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奴隷少女は帰国したい  作者: 雀夜
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第十二話

 人間の感情が如何に小難しいものかなど、一々語るまでもない。……いや、本当にそうだろうか。

 存外、人間の考えることは人間が思う以上に単純であり、例外はそう多くはないだろう。

 知能、理性、そして価値観。この三つが人間が感情を生み出すための要素であり、各々が相互関係を持つ。知能なくして理性はなく、理性なくして価値観は成り立たず、そして価値観なくして知能とは働かない。

 無論、これは単に個人の意見であり、否定することなど容易いだろう。


 しかし最も忌避すべきは、この三つ全てを失った者が、俗世には幾らでもいるということだろう。

 そういった者のことを、人々は──


 と言うのはさておき。


 あれこれと働いて店仕舞い。今宵は早めに深夜帯には切り上げ、そして各々確認すべきことを確認した。

 店主の男は頭を抱え、少しばかり溜息をつく。煙管に火を点け、大きく煙を吸い込み、そして誰もいないところに──以前、ギンコに吹きかけたところ、涙目で体調不良を訴えられたためである──吐き出した。


「さて、色々とややこしくなったが、そろそろ話をまとめようか」

「あいあいさー」

「わかった」

「……俺、一応ギルドマスターなんだから、もう少し、こう、敬ってくれ」

「それ自分で言ったら駄目なやつでは?」

「言わなきゃ、お前らは永遠に俺を敬わないだろう」

「敬う理由がわからない」

「新人、お前はもう少し取り繕うことを覚えろ」


「んで、もう一回確認するぞ。新人、お前の名前はイブ・リラリックで間違いないんだな?」

「仕方ない。そう。私の名はイブ」

「この際、なんでリラリック家のお嬢様がいるのかなんて、もう聞かねぇよ。むしろここで追い出して、後で訴えられたほうが面倒だ」

「……こんな下層に、私の家を知ってる人がいるなんて思わなかった」

「生憎と、それなりに貴族さまとは繋がりがあってね。ギルマスなんだから、それぐらい当たり前だろ」

「それも、そうかも」


 納得したような、してないような。リラの返事には力がなく、むしろまだ男に対して疑念を持つような視線を送っている。

 そしてここで、話についていけていないギンコが自分の疑問を口にした。


「奴隷軽視は仕方ないとしても、とりあえず私にもわかるように色々教えていただけませんか?」

「なんでお前は急に卑屈になったんだ……

 リラリック家ってのは、まぁはっきり言えば没落貴族の家柄でな。先代当主がやらかした失態のせいで、爵位を剥奪された一族なんだよ」

「ほう。その失態とは?」

「国王の暗殺。まぁ、失敗に終わったけどな」

「……それはむしろ、なんでリラさんは生きてるんですか? 普通、一族郎党、皆殺しでは?」


 淡々と言う男に対し、ギンコの表情は驚愕の一色。それも仕方ない、いや普通だろう。……しかし、事実としてここに生きているのであれば、何か理由がある筈。次いでギンコは、それを訪ねようとしたが……


「ちなみに国王陛下がリラリック家を爵位剥奪程度で済ませた理由に関しては、俺もよく知らん。少なくとも、それを知ってるのは公爵か、司教クラスの教団関係者って聞いたな」

「……本当、よく知ってるね。貴方が言った情報全部、この国でも知らない人が殆どの筈なのに」

「おおう。そうなんですか? ギルマス」

「……そうだったのか」

「なんでギルマスが驚愕してるんですか???」


「……リラリック家が没落した理由は、世間では先代当主の汚職。……税金関係の不祥事が理由ってことになってる」

「いかんせん、私では政に関して知識皆無なのでなんとも言えませんが……」

「……ギンコ、俺が言ったことは全部忘れろ。いいな?」

「イエス、マイマスター」

「リラも、黙っといてくれ」

「わかった。でも条件がある」

「お前をギルドに所属させること、か?」

「そう。あとお給料を最初からたくさん頂戴」

「おま……」


 堂々たる口止め料の提示に、男は一瞬困惑し、そして納得する。しかしそれを簡単に認めてしまえば、今後の商売にも口出しされる可能性がある。

 ならばここで、男が言うべきは──


「リラお姉ちゃん。駄目です」

「そっか。なら仕方ないね」

「……はあ」


 瞬時に考えた対策が、一瞬で無意味になったことを感じ取る。そしてつくのは溜息だ。

 男にとって楽しい楽しい交渉の始まりだったが、それを瞬時に解決したギンコの言葉は、あまりに端的で一方的だ。しかし、それでも結果を出しているのなら、男がギンコに言うべきことは何もない。

 しかし、ほんの少しだけ。男は思うのだ。


(なんか最近、ギンコが来てから、俺の出番が大体なくなってる気がするな。

 魅力の高い奴が交渉で有利なのは元々知ってたが、ギンコレベルになると交渉の必要すらないってか?)


 少なくとも、魅力に対して無力な輩では、ギンコに太刀打ちできないだろう。


(……接客能力も高い。本人は冒険者をやりたがってるが、どう考えても商人か、タレント向きなんだよなぁ)


「どうかしましたか、マスター?」

「いや、何でもない。んで……いや、それくらいか。リラの話は」

「そうですね、私的にはこの場所が結局中流なのか下層なのか、というのも気になるところですけど」

「ならついでに説明しとくか。ここはな、街の区分的には前にも言った通り中流階級なんだが、この近くにある関所の立地に問題があってな」

「ふむ。その問題とは?」

「その昔、この街の関所を造るときに、当時の貴族さまが大層揉めたらしくてな。下層と中流の間に関所を置くのを嫌がったんだよ」

「……? むしろ、貴族のほうが喜んで関所を造りそうなものだと思いましたが……」

「まぁ、それは間違ってない。だがな、貴族の連中が嫌がったのは、その関所を造るために、中流階級の街の面積が少しでも縮まることだ」

「なる、ほど?」

「んで、自分たちの街を縮めるくらいなら、下層の範疇で関所を造ってしまえばいいって言い出した訳だ」

「ふむふむ」

「で、関所は下層内に造られて、中流の面積は縮むことなく、むしろ若干広げられたらしい」

「なるほどです。でも、それなら別にここが中流内と言い張って問題ないのでは?」

「この土地を買ったときは俺もそう思ってたんだがな。どうにも、そうはいかないらしい。

 この国の上流、中流、下層の階級を決定したのが、初代国王様らしくてな。ついでに、各々の階級の領域まで決めてたらしい。で、この法案ってかなり厳しいものらしくて、そう簡単に変えられないらしいんだよ」

「ああ、なるほど。なんとなく先が読めました」

「そうか。まぁ、ならお前の想像通りだよ。初代国王の決定した階級別領域図だと、ここは下層なんだよ。例え関所を通った後でもな」

「また、随分とややこしいですね……」

「国のトップが頭の固い連中しかいないからな。仕方ない」

「……話、戻していい?」


 男とギンコは、さながら話の方向音痴か。二人が話し始めると、大抵それて、元の道に戻るまで時間がかかる。

 それに気付いたリラは、話を強引に戻す。


「ああ、悪かったな。で、次の問題だが……」


 そう言った男だが、続きの言葉が出てこない。ギンコとリラが首を傾げ、暫く待つと、男は再び煙管の煙を吸い込み、吐いた。


「この際、もう登録名で話しを進めるが……

 リラ・リックがこのギルド、空の宝物庫に所属するということで決定。

 異論はあるか?」

「当然ながら、ありません! いやぁ、これで漸く私も看板娘を卒業して、冒険者としてダンジョン探索に勤しむことができますね!」

「……あー、それなんだがな」

「うん? どしました、マスターどころか、リラさんまでそんな顔して」


 そんな顔とは、気まずそうな顔。少しばかり視線を逸らし、言いづらそうに少しずつ言葉を零す男の視線には、ギンコに対する同情の意も含まれていた。


「とりあえず、これを見てくれ。リラから見せていいかどうか確認済みだ」


+++

-リラ・リック-

【基礎ステータス】

《筋力》H

《敏捷》H

《体質》F

《知能》C

《魅力》C

《幸運》F


【スキル】

《魔術》S

《呪術》S

《滑舌》G


【魔法】

《炎》/単体の敵に炎を放つ。

《束縛の鎖》/周辺に鎖を展開し、接近する敵を拘束する。

《意気消沈》/使用者を中心をした周辺の生物を鬱にする。


+++


「……とりあえず、三つ目が、とっても、えげつないですね」

「そうだな、でも俺が言いたいのはそこじゃねぇんだわ」

「これが魔法使い。いやぁ、これはダンジョンでも安心ですね」

「そうだな、でもな──」

「これなら私と彼女、二人でダンジョンに潜ってもなんら問題ありませんね!」

「……」

「ですよね?」

「……そうだな。とりあえず、ダンジョンに潜るよりも先に、お前ら明日、訓練所に行ってこい」


 ギンコは当然、リラのステータスが意味することに気付いた。故にそれに気付かないフリをして、無理矢理に押し通そうとしたが、どうにも興味の引かれる言葉を言われた。


「訓練所ですか?」

「そうだ。ダンジョンについては、組合に色々と教えてもらったかもしれんが、実際の戦闘に関しては一切教えてもらえなかっただろ? まぁ、あそこは事務員しかいないからな。

 で、訓練所ってのはダンジョン探索に最低限必要な能力を、それなりに鍛えてくれる場所だ」

「そんな場所があるなら、なんで最初から行かせてくれなかったんですか!」

「まぁ落ち着け。金が掛かるんだよ、それなりにな」


 金が要る。そう言われてしませば、ギンコに言い返せることは何もない。そもそも男がギンコを買うのに、かなりの金額を支払っていたということ自体、既に男から聞いていた話なのだから。


「……もういいんですか?」

「ああ、お前が看板娘してくれたお陰で、予定より早く金が貯まった。それに、知り合いが色々と融通してくれてな」

「……ありがとうございます、ご主人様」

「気にするな。お前を買って冒険者にしようってのは、俺の趣味だからな。必要なものくらい揃えるさ」


(……こういうところがあるから、ご主人様だけは恨めないんですよねー)


 なとど内心で思いつつ。ギンコは嬉しそうに、素直に笑みを浮かべた。




「ところでマスター」

「なんだ?」

「リラさんの武器とか道具って、いつ揃えるんです?」

「……俺は流石に店が急がしいからな。訓練所に行くついでに、二人で行ってこい。金は渡すから」

「やったー」


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