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side 塔矢 塔矢の過去

 俺の母は妹を産んだ時に亡くなった。

 妹は何とか一命を取り留め、母の忘れ形見となった。

 俺は当時3歳、母の事はよく覚えていない。


 父は男一人で二人の子供を育てた。

 大変だったと思う。しかし父は立派だった。

 必死で仕事と育児を両立した。


 俺も父も妹を溺愛していた。


「お兄ちゃんなら出来るよ♪」


 消極的な俺の背中を押してくれるのは、いつも妹だった。

 母はいなかったが、父と俺と妹で金はなかったが幸せな生活を送っていた。


・・・


 だがその生活は俺が中学に上がる頃、突如壊される。



 通り魔によって妹が殺された。



『妹はまだ10歳だった・・・』


 無惨な妹の姿をみて、父はおかしくなってしまった。

 色々と気苦労も積もっていたのだろう。

 正気でいろと言うのが無茶だったのかもしれない。


 通り魔は捕まり裁判になった。

 しかし心神喪失の状態であったとされ殺人としては軽い罪に留まった。


 その裁判の結果が父にとどめを刺した。


 人を殺しておいて、なぜこいつが暢々(のうのう)と生きているのか?

 正気で無ければ何をしても許されるのか?

 様々な(いきどお)りが父を襲った。


・・・


 父は家に火を放ち全てを焼き払い、そして自分自身をも焼き死亡した・・・。

 これが故意だったのか事故だったのかは誰にも分からなかった・・・。


 俺は学校に行っている時間であったため一人生き残った。




『俺は全てを失った』


・・・


 孤児院に入った俺は別の学校に移された。

 そして、人生の目標として弁護士を目指すことにした。

 

 裁判の結果に納得がいっていなかったのだろう。

 法律を学びこの国のルールを知りたかった。


『何も残されていなかった俺には、あの出来事が全てだった』


 他にやることもなかったので勉強に励み法学部の大学に進んだ。

 独学には限界があったが、それでもそこそこの大学に入り法を学び弁護士になった。

 弁護士になった俺は法律に従いルールにのっとり仕事をこなした。


『この頃にはとっくに気付いていた』


 裁判は正しく行われ、通り魔は心神喪失の状態でありルールに従い罰せられた。


 調べて分かった事だが当時、通り魔は病気で余命幾ばくかであった。

 俺がそれを知った時には、彼はもう死んでいた。

 彼もまた家族を、そして全てを失った人だった。


 だからと言って妹を殺して良かった訳は無い。

 許される行為ではない。


 だが責めるべき奴はもういない。


 妹は何故、死んでしまったのか?


『運が悪かった』


 そんな言葉しか浮かんで来なかった。

 そんなものでは納得出来なかった・・・。


 それからも俺は仕事で色々な人の弁護をした。

 時には明らかにその人の悪意による許されない犯行の罪を軽くし、

 時には無実の罪に問われた善良な人の正しさを証明した。


 そんなある日、女性を殺害した男の弁護を行った。

 俺は法に(のっと)り彼が心神喪失の状態であったとし、

 情状酌量の余地を追求し減刑を求め勝ち取った。


 その時、相手側の席に座る妻を失った旦那が目に入る。

 旦那は失望と絶望の表情を浮かべていた。

 その横には中学生くらいの男の子が何も出来ず俯いていた。


『その姿が過去の自分と重なった』


 俺は弁護士を続ける事が出来なくなった。

 何もかも失った俺は真実を求めて弁護士になった。

 しかしそれはとっくの昔に意味を失っていた。

 そもそも俺は何がしたかったのだろう?

 自分のやっている事が何なのかがよく分からなくなった。

 この国の法律は、ルールは、仕組みは、本当によく出来ていて・・・


『それでも完璧ではなかった』


・・・


 俺の幸せは家族三人で過ごした日々の中に確かにあった。


 ただそれは壊された。


 それを守るために出来る事は、あの時何もなかった。

 俺があの日々の為に出来る事は何も無かったのだ・・・。


 俺の出来る事は・・・あの時のあの幸せを胸に、

 出来る事を精一杯しながら・・・


『新しい幸せのために生きて行くしかなかったのだ』



 こんな簡単な事に気づくのに俺は随分と時間がかかってしまった。



 今更、新しい幸せと言っても俺には見当もつかなかった。

 ただ、自分が納得出来る仕事をしたかった。

 こんな俺に何が出来るのか・・・。


 誰かの助けになりたかった。

 それは些細な事でいい。


『こんな俺だからこそ分かる事がある』


 何も持たない俺だからこそ、寄り添える人がいる。


 俺みたいにならない為に・・・、出来る事があったはずだ。


 それを伝えよう。


・・・


 そして俺は心理カウンセラーになった。

 心を癒すという事は本当に難しい。

 壊れたものは基本的には元には戻らない。

 それでも精一杯の言葉を費やし想いを伝え心を理解しようとした。


 他の誰でもない自分のため、自分の存在意義のため。

 そうでなければ(ほどこ)す事になる。

 施しは罪悪感を誘発する。

 優しさの押し売りは猜疑心(さいぎしん)を増長させる。

 与えるのではなく助けるのだ。

 何も与えず、自分の為に他人を助ける。

 悲しみを、苦しみを奪うのだ。

 

 それはきっと(だま)す行為に近い。



『そうだ、俺は詐欺師でいい』


 

本作の塔矢、そして塔矢の過去は、実は拙作『アイテール』と『ニャレット』のワンシーンにも現れ、そしてその背景を捕捉しています。本作はヒューマンドラマであり、この二作品はファンタジーです。それ故に並行世界の可能性を残しつつも、その同一性を読者様に委ねました。もしよければお楽しみ頂ければ幸いと思います。

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