Side 芽衣 パンドラの箱、残された希望
前回のあらすじ
2022年8月13日
ふつうでは考えられない記録的豪雨。
私はこの日、最愛の人を失った。
その日、私は二人のキョウダイを失った。
一人はもう二度と戻らぬ人に・・・
もう一人は・・・私が必ず連れ戻して見せる!
***
私達は連絡を受け、亜衣がいる病院へと急いだ。
麻衣お姉ちゃんは土砂に飲み込まれ生存は絶望的だった。
残された亜衣はその時のショックから重度のPTSDに悩まされた。
フラッシュバックにより、ろくに眠る事も出来ず、
自分のせいで麻衣お姉ちゃんが死んだという後悔に飲み込まれていた。
感情が不安定でその様子は痛々しく、見ているのが辛かった。
以前の亜衣の姿は見る影も無かった。
それだけ亜衣にとって麻衣お姉ちゃんの存在は大きなものになっていた。
私はこんな事ならいっそ出会わなければ良かったと思った。
さまざまな後悔と、行き場のない感情が私達を縛りつけ
何処にも進む事の出来ない暗闇の中にいた。
・・・
ただ、私にはただ一筋の光が残されていた。
SNSメッセージで残された麻衣お姉ちゃんからの1通のメッセージ。
そして託されたスマホに残された麻衣お姉ちゃんの想いが・・・。
・・・
それから数日の時間が流れた。
その日、亜衣はいつもと全く違った表情をしていた。
まるでつきものが落ちたかの様に穏やかな表情をしていた。
そして私を見つめ言った。
「あなたはだれですか?」
私は何かが割れる様な音を聴いた気がした。
亜衣は記憶を失っていた。
麻衣お姉ちゃんの思い出と共に、
麻衣お姉ちゃんへの想いと共に、
全ての思い出を失う事で、亜衣お姉ちゃんは正気を取り戻したのだった。
この時私はもう一人のキョウダイをも失った。
もしかするとこのまま記憶を失ったままの方が良いのではとも考えた。
それほどに亜衣の苦しむ姿は見ていても辛かった。
ただ、私には麻衣お姉ちゃんが残してくれた想いがあった。
それはスマホの中に、小説として残された麻衣お姉ちゃんの想い。
麻衣お姉ちゃんは実はまだ荒削りではあるがこの小説を書き終えていたのだ。
スマホのメモ機能には、小説投稿サイトのアカウントとパスワード。
そして小説の原稿が残されていた。
スマホのロック機能は解除されていた。
そして、あの時のSNSメッセージ。
『ごめん、もし私が戻らなかったら私の物語を芽衣が完成させて♪宜しくね』
麻衣お姉ちゃんが亜衣に小説の相談をしているのは知っていた。
私と亜衣の部屋は続き部屋で話は全部聞こえる。
二人が楽しそうに話しているのを少し羨ましく思っていた。
私は亜衣が実は以前、同じ様に小説を書いていたのも知っていた。
ある事をきっかけに亜衣は書く事をやめてしまった。
この麻衣お姉ちゃんの小説を見せれば、何かを思い出すだろうか・・・。
ただ、記憶のない今の状態でこの想いはちゃんと届くだろうか?
私は悩んだ。
私はこの途中で止まってしまった投稿サイトの小説を、
敢えて何も教えず、亜衣お姉ちゃんが書いていた事にして書かせる事にした。
悲しみに囚われ前に進めなくなった私達の様に、
止まってしまっていた小説をまずは二人で動かそうと思ったのだ。
道標は麻衣お姉ちゃんが残してくれた。
私は既に麻衣お姉ちゃんの想いを受け取った。
前に進むんだ。
あの人は決して自分を犠牲に何て考えていなかった。
最善を望み立ち向かっていた。
何故ならこの小説は生きる希望に満ちていた。
全ての人が生きたいと思える様にと願っていた。
楽しく生きる事、幸せを求めなければならない事、
求め続けなければならない事を綴っていた。
でも今の亜衣お姉ちゃんでは、この想いは届かない。
まずは正気の状態の亜衣を取り戻すんだ。
それが深い悲しみの海に、引きずり戻す事なのだとしても・・・。
PTSD:
(Post Traumatic Stress Disorder :心的外傷後ストレス障害)死の危険に直面した後、
その体験の記憶が自分の意志とは関係なくフラッシュバックのように思い出されたり、
悪夢に見たりすることが続き、不安や緊張が高まったり、辛さのあまり現実感がなくなったりする状態
フラッシュバック:
強いトラウマ体験(心的外傷)を受けた場合に、後になってその記憶が、
突然かつ非常に鮮明に思い出されたり、同様に夢に見たりする現象