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奴隷少女は帰国したい  作者: 雀夜
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第六話

 瑠璃色の夜明け空に、美しくも妖しげな一番星が輝いていた。異世界にあっても一番星というのはあるようで、これをこの世界の古代人が何と呼んでいたのかを知る術は既に残っていない。

 しかし、この世界にも星座という概念はあるらしい。

 もし少女が星に関心を持つ趣向ならば、この世界の星座にも多少の興味が湧いていたかもしれないが……少なくとも、今のギンコがそれらを知ろうとすることはない。


 というのはさておき。


「いらっしゃいませ、ギルド『空の宝物庫』にようこそ!

 今日はどういったご用件でしょうか?」

「おはよう、ギンコちゃん。今日も美味い朝飯を頼むよ」

「よろこんでー! マスター、朝食注文入りましたー!」

「了解」


 ギンコが異世界に召喚されてから三回目の朝を迎えた今日この頃。

 ギンコは朝早くから看板娘として接客に勤しんでいた。ギンコの接客は異世界にあって好評であり、それは既に昨晩に証明されている。


 故にギンコは今日一日、酒場の看板娘としてギルドの評判を上げるべく懸命に働くのであった。


 ……。


「いやこれうちのギルド、レストランとしての評判を上げているだけでは?」

「元々うちのギルドは酒場での収入がメインだからな。お前を買った金だって、これで稼いだ金だって言っただろ?」

「私ほどじゃありませんが、マスターのお料理も上手ですもんね」

「偶には素直な賞賛だけにしろよ。お前は本当に小生意気な奴隷だな……」


 男曰く、本来であれば冒険者ギルドとして名を上げる筈だったギルド『空の宝物庫』は、いかんせんその道で開花することなく、むしろ荒くれ者から一般人まで、時には物好きな貴族たちにも愛用される酒場としての開花を果たしている。

 故に男は本願を果たすべく、高級の迷宮奴隷を購入したという経緯があったらしいが……


「冒険者になれといった癖に、半日も経ってない内に看板娘になれ、とか色々言ったり。

 ご主人様は何と言いますか……」

「お前一人で売り上げが三倍近くになるなんて知ってたら、最初からお前を看板娘にして、それで増えた元手で新しい迷宮奴隷を買ってたよ」

「掌くるくるですね、まったく! 吐いた唾は飲み込めませんからね!」

「そんなに騒がなくても、今更お前を迷宮奴隷から外そうとはもう思ってないよ。

 それはそれとして、新しいギルメンが増えるまでは、接客に勤しんでもらうがな」

「ぐぬぬ……いえ、まぁそれは納得してるのですが……」

「むしろここまで奴隷に気を遣うご主人さまは美麗スキルより貴重だぞ。

 心の底から感謝しろ」

「わたくしのような異世界から召喚された卑しい奴隷に優しく接していただき、至極感涙の思いでございます。ご主人様には感謝の心しかありません」

「……真顔で言うな。俺が悪かったよ」

「小生意気な奴隷ですみませんねー」

「笑顔で言うな、ったく」


 さながら水の如く、流れるようにあれ言えばこう言う男と少女。今の彼らの関係が、三日足らずのものであると誰が信じようか。

 奴隷少女が主人に対し気易い様子を、ある者は奇妙なものを見るように、訝しむように、嫌悪するように、真新しいものを見るように、或いは見慣れたものを見るように、と。反応は千差万別、それはそれ。


 卑しい奴隷と侮る者も、ギンコの愛らしさには、どうしても好感を持たざるを得なかった。

 人、これを可愛いは正義という。小生意気な言動さえも、ギンコが言えば愛らしいものになるのだ。


「……とんでもねぇな」

「ん? 何か言いましたか?」

「いや、お前の顔の威力高ぇなと、そう思っただけだ」

「師にも言われましたよ。病弱なのも相まって、儚げな美少女っぽいから男が放って置かないと」

「自覚あんのかよ」

「そりゃあ、散々散々、性格はともかく顔だけは良いと言われて生きてきましたので」

「そうかい、そりゃあ大変そうだ」

「実際大変なことも多かったですよ。私としては美しさよりも強さのほうがほしかったですし。

 まぁ、今はその辺りは気にしなくなりましたけどね」

「そうかい、ならその美貌を精々看板娘として活用してくれ」

「休憩貰わないとマジで倒れますけどね」

「元々一人で切り盛りしてたからな。俺に気にせず、倒れそうになったら奥の部屋で休んでろ」

「わかりましたよマイマスター」


 そんなこんなで半日後。


「昼は物好きな貴族か、もしくは普通の奴がよく来る。

 んで夜は荒くれ者が多くなる時間だ。客の質は落ちるが量が増える」

「昨夜も接客大変でしたからね……はうまっち、なんて言われても、最初は意味がわかりませんでしたよ」

「下層が近いからな。夜間の客質が落ちるのも仕方ない」

「かそうとは?」

「……言ってなかったか。この国には王族、上流、中流、下層っていう四つの階級がある。俺たちの住むこの街は中流階級なんだが、この近くに下層階級との関所があるんだよ」

「なるほどです。下層階級の住民は、具体的にはどういった方々で?」

「浮浪者か元犯罪者だな」


 昨夜はギンコがゴブリンにボコボコにされてからの急な接客だったため大した説明をされていなかったが、今晩は予め客層等の話しをされていた。

 ギンコの体力は接客には致命的であるため、ある程度休憩を挟まなくてはすぐに力尽きてしまう。

 故に事前に知ることのできることは知っておきたいと、ギンコから男にそう言い出したのが始まりだったが…… 


「……マスター、話しは変わるのですが、ちなみにこの辺りに酒場を建てようと考えたのはマスターですか?」

「……言いたいことはわかる。でもな、当時の所持金で買える土地がこの辺りしかなかったんだよ。

 それに一々噂や下層を気にするような根性だったら、最初から冒険者ギルドには入らないだろうとも高を括ってたんだ」

「……もはや、何も言いますまい」

「そうしてくれ」


 昼間は客を呼び込んで、夜間は度々休憩を挟みつつ接客をなす。実に単純な作業だが、これだけで今日の酒場は夜間を越え、早朝近くまで酒場は繁盛することになった。


「やっぱりお前、看板娘のほうがいいんじゃないか?」

「いい加減くどいですよ、ご主人」

「ついな」

「ついじゃないです」


 二人だけで切り盛りするには過剰な時間と客数だったが、ようやく店仕舞いになった夜明け頃。

 既に空は瑠璃色に染まり、彼方には一番星が美しくも妖しく、妖しくも美しく輝いていた。


「……おつかれさん」

「ダンジョンに潜るまでもなく、この忙しさならそれだけで死んじゃいますよ……」

「店が繁盛しすぎるのも問題だな」

「それがわかったなら、私を看板娘にするのは諦めることですね」

「まぁ、うちも人を余すほど余裕がある訳じゃない。看板娘はさておき、それなりに労働はしてもらうつもりだよ」

「それに関しては、わかってますけど……でもでも、偶には剣術が錆び付かないようにするための修業時間もくださいな」

「ああ、それもそうだな。しかしまぁ、お前の体力でよく剣術なんて学べたな」

「それはもう、優秀な師が色々を仕込んでくれましたので」

「そうかい。お前みたいな病弱に教えるなんて、随分な物好きもいたもんだな」

「師を侮辱したら殺しますよ」

「いきなり物騒になるなよ。……いや、そもそも侮辱はしてないぞ」

「ならいいんですけど」

「歪だな、ったく」


「まぁ、修業する時間がほしいってのはわかった。元々病弱のお前を働かせ続けようとも思ってなかったしな。手が足りないときか、売り上げが悪いときはまた呼び込み辺りを頼むが……

 とりあえず、今日は休んでいい」

「わかりました、マイマスター。では、流石にそろそろおやすみしますね」

「わかった。最近は冷え込むから、ちゃんと服着て寝ろよ」

「お布団に包まるので問題ありません」

「お前という奴は……まぁ、いい。

 ……ああ、それと」

「はい、なんでしょうか?」


 男はカウンターの下から一つの鍵を取り出した。


「これをお前に渡しておく」

「わかりました。これはどこの鍵でしょうか?」

「店の外に倉庫があるだろ。その倉庫よりも奥のほうにボロい塔がある。その鍵だ。

 その塔の中には、それなりに広いスペースがあるんだがな……いかんせん、ボロ過ぎて酒場には向いてなかったし、管理が大変だからずっと放置してたんだ」

「なるほどです。あ、もしかしてその場所で剣の修業をしてもいいってことですか?」

「そうだ。まぁ、誇りっぽいから掃除が必要だがな。自分で掃除して、好きに使って構わない」

「ありがとうございます、ご主人様。では起きた後にでも掃除しておきますね。

 ふわぁぁ……では、わたしはもうねむいので、おやすみなさい」

「おやすみ」


 異世界の早朝はがやがやと騒がしい。今日もまたダンジョンに向かう冒険者たち、或いは店準備をする商人たちが眠気を堪えながら仕事をするのだろう。


 ギンコは深い眠りにつき、男もまた、店の看板を仕舞った後に自室に戻るのであった。


 ……。


 それから、また半日後のこと。


「──漸く、この私を召喚できる者が現れたか。

 鍵の担い手、類い稀なる才覚の主。我が契約者、ギンコ・タチバナよ。

 今この時を以て、私は汝の道を斬り拓く剣となり、汝を災禍より守る盾となろう」

「何が、どうして、こうなったのか。私にはそれがわからない」


 過去に滅びた塔の中、隠されていた棺は一人手に開き、光とともに一人の騎士を世界に呼び起こす。


 その日、世界を揺るがす歯車が、少女とともに漸く動き出した。




「ところでマイマスター」

「なんだ?」

「夜間には荒くれ者が多いとのことですが、よく犯罪らしい犯罪が起きませんね。なんといいますか、もっと揉め事や問題ばかりが起きると思ってました」

「ああ、最初の頃はお前の想像通りだったよ。恐喝だの強盗だの、散々だった」

「よく改善されましたね……?」

「俺の料理の味を気に入ってくれた奴の中にな、それはもうおっかない男がいたんだよ。

 そいつが全部追っ払ってくれてな。それから少しずつ、変な奴が来ても、おかしなことをする奴は来なくなったんだ」

「なるほどです。それは良い話しでしたね」

「……」

「どうしました?」

「いや、そいつがもうじき遠征に行くらしくてな。よくよく考えてみれば、また店が荒され始めるんじゃないかって思っただけだ」

「そんなー」


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