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Side 芽衣 トランスジェンダー

 トランスジェンダー、生まれた時に割り当てられた性別が自身の性同一性と異なること。


 言葉にするのは簡単だ。


 でもその事を真に理解する事は不可能に近い。

 下手に分かったフリをされる事ほど不快な事もないだろう。


 その詳細は多岐にわたる。同じ人なんてどこにもいない。

 同じ枠に押し込めるのもまた不可能なのかも知れない。


 絶対的な正解の対応など存在しない。

 その人と向き合うしか無いのだ。


 亜衣はトランスジェンダーだ。


 キョウダイとは不思議なものだと思う。

 最も身近な他人とはよく言ったものだ。


 私は亜衣の事を理解しているつもりだった。

 でもそれは・・・


・・・


 亜衣は幼少期、それほどトランスジェンダーによって苦しむ事が少なかった。

 それは母の存在が大きい。


 母はおおらかで、そして強かな人だった。


「私はこっちの服がいい!」


 亜衣が選んだのは男の子用の車の絵がプリントされた服だった。

 普通の母親であれば、あるいは動揺したかも知れない。


 しかし母は、


「こっちのほうがカッコいいわよ♪」


 と更に男っぽいデニムに虎の刺繍がされた服を進めた。

 亜衣はそっちの方が気に入った様だ。

 

 私は隣でそれを、目を丸くして見ていた。


 亜衣はその虎の服をよく着ていた。


 実はこの時よりもずっと以前から母は亜衣がトランスジェンダーである事に気付いていた。

 そして、さまざまな情報や事例を知っていたのだろう。


 小学校の高学年の頃、私はまだトランスジェンダーについて何も分かっていなかった。

 この頃には、亜衣は自分の中での性別の不一致に悩まされていた。

 望む姿と求められる姿が異なる。


 受け入れなければ周囲から異物として扱われる。

 しかし受け入れる事は自分の根底を否定される事になる。

 それは、計り知れない屈辱だったのだろう・・・。


 そう言えば丁度この頃だった。

 私と亜衣は些細な事で喧嘩をした。


「私をお姉ちゃんと呼ばないで!!」


 私はキョウダイである事を否定されたのだと思った。

 しかしそれは違った。


 姉=女性なのだ。


 私はこんな単純な事にすら気づいていなかった。

 その後、私達はすぐ仲直り出来た。

 主に母のお陰で・・・。


 私はそれ以来、亜衣をお姉ちゃんとは呼ばない様にしていた。


 記憶を失ったあの時までは。


 その後、私は母からトランスジェンダーについて詳しく聞いた。

 母は小学生だった私にもわかる様に色々な事を教えてくれた。

 今にして思う。母のその知識は普通では無かった。


・・・


 私が中学生に上がる頃のある日、ニュースでトランスジェンダーの子供が取り上げられた。


 その中で母親はいじめを受けた5歳の子供に対して、社会が悪いと嘆き、

普通の子に産んであげられなくてごめんなさいと涙ながらに懺悔したのだ。


 亜衣は悲しそうに言った。


「この人は何も理解していない。理解しようとしていない」


 私もそう思った。

 それはあくまで放送側の配慮不足だったのかも知れない。

 ただ切り取られたそのシーンは・・・子供の方を向いていない様に見えた。


 5歳の子供が自分と違う格好をした子を、

平然とそれは個人の自由だからと理解出来るはずがない。

 それが当たり前に出来る社会は素晴らしいものだろう。


 しかしその社会を作るには途方も無い積み重ねが必要になる。

 それを目指す事自体は諦めてはいけない。目指し積み重ねるべきだ。


 しかし、それはずっと先の目標だ。

 この母親が今見なければいけないのは目の前の自分の子供だ。


 いじめは服を脱がせようとしたり、

叩くなどといった行為にまで至っていたそうだ。

 こんなものトランスジェンダーなど関係ない。

 いじめた奴が悪い。社会が云々以前の問題だ。


 叱られない道理がない。服装など関係無いのだ。

 それを社会が悪いからと母親が論ずる必要性が何処にあるのか。


 ニュースキャスターは語るべきだろう。社会を変える為に。

 しかし、母親がテレビに向かって語る事で事態が好転するとは思えなかった。

 社会などと言う漠然としたモノのせいにされては子供はたまったものではない。


 加えて母親の言葉にも苦言を抑えきれなかった。


 トランスジェンダーの子供は普通の子供ではないのか?

 子供は母親の悲痛な姿を見て自分の存在を否定するのではないだろうか。

 それは最も避けなければいけない事だと私は思った。


 母親も辛い思いをしたのだろう。その涙に悪意など微塵もないのだろう。

 しかし母親がしなければならないのは、

なにがあろうとも生まれてきてくれて良かったと、

笑いかけてあげる事なのではないだろうか。


 母親は何も悪い事をしていないのに、なぜ涙し懺悔するのか・・・。

 強くあって欲しい。そうなれない社会なのかも知れない。

 それでも、子供の為に、そしてあなたの為に・・・。


 ウチの母はそうではなかった。

 そのおかげで今の私達がいる。

 私があのニュースを見て様々な考えを巡らせる事が出来たのは、

母に教えて貰った想いがあったからだ。


 母がいれば、きっと私達は大丈夫だと思っていた。



 しかし、この頃には・・・母はもうどこにもいなかった。

トランスジェンダーについて色々調べました。でもまだまだ知識不足は否めません。完全に理解する事は難しい・・・。他人を理解する事は本当に難しい。下手に分かったフリをされる程、不快な事もないでしょうし。それでも理解したいと言う気持ちを持ち続けたい。何度も書き直して私なりの想いを載せました。本当に書いて良かったと思います。特定の人を非難する様な内容は避けてきたつもりでしたが今回、少し攻撃的な内容が含まれます。これは非難と言うよりは問題定義、問いかけと捉えて欲しいです。

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