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Side 亜衣 喫茶店

 喫茶店は昔から商店街の端にある。

 古い英国風の佇まい。店内は少し薄暗く、時代を感じる。

 母さんと来た記憶がある。

 昔から母さんはよくこの喫茶店に来ていたらしい。

 カウンターには白髪で少し年配の、

まさに紳士と言った風貌のマスターがコーヒーを入れていた。

 私達は、カウンターに近い小さなテーブルに付きコーヒーを頼む。


 コーヒーの味なんて、実はあまり分からないが格好をつけて頼んだ。

 瑠衣は慣れた感じで美味しそうに飲んでいる。

 ちょっと悔しい。


・・・


 そこで私達は色々な事を話した。


 麻衣の事、麻衣と過ごした日々の事、

私達のこれからの事、私達の『それ』の事。


「そう言えば、さっきの周囲の視線は、

トランスジェンダーだからじゃなかったんだな」


 芽衣のメイクは完璧だからなぁ。

 よく考えたら見ただけじゃ分からないか。

 私は、冷静になって理解した。

 

「お前はそうだけど、私はバレてるだろ?」


 何やら卑屈そうにこぼしている。

 いや貴方も大概、完璧に仕上がってますよ?


「どこからどう見ても女性だろ。

 その格好でお前とか言われると違和感あるから名前でよんでくんない?」


 私はわざと、軽く戯ける様に言った。

 瑠衣は、先程からどうやら何か考え込んでいる様だ。

 

「亜衣は、その格好は今日限りなのか?」


 あぁ、そう言う事か・・・。


「私は、今日は特別だな。麻衣に見せてやる為にしただけだ。

 瑠衣は、これからもその格好でいくのか?」


 私にとっては、これはただの男装だった。

 私は過去を受け入れ、『私』である事を選んだ。

 普遍的なものではないけど・・・。

 でも瑠衣にとってはそうではなかったのだろう。

 だから、悩んでいるのだろう。


 瑠衣のその姿は・・・随分と馴染んでいる様に見えた。 


「私は・・・この姿を鏡で見た時に、何かこう・・・、しっくりときた」


 当事者同士ですら、これ程に違うのだ。

 定義やカテゴリーはあまり重要ではないのかもしれないな。


「しばらく、その格好で試してみたらどうだ?」


 無責任な言葉だ。

 それによって、より深い苦しみを味わうかもしれない。

 それでも・・・


「でも、なんだか騙してるみたいで落ち着かない。

 これで良いのかも・・・分からない」


 残念ながら、世間はトランスジェンダーについて、

まだ十分に認知していない。それでも、私達はそれから逃げ出せない。


「別に嘘はついてないだろ。悪い事もしていない」


 何が正しいかなんて分からない。

 でも、何も悪い事はしていないだろう? 


 私に出来る事はなんだろう?


「それは、そうだけど・・・」


「失敗したら一緒に笑ってやるよ。間違ってたら、それに気づいたら、

教えてやる。だからその時は安心して話せ。聞いてやるから」


 芽衣にして貰った事だ。

 しかし、我ながら偉そうだな。なんだか塔矢みたいだ。

 あいつはいつも偉そうだった。でもその言葉には覚悟があった。


 これが正しいのかなんて分からないけど、間違ってたら謝るよ。


 私は知りたい。


 わがままでも、取れる責任がなくても、私は一歩踏み込む。

 もう他人の気もしないしな。

 

「ありがとう」


 瑠衣は小さくそう言った。


「私も失敗したら話すよ。その時は笑ってくれ」


 私は笑いながら言う。

 こういうのも悪くない。そう思った。


・・・


「少し宜しいですか?」


 話が一区切りした時、マスターが声をかけてきた。

 私達は驚いて顔を見合わせる。

 他に客はいない。間違いなく私達に対して話しかけている。


「立ち聞きしてすいません。君達は、尾崎さんと近重このえさんの

ところのお子さんですね?」


 尾崎は私の、近重は瑠衣の苗字だ。

 

「大きくなりましたね。見違えました。本当に立派に・・・」


 マスターは、どこか遠くを見つめ懐かしむ様に言った。


「瑠衣もここに来た事があったのか?」


「昔、何度か母さんと来た事があるよ」


 また過去が繋がった。


「貴方達のお母さん達は、よくここで相談し合っていました」


 マスターの話によると、母さんと、静江母さんは昔から交流があり、

よくここでお互いの悩みを相談したり情報交換をしていたらしい。


 私は知らなかった。私の知らない物語。

 父さんと静江母さんが出会ったのは、偶然ではなかったのかもしれない。


「世代が変わり君達がここで話しているのが、

私にはとても不思議で素晴らしいものに見えました」


 運命なんてものは信じない。

 それでも繋がりの中、巡る何かがあるのかもしれない。


「ニ人はとても真剣に、そして楽しそうに子供達の事を語っておりました。

 その子供が大人になり語る未来。老いた私にとって、これほど眩しく心躍るものはありません」


 マスターの目は少し潤んでいた。


 楽しそうに語っていた・・・その言葉が私にはとても重要だった。


 よかった。母さんは、私の事を楽しく語ってくれていた。


 それが嬉しかった。


『私は母さんの重荷ではなかった。』


 それがまた一つ証明される。

 その事実を繋いでくれた事に、心から感謝した。


「よかったら、いつでもここを話し合いの場にして頂けると嬉しいです。

 余計な口出しをするのは今日限りにしますのでご安心を」


 マスターは優しく笑う。


「ありがとうございます・・・。母さんの事も、

教えて頂いて嬉しかったです。必ずまた来ます」


 私は丁寧にお礼を言う。


「私も、ありがとうございます。今後とも宜しくお願いします。

 ところでマスターは私達の姿を見て驚かれないんですね」


 瑠衣も同様にお礼を言い、そしてマスターに質問をする。

 そう言えば確かに、なんの違和感もなく話してくれていた。


「この歳になれば、色々な人との出会いで、偏見も薄くなります。

 増して、お客様と関わる仕事ですから」


 マスターはとても落ち着いた様子で、さも当たり前の様に言う。

 その姿は、私が理想とする大人のあり方だと感じた。

 

『私はこの人の様にも、なりたいと思った。』

 

・・・


 その後、喫茶店を出ると空はオレンジ色に染まっていた。

 思っていたより長い時間、沢山の事を話していた。

 瑠衣の事を少し『知る』事が出来た気がする。


 

 今日は本当に色々な事があった。

 正直ちょっと疲れた。


 瑠衣を家まで送り、足取り重く家路に着く。


 今日の私は随分と頑張ったんじゃないか?

 自分で自分を褒めてあげたい。


 斉藤の事、瑠衣パパの事、女子高生との出来事、

瑠衣の事、喫茶店のマスターの話・・・てんこ盛りだな!


 帰ったら芽衣に話してやろう。


 芽衣の笑う顔が目に浮かぶなぁ・・・。

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