後編
勇者の軌跡は、愛で溢れていました。
世界ではなく、たった一人のため。
私のためだけの愛で。
「婚約破棄してください……なんて」
一年目は、いつ帰ってくるかと、勇者様が歩いて行った道を毎日見ていた。
二年目は、時々見るようになった。
三年目は、目に入るたびに悲しくなった。
四年目は、諦めた。
五年目は、なにもかも忘れてしまった。
助けてくれた。
嬉しかった。
恋に落ちた。
だけど……。
世間の当たり前を知っていく内に、心は大人になった。
あなたにとっては、私はどこにでもいる娘だったと思っていた。
口約束だった。
子供をごまかすためのものだと思っていた。
「ごめんなさい」
ずっと、忘れずにいてくれたのに。
未だに約束を叶えるために、頑張っていてくれたのに。
待つだけ。
たったそれだけすら、私は投げ出して。
本当のことを確かめもせず、
自分だけの幸せを願った。
だから、女神様は怒ったのだ。
浮気者だと。
勇者が誰のために戦っているのか知っているのかと。
そうです。
私は、世界一の愚か者でした。
◇ ◇ ◇
私は、炎の魔法で、魔物の最後の一匹を焼き払いました。
「どこの誰だか知らないが、助かったぜ」
粗暴なのに、どこか優しさを感じられる態度。
あの頃とまるで変わらない。
ですが、どこの誰だか知らないだなんて……。
「ワ、ワタクシのことわすれたんですか?」
「あ? お前みたいな美人、あったら忘れるわけ……」
ワタクシは、薬指につけた指輪を勇者に見せました。
「その指輪、それにお前の髪色、もしかして」
ようやく、思い出したようです。
「あなたの婚約者カーネレットです」
「はあ、随分でかくなりやがって」
「……どこ見て言ってますか」
頭ではなく、胸を見て言っている気がしました。
「自分の婚約者のどこ見たっていいだろう」
相変わらずの性格です。
「それにしても、待ってろっていったのに、こんなところまで来やがって」
「それは……五年もたったから」
いい子で待ってろと言う話でした。
もう私は立派な大人になってしまいました。
「五年? ああ、もうそんなに経ったのか」
時間の感覚が随分と狂っているようです。
それもそうでしょう。
毎日毎日、戦いの日々だったのでしょうから。
「悪かったよ。どうせすぐ死ぬと思ったんだがな、意外と俺は強かったな。まだ生きてる。いや、未だに魔王も倒せてない。中途半端だな。この体たらくだ……」
勇者は、はるか先。
魔王城がある方を見つめました。
「戻るわけにはいかなかったんだ」
かなり遠くですが、魔物がこちらに向かってきている気配があります。
今、倒した魔物よりさらに数が多いような気がします。
私がたどってきた勇者の軌跡は、ずっと前に進んでいました。
ここが最前線。
きっと彼がここを退けば、魔物の軍勢がなだれ込んできます。
「わかってるよ。返しに来たんだろう? さあ、返しな。そうすれば、女神の加護も消えるだろう」
勇者は、大きく息を吸うと言いました。
「勇者ヴァルハルハは、カーネレットとの婚約を破棄する」
「知ってますか? 婚約破棄って、相手の同意がいるんですよ」
指輪を返す代わりに、私は口づけを返しました。
「もうレディに向かって、クソガキなんて言わないでくださいね」
「マジかよ。どうなっても知らねぇぞ」
粗暴な彼が、信じられないほど顔を真っ赤にしていました。
そんな顔も素敵です。
婚約。
それは、私がもう一度会いたいからと交わした大切な約束です。
ようやく、あの日の気持ちに、体が追い付きました。
勇者と共に歩みたい。
死が二人を分かつまで、ずっと一緒にいたい。
だって彼は、私にとって、世界一カッコいい人だから。
「勇者様、あなたのことが好きです。一緒に連れて行ってください」
私が差し出した手を、勇者は迷うことなく力強く握りしめました。
「よし、一緒に魔王を倒しに行くとするか」
みんなの為なんて気持ち、これっぽちもありません。
世界は、じぶんのために救うものです。
私は、勇者に笑って言いました。
「世界救って、盛大に結婚式あげましょうね」




