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第2話 盗賊王の甥

 そりゃまあ、小動物は好きだ。

 かわいがって、飯を食わせてやれば、まっすぐ愛情をむけてくれるし、滅多なことで裏切らない。

 人間みたいに。


 ◇ ◇ ◇


「だから! なんべん言ったら、わかるんだ! その辺に、脱皮した皮を脱ぎ散らかすんじゃあ、ない!」

「うー。だって、ここ最近、自分でも知らないうちに脱皮しちゃうんだもの」

「おまえの飼い主は、俺なんだ。しつけが悪いと、俺に文句がくんだよ!」

 蛇の獣人、くちなわ族ってのは、どういう生き物なんだとシェンナは頭を抱えた。

 この世には、およそ三種類の獣人がいる。

 四足獣の特徴をもつ、よつあし族。

 鳥の翼や蹴爪をそなえた鳥人間、おおとり族。

 そして、ティファレトのように下肢が蛇の尾になっている、くちなわ族。くちなわ族は希少種ゆえ、その生態は不明。そも、くちなわ族という種族自体、せいぜい知識人などが知る程度で、一般的なものではなかった。

 ティファレトが月に一回、脱皮するのは、この二年間で知ったことだが、最近は脱皮の間隔がやけに短い。

 掃除婦や兵士など、王城の住人が薄暗く、じめじめとした場所で、蛇女の皮に遭遇しては恐怖の悲鳴をあげていた。愚痴は自然、飼い主のシェンナに向けられる。

「とにかくだ! 自分のもんは脱いだら片付けろ! 抜け殻は、まとめて燃えるゴミの日に出せ! わかったな?」

「………………」

 反抗期なのか、ティファレトはむくれ顔で、あさってを向いている。

「言うこときかねえと、飯抜き」

「…ふあい」

 食い意地だけは張っているので、この脅し文句には渋々屈した。

「わかったら、はやく寝ろ。ガキはもう、寝る時間だ」

「シェンナだって、こどもでしょ!」

「俺は、今年の夏で十七だ! せいぜい、十歳未満のガキにいわれる筋合いはない!」

 シェンナは、蛇女を寝台に押し込めて毛布をかけ、その四隅を敷き布団の下にぎゅうぎゅうに詰めた。

「シェンナ、ぐ、苦しい、とぐろ巻けない」

「おとなしくしてろ。朝まで用足し以外は起きるな」

 言い捨て、飼育部屋もといティファレトの部屋を出る。

「ナァーゴ」

 回廊へ出ると、足元に猫の目がふたつ、光っている。

「んっ、よしよーし」

 三毛猫を抱き上げ、らせん状の回廊を上方へと歩き出す。

 転落防止と防備を兼ねる、鉄格子の向こう、人家の光が星空のように灯っていた。あの光のひとつひとつが、一般家庭の光だ。

 シェンナの伯父、盗賊王ルヴァンの頭をながく悩ませていた食糧問題は、二年前に得た獣人の国の土地によって、解消されている。

 欲しいものは、自らの手で奪え――が、この国リィゼン盗賊国の国民性であり、伯父ルヴァンの生き方だ。

 欲しいものは、自らの手で奪え。

 伯父は、獣人の国土と、全国民の命を奪った。十数年前にも、先王であったシェンナの父親を殺し、王位を奪った。

「……そりゃあ、親父は暴君だったって、聞いてるけどさ」

 伯父は、盗賊王などという不名誉な尊称を得てしまっているが、王として、人間として、尊敬に値する男だ。

 だが、ふとした拍子に、シェンナは複雑な気分になってしまう。

 伯父は、国のために、妹婿を殺せる男だ。甥を殺さない保証が、どこにある?

「二度あることは、三度あるっていうもんな」

 シェンナは自室に入ると、複雑に改造した錠をかけた。



「――ぬっ、」

 翌朝。

「抜け出しやがったな、あの蛇女!」

 大音声が、蛇女の飼育部屋にこだました。

 濡れ毛布を床に投げ落とし、

「しかもこれ、寝小便か? あいつ、いくつだよ、っとに。見つけたら、すぐにしつけ直してやる!」

 部屋を飛び出し、ティファレトの捜索を開始する。

 あの蛇女が好むものは、苺、卵、水。嫌いなものは、中型から大型の鳥類。

 盗賊王の居城、通称・監獄城は外壁がわりに格子をはめ込んだ塔状の建物で、七つの階層からなる。総面積はおそろしく広いが、蛇女の好みそうな場所さえ探索すれば、すぐに発見できるだろう。

 そのように、あたりをつけて、水場や炊事場を見て回ったが結局、地上階に行き着いてしまった。

 シェンナが途方に暮れていると、

「やあ、(ぼん)、渋い顔して、どうした?」

 顔見知りに声をかけられた。

「なんだ、おっさんか。朝早いな」

 大きな眼帯で顔半分を隠した男は、ひょいと肩をすくめた。

「最新の海図と勢力図、貿易品の目録を届けにな。おかしらは?」

「女を呼んで、午前さま」

「あー。と、なると午後まで面会ならねえな。お盛んなことで」

「……ちっこい動物、いる?」

「あいかわらず動物好きだなあ」

「飯食わせておけば、かってになつくし、とりあえず裏切らないから」

 盗賊王ルヴァンから、属国ひとつをまかされている男、アギトは巻紙を広げて、視線を走らせた。

「残念、食用だけだ。牛を飼ってみるかい?」

「でかいのは、いいや。自分の責任が増えるだけだから」

「変なところで現実的だな、坊は」

「……あ。そういや、このまえの、白ふくろう。もらい手は見つかったのか?」

「ああ」

「返品して、悪かったよ。ティファレト、あいつ、大きな鳥が嫌いみたいでさ」

「蛇と鳥は、相性悪いのかねえ。そのくせ、卵好きとかよくわからん生き物だ」

 そして、アギトは周囲を見まわした。

「その蛇っこは、どうした? いつも、おまえさんのそばを、ちょろついているだろ」

「脱走中。ってことは、おっさんも見てないのか?」

「あんだけ目立つのがちょろついていりゃあ、いやでも記憶しているんだがな」

 はて、と男は首をかしげた。

「まあ、せいぜい気をつけろ。獣人国がなくなっちまったせいで、今じゃ獣人そのものが希少種だ。そのなかでも、くちなわ族というなら、さらに高価商品だろうよ」

「は?」

「貿易専門の国を任される俺としちゃあ、あれも立派な商品にしか見えん」

 シェンナは、ぽかんと口を開け、男の顔を見上げた。

「普通の蛇だって、薬用酒にすりゃあ、値打ちもんだ。くちなわ族に薬効がないなんて、誰が信じるよ?」

 その言葉に、一拍遅れて、寒気を覚えた。

 巨大な酒瓶に閉じ込められたティファレトを見てしまったような気がして――、

「さいならっ」

 挨拶もそこそこにシェンナは、監獄城を飛び出して、市街地へと向かった。

 忠実な三毛猫が一匹、その後を追う。


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