第三話
奴隷少女は帰国したい。
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「さて、さっそく買ったアイテムの整理をしようか」
「了解しましたマイマスター」
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《アイアンナイフ》/切れ味:I 耐久:I
《レザーアーマー》/耐久:I
《収納ポーチ》/耐久:E
《治癒ポーション》/効果:I
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「道具にもステータスって使用できるんですね」
「あの紙はかなり有能なアイテムだ。生き物でも道具でも、あの紙一枚で大抵の情報は手に入る。勿論、その分一枚一枚が高価な代物だが……
俺が持ってるのは使い回しのできる高級品だ。あとでお前にも一枚渡す」
「え、いいんですか」
「奴隷には過ぎた道具だが、持ってるほうが色々と便利だ。盗難防止機能も付いてるから、盗まれる心配もないしな」
「やったー」
「その力ない返事は何だ」
「やったー!!!」
「……そういうことじゃないが、もうそれでいい」
がやがやと喧しい街中を歩く二人の男女。出会って一日と経たない程度の付き合いだが、二人の間にはそれなりの関係が気付かれていた。
片や奴隷で、片やその主人。本来であればこの関係はもう少しビジネス的に、或いはやや悲壮感漂うような雰囲気のほうが本来であろう。
しかして実際には実に親しげで、実に気易い。
(せっかく金貨20枚で買った奴隷なんだ。長持ちしてもらわないと困る。
病弱ってわかりきってるなら、多少は良くしておかないとすぐに使い物にならなくなるからな……
ましてや迷宮奴隷だ。手厚くするぐらいが丁度良い)
(ビジネスライクだけでここまで良くする必要はない筈なんですけど、このマスターは何だが一々甘い気がしますね。
明らかに迷宮奴隷向きでないとわかりきってるなら、さっさと他の誰かに売りつけて、そのお金で新しい奴隷を買ったほうがまだ利益があるでしょうに。
なんだかんだでお人好しっぽいというか……なんだか、少しアホの子っぽいと言いますか……)
……互いの内心はともかく、少なくとも人間的には良好といえる関係になりつつあった。
「街の施設は色々あるが、奴隷のお前が知るべきものは道具屋と武器屋、あとは今から行く冒険者組合とダンジョンだけだ」
「冒険者組合? ギルドではなく?」
「ギルドは冒険者が直接所属する団体のことだ。今から行くのは、そのギルドを更に統轄する組織だな。
お前はギルド登録は既に済ませてあるんだが、登録されたばかりの冒険者は一度、組合のほうにも顔を出すことになってるんだよ」
「あ、私って既にギルド登録されてるんですね」
「扱い上、お前は俺の所有物だからな。登録するのに同意は要らん。
そもそも、所属させたのも俺のギルドだしな」
「そうなんですね。ならまた、そちらのギルドマスターさんにも挨拶に行かないといけませんね」
「俺のギルドって言っただろう」
「……え。マスターって、ギルドマスターだったんですか? てっきり、迷宮奴隷を買うだけ買って、自分は酒場で優雅に働くタイプだと……」
「お前が俺をどう見てたのかは、よくわかった。そもそも酒場で働くのは優雅でも何でもないんだが……まぁ、それはどうでもいい。
喜べ、お前が俺のギルドの最初の冒険者だ」
「マスターが、何で優秀な迷宮奴隷を買おうとしていたのか、今にして漸くわかりましたよ。だとすれば私には、さぞがっかりしたことでしょうね」
「騙されて大金失った俺は莫迦だが、そんな俺に買われたお前は俺より不運だったな」
「肉体労働のために大金支払って病弱な奴隷を買うだなんて、本当にマスターは何というか……」
「自虐に追い打ちをかけるな。そもそも──」
あれやこれやと話半分、街に出てから二、三時間が過ぎた頃。
「冒険者組合にようこそ! 本日はどのようなご用件でしょうか?」
ニコニコと営業スマイルの眩しい、愛らしい顔立ちの女性の可憐な声がホールに響く。
受付人は四、五人ほどで、どの列にも十人程度が並んでいた。
ギルドマスターとギンコの二人が大人しく待つこと二十分。
「大変お待たせしました、冒険者組合にようこそ! 本日はどのようなご用件でしょうか?」
「こいつの冒険者登録にきた。用紙を貰えるか?」
「新規の冒険者登録でしたか。了解致しました、少々お待ちくださ──」
事務的な対応の途中、受付嬢の言葉が詰まる。
男はその様子を訝しみ、ギンコは首を傾げた。
「どうかしたか?」
「い、いえ、すみません! さっそく新規登録の用紙を持ってきますね!」
「あ、ああ」
用紙を取りに行くその直前。受付嬢はギンコを一瞥して、そして。
(か、可愛い~~!! 何この子、可愛い、めちゃくちゃ可愛いんだけど!
黒髪黒眼の女の子なんてそんなに数多くないし異世界から召喚された子かな? でもこんな可愛いなんてありえなくない? 異世界から召喚された人間ってあんまり見た目の良い人って多くないって聞いたんだけどこんなに可愛い子なんてこっちの世界にも全然いないんだけど??? 王族か貴族って言われても違和感全然ないよむしろ身分を隠してるか奴隷落ちした貴族のお嬢様っていうほうがよっぽど納得できるくらい可愛いんだけど……あ、駄目。私この子に絶対肩入れしちゃうかも、だって、だって、だって、こんなに可愛いんだもん~~!!!)
などと感じ、顔を赤らめる者もいれば。
(……ギンコの見た目にやられたか)
(私が可愛過ぎましたか)
((……よし、散々利用させて貰うとしよう))
などと考える者たちもいる。
美麗とは、とかく美しく麗しいという意味だが、それが主にすべからく良い影響を与えるとは限らない。
むしろ、麗しい少女に邪な感情を持つ者のほうが余程多いだろうからして、マイナスのユニークとして捉えることもできるだろう。
しかし、基本的に人間は美しいものが好きだ。故……
「お待たせしました、詳細を説明させていただきますので、こちらの部屋にどうぞ」
「ああ、わかった。ついてこい、ギンコ」
「承りました、マイマスター。よろしくお願いします、受付のお姉さま」
「~~! はい、どうぞこちらに!」
少なくとも今後、奴隷であるからといって、この嬢にギンコが雑に扱われることはないだろう。
一時間後。
「以上で冒険者組合と冒険者、ダンジョンについての説明を終了します。
なにか質問等はありますか?」
「ギンコは?」
「私は特にありませんね」
「では確認のために、要点のみもう一度説明しますね。
ギンコさんは迷宮奴隷ですので、冒険者としての初期ランクはFランク。ですので、Fランクダンジョンでの活動が解放されます。
Eランクへの昇格の条件は10のFランククエストの達成と、10体以上のEランクモンスターの討伐になります。
装備制限は革製と木製、鉄製の三種。魔法の付加された装備品の所持は禁止されています。よろしいですか?」
「はい、了解いたしました。私のような卑しい奴隷に、ここまで丁寧なご説明をしていただき、心から感謝申し上げます」
「っ、いえいえ、お気になさらずに。これが私の仕事ですので!
では、お二方。今回は冒険者組合のご利用、ありがとうございました。また何かあれば、是非お越しくださいね」
「ああ、わかった。その時はよろしく頼む。じゃあ、行くぞ、ギンコ」
「了解しました、マイマスター。では、受付のお姉さまも、どうかお元気で」
「~~っ! はい、またね、ギンコちゃん!」
そんなこんなで一日かけて、ギンコはダンジョン探索の下準備を終えた。
「もう夕方かよ。思ったより時間がかかったな」
「まぁ、受付のお姉さんの説明に熱が入ってましたからね。
お陰で色々、良い情報も教えて貰いましたが……」
「とにかく、ダンジョンの探索は明日からだ。早朝に支度して、実際に一度潜ってこい」
「おや、私一人ででしょうか」
「ギルマスの俺が行く訳ないだろうが」
「……承りましたマイマスター。せめて骨くらいは拾いにきてください」
「……死ぬと思ったら、帰ってこい」
「いかんせん、貧弱で病弱なもので」
「……何で、俺もこんな迷宮奴隷を買っちまったかな」
「奴隷商に騙されたからでは? いえ、冗談ではなく。受付の人も言っていましたが、迷宮奴隷の生存率は決して高くありません。
マスターは何故、私のような見るからに弱そうな奴隷を買ったのですか?」
その質問をされたとき、男は視線をギンコから逸らして。特に何かを言い返すこともなく、二人はギルドホームである男の酒場に帰っていった。
「ところでギルドマスター」
「なんだ?」
「酒場の二階が宿屋の変わりになっているのは理解しましたが、それならいっそ純粋に宿屋として営業するのは駄目だったのでしょうか?」
「ああ、それは俺も一時は考えてたんだがな。あの場所にわざわざ近寄る奴がいなくて、無理だったよ」
「……? あの場所、そんなに街外れでしたっけ」
「いや、距離とかそんな理由じゃなくてな。
昔、あの辺りにあった宿屋で宿泊客が呪い殺される事件があったらしい。当時の犯人も不明のままでな、それで薄気味悪がって、誰もあの近くの宿屋には泊まろうとしないんだとよ」
「……マジですか」
「ああ、マジだ」
「……そんなー」