side 亜衣 焼香
斉藤に見送られ、私は公園を後にする。
少し時間は取ったが、それでもまだ余裕がある。
急ぐ必要もないだろう。
地図でルートを限定させたのは、斉藤と出合わせる為か・・・。
芽衣は、私を操りすぎじゃないか?
そして、意のままに動く私は単純すぎだな・・・。
しかし、芽衣を疑う理由はない。
あの子は、私の為に色々な計画を立ててくれているのだろう。
実際に、幾度となく助けられている。
妹は、以前からこうだっただろうか?
確かにしっかり者で色々と気の利く子だった。
社交的で、明るくて・・・私と真逆だ。
自慢の妹だ。しかし麻衣がいなくなってからの芽衣からは、
何か決意めいたものを感じる。
もし私が同じ立場にいたら同じ様な行動が取れるだろうか?
まず、無理だ。結果論かも知れないが、
芽衣の行動は確実に私の心を快方に向かわせている。
『まるで、心が読まれている様だ・・・。』
気にしすぎだな。考えすぎるのは私の悪い癖らしい。
全く、その通りだ。
思考は大切だ。それはここ最近の出来事でも実感している。
しかし、否定を並べ過ぎて身動きが取れなくなっては本末転倒だ。
私は考えても分かり様のない事を一度置き、
今の事を考える。周りを見る。私は商店街を歩いている。
時折、他人の視線を感じる。自意識過剰なのだろうか?
私は足早に商店街を抜けて、目的地へ向かう。
少し早く着いてしまった・・・。
この格好のまま、喫茶店でゆっくり出来る勇気は私にはなかった。
地図に書かれたマンションの一室。
部屋番号、表札、間違いなさそうだ。
20分くらい早いが・・・
瑠衣の奴、ちゃんと出てくるのだろうか?
私は恐る恐るインターホンを押す。
『ピンポーン』
お馴染みの電子音がなる。
すると、程なくして『ガチャリッ!』と玄関ドアが開く。
そして、『ぬっ』と男が顔を覗かせる。
それは厳つい顔をした、私の父と同じくらいの年齢と思われる男性だった・・・。
・・・
『だれーーーーーーーッ!?』
私は心の中で叫んだ。それはもう大声で叫んだ。
いや、だって瑠衣が出てくると思ってたし、こいつが瑠衣な訳ないし、
顔怖いし、厳ついし、表情が読めないし、背高いし、顔怖いし、あと厳つい!
もう、自分でも何を言っているか分からない。
いや、実際は何も言っておらず固まっているのだが・・・。
お互いに無言。
・・・
気まずい沈黙・・・。どないせいと?
私は混乱している。
「だれだ?何をしにきた?」
男が重い口を開いた。
ようやく沈黙が断たれた。
と言うかアポ取ったんじゃないのか!?
取れてないぞ?絶対、知らない雰囲気だ。
芽衣よ、どうなってるんだ?苦情を言いたい。
今すぐコールセンターにクレームを入れたい!
私は再度、表札と部屋番号を確認する。
部屋は間違いなく合っている。
となると・・・この男は、麻衣の元父親だ。
・・・
質問をされて、沈黙を続けていると不審者だ。
この格好も相まって、言い逃れも出来ない。
私、不審者。超不審者!
なんとか戻ってきた思考を頼りに、私は必死で自分を落ち着かせて返事をする。
「えっと・・・私は、麻衣の大切な人で瑠衣の知り合いです。
御焼香に上がりました」
あれ?なにかおかしな言い回しをした様な気がするが、
テンパり過ぎて自分が何を言ったかも把握出来ていなかった。
ちゃんと伝わったのだろうか?
すると、男は一層怖い顔で一言こう言う。
「とりあえず、中で話を聞こうか・・・」
その顔は明らかに怒っていた。なんで!?
怖い!あと恐い・・・。
とは言え、家の中に入らない訳にもいかない。
何とか目的を達成して帰りたい。
早く帰りたい・・・。
・・・
私は居間に通された。
居間の目立つ所に麻衣の仏壇は置かれていた。
遺影の笑顔。
私の知らない顔だ。
再婚前の写真なのだろう。
恐らく麻衣の高校時代の写真。
この家で麻衣は育った。
様々な痕跡が残る。
そこにどの様な経緯があるのかは、私には分からない。
どこか懐かしい雰囲気のある空間。
備え付けられている家具等を見る限り、
私達の家よりは、裕福そうな印象を受ける。
別段、不快感や嫌悪感はない。
いや、なくはないか。
静江母さんの苦労を知っているからなぁ。
この人が、もっとしっかりしていれば、
静江母さん鬱に苦しむ事もなかったのかもしれない。
ただ、なぜかこの人に嫌な雰囲気を感じなかった。
すっごい睨んでるけど・・・恐いんですけど・・・。
何だろうなぁ?ほっとけないと言うかなんというか・・・。
なんとも言えない感覚を、この人から感じていた。
私は、焼香を行う。
死後の世界や、幽霊なんてものは存在するのだろうか?
それは、残されたものの願望なのではないだろうか?
ないものをないと証明する事は難しい。
未知は決して無くならない。
そういった都合のいい空想を支えに生きる人もいる。
それ自体を否定する事に意味は無いのかもしれない。
私自身、あって欲しいと願いすらする。
しかし、そのもう一方で私はそれを否定する。
理性が、知性が未知を解明しようとし、
不確かな空想ではなく現実に生き、強く進む事を正しいとする。
心は矛盾で一杯だ。
そんな巡る想いの中で、私は麻衣に祈りを捧げる。
いや、報告と・・・お礼かな。あと謝罪。
麻衣が、亡くなってから1ヶ月半足らず。
色々な事があって、色々な事を知ったよ。
世の中は、私の知らない事ばかりだ。
私は何を分かった様な態度で、日々を暮らしていたんだろうなぁ。
今も分からない事ばかりだけど、私は前よりも優しくなれた気がするよ。
そう言えば、残していったライトノベル。
やっと完成したんだ。自信作だ!
芽衣が手書きで原稿用紙に写してくれたから、
そっちで読めるといいな。
とりあえず、麻衣のお父さんに渡しとくから。
今なら分かる。
あれは、麻衣の遺書なんだろ?
なんで、麻衣は自分がいなくなると解ってたんだ?
きっと、それは私には解らない未知なんだろうな・・・。
私は未知を受け入れて、現実も受け入れて生きて行くよ。
このライトノベルは私の想いも詰め込んでおいたから、
この物語の作者として恥ずかしくない様に必死で生きてみるよ。
いつか、この作品が私の生きた証になる様にしたい。
そうしたら、きっとこの作品は麻衣の生きた証にもなる。
新しい作品も書こうと思うんだ。
沢山、書こうと思う。
生まれたキャラクターは、私のカケラで麻衣のカケラだ。
依存はしない様にするけどさ。
それでも振り返り、力にしたい。
そして誰かの力になりたい。
大それた話かもしれないけどさ。
楽しみながら、失敗しながら色々頑張ってみるよ。
・・・
私は一通り仏壇に想いを伝えた後に、
麻衣のお父さんと再度、対峙する。
鞄からライトノベルの原稿を取り出し差し出す。
「これは彼女の遺書です」
当然の様に、相手はふざけていると感じただろう。
無表情だった顔は、目に見えて怒りの表情を浮かべている。
あぁ、いつぞやの塔矢のカウンセリングを思い出すなぁ。
怒れる感情がこいつにはまだある。
ここまできたら、出来るだけの事をやってやろうじゃないか!
私は真剣な顔で、続けて言う。
「そして彼女の生きた証です」
男は呆気に取られ、呆然と私を見つめていた・・・。




