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中編

 勇者が、向かった方向に行くという馬車に乗せてもらいました。


 勇者の手掛かりは、魔王を退治に向かったということだけ。

 婚約しているというのですから、勇者が死んでいない事だけは確実です。

 

「どうせ魔王が怖くなって、田舎にでも尻尾撒いて逃げ帰ったのよ」


 いつもまでも、戻ってこないということは、そういうことではないでしょうか。

 あんな大見えきったので、恥ずかしくて顔を見せれなくなった。


「あり得るわ」


 私は、そう決めつけました。

 うんうんと、馬車で一人頷いていると。 


「うわぁああ」


 商人が叫び声をあげました。

 顔を出して見ると、馬車の前方に狼の魔物の群れが集まっていました。


 魔除けの指輪じゃなかったの?


 もうあれから五年もたっています。

 本来の魔石の効果ではなく、勇者が込めた魔法なので、効果がうすまっているのかもしれません。 


 私は、魔法の練習で的を外したことはありません。


 きっちり、魔物を見つめて、頭の中でイメージを走らせながら、呪文を詠唱(とな)えました。


「炎よ、敵に走り焼き尽くせ」


 呪文に決まった言葉はありません。

 要は綺麗にイメージできればなんでもいいのです。


 私の右手の人差指の真っ赤な魔石が赤く輝きます。

 掌から、現れた炎は、まっすぐに敵に向かうと一瞬で黒焦げにしました。


「よし!」


 私は、次々と炎の魔法で、狼たちを焼き殺していきます。


「ふー」


 実戦は初めてでしたが、強力な魔法を扱うことができる私にはなんてことは……。

 少しだけ緊張しています。


 一度、やってしまえば、自信がつきました。

 できると思うと、できたことがあるでは大きく違います。


「やっていけそうですね」


 私が、一人旅の意思を固めていると、馬車の中から商人が出てきました。


「ありがとうございます」


「いえいえ、乗せていただいているのですから当然ですわ」


「そういえば、五年前、勇者様も同じようにこの峠で助けてくださいました」


「えっ? 勇者にあったことあるんですか?」


「ええ、俺は世界を救う勇者だから、馬車に乗せろと言われまして」


「ああ……」


 相変わらずの、粗暴さです。


「でも、口はそんな感じでしたが、魔物が出たら、助けてくれて、岩にはまった時は、馬車を押して助けてくださいました」


 見た目の粗暴さの割に、優しいのは確かです。

 私も見返りも求めずに助けてくれました。


「勇者は、他になにか言っていましたか」


「たしか生意気な婚約者ができたと楽しそうに自慢していましたよ」


 それ、私です。とは言えませんでした。


◇ ◇ ◇


「ちょっとそこのあなた、まってください」


「はい? ワタクシですか」


 隣国の王都に差し掛かったところで、呼び止められました。


「もしかして、あなた勇者様の婚約者ではありませんか?」


「えーと、その」


 面と向かって、勇者の婚約者と言われたのは初めてで狼狽しました。


「5年ほど、前に勇者様に命を助けていただきました。そのときお礼しようとしたら、花屋なんだから、もしも燃えるような赤髪で俺が渡した指輪を持つ女に会うことがあれば、そいつに最高の一輪でも渡してくれって、言われまして」


 花屋の女性は、店ではなく部屋の中に取りに行くと、光輝く白い花を持ってきました。

 植木鉢に綺麗に咲いています。


「これって」


「女神月下です」


「手に取った者をどんな死の淵からも救うって、伝説の……」


 この花と同じものが、城の絵画にありました。


「大切にこの日のために育ててきました」


「こんなものいただけません」


 王族に、売れば庶民なら一生遊んで暮らせるお金がもらえるでしょう。

 助けた本人でもない、私がもらうわけにはいきません。


「ずっとうまく咲かすことができなかったのに、今日、初めて咲いたのです。これは運命です」


 熱弁する花屋のお姉さんに根負けして、私は花に触れました。

 花びらがすうっと体の中に吸収されていきました。

 暖かい光に包まれているようです。


「結婚式の際は、ぜひ私にブーケを作らせてください。とびっきりのものを用意しますから」


 感謝し続けるお姉さんに、今から勇者に婚約を破棄してもらいにいくところだとは、到底いうことはできませんでした。


◇ ◇ ◇


 私は、勇者が訪れた隣国の王城に来ました。

 

 自国の王子との婚約は破棄されてしまいましたが、爵位を失ったわけではないので、どうにか王に面談通してもらえることになりました。


 王に、勇者が向かった先を聞くと、思った以上にあっさり魔王城までの詳細な地図をくれました。

 魔王城は国をいくつも越えた先にあるようでした。

 おもったより長旅になりそうです。


(でも、馬車なら数か月もあれば、往復できそうですけど?)


 とても五年もかかるような距離には感じません。

 私が考え事をしながら、もらった地図を眺めていると、王の隣にいた煌びやかな金色の髪をした王女が言いました。


「ふーん。あなた、勇者に会いにいくのですか?」


「ええ、まあ、少し用がありまして」


 私も貴族です。王女の不躾な態度に臆することなく、答えました。


「ワタクシ、勇者に魔王を倒した暁には結婚してあげますと言ったのですよ」


「へ、へぇ?」


 私より少し年上のようなので、この城を訪れた時は、さぞ美少女だったことでしょう。


「その男なんて言ったと思いますか?」


 子供だった私とあっさり婚約した勇者のことです。

 結婚も受け入れたのではないでしょうか。

 私は、動揺を隠しながら、言いました。


「見当もつきません」


「『お前みたいな顔に結婚なんてしたくないと書いている娘なんているか。それに俺の婚約者の方がお前より100倍可愛い』って、失礼しちゃうわ」


 王も、隣で怒ったように頷きました。


「しかもそやつ、誠意なら金か領地で示せ。値段は決めないが、俺はお前らの国民に貰った額を公表するからなとな」


 ああ、あの人なら言いかねない。

 私と会った時も、王族から金を巻き上げるとかなんとか言っていました。

 

「反逆罪じゃぞといえば、勇者は、心優しいからなるんじゃねぇ。強いからなるんだよ。文句があるなら、全員かかってこい。相手になってやるぞとな、もはやただの賊と変わらぬ」


 王はここぞとばかりに、抱え込んでいた不満を言います。


「ふふっ」


 私は、王族に対しても、無敵な勇者に思わず笑ってしまいました。

 そんな私を見て、王女はムッとした顔で言いました。 


「そういえば、隣国で、勇者と婚約していて、王子との婚約を破棄された令嬢がいるそうですわよ」


 私を馬鹿にしたように見ました。

 

「勇者も勇者なら、婚約者も婚約者ですこと」


◇ ◇ ◇


 王城を出た私は、誰にも見られない所に来てから、地団駄を踏みました。


「本当に腹立つ。あの王女、ワタクシが勇者の婚約者だと分かって嫌味を」


 完全に嫌味を言うためだけに、謁見を許されたようなものです。

 まあ、私の国と喧嘩したいわけではないようなので、もらった地図が偽物だとかそんなことはなさそうです。


「それに私は王妃にだってなれる器、美貌なら負けてません」


 ひとり勝ち誇ってみましたが、王女が言った言葉を反芻してみます。


「勇者と婚約していて、王子との婚約を破棄された令嬢というのは、本当のことなんですよね……」


 王女より私が勝っていると言ってくれた勇者の顔に泥を塗ったようなものです。


「勇者の婚約者が私一人だとは……」


 もういまさら、そんなわけないのは、わかっています。


 勇者が婚約者は燃えるような赤髪だと言っていたと花屋さんから聞きました。

 

 ゼロではありませんが、赤は相当珍しい髪色です。

 燃えるような赤と言われれば、今まで自分以外に見たことありません。


「勇者が自慢げに話す婚約者が、浮気していたとしたら……」 


 馬鹿にされて当然です。


「それにしても、可愛いだなんて……」


 どう思い出しても、勇者と会ったあの日の私は、可愛げの欠片もない子供でした。

 今も、美人だと言われることはあっても、可愛いなんて人から言われたことはありません。


 申し訳のなさと、嬉しさが同時に胸を満たしていきました。


◇ ◇ ◇


 あれから、国境をいくつか越えました。

 どこに行っても、困ることはありませんでした。

 勇者が助けた人々から、勇者の代わりに沢山のお礼をもらったからです。

 

 ただ、勇者が助けた人々が大勢いるということは、世界が窮しているという意味でもありました。


「ああ、世界はこんなひどいことに」 


 私の前には、打ち捨てられた村がありました。


 国を越えるたびに、魔王の存在が強くなり、世界は絶望の色合いを濃くしていきます。

 勇者の足取りを追って進めば進むほど、世界は荒廃していきます。

 そして、この国はもう滅んでいました。


 私の国の人間は、世界がこんなことになっているなんて誰も知りません。


 魔王の復活も、遠い国の出来事で、脅威が少しずつ迫ってきているなんて思ってもいませんでした。


「くっ。また」


 私は、襲い掛かってきた、犬型の魔物に炎の魔法を放ち、消滅させました。


 魔除けの指輪の効果も全く感じないないほど、魔物はひっ切りなしに襲い掛かってきます。


 少し休憩したくて、比較的壊されていない民家に、入りました。

 竈から、暖かさを感じます。

 誰かが、ここで火を使ったようです。

 

「最近、誰かが生活していた跡」


 こんな場所で過ごす人間の心当たりなど、一人しかいません。


 よく耳を澄ませると、戦いの音が遠くから聞こえてきました。


「行かないと!」


 休んでいる場合ではありません。


 私は家を飛び出して、戦場へと向かいました。


◇ ◇ ◇ 


 おびただしい魔物を相手に、あの頃と変わらぬ姿で剣を振るう勇者の姿がありました。

 どれだけ戦っていたのでしょうか。

 魔力はすでに切れていて、気力だけで、剣を振るっているようです。


「今、助けに行きます」


 あの日、勇者が私を助けてくれたように。

 今度は私が助ける番です。 


 私は、全力で勇者の元に向かいました。


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