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奴隷少女は帰国したい  作者: 雀夜
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第八話

 黄昏時。街中に夕暮れを告げる鐘の音が鳴り響く。

 少女の故郷でもまた、夕暮れを告げる鐘の音が街中に響くが、それは発展した文明の中に生まれた電子音。少なくとも、この世界のように本物の鐘の音が街中に鳴り響くことは、なかなかどうしてないだろう。


 と、いうのはさておき。


「夜になる前に、なんとかギリギリ完了しました! 異世界、夜間は完全に松明頼りで街灯とか皆無ですからね……なんとか片付いてよかったです」

「お疲れ様でした、ギンコ。私にできることはありませんでしたが、主である貴方の健闘は、しかとこの目に焼き付けておりましたよ」

「人、それを見てるだけと言うのですけど……」

「仕方ありません。私はあくまで戦闘用の召喚獣。敵の掃除こそ専門分野ですが、埃や塵屑、散らかった物品などの掃除は専門外ですから」


「……まぁ、見るからに貴族様っぽい貴方に掃除を命じるつもりもありませんでしたし……そもそも、掃除とかできなさそうですしね」

「否定はしません。生前は、全てメイドたちがやっていたことですから」

「ほほう。生前は随分とお偉い方だったのですね。……へ、生前?」

「はい、まだ言っていませんでしたが、私は遠い過去に死んだ身です。転生魔法の影響であまり多くのことを覚えてはいませんが、少なくともそれなりの身分ではあった筈です」

「幽霊ですか?」

「はい? いえ、転生魔法とは、別名、変異魔法とも言い、自分を別の何かに変貌させる魔法です。

 私は人間ですが、転生魔法の一種で変異し、人間にして召喚獣になりました。その副作用か、私にはあまり生前とも言うべき普通の人間時代の記憶を持ってはいないのです」

「ふむ。幽霊でないのなら安心しました」

「幽霊とは少し違いますね。少なくとも、私には明確な肉体がありますので、物理的な攻撃でも干渉が可能です」

「……ふむ。その辺りはまた、後々に詳しく聞くとしましょう。とりあえず、帰りましょうか」

「了解しました、マスター」

「……マスターではなく、ギンコと呼んでください。私も今はマスターがいる身ですので」

「そうでしたか、了解しました」


 少女は奴隷であるが故、日が完全に沈む前に帰らなくてはいけない。酒場の店主でありギルドマスターである男曰く、奴隷は主人から離れた場所で活動するには、それなりの手順が必要だという。そしてギンコは今、その手順を踏んでいない。

 少女は早々に、契約したばかりの騎士を連れ、拠点である酒場に戻るのであった。


 そして、帰路についてから1分後。


「マスター、ただいま貴方の立花ぎん子が戻りましたよー」

「おお、帰ったか。掃除は終わったか?」

「それはもう。少なくとも剣の修業に必要なスペースくらいは掃除して確保しましたよ!」

「そうかい。なら、今日は店を手伝ってくれ」

「いや文章が全然繋がっておりませんが?」

「仕方ないだろ、みんなして言うんだよ。今日はギンコはいないのか、ってな」

「えぇー」

「ほら、さっさと働け」

「今日は休んでいいって、ご主人が言いましたのに……」

「いや、それはほら……な?」

「ブラックご主人! 所詮奴隷はせっせこ働く運命だって言うんですね!」

「買われた奴隷が働くのは主人のために当たり前だろうが」

「おのれ異世界文化……」


 がやがやと騒がしい酒場の中は、既に大勢の荒くれ者たちでいっぱいだった。彼らが頼むのは基本的にディナーとビールであるため、これでもかというくらい酔っ払っている。

 故にギンコに対する絡み方は、ギンコの故郷ならばセクハラ問題もいいところなのだが……


「いたしかたありますまい、諦めて働きますか」


 そう少女に、そっと手を差し伸べるのは少女と契約を交わしたばかりの騎士だった。


「待ちなさい、そこの貴様。我が主人であるギンコを奴隷として使役することは仕方ないとしても、一度己の吐いた言葉を撤回し、不当な労働に処すとは何事ですか」

「あ、奴隷なのは仕方ないんですね」

「奴隷は立派な労働力ですから。法に基づき管理されている奴隷ならば、私は何の異も唱えません」

「うーん、異世界。いえ、元の世界でも奴隷って、こんなものなのでしょうか……」

「……元の世界?」


 騎士の最後の言葉は小さく、ギンコに耳に届くことはなかった。そして騎士がギンコの言葉に対して何かを言うよりも先に、男が疑問を口にする。


「おいおい、待て待て。ギンコ、そっちの騎士様はお前の知り合いか? そもそも主人ってどういうことだ? 俺はてっきり、お前が連れてきた客だと思ってんだが……」

「ルキアさん、自己紹介をどうぞ」

「……お初にお目に掛かります。召喚師ギンコ・タチバナと契約を交わした召喚獣である騎士、ルキアと申します。

 貴方が我が主人の、更にその主人である人物でしょうか?」

「……おいおい、何がどうしてお前が人間を……いや、召喚獣と契約をするなんて自体になったんだ? ……いや、そうだな。俺がギンコの主人だ」

「わかりました、では以後お見知りおきを。

 先に言っておきますが、私はあくまでギンコと契約した身です。ですので、貴方の命令に従う義理はありません。その辺りを、よく理解していただきたい」

「いやまぁ、それはわかったが……」

「それでは話を戻しますが、貴方は一度ギンコに休日を言い渡したのでしょう? であれば、それを貴方が一方的に取り上げ、労働を命じるのは不当な労働に当たります。何か弁解の言はありますか?」

「……ギンコ、なんだこのちょっと面倒なタイプの騎士様は」

「よくわかりませんが、私にとって都合が良いので私も彼女に賛同します」

「お前莫迦野郎。……いや、まぁ。俺はそいつに休日を言い渡す際に、手が足りないときには、また接客とかを頼むって言ってある。だから今労働を頼むのは、予め言っていたことであって不当でも何でもないし、そもそも奴隷は主人に絶対遵守。死ねと命じれば、それさえも絶対だ。……あくまで例え話であって、俺がそれをそいつに言うつもりはないが。

 ……主人である俺がそいつに手を貸せと命じれば、それに従うのは道理だろう?」

「それが貴方の答えですか? 我が主人の主人よ」

「私からご主人に対する好感度が-100になりました」

「ああもう、どいつもこいつも……」


 頭を抱える男。本心はさておき、騎士に賛同している少女。そしてどこかお堅い雰囲気のある女騎士。

 二人の様子を見て、男は深く溜息をつき、そして諦めた。


「……まぁ、元々俺が言い渡した休日だったしな。病弱のお前に連勤なんて頼んでも倒れるだけか。

 わかったわかった、今日はもうゆっくり休んでいいよ」

「……本当は、別に働いてもよかったんですよ?」

「莫迦野郎。お前本当に莫迦野郎。……いや、もういいよ。俺が悪かった。俺としても、お前に倒れられても困るんでな。ゆっくりしてくれ」


「……なんだか、こっちが悪い気がしてきました」

「そうですね」

「ルキアさん???」


 掌返し。まるでそれはくるくると回る車輪のようで。

 しかし、騎士の反応には、ちゃんとした理由があった。


「すみません、まさか絶対遵守の契約まで結ばれているとは……

 貴方、いったいどんな大罪を犯したのですか?」


 騎士にとって絶対遵守の契約は、大罪を犯した犯罪者のみが結ばされる最悪の契約。故に、それを結ばれているらしいギンコは、騎士にとっては犯罪者にしか見えなくなったのだ。

 が、しかし。その真相はあまりに物悲しいことで、少女は淀んだ、死んだ目のまま即答する。


「私はただの拉致被害者で、寝てる間に奴隷誓約を結ばされた憐れな美少女です」

「は? え? ……そこの男、殺しましょうか?」

「俺がやったんじゃねぇ! 俺は奴隷商からそいつを買っただけだ!」

「そんな必死な言い方だと、むしろ悪いことしたみたいに見えますよマイマスター。

 ……はぁ、ルキアさん。ご主人は別に悪くないです。悪いのはこの世界なのです」

「……私が棺で眠っている間に、いったいこの世界はどう変わってしまったのか。なんだか、頭が痛くなってきました。

 とりあえず、ギンコは犯罪奴隷ではないのですね?」

「犯罪なんてやらかしたことは一度もありませんよ、たぶん。

 悪いことに手を染めようものなら、敬愛する師にぶっ飛ばされてしまいますからね」

「そ、そうですか。すみません。一瞬とはいえ、貴方を疑ってしまいました」

「いえ、それに関しては大丈夫です。むしろ私は疑問が湧きましたよ。マスター、私の奴隷の契約って、そんなにこの世界でも悪質なものなんです?」


 がやがや、がやがや。酒場の客の会話は、だんだんとそのペースを上げているようで、それは男と少女、騎士の会話も同じようで。

 しかし、いつまでもお喋りばかりをしている訳にもいかず。


「……とりあえず、あれだ。今日は深夜で店仕舞いにするから、その後にでも話すよ。だから、お前らはいったん自室に戻ってろ。夜飯は、適当に厨房から何か持っていけ」

「はーい、ありがとうございます、マイマスター。それじゃあ、私についてきてください、ルキアさん」

「わかりました」


 二人はそのまま、夜食をそれぞれに、少女の自室にて時間を過ごすのであった。


 そんなこんなで、数時間後。店仕舞いを終えた男は、ギンコの自室の戸を叩き、そのまま返事がくるよりも先に部屋の中に入っていった。

 男のギンコに対する認識はあくまで奴隷であり、乙女心などには一切の考慮がない。

 まぁ、そもそも扉の奥の現状は、乙女心とは無縁なのだが。


「漸くこっちの片付けが済んだ。それで、色々と話したいことが──」

「ご主人」

「お、おう。なんだ、そんなやばいものでも見た表情して。なにかあったか?」

「……いえ、こちらをご覧ください」


 そう言い、ギンコは男に一枚の紙を差し出した。


「ステータスか。どれどれ……?」


+++

-ERROR-

【基礎ステータス】

《筋力》S

《敏捷》S

《体質》S

《知能》S

《魅力》S

《幸運》S


【スキル】

ERROR.


【ユニーク】

ERROR.


+++


「……は?」

「ほうほう、やっぱりそういう反応になるのですね。……それで、このステータスはどう見たらいいんでしょうか。

 何やら全部がSの文字に見えるのですが……そもそも、ERRORってなんですか?」

「Sは最上級だ。一番上のランクだな。ぶっちゃけ、スキルレベルがSランクの奴は何人か見たことがあるが、基礎の能力値がSの奴は見たことがない。

 ……間違いなく、伝説の英雄ってレベルだな。

 ERRORに関しては、よくわからん。ステータスペーパーでERRORの文字は見たことがない」

「なるほどです。……よかったですね、ルキアさん! たぶん、めちゃくちゃすごいって言われてますよ! 伝説の英雄クラスらしいですって!」

「ありがとうございます、ギンコ。それにギンコの主人も」

「いや、俺は別に……しかしまぁ、マジで何だこれ?」

「いつもは大体不幸な結果で終わる私ですが、これは風が吹いてきましたよ! こんなに強い人と契約出来るだなんて……!

 マスター! これはもう、私ってばダンジョンに行ってもいいのでは???」

「……」

「何で無言なんです?」

「いや、喜んでるところに水を差すのは悪いとは思うんだが、お前にこの召喚獣を維持することができるのか?」

「……へ?」


「すみません、我が契約者。そろそろ退去の時間になりました」

「へ、いやいや、いやいやいやいや、そりゃあずっと召喚し続けることは不可能かもしれませんが、この通り、ルキアさんはとっても長持ちしましたよ?

 ダンジョン探索でも、充分に活躍できますよ!」

「……できるのか?」

「できますよね? ルキアさん」

「いえ。今回私は、自分の意志であの棺から出てきました。そして自分の魔力を消費してこの場に滞在していたのですが、ギンコが私を召喚する場合、その滞在時間はギンコの魔力によって決まります。

 ……ギンコの魔力は決して低くありませんが、それでも私を長時間維持するには足りません。

 正直、戦闘以外で呼び出すことはまず論外だと思っていただければ。

 それに、仮に戦闘時のみの召喚だとしても、直後の疲労を考えれば、ギンコ一人で地下世界、魔物の跋扈するダンジョンを攻略するのは不可能だと思います」

「らしいぜ」

「おおう。……おおう」


「それではギンコ、時間になりました。今日は話しだけで終わってしまいましたが、次に会うのは戦場で、ですね。また会いましょう」

「は、はい! いつか戦闘で呼び時は是非是非、よろしくお願いしますね、ルキアさん!」


 こうして少女と、少女と契約を結んだ召喚獣との初の邂逅は終わりを迎えた。……しかし、少女がまともに戦闘に参加できるようになるのはまだまだ先の話のようで。


 ……。


「……マイマスター」

「なんだ?」

「ダンジョン探索が……したいです」

「今はまだ諦めろ」

「そんなー」


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