐車場が大きいことにおどろく。
しかも、アスファルトで舗装済みだ。
森の中のごく自然な土の道から、急に天国っぽくない景色に変わった。
いや、マグディエルが知らないだけで、天国にもこういう地上の街みたいなところが他にもあるのかもしれない。
駐車場にとめられているのは車ではなく、いずれもミリアムが使っているような、ウマかロバがひく荷車のようなものだ。どこから集まってきたのか、けっこうな数が停められている。
そして、そびえたつ店。
コンクリート造の立派な建屋は背が高く、外壁が白く塗られている。
そして、外壁に赤いペンキで大きく書かれた『地上ショップ』の文字。
「どゆこと」
ナダブがつぶやく。
いや、ほんと、どういうこと?
ミリアムの「入り口はこっちだよ」の声にひっぱられて、店の入り口へと向かう。
店の中にも、ごったがえすほどではないが、けっこうな数の人がいた。客はほとんど人間のようだ。店内は、天井が高い倉庫のような作りで、人の手では届かなさそうな場所にまで商品が積み上げられている。
なんというか、コストコっぽい。
地上で見たコストコと違うのは、どうやらこの店を切り盛りしているのは座天使たちだということだ。店の中を座天使たちが縦横無尽に飛びまわって、荷物を補充したり、移動させたりしている。
ミリアムが近くを通った座天使に話しかけた。
「ギョロ目ちゃん、金の子牛の偶像って置いてるかなあ?」
マグディエルの口から思わず「えっ」という声が漏れた。ナダブとアズバも同時に「えっ」と全く同じ調子でかぶったので、三人とも同じことを考えているかもしれない。
どこから、つっこめばいいのか。
座天使はうなずいた。
目をくいくいっと器用に動かし、「ついてこい」というような仕草をして、ゆっくりと先導し始めた。
「びっくりした、座天使のことギョロ目ちゃんって呼んでるんだね」
マグディエルがそう言うと、ミリアムが笑った。
「けっこうみんな、目玉ちゃんとか、お目目さんとか、呼んでるよ」
「そ、そうなんだ」
たしかに、座天使の見た目は大きなむき出しの目玉が金の輪をまとっている、という見た目だから、合ってはいる。個体によって持つ輪の数はことなり、輪には眼鏡のレンズみたいなものがたくさんはめこまれている。レンズひとつひとつに目玉がうつりこむので、ちょっと不気味な姿に仕上がっている。
マグディエルからすると、「目玉ちゃん」と気軽に呼べるイメージはなかった。古くからいるし、まあまあ高位にいる力の強い先輩天使だ。
あと、喋りにくいのも、ちょっととっつきにくい原因かもしれない。
彼らは目玉だけなので、口がない。そのせいで話すときは、金の輪を動かしてフォンフォンと音をさせるのだが、けっこう集中しないと何を言っているのか分からない。
いくつかの大きな棚をこえて進んだ先で、座天使が右に曲がった。
その先に、うずたかく積まれた金の子牛の偶像があった。
「いやいや、だめでしょ」
アズバがすかさず突っ込む。
ナダブも「誰が使うのこれ」と突っ込んだ。
マグディエルも不安になって座天使に話しかける。
「禁止されている偶像を売って大丈夫なんですか? しかも……、神の怒りを買ったことで有名な、金の子牛……」
モーセがちょっと不在にした間に、イスラエル人たちが不安にかられて、禁止されている偶像を崇拝した『金の子牛事件』。
旧約の時代、神は偶像崇拝を強く禁止していた。
モーセは偶像をあがめるイスラエル人たちの姿を見て、怒りのあまり、神様からもらった大事な石板を割った。
神からもらった大事なものを怒りのあまり割るのもどうなのか、という気もするが……。
そういういわくつきの有名な偶像が、金の子牛だ。
座天使が金の輪をフォンフォンさせる。
集中してギョロ目ちゃんと目を合わせる。
「フォンフォン」
こう聞こえた。
『ブラックジョーク』
「いや、だめでしょ!」
マグディエルは思わず大きな声で突っ込んだ。
ナダブが崩れ落ちそうになりながら笑っている。
アズバは、困惑顔だ。
「フォンフォン」
座天使は続けた。
『天国ニ偶像ヲ崇拝スルモノ、イナイ。ダカラ、ダイジョブ』
ナルホド。
『コレハ、ジョークノ商品。ニンキ』
人気なんだ……。
案内を終えた座天使は、さっさと去っていった。
「ミリアム、あの……、この偶像を使って、何をするつもりなの?」
「これで、モーセをぶちギレさせるのよ」
不穏すぎる。
モーセがキレ散らかした金の子牛事件を再現しようとしているらしいミリアムの行動に、マグディエルの心の不安値が一気にK点超えする。
「モーセはキレたら、割るわ」
ミリアムの目には謎の確信が宿っていた。
湖を割るのは、勢いで石板を割るのとは、わけが違うような気もするが……。
「モーセがかわいそうよ。他の方法を探したほうがいいんじゃないかしら」
アズバの冷静な意見に、マグディエルは、勢いよく頷いた。
ミリアムはすこし肩を落として答えた。
「モーセは多分、まだ神様に許されていないんじゃないかって、おそれているんだと思うの」
「どういうこと?」
アズバが眉をよせて聞いた。
「奴隷として迫害されていたエジプトから脱出して、約束の地であるカナンにむかう道中、モーセはずっと神様とともにあった。色んな奇跡をおこして、民たちを率いた……」
ミリアムが「そのあとどうなったか、知っているでしょ」と力なく言って、続けた。
「約束の地に入る前に、モーセは神様の怒りをかってしまった」
モーセは、苦労してイスラエル人を導いた道で、間違いをおかしてしまった。
「ほんの、ささいなことだった。ほんのちいさなおごりだったけれど、それは決定的に神様を裏切る行為だった……。自分の経験を優先して、神様の御言葉を無視してしまった」
神はモーセに約束の地を見せたが、彼がそこへ入ることは許さなかった。
「モーセは、天国に召し上げられて以来、神様の御言葉を聞いていないわ。もう、イスラエル人たちを導く必要もないから、奇跡の力を使うこともない。……モーセは、神様に見捨てられたと……思っているのよ」
マグディエルは胸のあたりがぎゅっとなった。
モーセにも、御言葉は聞こえないのか。
一度も御言葉を聞いたことのないマグディエルですら、不安症でメンタルクリニック通いをするくらいなのに……。急に音信不通なんて……、どんなに不安だろうか。
「天国に召し上げられたことこそ、神の愛を受けた証拠だわ。不安に思う必要なんてないのに……」
アズバが翠の瞳に悲しみをたたえて言った。
「わたしも何度もそう言ったんだけどねぇ。あの子ったら、年々偏屈で頑固になっちゃって」
ミリアムが、しめっぽい空気をふりはらうように笑顔で言う。
「それに、今時神様の御言葉がドッシャーンと聞こえる、みたいなアナログな時代じゃないわ」
そうなの⁉
ミリアムの訳知りな物言いに、マグディエルの期待が高まる。
神の言葉は、一体どうすれば聞くことができるのか。
「神様は全てのことを通して私たちに示してくださる。私たちはただ信じるだけ。神様の愛はモーセから離れてはいない。私はそう信じているの。あなたたちと会って話を聞いた時、確信したわ。モーセのところに湖をわたりたい天使が来るなんて……、これは間違いなく神のお導きだわ。もうこのタイミングでバーンと割るしかないでしょ! 神様はモーセのことを見捨ててもいないし、奇跡の力を取り上げてもない!」
出たな。神のお導き……。
マグディエルは、このいかにも宗教人っぽい感覚が苦手だった。天使なのに。
超解釈で都合よく偶然をつかみとりすぎている気がするし、それを勝手に神の導きとすることが正しいことなのかどうかマグディエルには判断できなかった。
「わかったわ、ミリアム。あなたの気持ちに従いましょう」
「そだね、面白そうだし、手伝うよ」
アズバとナダブは、抵抗値ゼロですんなり受け入れてしまった。
この天使のノリも、マグディエルにとっては理解しがたいもののひとつだ。
天使は神のお導きと聞けば、無抵抗で心を開け放してしまうところがある。
普段はふざけた物言いをするナダブも、天使らしくきよらかで善良な心を持っていて、人が神を信じた結果の行動に疑いを持たない。
絶対そのうち地上で詐欺にあう……、とマグディエルは心配していた。
ミリアムとアズバとナダブが、金の子牛に手をかざして「えいえいおー!」とやっている姿を横目に、マグディエルは天をあおいだ。
湖の渡り方……、多分座天使が知っているんじゃないかな。
こんなに大きな店をしているくらいだし、物流担当の座天使もいるだろう。
なんとなく、もう言えない雰囲気になってしまって、不安な気持ちと一緒に全部飲み込んだ。
「ほら、マグディエルも」
アズバに手をひっぱられる。
「えいえいおー!」
通りすがりの座天使が、ギョロ目をかたむけて不思議そうにこちらを見ていた。
☆聖書豆知識☆
【座天使】
旧約聖書では輪っかがついている、なんだかよくわからない化け物みたいな書かれ方をしている。
一つの輪が他の輪の中にあり、輪のわくの回りには目がいっぱいついている。
【偶像崇拝】
絶対にしてはいけない。絶対にだ。絶対だぞ。と神様が言っていたやつ。
【神様からもらった大事な石板】
壊した後、ちゃんともう一回もらえました。