第41話:精霊王の息吹
三人称視点のタルモのお話です。
はぐれ精霊神界が元のあった場所へと帰る少し前の事、好奇心旺盛なタルモはクルトンの町を探索していた。町の人々はこの毛玉を好意的に受け入れ、すっかり仲良くなっていた。町の子供たちと遊んだり、人々の仕事を手伝ったり、肉の世界の話を人々から聞いたりしていた。
「ズズーーー。ん~うまいクオ。おばちゃん! このジュースはなんのジュースクオ?」
この日、タルモは町の仕事の手伝いの後、食堂で店主のおばちゃんおすすめのジュースを飲んでいた。お手伝いで得たお小遣いを使おうとしたタルモだが、おばちゃんがどうしてもサービスしたいというのでありがたくタダで頂戴していた。というのも周囲を見ればある程度察することができる。タルモの周りは無骨な男たちに囲まれているが、おじさん達は穏やかな視線でタルモを見つめ、ある者はタルモをなでたりしていた。
彼らはタルモ目当てで連日食堂に顔を出し、食堂は大繁盛なのだ。もちろん客は無骨なおじさんだけではないが、元の客層がそういう感じの大衆食堂なので、馴染みのない者は入りづらい雰囲気だ。よって癒やしを求めるおじさんが異常増殖することになった。
「タルモちゃんの口に合ったようでよかったわぁ。これはね、デスニードルサボテンのジュースよ。美味しいから動物や魔物に狙われるんだけど、棘の攻撃力を上げて生き残った種類なの。おばちゃんは食べられたくないならまずくなるのが一番なんだと思うんだけどねぇ。でもその頑固さが美味しさに繋がってるのかもねぇ」
「クオ!! 聞くからに危なそうなサボテンクオ! どうやってそのサボテンから安全にジュースを取るんだクオ?」
「ふふ、安全になんてとれやしないよぉ。毎年死人が出てるんだからねぇ。けど一度一つ捕まえたらそのサボテンが枯れるまではジュースが取れるのよ。一度戦って弱ったら棘を全部切り落として、呪いで棘が再生しないようにしたら、蛇口をサボテンに突き刺すのよ。そしてジュースをサボテンから絞っては水を与える……それををサボテンが死ぬまで繰り返す。生かさず殺さず、恐ろしい話だよねぇ」
「ひぇええええ!! タルモちょっと想像しちゃったクオ!! タルモも拘束されて蛇口をつけられて生かさず殺さずのタルモジュース工場になっちゃうんだクオ!! 怖いクオ~~~~!!」
「あはは、本当よねぇ。おばさんもいつかサボテン達に復讐されて、おばさんジュース工場にされてしまっても文句は言えないのかもしれないねぇ。まぁでもデスニードルサボテンもここじゃ二番目の危険度だけどねぇ」
「え? 一番危険なサボテンはどんなサボテンクオ!? タルモ気になるクオ!!」
さっきまで恐怖していたタルモだったが、好奇心旺盛な彼は一番危険なサボテンというフレーズに目を輝かせていた。
「一番危険なサボテンはねぇ? 機嫌が悪い時の鎧雷サボテンよ。普段は割りとおとなしいんだけどねぇ、日照りの強い日が続いてストレスが溜まると……怒るのよ、あのサボテン。怒ると嵐を起こして物凄い雷をズドドーンて落とすのよ。その雷が落ちる日は絶対に外にに出ちゃいけないのよ。外に出たら必ず死ぬ。今まで調子に乗って度胸試しにいったバカどもはみんな死んだよ。
高名な冒険者や対電装備を開発してる魔道具製作者も雷に打たれてあっさり死んだのよ。鎧雷サボテンが怒ると嵐も起こる。嵐が起こるってことは雨も降る。一年中カラッカラなこのクルトンにとってそれは貴重な恵みの雨、怖いけど優しいサボテンなのよ。だからここらじゃ鎧雷サボテンは雷神様の使いだってみんな信じてるのよ」
「ひょおおおおお!!! スゲー話聞いたクオ!! カッコイイサボテンクオ!! おばちゃんありがとうクオ! タルモはもう元の世界に帰らなきゃだけど、いい土産話ができたクオ! タルモもいつか強いサボテンになりたいクオ! バイバイクオ~~!」
タルモははしゃぎながら転がり去っていった。はぐれ精霊神界はもうすぐ元あった場所へ戻る。タルモははぐれ精霊神界を調査する調査隊の荷馬車に乗せてもらい、帰ることにした。調査隊は補給のためにクルトンを活用しているので、タルモは彼らとも交流があった。
「あれ? これもしかして鎧雷サボテンクオ?」
「ん? ああ、そうなんじゃないか? 確かムーダイルさんが積んだものだったけど、本人は忘れて取りに来ないんだ。このままだと枯れてしまうだろうから早いとこどうにかしたいんだがねぇ」
「へ~じゃあタルモがこれ貰っていいクオ? タルモは強いサボテンになりたいから師匠にするクオ!」
「えぇ? いや~でもなぁ、ムーダイルさんはネルスタシア様のお気に入りだからなぁ。いいのかなぁ?」
「大丈夫クオ! タルモはムーダイルのことをよく知ってるクオ! 絶対許してくれるクオ!! お願いクオ! ダメ……クオ? どうしてもダメクオ?」
タルモがあざとく荷台の兵士に視線を送る、つぶらな瞳で感情に訴えかけている。
「うんそうだね! いいよタルモちゃん持っていって! 多分大丈夫でしょ! ネルスタシア様が好きになるお方だ、きっとそんな些細なこと気にしないに決まってる! そもそも忘れて取りに来ないほうが悪いしね!」
「あ、ありがとうクオ!!お兄さんのことは絶対忘れないクオ! タルモの加護を与えるクオ!!」
「ほんとうかい!? でもタルモちゃんの加護ってどんな加護なの?」
「ん~? よくわかんないクオ。そもそもクオ達がなんの精霊だったかも憶えてないクオ。でもきっといつか役立つはずクオ!」
タルモは目を細めて念を調査隊のお兄さんに送った。そしてタルモは鎧雷サボテンを木箱に入れて背負い、はぐれ精霊神界へと帰っていった。
「グラノウス様~!! タルモだクオ~! 頼みがあるクオ~!」
「ん? タルモか! 頼みとはなんだ?」
「これを見て欲しいクオ!」
タルモは背負った木箱を大地におろし、木箱を開けた。
「むっ……なんだこれは……凄まじい魔力を感じるが……」
「鎧雷サボテン、雷神の使いクオ! この子をグラノウス様の命を育む力で大きく育ててほしいんだクオ! タルモはこのサボテンに弟子入りしたいんだクオ! だからまずは元気になってもらいたいんだクオ!」
「ふむ、なるほどな。面白い、やってやろうではないか。五つの属性と膨大な魔力を持つ存在。雷神の使い……ククク、オレの記憶が正しければ雷神はこの世界に存在しない。雷神と呼ばれる神はいても、本質的には雷の神ではない。それは風や雨、轟音の神であり、雷そのものの神ではない。しかしこのポテンシャル、オレの加護があればククク」
この日、ムーダイルの及び知らぬところで、ムーダイルとタルモの繋いだ縁によって、世界を揺るがす存在が萌芽することとなった。
今回で書き溜め分が終了しました。この作品は一旦連載休止にしようと思っています。今まで読んでくださった方、ありがとうございました!