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第39話:雲の鎧

ムーダイル視点に戻ります。



「一体何が起こってんだ……」


 はぐれ精霊神界の調査を再開しようとディアと俺、テツヤ、調査隊がはぐれ精霊神界の入り口付近に集まっていたんだが、どうもはぐれ精霊神界の様子がおかしい。


 はぐれ精霊神界から明らかに戦闘音っぽい音が聞こえた。俺は戦闘の素人だから、はっきりと言えるわけじゃないが、テツヤとディアの顔を見て、俺の感じたことは間違いじゃないと確信した。二人の顔つきが戦闘モードだからだ。この旅が始まってから何度か見たのと同じ顔。


 戦闘かぁ……大丈夫か? そもそも首を突っ込むべきなのか? 精霊神界は加護が剥がれて防御性能が低くなるうえに魔法を使えないんだぞ? ディアはともかく調査隊の一般兵には荷が重いんじゃないか? 絶対死人が出る。


 死人が出るとしてそもそも、この戦いに命を賭ける価値があるかどうかすら今は判断できねぇ。ネルスタシアにどうするか判断を仰ぐべきだよな……けどそうしてる間に事態がヤベー方に向かったらどうすれば? 駄目だ、俺じゃどれが正解かわからねぇ……ディアとテツヤと相談しよう。


「なぁディア、テツヤ──」


「ムーダイルーーーーーーーー!! 助けて欲しいクオオオオオオ!!!」


 俺がディアとテツヤにこれからどうするか相談をしようとした矢先、はぐれ精霊神界から出てきた毛玉に突進された。


「た、タルモ!? はぐれ精霊神界で一体何があったんだよ」


「く、クオオオオオオオオオ!!!」


 タルモは大泣きしながら精霊神界で何があったのかを説明した。色々と断片的な情報だったが、ネルスタシアが悪しき人に操られてグラノウスを倒してしまったという事は理解できた。


「ネルちゃんが操られた? ねぇタルモちゃん、それって悪しき人が支配魔法を使ったってこと?」


「そうクオ!! 間違いないクオ! 混沌がなんやかんやで魔法が使えるって言ってたクオ!! ネルスタシアも魔法を使ってたクオ!」


 敵は魔法を精霊神界で使える。操られたネルスタシアも同様に、それを聞いた俺たちの顔を青ざめる。特にディアは深刻な顔つきだ。テツヤはどこか期待を込めた目線をディアに送っているが、それに気づいたディアは首を横に振った。


「精霊神界でネルちゃんと戦えば確定でみんな死ぬことになると思う。そもそも私は魔法系の勇者だから、魔法が使えなきゃ大して強くない。それでいてネルちゃんと敵は精霊神界で魔法を使える。身体強化も防御魔法も使えるってこと。勝てるわけがない」


「で、でもディアちゃん。ネルスタシア様を放っておくわけにはいかないよ! どうにかして支配を解かないと」


「それは分かってる。だから精霊神界の外で支配の解呪を試す。通るか分からないけどね」


「なっ、ディアちゃん! そんな弱気なこと言わないでくれよ。この国には君ぐらいしかネルスタシア様に対処できる人はいないんだ。悔しいけど僕や近衛兵レベルの戦闘力じゃ肉壁にすらならない……」


「テツヤさん。この戦いは少しの油断で人が死ぬ。支配の解呪に成功した時、ネルちゃんがすでに誰かを殺していたとしたら、あの子はもう立ち直れない。ネルちゃんは……もうボロボロだから……だから誰も、この戦いに参加しちゃいけない、私以外は」


「ま、待てよディア!! 一人でネルスタシアと戦うっていうのか!? そんなの無茶だろ!! お前だってネルスタシアがフルブラッドの肉体を一撃で消滅させたのは見ただろ?」


「ネルちゃんの本気はね……あの程度じゃないんだよ、お兄ちゃん。あんなものよりずっと、ずっと強い」


「で、でも──」


「──でもも何もないよ!! お兄ちゃんは分かってない!! ネルちゃんがもし、お兄ちゃんを殺しちゃったらどうなるか! 分かってないよ!! 私もネルちゃんも、生きてなんていけない!!」


「で、でも……」


「──うるさい!! テツヤさん、お兄ちゃんを拘束して」


「えっ!?」


 ディアが怒った。泣いていて、苦しそうで、俺と目を合わせない。ディアのそんな顔を俺は初めて見た。ディアに指示されたテツヤによって俺は力づくで拘束された。拘束用の縄の魔道具。きっと俺の自力じゃ解除できない。


「調査団のみんなは連絡要員だけ残して後は後退して。私が解呪に失敗したら王都の民をすべて王都外へ退避させて、転移魔法で国境に避難させるの。さぁ、早く」



──────



 俺はテツヤに連れ去られて、クルトンまで下がっていた。今は宿屋の一室を借りている。ここで補給をして王都には戻らず、クルトンから南下して国境線に向けて逃げるらしい。タルモの話では悪しき人とやらはネルスタシアを使って古代神を殺そうとしているからだ。多分古代神は地底異海に眠るトーリスのことだ。フルブラッドもトーリスを目覚めさせようとしていた。悪しき人もフルブラッドと同じく聖者の贄であるとすれば、やはり目的はトーリスである可能性が高いと思う。


 そしてトーリスを殺すのならば、その過程でトーリスは目覚めるだろう。そうなればフルブラッドが狙っていたこと、アステルギアの地下を支えるトーリスの化石化した触手が肉に戻り、アステルギアは沈没、崩壊する。


「なぁテツヤ、お前は納得してるのか?」


「納得なんてできるわけないだろ……でも仕方がないんだよ。結局力が足りない。お前はネルスタシア様の本気の本気を見たことがないからお気楽なだけだ。僕が思うに多分ディアちゃんでも厳しい……魔法で翻弄するにも限度がある。ディアちゃんは強い、天才だとは思う。でも……ネルスタシア様はそういった領域を超えている」


「そんなに強いのか……」


「ああ、そうだ。お前は僕のジョブを知ってるか? 僕はウェポンマスターだ。兵士がなる一般的なジョブの中じゃ最上位クラスだ。さらに上位の剣聖ってのもある。近衛兵にも剣聖がいるけど、まるでネルスタシア様の相手にはならなかった。王族が人間とは別種だとかそういうレベルじゃない。あの戦いで、ジーラギガスとの戦いでネルスタシア様の肉体は変質してる。


 王族を超えた、新たな種族と言ってもいい。そうなる前から……ネルスタシア様は剣聖より強かったのに……だからさ、お前がどんなにこの状況が気に入らなくても、無理なもんは無理、世の中にはどうにもならないことがあるんだよ」


「じゃあ、ディアがネルスタシアを止めに行くのだって無駄だろ。お前だって内心そう思ってんだろ? だったらなんで行かせた!!」


「同じだよ。ディアちゃんも俺たちじゃ止められない。はは、情けないよな……僕たちがどう思うかなんて関係ないんだ。力が足りないから」


 ……まぁそうだな。そもそもこの国にあの二人を止められる存在がいないんだっけか。少なくとも力じゃ無理だ。ディアがネルスタシアを止めることも力じゃきっと無理なんだ。でもディアはそれを……意地になってるんだ。希望か願望か、ほんの少しだけ感じられるそれのために……まともな精神状態じゃない、ディアは泣いていた。きっと、操られているネルスタシアも同じだ。


 みんなボロボロなんだ……俺がこの国にいなかった時に受けた悲しみ、その傷が、ずっと癒えていない。表向きどうにか取り繕ってるだけで、まともな状態なんかじゃない。みんなが苦しんでいる間、俺は平和に、呑気に過ごしてた。ああ、そうか、きっと俺は……この怒りを、実感として持っていたはずなんだ。


 悔しい、悔しい、悔しい!! 力が足りないから受け入れろっていうのか? 俺は関係のない盤外の駒、そう言われてるみたいだ。資格がない、ディアやネルスタシアを助ける資格がない、自分の力のなさを認めたくない。認めたくないのに……!!


 うるせぇよ!! 俺に”力”がねぇことなんて、ずっとずっと前から分かりきってたことじゃねぇか!! 俺にできることで、俺のやり方で勝負するしかねぇんだ。気に入らなくても、情けなくても、理想と違っても、俺はディアもネルスタシアも助けられなきゃ気が済まない……絶対に助けるんだ。


「お、おい! ムーダイル、お前光ってんぞ!!」


「は?」


 テツヤの言う通り、俺は淡く光っていた。体は少し透けてて、俺は自分の手でちゃんと確認しようとした。腕を魔道具で拘束されてたことなんて忘れて──俺の手は、縄をすり抜けて俺の顔の眼の前までやってきた。


「まさかムーダイル、お前……修羅化したのか?」


「修羅化? これが修羅化なのか?」


「あれ? でも明らかに正気だよな。正気を保ったまま? じゃあ……でも……精霊っぽく……本当の精霊になってるってことか? そんなことがあり得るのか?」


「でも拘束は解けたわけだから二人を助けに行けるな」


「あっ! 待て待て待て!! まてい! ムーダイル! それは許さんぞ!!」


 テツヤが俺を取り押さえようと俺に触れる。しかし少しの感触がした後、テツヤの手は俺の体を通り抜けていった。テツヤはびっくりして目を見開いているが俺の捕獲チャレンジを続行する。しかしうまくいかない。


「なるほどな、テツヤもっとだ。もっと俺を捕まえようとしてみろ。よし今だ!」


「は? 何を言ってんだ? ぬおおおおおおおおおお!! あれ?」


 テツヤが俺に触れる。今度はすり抜けない。すり抜けないことを確認したテツヤは本格的に俺を拘束しようとする。そしてそのタイミングで俺は体を”透かした”


「っと!? ええええ!?」


 テツヤは俺をすり抜けてバランスを崩し、転びそうになった。


「ふむふむ、なんとなく仕組みが分かってきたぞ。想い、意思を集中、純粋化させるとより透ける、精霊に近くなるみたいだな。今の俺を精霊の目で見てもほぼ精霊だしな」


「おま……マジかぁ……お前といると珍しいもんがいっぱい見れるな。皮肉抜きで」


「けどさ、お前も感じてきたろ? 希望を、なんとかなるかもしれないって」


「ああ認めるよ。悔しいけど希望を感じちゃってるわ僕。ディアちゃんには悪いけど、僕だって本当は納得なんてしちゃいないんだ。ムーダイルのプランのほうが僕好みになりそうだ!」


 俺とテツヤは走った。ディアがネルスタシアと接触する予定ポイント、はぐれ精霊神界前まで全速力で。俺はテツヤに掴まってただけだから実際に走ってたのはテツヤだけだけど。俺は手以外の精霊化を強化して、手だけ実体のある状態にした。それによって手の部分の重さしかない俺はめちゃくちゃ軽い。


 テツヤは俺を送り届けるために全速力の全速力だったため、目的地へたどり着くと体力切れでぶっ倒れた。


 ディアは倒れていた。ネルスタシアによってたった今、倒されていた。解呪は失敗したんだ。


「……やっぱり、今の、私じゃ……相手にならないか……はは、ごめんね……──」


 意識が完全に途切れたディアにネルスタシアが止めを刺そうとする。俺はネルスタシアの剣とディアの間に入り、ネルスタシアの一撃を受けた。ディアへの直撃をなんとか防ぐことができた。


 ディアが死ぬ、それを全力で防ぐ、その強い気持ちが俺を極限まで精霊に近づけ、俺はネルスタシアの剣を防ぐために転移したのだ。そして大気に漂う精霊を俺の魔力によって強化することで障壁を展開した。物理的に防いだわけじゃない、大気の精霊の魔力とネルスタシアの剣の魔力を反発させた。剣を構成する魔力が弾かれ、それに引きずられる形で剣の実体も弾かれた。


「えっ!? えっ!? どういうこと!? まさか、こいつがムーダイル!? こんなの聞いてない!! 力が弱いのは本当だったはずでしょ!? なんでネルスタシアの攻撃防げてんの!?」


「い……いでええええええええええええええええええええ!!!! お、おおお、お前がネルスタシアを操ってる野郎……女か。悪いが、俺はお前の思い通りにはならないぞ。ディアの思い通りにも、ネルスタシアの思い通りにもだ」


「はは、ちゃんと攻撃通ってんじゃん! そりゃそうだよねぇ……だって混沌の力があるわけだし……ある程度は貫通する」


「──う、うう、っぐ、ああ……ムー、ダイル。にげ……て。きちゃ……だめ」


 ネルスタシアが言葉を発した。ネルスタシアの意思、気持ちが込もった言葉。支配に抵抗した、俺のために。


「え……嘘でしょ? 支配に……抵抗した? いやいやいや愛の力で支配に抵抗!? そんなん……ええええええええ!? 嘘でしょ? この女どんだけ重いのよ……でもディアちゃんの時は言葉までは発せなかったわけだから露骨だよねぇ? ちょっと可哀想。でも口を動かせる程度の抵抗なら問題ないかなぁ。はは、あんまビビらせないでよね! ほら攻撃よ攻撃! ネルスタシア、今のアナタなら倒せない相手はいないんだから!!」


 ネルスタシアが俺を攻撃する。さっきよりも鋭い一撃だ。すでに気絶していたディアに止めを刺す時とはまるで違う鋭さ。そんな攻撃を回避するなど、俺には当然不可能だ。


 俺はその一撃をガードすることもできず、完全な直撃を受けた。い、いてえええええええええええ!!!????? でもそんなことは重要じゃねぇ!! 真面目に死に近づいている気がするが、そんなことは重要じゃない。滅茶苦茶ふっとばされてしまった。これが一番よくない。


 転移してまたネルスタシアの元へ戻るが、またふっとばされた。これじゃ、これじゃまるで話にならない、ネルスタシアと言葉を交わすこともできないし、勝ち筋を探すための観察もロクにできない。ダメージの蓄積もヤバイけど、これはヤバイ、勝ち筋を潰されてる感じだ……


「あっはは! 滅茶苦茶頑丈でうざいけど、これなら問題ないね~。そうだよ、現実はそう甘くないんよ」


 俺はネルスタシアの攻撃によって再び大きく吹き飛ばされた。はぐれ精霊神界の方へとふっとばされ、転がり、大岩に激突する。




「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!! ネルスタシアああああああああああああああああああああああああああああ!!」


 馬鹿でかい声が俺の真後ろから、戦場の砂漠に響いた。振り返ると声の発生源は──ネルスタシアに倒されたはずのグラノウスだった。




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