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勇者様、婚約破棄してください!  作者: 名録史郎


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3/3

後編

 勇者の軌跡は、愛で溢れていました。


 世界ではなく、たった一人のため。

 私のためだけの愛で。


「婚約破棄してください……なんて」


 一年目は、いつ帰ってくるかと、勇者様が歩いて行った道を毎日見ていた。

 二年目は、時々見るようになった。

 三年目は、目に入るたびに悲しくなった。

 四年目は、諦めた。

 五年目は、なにもかも忘れてしまった。


 助けてくれた。

 嬉しかった。

 恋に落ちた。


 だけど……。


 世間の当たり前を知っていく内に、心は大人になった。

 あなたにとっては、私はどこにでもいる娘だったと思っていた。


 口約束だった。

 子供をごまかすためのものだと思っていた。


「ごめんなさい」


 ずっと、忘れずにいてくれたのに。

 未だに約束を叶えるために、頑張っていてくれたのに。


 待つだけ。

 たったそれだけすら、私は投げ出して。


 本当のことを確かめもせず、

 自分だけの幸せを願った。 


 だから、女神様は怒ったのだ。

 浮気者だと。


 勇者が誰のために戦っているのか知っているのかと。


 そうです。


 私は、世界一の愚か者でした。


◇ ◇ ◇ 


 私は、炎の魔法で、魔物の最後の一匹を焼き払いました。

 

「どこの誰だか知らないが、助かったぜ」


 粗暴なのに、どこか優しさを感じられる態度。

 あの頃とまるで変わらない。


 ですが、どこの誰だか知らないだなんて……。


「ワ、ワタクシのことわすれたんですか?」


「あ? お前みたいな美人、あったら忘れるわけ……」


 ワタクシは、薬指につけた指輪を勇者に見せました。


「その指輪、それにお前の髪色、もしかして」


 ようやく、思い出したようです。


「あなたの婚約者カーネレットです」


「はあ、随分でかくなりやがって」


「……どこ見て言ってますか」


 頭ではなく、胸を見て言っている気がしました。


「自分の婚約者のどこ見たっていいだろう」


 相変わらずの性格です。


「それにしても、待ってろっていったのに、こんなところまで来やがって」


「それは……五年もたったから」


 いい子で待ってろと言う話でした。

 もう私は立派な大人になってしまいました。


「五年? ああ、もうそんなに経ったのか」


 時間の感覚が随分と狂っているようです。

 それもそうでしょう。

 毎日毎日、戦いの日々だったのでしょうから。


「悪かったよ。どうせすぐ死ぬと思ったんだがな、意外と俺は強かったな。まだ生きてる。いや、未だに魔王も倒せてない。中途半端だな。この体たらくだ……」


 勇者は、はるか先。

 魔王城がある方を見つめました。


「戻るわけにはいかなかったんだ」


 かなり遠くですが、魔物がこちらに向かってきている気配があります。

 今、倒した魔物よりさらに数が多いような気がします。


 私がたどってきた勇者の軌跡は、ずっと前に進んでいました。


 ここが最前線。

 きっと彼がここを退けば、魔物の軍勢がなだれ込んできます。

 

「わかってるよ。返しに来たんだろう? さあ、返しな。そうすれば、女神の加護も消えるだろう」


 勇者は、大きく息を吸うと言いました。


「勇者ヴァルハルハは、カーネレットとの婚約を破棄する」


「知ってますか? 婚約破棄って、相手の同意がいるんですよ」


 指輪を返す代わりに、私は口づけを返しました。


「もうレディに向かって、クソガキなんて言わないでくださいね」


「マジかよ。どうなっても知らねぇぞ」


 粗暴な彼が、信じられないほど顔を真っ赤にしていました。

 そんな顔も素敵です。


 婚約。


 それは、私がもう一度会いたいからと交わした大切な約束です。


 ようやく、あの日の気持ちに、体が追い付きました。

 

 勇者と共に歩みたい。

 死が二人を分かつまで、ずっと一緒にいたい。

 だって彼は、私にとって、世界一カッコいい人だから。


「勇者様、あなたのことが好きです。一緒に連れて行ってください」


 私が差し出した手を、勇者は迷うことなく力強く握りしめました。


「よし、一緒に魔王を倒しに行くとするか」


 みんなの為なんて気持ち、これっぽちもありません。

 世界は、じぶんのために救うものです。


 私は、勇者に笑って言いました。


「世界救って、盛大に結婚式あげましょうね」

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