八
防衛省地下の特別分析室で、佐伯は新たに届いた衛星写真を広げていた。画面には、ウラジオストク港に停泊する中国海軍の艦艇が映っている。表向きは親善寄港。しかし、その装備と展開から、明らかに威嚇の意図が読み取れた。
「中国外交部の非公式見解です」分析官が報告を続ける。「曰く、極東での軍事的緊張は、地域の安定を損なう重大な事態である。特に、エコーシステムの運用に関する一方的な変更は、断じて容認できないと」
「北朝鮮の動きは?」
「通常以上の軍事訓練を実施中。特に、海軍と空軍の活動が活発化。明らかに、事態を注視しています」
分析室のスクリーンには、様々な情報が流れ込んでくる。ウクライナでの戦況、バルト海での緊張、そして台湾海峡での動き。世界の火薬庫は、一触即発の状態にあった。
「エコーの無効化は」佐伯は独り言のように呟く。「まさに、パンドラの箱を開けるようなものだ」
分析官が新たな報告書を差し出す。
「最新の戦略シミュレーション結果です。エコーシステムの無効化後、72時間以内に予測される展開を」
報告書は、冷徹な現実を示していた。中国海軍の展開、北朝鮮の挑発的行動、そして米国の限定的な対応。事態は、一気に制御不能となる可能性が高い。
「我々は」佐伯は一つのモニターを見る。「自らの手で作り上げた檻の中で、身動きが取れなくなっている」
その時、通信官が緊急の報告を持ち込んでくる。
「統合幕僚監部からです。篠原将補の召還が決定されたとの」