第7話:覇王の義眼
「……あーっとっと、クランゼルグさん。俺の精霊を見る力で暗黒街にある黒いやつの源をを見てみたいんだけど、どっか心当たりないか? 多分意思を持ってると思うんだけどさ……あれ?」
妹から感じたプレッシャーを振り払うため、妹から目を逸らす流れでクランゼルグに問う。が、クランゼルグをあらためて凝視して見るとあることに気がついた。
「──クランゼルグさん普通の人間じゃないのか」
「──なっ!? い、いきなり何を言うんですかムーダイルさん!」
「何!? ムーダイル、どういうことだ!!」
「なんつーか、ガワだけ人間て感じだ。俺も最初気づかなかったけど、クランゼルグさんには人間なら誰もが持っている属性魔力がない。で、それは火属性だ。生物にはそれぞれ自分で生み出せる属性魔力が必ず存在する。その属性は一種類とは限らないけど、同じ種族であるなら必ず共通する属性があるんだよ」
「え? そうなのお兄ちゃん!? そんなこと一度も聞いたことがないけど。本当なら大発見なんじゃ……」
「は? ディアでも初耳なのか? てっきり勝手に常識だと思ってたわ……まぁいいや。それで人系である人間族とエルフ、ドワーフは火属性を自分で生み出せるんだよ。だけどクランゼルグさんには火属性魔力の生成能力がない。火の魔力を纏っているから勘違いしたけどさ」
「生成能力と操る能力は別ってこと? でもそうだよね。得意不得意はあるけどみんな火属性以外の魔法だって使うわけだし。だけど人系の生物が火の魔法を得意かっていうとそうじゃないし、生成してる火属性魔力はなんらかの理由ですぐに消費され続けてるってことかも」
「え!? そ、そうだけど……」
お、俺……大した説明してないんだけど……妹がちょっとしたヒントからめっちゃ推測して当ててきた。旅をし始めて初日だと言うのに妹のハイスペックぶりには驚かされてばかりだ……
「単純な生命維持のために必要ってことはないよね。だって他の生物は火属性魔力が生み出せなくても普通に生きてるみたいだし。でも大気中に存在してる火属性魔力を取り込めばいいから生み出せなくてもいいって可能性もあるかな? そういえば人系は大体火属性の生成能力を持ってるんだっけ?」
「あ、はい! そうです。少なくともメジャーな人系はそうだった」
「じゃあ、高度な思考をするために必要とか? それか……あ! 分かったかも。多分、本能への対抗に使ってるんだ」
「え? そうなの?」
妹がさっきまで属性魔力の生成能力すら知らなかったのに、俺でも知らない人系種族の火属性魔力が生み出されてもすぐに消費されてしまう理由に検討がついたようだった。
「人系以外にも高度な知性を持った生物は沢山いるし単純に高度な思考に必要なわけじゃないと思って。じゃあそういった生物と人系の違いを考えてみたの。例えばドラゴンがキラキラしたものを集めたり暴れん坊だったりするけど高度な知性を持ってるの。彼らは賢いはずなのにキラキラがあるからって毒沼に入って死にかけたりとか、マグマ溜まりに落ちて大火傷したりする。
私はずっと、賢いドラゴンがなんでこんな馬鹿なことするんだろうって思ってたけど今回のことで納得がいったの。ドラゴンは本能に抗えないからどんなに危険でもキラキラを取りに行く、そしてその危険によって大ダメージを受けた時、生存本能の方が強く働いて撤退したりする。あくまで本能的に優位な行動が選択され続けてるだけなんだよ。本能が弱くなった結果他の選択肢を選んでるわけじゃない。
さらに言うとそんなドラゴンでも人と仲良くなったドラゴンは暴れなくなったとかキラキラを我慢したとかそういう話があったりするの。今思えば、これは近くに人がいるから余剰分の火属性魔力を使ったか、人が無意識に火属性魔力をドラゴンに与えることで本能に対抗ができたのかもしれない。人に飼育された動物や魔物が野生のそれらとは違った行動ができるようになるのも多分同じ原理かも?」
「そ、そうだったのか……!」
クランゼルグ以外はあまり話についていけなかったらしく、みんな間抜け面をしている。多分俺も……難しいことは全部妹に丸投げするのが正解かもしれねーなこりゃ。
「ふむ、たしかにディアミスさんの推論は一見筋が通っているように見えます。ですがその証明方法は? 人系以外は本能的に優位な行動が選択され続けていると言いますが、人はそうでないとなぜ言えるんですか? より強固な本能に上書きされているだけかもしれないでしょう?」
クランゼルグはディアミスに反論する。よくわからないが確かにそうかもとちょっと思った。そう言えば俺はなんの話してたんだっけ?
「ふふ、確かにその可能性はあります。我々が気づかない強い本能が隠されてるだけかもしれません。ですが、私は本能へ対抗と言ったんです。これは本能の力を弱める、もしくは消しているという考えからです。そしてその証拠はあります。人系は他の生物と違って発情に周期がありません。言うなれば年中発情期なわけです。もし本能のままならば今とは比べ物にならないほど世界は人で溢れているでしょうし、性犯罪も尋常ではないレベルで横行していることでしょう」
なんかエッチな話になってきたのかな?
「でも、実際にはそうなっていません。食事や睡眠、安全、様々な重大な欲求が満たされている状態でも人は性欲を我慢したりしています。他の本能が満たされ、他に優先すべきものがなく、我慢する必要がなくてもです。もしも本能が強いままであるならそれは行われるはずです。人の街は発展したところほど様々な欲求が満たしやすいはずですが、人口は発展した所ほど繁殖活動によって増えていません。増える人口の多くは、他の街から移り住んできた人達です」
「……しかし、それでもやはり人間が正体不明の強い本能に抗えないだけというのを否定できないのでは? もしかすると正体不明な存在が人にそういった現象を起こしているのかもしれません。結果的には同じかもですが」
「そうだよなぁ。俺もクランゼルグの意見を否定できるとは思えないぜ。でもここまで強く言うってことは何か思い当たる節があるってことだろ。ん~……つまりディアミスは普段凄くエッチな気分になってるけど沢山我慢しているってことなのかな? だからそれを強く実感してるんだ」
「マジかよ大将!! お前天才だぜ!!!!!!!!!!!」
「そうだろテツヤ? 俺もこの天才の兄であるからな。やはり俺もまた賢いのだ──」
「あのさぁ?」
──その瞬間もの凄いプレッシャーが妹から発せられた。その圧によって俺は意識が飛びかけ、倒れ込む。同じくプレッシャーを受けたテツヤは白目を剥いて完全に気絶した。ネルスタシアのエゲツない暴力を受けても割と元気だったテツヤが、妹の放つプレッシャーだけで完全にダウン。これは最早、実際に殴られた方がマシなのかもしれない……あ、あああああ。マズイ、全身が震え上がって呼吸がしづらい……
「全く……誰のせいだと思って……」
小声で怒る妹。もうプレッシャーはない。すいません。変なこと言った俺が悪いです。怒らせるようなこと言った俺が完全に悪い。すまないテツヤ、お前も巻き込んで……いや、あいつもノリノリだったから別に謝る必要なかったか。
「でも、そうですね。クランゼルグさんの言う通り完全に証明することはできません。少なくとも今の私には。というか私のせいで話がそれちゃいましたね。普段は抑えてるんですけど、まだ解明されていない分野のヒントがあるとどうしても熱くなっちゃって……それで確かお兄ちゃんがクランゼルグさんが人間じゃないって言った話でしたよね?」
「そうだった。すっかり忘れてたけどクランゼルグが人間じゃない疑惑の話だったな。でも人間じゃないからって別にどうこうするわけじゃないぞ? 俺はお前が悪いやつだとは思わないし、もう一方の見方をしても邪悪な感じはしないからな」
「……はぁ、それもそうですね。私もさっき痛感しましたよ。少なくともムーダイルさんはわたしが人間ではないからといって何かするとは思えません。あなたは無邪気な子供、赤子のようだ。いや、実際にはありえない、性欲のある気持ちの悪い赤子のような存在です」
「なっ!? 失礼な!! 俺は気持ち悪くない! 素直な気持ちを言ってるだけだぜ! 素直さは! 褒めるべきなんだ!!」
「やーいやーい! ムーダイルのガチ勃○赤ちゃん! ……あれ? でもデリカシー皆無なレベルで本能に素直なムーダイルでも貞操を守っているのか……イケメンだから多少まともになるだけでやりたい放題できて、今までから性欲もしっかりあるのも分かってるのに……まるで性欲を我慢できなさそうなのに……これが本能に対抗するってことなのか? なんか急に信憑性帯びてきたなおい」
「てめぇ、テツヤ! 変なあだ名つけるんじゃねーよ!! お前に然るべきタイミングで然るべきあだ名を命名してやるからな!! 憶えてろよっ!!」
テツヤのあだ名をしっかりとつけるためにこれからはしっっっかりとこいつを監視する必要性があるな。こいつのやらかしを必ず拾わなきゃいけないんだ。こいつに投げ返すためになァ!!
「……いいのかあっさり教えちまって。お前が本当はネズミの王様だって、オレ以外には誰にも言っちゃダメだって約束したのによ」
小僧が神妙な面持ちでクランゼルグに問う。
「私もドランゼルグと二人だけの秘密にしたかったんですが、信用もできそうだし、ネズミ狩りの調査に協力してもらうんです。だったら筋は通すべきでしょう。それでは改めまして──私はネズミの王、ハイカオスラットのクランゼルグです」
クランゼルグはパチンと指を鳴らすと優男の姿が霧に包まれた。そして霧が晴れる。そこには、成人男性サイズの巨大な黒いネズミがいた。
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