Another side ⅱ..
大学のオープンキャンパスを終えた後、
記録的な豪雨の影響で電車が動かず私と静江母さんは帰宅出来ずにいた。
「今日は電車は動きそうにないわね。こっちで一泊して、
明日、電車が動く事に期待しましょう」
静江母さんはやれやれと言った感じで途方に暮れていた。
日付は8月12日。私は何故か言い知れない不安感を感じていた。
次の日の朝。電車は今日も、動きそうにない。
昨日はなんとか無事、ビジネスホテルが手配出来た。
今日も一泊する事になりそうだと先程、静江母さんから言われたので
部屋でのんびりと過ごしている。
大雨のせいで、外に出る事も出来ない。退屈だ。
一人ベッドの上で、スマホを眺めて横たわる。
相変わらず、謎の不安感はねっとりと私の心に張り付いたままだった。
・・・
そんな時、1件のメッセージがSNSに入った。
麻衣お姉ちゃんからだ。内容は・・・
『ごめん、もし私が戻らなかったら私の物語を芽衣が完成させて♪宜しくね』
どうゆう意味だろう?
私はメッセージの意味が分からなかった。
麻衣お姉ちゃんが亜衣に相談しながら小説を書いているのは知っていた。
もし戻らなかったら?どこからだろう?全く分からない。
妙な胸騒ぎの中、私は急激に、猛烈な眠気に襲われた。
抗う事の出来ない睡魔に、私の意識はあっと言う間に奪われた。
それは夢だったのだろうか?
突如奪われた意識は微睡の中で、ある体験を映し出す。
それはまるで、白昼夢の様な・・・
悪夢。
・・・・・
・・・
・
8月13日
麻衣お姉ちゃんが濁流に飲まれいなくなり・・・
亜衣が理性と正気を失う。
8月18日
亜衣が記憶喪失になる事で、正気を取り戻す。
麻衣お姉ちゃんが残した物語を見せるが効果がない。
この人は・・・誰なんだろう・・・?
8月23日
戦慄の災害の日から、記憶を失う事でリスタートした亜衣。
麻衣お姉ちゃんのメッセージは亜衣へは届かない。
亜衣は・・・いや亜衣お姉ちゃんは、
もう記憶を取り戻さない方がいいのかも知れない。
8月25日
微睡の中、一つの詩を聴いた。不思議な詩だった。
言葉を残し消える事を望む詩・・・。
麻衣お姉ちゃんの言葉は・・・亜衣に届かない。
それは私の役割なのに!
どうしても届かない!!
麻衣お姉ちゃんの希望は・・・意味を失い・・・言葉の海へ沈む。
8月27日
誤解すらも存在しない。問う事すらも許されない。
亜衣お姉ちゃんは、穏やかに過ごしている。
私にそれを奪う権利などない。
望まれないピースは・・・行き場所を失う。
8月28日
名前の同じ、同じ姿形をした過去を無くした存在。
彼女は私の知る亜衣ではもうないが、
それでいいのかも知れない。
本人が望まないのだとすれば、それを望むのはエゴだ。
残された者と残すもの。交錯しない二つは哀しくすれ違う。
8月29日
麻衣お姉ちゃんが残したメッセージ。
この遺書はその役目を果たす事が出来なかった。
そして、私もまた役割を果たす事が出来なかった。
誰にも読まれなかった物語のキャラクターは、
そっと、誰にも気付かれる事なく消えて行くのだろう・・・。
8月30日
瑠衣さんの状況を聞いた。
あの人も、もはや正気ではいられない状態になっているそうだ。
後悔、喪失感、現実、麻衣お姉ちゃんの死は追い討ちをかけ、
もはや再起不能なまでに心を病んでしまっている。
9月3日
亜衣お姉ちゃんが退院した。
静江母さんから災害の被害を聞き、状況がはっきりとしてくる。
災害は物質的喪失感を残し、沢山の思い出を奪い去っていった。
残された物は少ない。亜衣お姉ちゃんの記憶は戻らない。
私はスマホの、麻衣お姉ちゃんの小説投稿サイトのアカウントを眺める。
アカウント名『リディア』Re dear.
繰り返し誰かに送られるメッセージ。それが届く事は・・・もうない。
9月17日
私は一縷の望みを賭けて、あの小説を完結させた。
拙い文章、素人の綴ったラフな小説。
これに、なんの意味があるのかは分からない。
それでも麻衣お姉ちゃんのお願いだったから・・・。
一応、亜衣お姉ちゃんにも読んで貰ったが効果はなかった。
出来る事は・・・もうない・・・。
9月25日
今日は麻衣お姉ちゃんからの2年目のメッセージが届く日だった。
私は、どこかでこのメッセージに期待していた。
麻衣お姉ちゃんは何か亜衣を取り戻すメッセージを、
残してくれていたのではないだろうか?
そんな事を考えていた。
それは間違いだった。
私は私の役割を放棄した・・・それは間違いだった。
後悔、後悔、後悔、後悔・・・。
『後悔』その言葉に意味がない事は知っていた。
でも、それしか考えられなかった・・・。
この日・・・
『私は完全に亜衣を失った。』
何か出来る事があった筈だ!
何故もっと上手く出来なかったのか!
何故もっと想いを、思考を巡らせなかったのか・・・。
何故もっと想像出来なかったのか・・・・。
何故・・・この未来を予想しなかったのか・・・・・。
永遠に続く後悔の闇。
進むべき未来は・・・もう私には見えない・・・。
・
・・・
・・・・・
それは今から約1ヶ月半の・・・未来?
それは一冊の日記を読み終えた様な感覚。
ハイライトの様に重要な部分に焦点を当てて起こった出来事が伝わる。
戦慄な程に、はっきりとその場面が記憶に刻まれている。
見た事があるはずの無い未来の記憶。
夢と言うには余りにも鮮明で、現実的で、痛烈な爪痕を残した。
そして私は理解する。思い出す。本当の自分の存在を。
これは、決して辿ってはいけないレール。
私はこのレールを外れ、新しい道へと歩き出す。
・・・
現実は、事実を大きくは変えてくれなかった。
だから私は、事実の痕跡をそのままに本質のみを変えて行く。
役割を変え、言葉の本質を伝え、あの未来では知らなかった情報へと導いた。
絶望は希望に変わり、残された本当の想いを知る。
誤解を問い直し、正しい答えへと導く。
私は、麻衣お姉ちゃんが残した『希望』だ。
私は、私の役割の真実を知る。
『亜衣はきっと、もう大丈夫だ。』




