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第38話:混沌の茨

三人称視点の現在の話です。



 ──時は戻り現在、霊薬、エリクサーの情報を謎の獣女から得たネルスタシアはクルトン周辺のはぐれ精霊神界に来ていた。護衛はいない、今日もムーダイル達がこのはぐれ精霊神界を調査するつもりだったが、獣女との取引に後ろめたさを感じるネルスタシアは、ムーダイル達が調査を再開する前に単独行動で事を済ませることにした。


「思ったよりもあっさりだったな。アザラ族達もわたしを知っていたからか……まぁ情報の出どころはグラノウスだろうが」


 アザラ族の道案内でネルスタシアは目的地にたどり着いた。その目線の先には巨大な鎧、地神霊グラノウスがいた。


「お、おおおお!! ネルスタシア! まさかこれほど早く再開できるとはなぁ! 黄金の宝剣のことで来たのか?」


「いや、それは違うかな。黄金の宝剣を作るのはムーダイルだ。お前がそのムーダイルを、宝剣の製作者として認めたならそれもよかった。だが今回は別件だ」


 ネルスタシアに黄金の宝剣とは違う理由で来たと言われるとグラノウスは露骨に落ち込んだが、次第に「まぁ確かに」と納得した。


「ふむ、別件か? いいだろう。オレはお前の願いならば可能な限り叶えるつもりだ。気を遣う必要はない、言ってみろ」


「霊薬エリクサー。それを二人分欲しい」


「なんだそんなことか。まぁ確かに肉の世界ではエリクサーも珍しい代物か。しかしエリクサーなんて何に使うんだ? 大精霊級の呪いでも解呪するのか?」


「ムーダイルの傷を癒やす。神霊であるお前ならばムーダイルがただの人間でないことは分かるだろう? ムーダイルの精霊の部分の傷を癒やす為に必要なのだ。まぁ使うかどうかは本人に委ねるつもりだが」


「ムーダイルにエリクサーを? 傷を癒やす……? いやぁ、え? あいつの傷を?」


 グラノウスはネルスタシアの発言に困惑していた。ネルスタシアの言っていることが理解できていないようだった。ネルスタシアもグラノウスとの噛み合わなさを感じた。


「何か駄目な理由でもあるのか?」


「いや駄目じゃねぇが無駄だぞ? だってあいつの魂に傷なんてもうひとつもない。昔大傷を負ったのかもしれんが、あいつの魂は正常だ」


「……え? いや待て、どういうことだ? ムーダイルがすでに完全に治っている? そんな馬鹿な、あいつはあの頃のムーダイルを取り戻していない!! すでに治癒してる? もう、元には戻らないっていうのか……っ!?」


「おい落ち着けネルスタシア! あ~、どう説明すりゃ伝わるんだ? あのなぁ、魂の本質はそうそう変わるもんじゃねーんだ。見た目が変わっても根っこは同じだ」


 ネルスタシアはひどく動揺、錯乱した。涙を流し髪をかき乱した。それをグラノウスは宥めようとするが、何を言えばネルスタシアが落ち着くのか、グラノウスにはわからなかった。


「おかしい、おかしい! あいつは言っていた!! ムーダイルは霊薬が、エリクサーがあれば元に戻るって!! もうあんな気持ちから抜け出せる、そう思ったのに……」


「なぁちょっと待て、あいつって誰だ? ネルスタシア、お前誰かに騙されたんじゃ──」


「──そうだね、まんまと騙されちゃったね。ネルスタシア? 大悪魔、ジーラギガスを殺したお強いアナタでも、弱点はちゃんとある。父親と同じで、愛に翻弄されて、足元を掬われる」


 黒と紫のオーラを纏った獣の女。彼女はするりと、誰にも存在を気づかれることなく、ネルスタシア達の所まで接近していた。獣の女の声に気づいたネルスタシアが顔を獣の女へと向ける。怒りと動揺に揺れるネルスタシアの瞳には困り顔で笑う女の姿が写り込んでいた。


 獣の女がネルスタシアの首の後ろに触れる。鋭い爪を持つ獣の女の手だが、その凶器でネルスタシアを傷つけようとはしない。ただ一言──


「──カオス・ソーン」


 発音詠唱。獣の女がそれを完了させた瞬間、黒と紫の霊体の茨がネルスタシアの首、女が触れたところから夥しい数が生え、ネルスタシアの全身に突き刺さり入り込んでいった。


「なっ!? 悪しきヒト!? 貴様、ネルスタシアに何をしたぁッ!?」


「何ってぇー、支配魔法にかけただけだよ? これでネルスタシアはアタシの忠実なしもべってわけ。王族の力と神の加護、それを突破して支配するのは難しかった。でもさ、逆に言えば条件さえ整えれば不可能じゃない。精霊の力と混沌の力が合わされば、彼女にも毒が効くってことは~、最近彼女が教えてくれたからねぇ。


 ネズミさんとあの薄汚いクソキモ変態ゴミ野郎のおかげでわかった。ラッキーよ、ラッキ~。まぁでも? アタシは精霊じゃないし? あれを再現するにはこの特殊な土地を利用するしかなかったんだよねぇ」


 獣の女はとても早口で、策を成功させた喜びを表しているかのようだった。


「ック、そうか、ここじゃ神の加護は剥がれちまう……元に戻せつってもまぁ素直に効かねぇだろうな。目的はなんだ。ネルスタシアを操って何になる」


「別に~? ただアステルギアの下で眠ってる古代神をネルスタシアちゃんに殺してもらうだけだよ」


「アステルギアの古代神? トーリスか、はっ! いくらネルスタシアが強かろうとやつを殺すなど不可能だ。王族とはいえヒトの括り、肉の体の者ではやつに傷一つつけることはできんわ」


「えぇほんとぉ? それ強がりだよねぇ? だってアナタ、今、すごくマズイ、ヤバイ! オイラがなんとかしなきゃぁ! うえーんて顔してるよぉ? そもそもさぁ、混沌の力を使えば、魂の世界に干渉できるの知らない? アタシによってその力を彼女が得たら、できない理由ないよねぇ!! じゃなきゃ、アタシがこの精霊神界で魔法なんて使えるわけないじゃん! ふふ、アハハハハハ! アグァ、ッグブ、っつヅ──はぁ……はぁ」


 調子に乗って慣れない高笑いをした獣の女はむせ込んだ。息が切れても女は笑っていた。


「じゃあ実演しよっか。このグラノウスをボコっちゃってよネルスタシア。いや、アタシの! 人生で! 最初の友よおおおおおおお! オラオラー! イケイケー!!」


「おい、待て待て! オレはネルスタシアと戦うなんてできねぇ──」


 獣の女の言葉は正しかった。混沌の力を得たネルスタシアはその剣の一撃でグラノウスを叩き割った。グラノウスの鎧のような甲殻が全て粉々に砕け、芯を砕かれ、立つことのできなくなったグラノウスは、大地に倒れ込み、大きく空間を揺らした。激震、衝撃波がはぐれ精霊神界を駆け抜け、この”世界”の住民達に危機を伝えた。


 この一部始終を道案内ついでに見ていたアザラ族達は散り散りに逃げ、各地に自分たちが見たこと、聞いたことを伝えた。適当な性格なアザラ族に正確な情報を伝えることは困難だったが、アザラ族は見た目に反して、それほど臆病な存在ではなかった。


 アザラ族はこのはぐれ精霊神界に存在する精霊たちにグラノウスの敵討ちをするための協力を要請した。一度逃げたが、戦力を結集し、総力戦を挑もうと言うのだ。そして、はぐれ精霊神界、グラノウスの縄張り、庇護下にあった精霊たちはネルスタシアへの攻撃を開始した。それは最早、一つの戦争だった。


 鳥、カニ、エビ、毛玉、貝、魚、様々な形の精霊の大群がネルスタシアに挑んでいく。彼らの戦闘力は低くはない、むしろ高いだろう。しかし、戦闘力が高いと言っても魔王の幹部クラスに数段劣る程度。今のネルスタシアは混沌の力を得ている。修羅化することでジーラギガスを殺した時かそれ以上、全盛期の戦闘能力を復活させていた。


 この状態のネルスタシアに敵うはずもなく、精霊達はいともたやすく撃退されていった。獣の女は煩わしそうにしているものの、精霊達を殺すようにネルスタシアに対して命令することはなかった。それどころかスキップをして、ネルスタシアと肩を組んだり、おんぶや肩車をしてもらって楽しんでいた。


 獣の女は自分が楽しむこと優先で、大した障害にもならない精霊達の命など興味がなかった。


 精霊達が勇み、果敢に挑んでもネルスタシアを倒すという目的は、毛ほどにも達成されなかった。しかしその喧騒は騒がしく、異常事態が精霊神界で起こっていることを、外界へと知らせた。




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