Side 亜衣 女子高生
私と瑠衣は、商店街にある喫茶店へ向かう。
相変わらず、日差しは強い。少し薄暗く感じる部屋にいたせいか、
余計に眩しく感じる。
「こんな明るい時間に、外に出るなんていつぶりだろうな・・・」
瑠衣が呟いた。不健康そうな顔をしている。
日に当たってないからだろうか、運動不足からか?
どっちもだろうな。青白い肌、細身の体。
メイクや格好に相まって、長身で華奢で、儚げな女性に見えた。
「その格好だと、知り合いに会っても誰だか分からなさそうだな。私もだけど」
周りを気にしている様だったので気休めを言ってみる。
そう言えば、斉藤はすぐに私だと気付いてたな。
本当によく見てくれていたのかもしれない。いい奴だなぁ。
「そうだといいんだけどな・・・しかし、妙に周りの視線を感じるんだけど・・・?」
瑠衣が心配そうに辺りを見回していた。
確かに、先程から周囲の視線を痛いほど感じる。
確かに、これほど目立つニ人もそうはいないだろうけど・・・。
「何がそんなに物珍しいんだろうな。まぁ、気にしても仕方ないだろ」
私は少し素気なく、気にしないフリをして返事をする。
その方が、こいつの気も少しは紛れるだろう。
日本のLGBTの割合は10%とも言われている。
まぁ、正確な数字は分からないだろうけど。
今の私達みたいに、分かりやすい格好をしている人は少ない。
多くの当事者は受け入れられない何かを抱えながら、
自分を押し殺し、世間の常識とやらに怯えて生きているのではないだろうか。
私もそうだった。
だった・・・か。
過去形ではないな、今もそうだ。
ただ、私は私を少し好きになった。
芽衣のおかげで本当の強さを知った。
塔矢が教えてくれた自分を守る理論。
母さんに守られ、父さんに支えられ、
自分らしく生きる意味を知った。
静江母さんにも、大切な事を教わった。
今日だって斉藤に、気持ちを伝える大切さを気付かされた。
そして・・・麻衣からの、麻衣への想いがある。
私は恵まれている。
私は私でいる事を、決して諦めない。
否定されても揺るがない大切な心が確かにある。
だから、私は・・・大丈夫だ。
・・・
瑠衣のやつはどうだろうか?
私よりも、もしかしたらしんどい想いを抱えているのかもしれないな。
なにか出来る事はあるだろうか?
・・・なんとも偉そうなものである。
大した余裕もないのに、何かしようなんて烏滸がましい。
取れる責任もないし、何かを犠牲にして助ける余力もない。
結局のところ、自分で折り合いをつけるしかない・・・。
本当にそうか?
本当にそれでいいのか?
私は私に問いかける。
望む自分はそれでいいのか?理想の形はそうなのか?
何もしなければ、責任もないが・・・拡がらない。
そうして他人を無視して進み続ければ、いつか孤独が染み出す。
孤独の連鎖は比較対象を消し、自身の形をも不明瞭にしていく。
それはダメだ。それではダメだ。
私は私でいたい。
私に何が出来るだろうか?
自分がして貰った事を思い出す。
『まずは知ろう。』
そして、最大限の配慮を心がけて話そう。
間違ったら心から謝ろう。
そうして、心は繋がる。波紋は広がる。
重なり合った幾つもの波紋は波になって、
いつか大きな岩をも動かすのかもしれない。
少なくとも今、目の前にいる人の寂しさを、
和らげる事くらいは出来るかもしれない・・・。
・・・
そんな事を考えながら商店街を歩いていると、
突然、二人組の女子高生がこちらへ小走りで向かって来た。そして、
「あのっ!芸能人かなにかですか?」
何を勘違いしたのか、謎の質問をしてきた。
何事かと警戒していた私達は、呆気に取られた。
どういう事だ?突然過ぎて戸惑いながらも、私は何とか返事をする。
「芸能人ではないです」
女子高生の勢いに気圧されて、思わず敬語になる。
我ながら卑屈だ・・・。そんな私を他所に、
「え、声高っ!?もしかして女性なんですか?」
ん?あれ?男だと思われてた?
・・・どう反応したらいいか全く分からん。
芽衣のメイク技術すげぇな・・・。
いや、そこじゃない気がするが、
どこを気にするべきかが分からなかった。
「すいません。めちゃくちゃカッコいい長身の女性と、
びっくりするくらい顔の整ったスーツの男性がいたので芸能人か何かだと・・・」
怒るところだろうか?いや別に悪い事はしてないか。
むしろ褒めようとしてくれている気もする。謝ってくれたし。
誤解を解く?何が誤解か分からんけど・・・
「あぁ、私はトランスジェンダーなんだ」
驚くほど自然と出てきたその言葉に、私自身が一番驚いていた。
そして、返ってきた言葉にも驚かされた。
「そうだったんですね。失礼な事を言ってすいませんでした!」
女子高生は私に向かって、深く頭を下げた。
あれ?他人ってこんなだっけ?
これ程、初対面の相手に素直に謝って貰った事はなかった気がする。
この子が少し変わっているのか?
何故かあまり不快感を感じなかった。
「大丈夫。気にしてないよ。トランスジェンダーについて詳しいの?」
私は思わず興味からか、質問を返していた。
「えっと、最近トランスジェンダーの方が主人公の小説を読んだんです。
その主人公は少しネガティブなんですけど素敵なんですよ♪」
なんだか、どこかで聞いたような話だな・・・。
「小説にもトランスジェンダーやLGBTについては少し書いてあったんですけど、
自分でも少し調べました。あっ!でも分かってて声掛けた訳じゃないですよ!?」
何とも賑やかな子だ。コロコロと表情が変わる。
なんだか少し・・・麻衣に似てる。ふと、そんな事を思った。
顔とかは全然違うけど。
なんと答えたらいいだろうか。
自分に関わりのある事を、知ろうとしてくれている人がいる。
その事が少し嬉しかった。
「関心を持ってくれてありがとう」
その感謝の言葉は思いの外、自然に、そして穏やかな言葉として、
私の口から溢れた。
「見た目だけじゃなくて中身もカッコいい・・・」
女子高生は何やらつぶやきながら、羨望の眼差しを私に向けていた。
いや、そんなんじゃないんだけどなぁ・・・。
以前の私だったら、素直にお礼なんて言えなかっただろう。
きっかけは大切だ。この子との出会いもまた、
もしかしたら私を何か良い方向に変えてくれるのかもしれない。
「あのっ!SNSとかやってたりするんですか?」
そうか。今時の高校生は、こうしてきっかけを作っているのかもしれないな。
いや、私もつい二年前まで高校生だったんだけど・・・。
生憎、私はそういったものとは無縁だった。
ん?そう言えば、さっき登録したんだっけ?
私はスマホを確認する。
まさか、こんなに早く出番が訪れるなんて思っても見なかった。
「そう言えば、さっき初めて登録したんだけどこれで合ってる?」
私はスマホを差し出し、さっき登録したSNSの画面を見せる。
実は、まだこの使い方がよく分かっていなかった。
「躊躇なく画面見せるの凄いですね・・・。
と言うか本当にさっき登録したばっかりじゃないですか!」
だからそう言ったじゃないか。
ふと、瑠衣の方に目をやる。
女子高生の勢いに押されて、引いている。
そろそろ切り上げてやらないと瑠衣が可哀想だな。
「ごめん。そろそろ行かないとなんだけど登録する?」
登録の仕方はさっき教えて貰ったけど、まだ自信がない。
「普通にスマホ画面、他人に触らせちゃダメですよ?
ロックとかちゃんとかけてます?とりあえずフォローさせてもらいますね♪」
んー、なんだか芽衣と話してるみたいだ。
帰ったらちゃんと芽衣に使い方を教わろう。
こうして、女子高生の襲撃は嵐の様に去っていった。
そして、やっとの思いで喫茶店に辿り着いた。
LGBTの言葉の意味(四つの単語の頭文字から作られた言葉です)
L:女性の同性愛者(Lesbian、レズビアン)
G:男性の同性愛者(Gay、ゲイ)
B:両性愛者(Bisexual、バイセクシュアル)
T:性同一性障害(Transgender、トランスジェンダー)
※LGBTは性的マイノリティを総称する言葉として使われていますが
この分類にのみ限定されるものではありません。
常識は時代で変わる。変わらなければいけない。
それは、知る事から始まる。
受け入れる必要すらなく、まずは知る事で常識は変わるのだと思いました。
LGBTと言う言葉の認知度は2015年、約38%程度だったのが、
2018年には約68.5%、2020年は約80%と浸透しました。
私も言葉自体は知っていました。
しかし、言葉の意味を知っていただけでした。
それで苦しむ人、その理由の本質を知りませんでした。
『正しく知る』事はとても難しい。
私も未だ正しく知る事は出来ていないのだと思います。
他人を『完全に理解する』事なんて出来ません。
でも知ろうとする事で、配慮出来る様になります。
優しくなれます。
間違いを正す事。それにあまり意味はないのかもしれません。
そもそも、間違っているという確証はどこにあるのか。
正しさへの執着は、悪意に似ている。
そして、正しくあろうとする心は善意にとてもよく似ている。




