第3話:童貞の剣
「さて、ムーダイル。お前をここに呼んだ理由だが」
ネルスタシアがパチンと指を鳴らすとネルスタシアの体が光に包まれ、肌やドレスについていた血液が綺麗さっぱりなくなった。
浄化魔法か、汚れだけでなく雑菌や寄生虫、呪いも消せるんだよな。アンデッド系とか魔族に対しても効く。汚れだけ消す清掃魔法というのもあるが、それよりも遥かに高度な魔法だ。ちなみに俺はどっちも使えない。まぁそもそも俺は使えない魔法のが多いけど。
「まず最初に、お前が思っているようなものではないとだけ言っておく。わたしはお前に勇者としての働きは期待していない」
「え!? そうなの? てっきり魔王討伐に行けとか言われると思ってた……だったら素直にすぐに来ればよかったなぁ」
「そもそもお前は戦闘力が低いだろう? 異常に丈夫ではあるが、攻撃を受けて吹き飛ばされてしまうようでは肉壁にすらならない。魔王討伐なんて行かせたら間違いなく死ぬ。魔王供に手傷を負わせることも出来ないだろう。お前を無駄死にさせることが本意なわけなかろう」
「確かにな。父さんや母さん、そして兄さん達が討伐に失敗した魔王達に、俺ごときが勝てる訳ない。じゃあなんで俺を?」
「お前の鍛治師としての腕を見込んで、国のため宝剣を作成してもらおうというのが呼んだ理由だ」
──なん……だと!? 宝剣の作成を俺に依頼!? そんな鍛治師冥利に尽きる仕事を俺に!? 宝剣を作れ、これは国一番の鍛治師はお前だと王のが認めるようなものじゃないか! 俺はそんな聖女のごとく慈悲深いネルスタシアにあんな酷い言いぐさを!!
「まるで君は聖女だ!! ネルスタシア! お前は世界一賢い! 偉い! 最高だ!」
「ふぇっ!? あ、いやいやいや、せ、聖女だなんてそんな……! 世界一賢く!? 最高の女!? 今すぐにでも妻にしたいだなんてそんな……」
今すぐにでも妻にしたい? そんなこと一言も言ってないけどな? もしかして俺が無意識にそんな事を口走ってしまったのか?
ならちゃんと訂正しないといけないな。というかネルスタシアが玉座に座りつつめっちゃ跳ねて嬉しそうにしてる。もちろん胸もバインバインしてる。こいつ女王のくせに褒められ慣れてないのか?
「悪いけどお前と結婚するのは無理だから。妻にしたいぐらい素晴らしい存在であるとは思うけど、実際に妻にしたい訳ではないし、何より俺は世継ぎを作れないから王族的にNGだろ」
「──え!? つまりお世辞!? まてまてまて、それに世継ぎを作れないとはどういうことだ? まさか病気か怪我でそういう体になっていたりするのか?」
さっきまでバインバイン揺れていたネルスタシアは何故か絶望的な表情をしながらプルプルと小刻みに振動している。こいつの情緒わかんねーわ、メンドくさいやつだ。
「俺が勇者という真理ジョブな事はみんな理解していると思うが、ジョブは人の持つ才能というリソースを使い構築されてるのは知ってるか? 例えで言うと、俺の持つ才能が100だとする。そして勇者というジョブはそのうちの80を使って構築されている。
そして残りの才能は20となる、だが鍛治師というジョブはそうだな、体感50ぐらいの才能リソースを必要とする。俺の持つ残りのリソースだがすでにそれを活用して見習い鍛治師というジョブを取得してる」
「見習い鍛治師? そんな未完成と言えるようなジョブでこの国一番の鍛治師となっておったのか!?」
ネルスタシアは信じられないといった様子で驚いている。そして何故かそれは次第にドヤ顔へと変化していった。
そしてボコられて謁見の間に散らかっていた大臣達はいつの間にかその傷を治し、ネルスタシアの言葉に同調するかのように「ありえぬ……」だとか「マジか……」と言っていた。どうやら、大臣の一人が部屋全体を対象として治癒魔法を発動させていたようだ。
「ん? そうだぞ? 別に見習い鍛治師のままでもドルガンタル鍛治学校は主席で卒業できたし、このアステルギア国は鍛治師のレベルが他と比べて低いからな。
まぁそんなことはどうでもいいだろ。話を戻すぞ? だから鍛治師ジョブを得るためには、あと30の才能リソースが足りないわけだ。普通のジョブならシンプルにジョブチェンジするだけで解決する話なんだけど……
みんなの知っての通り、真理ジョブは基本的にジョブチェンジができない。勇者とかいう無駄リソース喰らい真理ジョブが邪魔なんだ」
「しかしそれが何故世継ぎを作れないことに繋がるんだ?」
「──あっ!?」
「どうしたテツヤ? 何か心あたりでもあるのか? 遠慮はいらんから申してみよ」
「真理ジョブをジョブチェンジしたって話、僕も聞いたことあるんですよ! よくお世話になってる絵巻作家にエチエチサイ・ベスケットっていう人がいるんですが、その人が真理ジョブの聖者から魔法使いにジョブチェンジしたって聞きました!」
大臣達から「なんと、そんなことが……」という声や「ワシもお世話になっとる」だとか「実はワシもファンなんじゃよ」という声が聞こえる。まぁ俺もファンなんだけどな。というかその逸話から思いついたことだからな、俺の野望は……
「そうだ、テツヤの言う通り真理ジョブでもジョブチェンジすることが可能なんだ。そしてその方法は魔法使いになる事、そして魔法使いという真理ジョブは、真理ジョブでありながらジョブチェンジが可能なんだ。実際、エチエチサイは聖者から魔法使い、魔法使いから探究者にジョブチェンジしている。
そして魔法使いはさらに特異な性質を持っている。三十歳まで童貞でいた場合! 誰にでも魔法使いになれるチャンスを与えられるんだ! なぁそうだよな! そこのハゲ散らかした大臣!」
ギクゥ! と飛び跳ねるハゲ散らかした一人の大臣、こいつは魔法使いだ。俺がまだ子供の頃、本人から魔法使いだとこの王城で説明されたことがある。その分かりやすい反応にネルスタシアも気付き、彼を見つめた。
「はい! ムーダイルくんのいっている事は本当のことでございます! わたくし、デュランダル・クロツベルグも、わたくしが三十歳の頃に大魔導霊様にチャンスを与えられ、魔法使いとなりました!
まぁ今のわたくしは魔法使いではなく大魔法使いですが、確かにわたくしも三十歳まで童貞だったのは確かでございます!」
パチパチパチパチ──俺は思わずデュランダルに拍手を送ってしまった。自分が三十歳まで童貞であったことどころか五十歳まで童貞じゃないとなれない大魔法使いになっていることを恥じることなく、男らしく言い切ったからである。
この男は童貞であることにプライドを持っている。童貞を拗らせてしまったのではなく、童貞を極めてやる! という強い意志を感じた。
他の大臣達は何故俺が拍手しているのか分からないようだったが俺につられて拍手し始めた。よくわからんが多分拍手するべきなんじゃね? といった感じだろうか? そんな光景をディアミスとネルスタシアがジト目で見ていた。
「デュランダル師匠の言った通り──」
「──し、師匠!?」
デュランダルが驚き跳ねる。困惑の表情だ、しかしそれはすぐに真剣なものへと変わった。流石師匠だぜ。
「俺にもチャンスがあるということだ。三十歳まで童貞でいれば魔法使いとなり、そこから俺も真の鍛治師へと至ることができる!! だからネルスタシア、お前に限らず全ての女は俺の野望を惑わす敵に過ぎない! 王族的に世継ぎできないのは困るだろ?」
「ムーダイル、お前は今18、30となるとあと12年は世継ぎは作れないということか。つまりわたしはそのとき29……なんだ、まだまだ余裕ではないか。お前が鍛治師にジョブチェンジするまで待てば良いだけのこと。お前は将来的にわたしと結婚しても問題ないと言うわけだ!」
「ネルスタシアぁッ!!」
このとき俺の中で何かがキレた──
「──俺を誘惑するんじゃねぇ!! 俺は童貞を鍛えるんぁああーーーッ!! 邪魔を──ッ! するなぁああああああああああッ!!」
「──っ!? そんなぁあああ!!」
「……なんだこいつら……ねぇディアミスちゃん? この二人いつもこんな感じなの?」
「昔はそんなことなかったんだけどねぇ……」