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ショートショートの小宇宙

大切な存在

作者: 駿平堂

「そう言えば紗英ってさ、親とスマホの位置情報共有してたりする?」

 紗英は親友の佳奈子からの不意の質問にやや面食らい、弁当を食べる箸を止めて顔を上げた。

「してないけど。なんで?」

「してないよね。いや、私前に行方不明になったことあるじゃん」

 佳奈子がそう言うのは、小学生の頃に家族で行ったキャンプで起こった事件のことだ。母が車に荷物を取りに行っていて、父親が他の子どもに話しかけられている間に佳奈子だけで山道の方を探検してしまい、いつの間にか迷子になってしまったのだ。

 結局その日の夜に警察によって発見されてことなきを得たものの、その後三日間入院する羽目になったし佳奈子と両親にとっては大事件だった。

「それから親が心配してスマホの位置情報共有されてんだよね。そりゃまあ行方不明になったうちが悪いとは思うけどさ。でももう中学生だし。ずっと位置情報を知られてるってのもさあ」

 幼稚園からの腐れ縁で、家族ぐるみの付き合いがある紗英だから、こんな悩みでも話しやすかった。

「心配性なとこあるもんね。佳奈子の親」

 一方の紗英は、それだけ相槌を打って再び弁当のウインナーをつまんだ。そしてあんまり立ち入ったことを言いたくもなかった紗英は、少し話題を逸らすことにした。

「そのお守りもその時にもらったんだっけ?」

紗英の視線が捉えていたのは、机の脇にかけられた佳奈子のカバンに結ばれた、白い鳥をモチーフにしたお守りだった。

「これ? そうそう。肌身離さず持ってろ! ってお母さんがくれたの」

「手作り?」

「うん。なんか渡り鳥らしくて。ほら、渡り鳥って方角わかるって言うじゃん。だから迷わないようにって」

 佳奈子はそこまで言うと、依然としてお守りから視線を外さない紗英に気づき、ストラップをほどいて机の上にお守りを置いた。

「見ていいよ」

「あ、ありがとう。可愛いね。ふふ、私のカバンに着けたいくらい」

 何気なくそうこぼした紗英だったが、それを聞いて佳奈子は閃いた。

「それだよ、紗英! 明日うちが放課後翔太と遊びに行く時さ、うちのスマホ紗英が持っててよ」

 翔太というのは佳奈子が今気になっている別のクラスの男子だ。すでに何回か二人で遊びに行っており、もちろん紗英もそのことを知っていた。

「えー、別に私と遊んでることにすればいいじゃん」

「うーん。そうなんだけど。学校帰りにあんまり遠くまで行くなって言われてるしさ」

「映画見に行くんだっけ?」

 最寄りの映画館は電車で二十分ほどのところにある大型の複合施設まで行く必要があり、確かに学校帰りに行くには近い距離とは言えなかった。

「うん。うちから誘ったんだけどね。翔太全然自分から誘ってくれないから」

 これまでの翔太とのデートも全て自分から誘っていたし、一回くらい向こうから誘ってほしいのが佳奈子の本音だった。

「あー。この間も言ってたね。誘われたいー、って。あ、これありがとう。戻しとくね」

 紗英は失くしてしまわない内にお守りを再び佳奈子のカバンにくくりつけた。

「あ、うん。でも普通そうじゃない? うちの親もお父さんからめっちゃアタックしたらしいしさ」

「えー、そうなんだ。ちょっと意外」

 何度か会ったことのある佳奈子の父親は、穏やかで優しくて落ち着いた人、という印象だったから、そんな風にアタックしている姿が紗英にはあまり想像できなかった。

「でしょ。でもお母さんの方は付き合ったばっかの頃は正直そこまでだったんだって」

「へー」

「でもそのちょっと後にお母さん事故にあって入院することになっちゃって。大したケガじゃなかったらしいんだけど」

親友の親に関するそんな初耳情報を聞いた紗英は、卵焼きの方に伸ばしていた箸を止めて目線だけチラと佳奈子の方に向けた。

「あら」

「それでその時にお父さんがすごい熱心に看病したりお見舞いに来てくれたりして、そこで本当に好きになったんだって」

「え、何それ素敵」

 これまた意外なエピソードに、今度は顔を上げて佳奈子の方を見た。いかにも興味津々な様子の紗英に対して、いつもだったら調子よく話を続けていた佳奈子だったが、今はもっと大事な話題があった。

「てかそんな話どうでもいいから。とにかくさ、お願い! 明日私のスマホ持ってて!」

「うーん。でも電話とか来たらどうするの?」

「来ないって。連絡来るとしてもチャットだし、無視すればいいから。ね、いいでしょ!」

 結局紗英は粘り強く頼み込んでくる佳奈子を断り切れず、明日学校が終わった後にスマホを預かることにした。


 明くる日の夕方、佳奈子の母親である京子は娘の位置情報を不審がっていった。今日の放課後は親友である紗英とカラオケに行くと言っていたはずだ。それなのに、GPSが示すのは少し離れた駅にある大型の複合施設。カラオケであればわざわざそんなところまで行くはずない。何かあっても怖いので、京子は佳奈子に電話をかけることにした。

 京子が発信した通話はすぐに佳奈子スのマホの画面に示された。そこに映るお母さんの文字と機械的なアラームが、気持ちよく歌う紗英の気持ちを一気に盛り下げた。

「電話、来たじゃん」

 無視する手もあったが、応答しなかったらそれはそれで面倒になりそうな気もした。

 しばらく佳奈子のスマホとにらめっこをしてから、意を決して紗英は電話に出た。

「もしもし。佳奈子さんの友人の紗英ですけど」

「あら、紗英ちゃん。ごめんなさいね。そこに佳奈子いるかしら?」

「あ、ごめんなさい。えっと、今ちょうど気持ちよさそうに歌ってて」

 スマホを片手に持ちながら、慌ててもう片方の手でカラオケの音量を上げる。

「そうなのね。少しだけ変わってもらえないかしら」

 そうなるだろうとは思っていたが、自分の予想に反することなく食い下がってくる佳奈子の母親を内心で呪った。

「えーっと、ちょっと待っててもらってもいいですか?」

 紗英は大急ぎで佳奈子の声をイメージしながら一度だけ深呼吸をし、その後小さく咳ばらいをした。そして勢いよく

「ごめん、今歌ってるからメッセージで送って! ごめんね!」

 とだけ言ってそのまま電話を切った。その後しばらく警戒していたがそれ以上連絡が来ることはなく、どうやらなんとか誤魔化せたのだろうと紗英は思った。

 だが実際は、そもそも位置情報から佳奈子がそこにいないことは京子に明らかだった。ただ、紗英にスマホを預けているのは親の目を誤魔化すための小細工に違いなく、何か事件に巻き込まれているとか、そういうことではないと思われた。京子にとってはそれが確認できればひとまずよかったから、それ以上の追及を避けたまでだった。それに、ここであまり問い詰めても紗英が気の毒な気持ちもあった。


「ただいま」

 その日、いつもなら夕食を食べ始めているくらいの時間に佳奈子は帰宅した。

「お帰りなさい。今日はどこに行ってたの?」

 その声色で、これから自分が怒られることを佳奈子は察した。スマホを受け取った時に紗英から電話が来たことは聞いていたが、バレてなさそうとも聞いていたので、心の準備ができていなかった。一気に心臓が重たくなる感じがした。

「紗英と、カラオケ」

 目を逸らして、明らかに低いテンションでそう答える。

「違うでしょ。もう、放課後にあんまり遠くに行かないでって言ってるのに、あんなところまで遊びに行って。映画でも見てたんでしょ」

「なんで映画見てたこと知ってるの?」

 佳奈子にしてみれば、仮にそこに自分がいないことがバレたとしても、スマホは紗英に預けていたのだし、自分のいた場所まで親にバレるはずがなかった。娘からの真っ当な疑問に京子は内心慌てながらも、平静を取り繕ってそのまま説教を続ける。

「お母さんにはわかるんです。とにかく、これからは変に誤魔化したりしないこと」

「でも、放課後に友達と色々遊びに行きたいことだってあるもん」

 佳奈子の言うことももっともだった。正直なところ、中学生になった娘をいつまでも縛り付けるのは可哀そうだと思う気持ちもあった。

「わかった。それはお父さんと話し合ってみるから。でもスマホは自分で持ってなさい。それと、明日紗英ちゃんにも謝っておきなさいね」

 

 その日の夜、佳奈子が寝静まった後、父親である優司と京子は向かい合いながらダイニングチェアに腰かけていた。夫婦水入らずの時間も、佳奈子の一件があった今日は少し落ち着かない雰囲気だ。

「うーん、そうか。今回はただ映画を見に行ってただけだからよかったけど、あんまりこういうことをされたら困るなぁ」

「それにこっちが誤魔化すのも大変よ。今度はあのお守りを怪しんでいるみたいだけど」

 京子が言うのは、あの渡り鳥のお守りのことだ。説教をした後、佳奈子は明らかにあのお守りを気にしていた。

「お守りも置いて行かれたりしたら今日と同じようなことになっちゃうよなぁ」

「そうなのよね」

「でも、さすがに言えないだろう。お前の身体には、位置情報を発信するチップが埋めてあるんだぞ、なんて」

「だからどうしようって話をしてるの。やっぱり、可哀そうだったかしら」

 佳奈子が行方不明になった後、医師から提案があったことと、夫もそれに乗り気だったためにした決断だったが、京子の心に後悔が無いわけではなかった。

「でもまあ、また行方不明になった時のことを考えるとな」

「そうだけど。嫌じゃない、いくら親だって。自分の身体にチップが埋められてて、位置情報が常に知られてるなんて」

 自分のスマホに示されている赤い点、佳奈子の位置情報を見ながら京子はそう言った。優司もつられて手元のスマホに目を落とす。そこに映るのは赤い点と、青い点。愛する娘と妻の位置情報だ。

「うーん。そうだよなぁ。いくら家族でも嫌だよなぁ」

 今度は顔を上げて、まだ下を向いている京子の顔をその視線で捉えた。

「でも、大切な存在だから仕方ないよなぁ」

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