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第37話:神と鉄の剣

ネルスタシア視点の過去編。



 ハムドールを斃し、アステルギアが少しずつ復興を始めた頃、ムーダイルがアステルギアへ、王都へと帰ってきた。その知らせを受け、わたしは舞い上がっていた。わたしに会いに来るという。久しぶりに会うのだし堅苦しいのは抜きにしたい。そこでムーダイルとはわたしの執務室で会うことにした。国王ではなく、友として会うために。


 様々な思いを巡らせて待っていると──


「ネルちゃん。入ってもいい?」


「ああ! もちろん! 入っていいに決まっているだろ?」


 ムーダイルがいた。


 目の前にムーダイルがいた。この国から出る前よりも逞しく、美しく成長していた。思わず見とれてしまったが、違和感に気づく。ムーダイルの表情が暗い。


「その……ディアが、教えてくれなくて」


「え? 教えてくれないって何を?」


「だからその……ガーディナス兄さんと、ディレーナ姉さん、フェルトダイム兄さん。みんな、家にいないんだ。家にいる家族は僕とディアだけで」


「あ……そ、それは……」


 ムーダイルには留学していた間ずっと、嘘の情報が手紙で送られていた。ディアがフェルトダイムに指示されて行ったことだ。兄弟達の危機や死を知ったムーダイルがこの国へと帰ってこないようにするための嘘。ムーダイルはこの国に帰ってくるまで……ずっと、兄弟たちがみんな生きていると思って生きてきた。


 忘れていた。わたしも……ハムドールを斃し、国がこれから上向いていく。そんな気風に当てられて、わたしは浮かれていた。どこかでムーダイルに褒めてもらえるとさえ思っていた。


 馬鹿な話だ……騙して傷つけた。真実を知ったなら、どうすればわたしをムーダイルが褒めると言うんだ。そんな心の余裕などあるわけがないし、何よりも……わたしにそんな資格なんてないんだ……


「本当なの? みんな死んだっていうのは? 変だと思って、一応街で聞いて回ってみたんだ。やっぱり、本当だったんだね。でも一応ネルちゃんに聞いてみたくて。ディア以外だとネルちゃんが一番詳しいと思って……」


「本当だ。だが、ガーディナスは行方不明だ。死んでいる可能性が限りなく高いが、生きている可能性も一応ある。だから、それで……あの、ごめん……あぐ、む、むーちゃん。そんなつもりじゃなかったんだ。お前を傷つけたかったわけじゃない……ただ、守りたくて、あ、ああ……」


 駄目だ……何を言えばいい。何を言えばいいんだ。わたしはムーダイルに許されようとしている。そんなの自分本位だ。わたしをどう思うかなんてムーダイルが決めることで、許されようとしている時点で、傷つけた事実から眼を背けているようで、胸が痛い。言葉が出ない。涙を止めることができない。


「──ネルちゃんは悪くないよ」


「……え?」


「僕を守るためだったんでしょ? ネルちゃんもディアも、兄さんも姉さんも、誰も悪くない。君のその顔を見れば分かる。君は苦しかったんだ。僕も等しく受けるはずだった苦しみを君が背負った。君がそんな顔をになるほどに苦しかったその時、僕は何も知らず過ごしてた。結局、側にいなかった。あの時も、あの時からずっと……!!」


 ムーダイルの語気が強まる。怒りが伝わってくる。その怒りが向く先は……


「僕が弱いから、弱いと思われてたから、君の側にいる資格がなかったんだ。悪いのは僕だ。君は悪くない。誰がなんと言おうとだ」


 ムーダイルはわたしを許していた。そして自分のことを責めていた。いや、怒り、憎んでさえいた。


「終わらせる」


「え? 何を」


「君を苦しめたもの。この世に邪悪を振りまく全てを殺す剣を作って、もうこんな悲劇が起きないようにする」


「ムーダイル? お前何を言って……そんなことができるわけが、それにわたしはそんなこと……お前さえいれば」


「それじゃ駄目なんだ。あの時、僕は迷うべきじゃなかった。みんなの言う事を聞くべきじゃなかった。君の側にいるべきだった。意思を貫くことができなかった。それは僕の心が弱いから……もう、そういう気持ちから逃げるのは嫌なんだ。だから僕……帰るね」


「ま、待ってくれムーダイル!!」


 ムーダイルは執務室から走り去っていった。この世の邪悪全てを殺す剣を作る。そんなのできるわけがない。いくら最も鍛冶技術の優れたドルガンタルで修行をしようとも、不可能なはずだ。なのに……ムーダイルの表情は真剣そのもので、本気でやろうとしているように見えた。



 それから数日後──ムーダイルは修羅となった。わたしと違いムーダイルは完全な修羅となっていた。世の邪悪全てを殺す剣を作る、ただそれだけを純粋に思い、そのための概念となってしまった。ムーダイルに迷いは一切なかった。わたしと違って、彼は純粋すぎたのだ。説得も呼びかけも意味をなさない。


 ディアもわたしもムーダイルを諦めたくなかった。だから呼びかけ続けた。だがその間もムーダイルは剣を鍛え続けた。ハンマーで剣を叩き続けていた。完全に精霊と化してしまったムーダイルにはもう手で触れることすらできない。力付くで止めることも不可能。剣が完成すれば目的を果たしたムーダイルは消滅することになる。


 そして剣があと少しで完成するかという頃、わたしとディアは決断を下した。罪を重ねたのだ。己の都合で、ただムーダイルに消えてほしくなかったから……


 ムーダイルの未完成の剣を、ムーダイルの魂ごと封印した。封印することで強制的に中断させた。それによってムーダイルは修羅から人へと戻った。


 そして、ムーダイルの心は空っぽになった。消えてなくなるよりは良かったと自分たちに言い聞かせた。


 赤子、それよりも幼い。まっさらな……ムーダイルだった者。呼びかけても反応はない、こちらをじっと見るだけ。ただ、なんとなくの面影を感じる。わたしがそう感じたいだけの、願望かもしれない……


 わたし達はあまりに身勝手だ。わたし達の都合で騙し、追い詰め、壊した。こんなことになるなんて思ってはいなかった。わかっていなかった。だがそれがなんだと言うのだ。


 もうこんな現実を見ていたくない。耐え難い。わたしは……現実逃避をした。ムーダイルはいつか元に戻る。元気になる。その方法は分からないけど、きっといつかできる。そう思わなきゃ……やっていられない……




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