side 亜衣 残される者と残すもの
「芽衣には重ね重ねすまんな」
父さんは芽衣に謝罪する。
「分かってるって言ってるでしょ。話進まないから後にして」
芽衣は気にしていない。
「お前、また母さんに似てきたなぁ・・・。
まぁ今回の話は、芽衣にも聞いてもらえて良かったのかもしれんな」
芽衣は母さんに似てきたと言われて少し嬉しそうだ。
「母さんが亡くなる直前の話もしておこうと思う。
むしろそれが、聞きたかったんだろうしな」
確かにその通りだった。
・・・
「母さんはな・・・死にたくないと叫んでいたよ」
少しの沈黙の後、父は少し苦しそうに言った。
それは辛い記憶なのだろう。
私達には、そんな姿は一切見せなかったが・・・。
「どうして自分が死ななければならないのかと」
それは悔しさ、理不尽な運命を呪う言葉。
それを思うのは当たり前の事だ。
「死ぬのが怖い、消えたくないとな・・・」
自分が死ぬという事実。私は少し覚えがあった。
しかし、母のそれはもっと強烈なものだったのだろう。
それはどれほどの苦しみだったのだろうか・・・。
そして私は、なぜか麻衣の姿を思い浮かべていた。
「やりたい事も沢山あっただろう。
なりたい自分をどれだけ思い浮かべただろうか・・・」
あるはずだと思っていた未来が完全に失われる事。
それは恐怖だ。
「逃げられない死を目の前にした母さんに俺が出来た事は、
彼女の心残りであるお前達への責任を果たすという約束。
そして彼女が残してきたものがどれ程素晴らしいかを、
讃える賛辞を並べる事だけだった」
父はなすべき事をしたのだろう。
生きる人に語れる事は多い。
しかし、死に直面した人に語れる事は・・・
死後の世界?安らかな死?輪廻転生?
どれも、私にはわからないものばかりだ・・・。
「彼女の残した素晴らしいものは、お前達自身、
そして思い出、交わした言葉や想いだ。
これらは俺達みんなで引き継いでいこう」
母さんとの思い出。交わした言葉や想いは・・・私に中に確かにある。
「そして母さんが残した後悔、哀しみ、苦しみ、責任は全て俺が請け負う。
お前達は不服かも知れないが、これは彼女を心から愛した俺だけの使命だ。譲れない」
そうか。父は私達にそれを残さないと誓ったのだ。
それは、もしかしたら愛した者へ課せられた宿命なのかも知れない。
それを背負う覚悟こそが・・・愛なのかも知れないと思った。
「お前達は、前を向いて生きろ。後悔や未練に囚われないでほしい。
それはお前達の未来に必要ない。俺は母さんと約束したんだ。
お前達を全力で幸せに導くとな」
父さんは・・・母さんの語り部として、その全てを背負い生きる。
「母さんが俺に残した様に、お前達もお前達のそれを探して欲しい。
今のお前には酷な話かも知れないが・・・」
今の私には・・・それはとても出来そうになかった。
でも、その意味は正しく理解出来たのだと思う。
残される者と残すもの・・・その一つの在り方。
麻衣は・・・そして私は・・・?
それはまだ分からなかった。
・・・
「父さんは何で再婚したんだ?」
私は、もう一つの聞きたかった事を父さんへ投げかけた。
「母さんに言われたんだ。あなたは絶対一人じゃ生きてけないし、
二人を幸せにするには手伝ってくれる人が必要だってな」
父さんは、家事あまり出来ないしなぁ。
「俺は、大丈夫だって言ったんだけどな」
母さんは、やっぱり凄いなぁ。
私達は、母さんが亡くなってすぐの父さんを見てきた。
それは必死だった。私は父さんに頭が上がらない。
仕事をし、慣れない家事をして、他にも色々と・・・。
「あれのどこが大丈夫だったのよ」
芽衣の言う通りだ。
静江さんがいなかったら父はもたなかったかも知れない。
きっと母さんはそれを分かっていたのだろう。
「いや、まぁ・・・そうだな」
父さんは、亡くなる直前まで再婚はしないと言っていた。
母さんが押し切らなければ父さんは再婚などしなかっただろう。
それも分かっていたのだ。
信頼し合った関係。
母さんもまた、父さんがいたから強くいられた。
きっとずっと前から。私達が生まれる前から・・・。
そして私達が生まれた。
それはきっと奇跡だ。
・・・
「そう言えば静江母さんは大丈夫?」
私は恐る恐る、父さんに聞く。
麻衣の死で、一番ショックを受けているのは静江母さんかも知れない。
「大丈夫・・・ではないが、今は落ち着いている。
病気の事はもう聞いたんだったな。
一度覚悟した経験があったお陰かもしれない」
静江母さんは私を恨んでいるのではないだろうか?
私はそれが・・・怖かった。
「少し落ち着いたら、話を聞いてやって欲しい。
静江さんはお前に感謝していた」
感謝!?なぜだ?
父が嘘を言っているとは思えなかった。
「私はてっきり、私の事を恨んでいるんじゃないかと・・・」
父さんは少し悲しそうな顔をする。
「詳しくは静江さんから直接聞くといい。
だが、あの災害はお前のせいではない。それはみんなが分かっている。
お前がそんな反応をすると悲しむぞ?」
それでも私は・・・
「静江さんの事も俺の役割だ。お前は心配しなくていい。
ただ、お前は一度、静江さんの話を聞いた方がいい。
今日は無理だろうから来週だな。それはきっとお前のためになる」
来週は静江さんから話を聞く事となった。
まるでRPGゲームの様だ。
芽衣、塔矢、父さん、母さん、そして静江母さん。
何かに導かれる様に私は私を、そして麻衣を知る。
パズルのピースが埋まっていく。
それはどこへ向かい、何が完成するのだろうか?
・・・
実は麻衣が残した、まだ私の知らないメッセージがある。
あの時、2年後の私へ向けたメッセージ。
1ヶ月後にそれは届く。
彼女は私に、どんなメッセージを残したのだろう・・・。
きっとそれは・・・麻衣が私に残した、最後のメッセージ。




