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第34話:霧氷の車輪

ネルスタシア視点の過去編です。



 その日、公開処刑の予定があった。王族の血を引く貴族でありながら、協力的でなかった者。デュランダル・クロツベルグの処刑。デュランダルはハムドールが王位を継いだ時よりハムドールやフルブラッドに対して反抗的だった。しかし、今の今まで殺されることはなかった。


 それはデュランダルがハムドールの数少ない友であったから、ハムドールがデュランダルを殺すことを良しとしなかったためだ。わたしもデュランダルとは古くから面識があった。王城でムーダイルやディアと共にいたずらして回った時、彼に説教されたことだってある。


 デュランダルは弱い父、ハムドールを見下すことはなかった、それ故にハムドールもデュランダルを認めた。だがデュランダルは友としてのハムドールを認めても、王としてのハムドールを認めることはなかった。何よりも、友を思うがゆえに、その背後で暗躍するフルブラッドの存在を許すことはなかった。


 敵対しつつも友情からデュランダルが殺されることはなかった。しかし今日、公開処刑は行われる。完全に自分の意志を失ったハムドールには、それができるからだ。王都の広場の処刑台。その台上に拷問により深く傷ついたデュランダルがいた。その表情に憎しみはなかった。デュランダルは感情を失ったハムドールの顔を見て、ただただ、哀れんでいた。


 民衆はその光景を見て、暗澹とした、という段階を超えて絶望していた。王がついに友を無感情に殺す。妻子を殺し、側近を殺し、それでもまだ友が生きていた。そこに、まだ少しばかりの人間性を見出す余地があった。だがそれが完全になくなる。一分の希望もない、これより先は、誰であろうと死ぬ。慈悲はなく、服従すら絶対の安全地帯になりえない。


「デュランダルよ、最後に言い残すことはあるか?」


 近衛兵に囲まれたハムドールが見もの席からデュランダルに問う。


「君と物語の話をして、将来の不安から目をそらすのが好きだったんです。後ろ向きな気持ちを馬鹿にしない、君の側は、実に居心地が良かった。だがそんな友はもうどこにもいない。王もいない。王座に幻影を座らせるだけの空虚な支配。そして、お前を操る蛆虫も、お前を想ってはいない。もう……ただ一人、ただの一人だ」


「そうか、では刑を執行しろ」


 ハムドールが淡々とした口調で刑執行の合図を送る。兵士にギロチンへと固定されるデュランダル。そうしてすぐに、ギロチンは、デュランダルの首を断ち切った。民衆は絶望に染まり、その瞬間、赤い光がハムドールの周囲を漂い、地面から空から、赤い光がハムドールへと伸びていった。


「ははは、いやぁこれでワタシ達の勝ちですねぇ。結局、目的は果たせてしまった。ここで復活が成るのも、予定通り。もう終わりです。ジーラギガスはここに復活しましたぁ!」


 赤い光の流れが収まった。ハムドールがいたその場所には、角の生えたワニのような化け物がいた。ジーラギガスが復活した。この異界の大悪魔を復活させるために、フルブラッドはこの国を混沌に陥れた。目的を達成したのだ。


 だが、それはハムドールとフルブラッドの勝利を約束するものではない。


 民衆に紛れ込み、隠れ見守っていたわたしはトラーケンの兜を被り、跳躍して処刑台まで移動し、そのままの勢いでギロチンを破壊した。デュランダルの体と離れてしまった頭を拾いあげ、繋げる。私はポケットからメダルを取り出し、魔道具としての機能を発動させる。


 デュランダルの頭と胴は完全に繋がり、意識を取り戻す。カイラキア達から借りた上級回復魔法の魔道具は、デュランダルを蘇生した。フルブラッドも民衆も唖然としている。何が起こっているのかまるで理解できていない。


「と、トラーケン!? なぜ今のタイミングで……なぜだ、なぜ今来たんですかぁ? デュランダルを救えるタイミングならいくらでも……」


「悪いなデュランダル。お前には死んでもらった。あの悪魔を、ジーラギガスを殺すためにわたしはここにやってきたんだ」


「トラーケン? あなたは……一体? これはどういう……」


 困惑するデュランダルとフルブラッド。わたしは気にせず民衆の方を向き、トラーケンの兜を脱ぎ捨てた。


「わたしはネルスタシア。ネルスタシア・アイラ・ダン・アステルギア。逆賊ハムドールの子、王族に連なる者。そして、逆賊ハムドールを殺し、アステルギアに光を取り戻す者。フルブラッドの野望を打ち砕く者。またの名をトラーケン、地底異海の怪物の名を借り受けた、レジスタンスの首領である」


 民衆に宣言した。ハムドールと戦い続けてきたレジスタンスの首領。トラーケンの正体は自分であると。その瞬間、一陣の風が通り過ぎる。風が私の髪を大きく靡かせる。わたしの宣言に民衆の目に光が戻る。


「ね、ネルスタシア様? そんな、これは現実なのか? 私は首を切られ、あの世の幻想を見ているのでは……」


 意識を取り戻したものの、今だ混乱しているデュランダルの手枷を剣で叩き壊し、自由にした。


「はは、トラーケンはやはりネルスタシアでしたか。そうではないかと思っていました。まるで想定外ではないぃ。結局ワタシの目的成就を妨げることが叶わなかった無能が、カッコつけちゃってねぇ? お前に付き従った民が報われない。こんな無能に従って命を失って、結局失敗したぁ!!」


「民はここにいる。死んでいった者たちはここにいる。わたしの魂と共にある。ただ一つの悲願を、すべての戦士の魂が、願い、わたしに託している。だから……ここでお前達を斃す。それができる。何故なら、今ここにいるお前達は幻影でなく、肉を持つ。本物だからだ」


 わたしは今までために溜め込んだ憎悪を込めてフルブラッドを睨みつける。フルブラッドはわたしのプレッシャーに耐えきれず後ずさる。


「だからなんだって言うんですよぉ。ジーラギガスに勝てると思っているんですかぁ? ジーラギガスと戦うだけの力があったとしても、戦っている間に、王都の民は余波で全滅するだけ。民のためにすべての民を犠牲にする? はは、酔狂なことです」


「フルブラッド、お前はなぜ、今日この場所で、肉の体で、ここへやってきた? それはトラーケンが、レジスタンスが王城を襲撃する計画を進行させていると知っていたからじゃないのか? レジスタンスの目が向いているのは王城であって、公開処刑の会場である広場ではない。急遽決まった。処刑日に対応することは叶わない。


 さらに言えば、今までの経験からレジスタンスは自分達が肉の体を実際に表に出したとしても、それを勝手に幻影だと思い込む。だからリスクはない。ジーラギガスが復活してしまえば、それで自分達の勝ち、ここで復活が成ることもレジスタンスは知り得ない。そう思っていたからじゃないのか?」


「は? アナタは何を言ってるんですか?」


 フルブラッドの顔から血の気が引いていくのがわかる。元々の顔色の悪いフルブラッドの顔色がさらに青ざめる。


「王城の襲撃を計画していたのは本当だ。少なくとも、そのための準備をしていたことは本当だ。だがな、それはブラフだ。お前達には異常な情報収集能力がある。しかし例外がある。例えば、ネルスタシアがトラーケンであると確信を持てていなかったこととか、ディアミスがお前を殺すために協力関係にあったこととか。その例外である者に、お前を殺すための計画をすべて、すべて集中したとしたら?」


「例外? あ、ああ……え?」


 民衆の中から一人、少女が出てきた。深く被ったフードを脱ぎ、少女は、ディアミスは詠唱を始めた。


「なっ、あいつはディアミス!? 何を──」


「──神龍の肋、血糸編み、開闢を包む檻。頂きの戦を闘神ガーダインに捧ぐ。生と死が決するまで、世に触れること叶わず。これは聖戦である──最 終 闘 神(コロッセウムオブ) 闘 技 場(ガーダイン)


 ディアミスが詠唱したのは、闘神ガーダインの闘技場を召喚し、聖戦を行う儀式魔法。詠唱が完了すると、広場の何もない空間からどこからともなく大量の骨と血管が顕現し、それらは折り混ざり壁を構築する。壁はドーム状の一つの空間を生み出し、この聖戦の参戦者のみを閉じ込めた。


 赤と青に光り輝く血が、壁を循環する。その光に照らされた内部は、陽の光が完全に遮られていても明るい。


「ば、馬鹿な、最終闘神闘技場!? あれは両陣営が聖戦を行うことを了承しなければ、儀式を行うことができないはずですよぉ? ワタシは、そんなの了承した憶えありませんよぉ!?」


 狼狽えるフルブラッド、隣りにいるハムドールだったワニの化け物は無感情にこちらを見つめている。


「聖戦は戦士の魂が決着を望むことで起こる。レジスタンスも、お前に操られて死んでいった兵士達も、決着を望んでいる」


「へ?」


「お前は兵士達の肉体を無理やり従わせていたに過ぎない。魂は誰一人、お前達に服従していない。その生を終え、自由意志を取り戻した魂が思う願いは一つ、最初からずっと同じだった。この国を暗黒の時代へと追いやった貴様らを地獄へ叩き落とすこと。この時代に終止符を打つこと。


 お前とハムドール、それ以外のすべての生きた命が! 死んでいった命が! この聖戦を望み開戦を認めたのだ!! お前に付き従い、お前のそばにいる兵士達すらも認めている。言葉を紡ぐこと叶わずとも、願っているんだ!!」


 私がそう言い切ると、フルブラッドを囲む、兵士、近衛兵達は僅かにだがカタカタと震えた。彼らが剣を構える、震えるその剣先が、私に魂の声を伝えた。これは悲願であると。終わらせてくれと。


「ね、ネルスタシア様。細かな事情はまだ理解が追いつかないのですが、ここにいるということは、わたくしの闘志もまだ死んでいなかったということでしょう。わたくしも共に戦います!」


 デュランダルもこの闘技場の内部へと呼ばれたのは予想外だった。幽閉、拷問され、友に処刑を言い渡されても、この男の正義感と闘志は死んでいなかった。上級回復魔法で拷問によるいくらかの傷は癒えたが、それでも数年間のダメージの蓄積は消えるものではない。それでも、それでも戦う。自分の体のことなど、この男の頭にはないようだった。


「強い、いや少し不器用な男だな……お前は。だが、ありがたい。こちらの戦力はわたしとディアミスだけだからな」


「な! 二人だけで、あの大群を相手するつもりだったのですか? そんな無茶な」


「無茶でもそれ以外の勝ち筋がなかったからな。わたしとディア以外の誰かを連れ出した瞬間に、計画が露呈し、この聖戦を起こすことはできなくなる。それに、勝つ算段は用意してきた。この日のためにずっとな」


「ふん、口ではなんとでも言えます。ワタシ達を守る近衛兵の性能をあなたは舐めすぎなんですよぉ。洗脳によって強制的に鍛え上げただけではない!! いけ! お前達!!」


 怒るフルブラッドが近衛兵達をわたしに向けて突撃させる。近衛兵が魔王幹部クラスの性能を持っている。そうした想定はしていた。だが、兵士たちの動きは、その想定以上だった。魔王クラスとはいかずともその一歩手前、そんな領域に思えた。


 それほどまでに早く鋭い動きだった。地を蹴り、空さえも蹴った。近衛兵達は変則的な空中戦を仕掛けてきた。確かに、一見するとわたしとディアミスの戦力だけでは厳しいように見える。ガーディナスがいたならこれもどうにかなったかもしれないが、彼はこの場にいない。


「──カタラクト・ベール」


 ディアミスの発音詠唱が響く。その瞬間に近衛兵達は何もないはずの空間と”激突”した。激突した瞬間、その場所が青く発光し揺れた。青い光は波紋のように広がり、その存在を認識させた。それは、ディアミスを中心として、わたしとデュランダルを包み込むように展開されていた。


「カタラクト・ベール……城塞防衛のための最上級音魔法。それを単体で行うとは……これが魔法系勇者の、ディアミスくんの力……」


「だからなんだと言うんです! ならば攻め方を変えればいいだけだってんですよぉ!!」


 フルブラッドの叫びに呼応するようにして、近衛兵達が無詠唱で光魔法による熱線を発射した。


「──アイシクル・バウンス」


 ディアミスが発音詠唱を完了した瞬間。大量の氷の欠片が大気中に発生し、それらは意思を持った生物であるかのように動き、集合、球体へと形を変え、近衛兵の放った熱線のすべてを反射、分散させることで無効化した。


「なんと!! 対光最上級水魔法!! しかもカタラクト・ベールを維持したまま!!」


 ディアミスによる最上級魔法の同時詠唱に驚きを隠せず、興奮するデュランダル。驚いた者はデュランダルだけではない、フルブラッドも焦りを隠せず、冷や汗を垂らす。


「ブレイク! サーキュレータ・ブリッド・マテリアライズ!!」


「え? な? わたくしでも聞いたことのない魔法と構築が……!! 一体何が起きているのですか!?」


 ディアミスの生み出した氷の集合体は氷から水、水から氷への変質を繋ぎ目なく繰り返し、カタラクト・ベールを飲み込み融合した。音魔法と水魔法の完全融合。それは一つの魔法として形を持った。


「──スレーズゲルミル!!」


 ディアミスの生み出した振動する霧氷は、大木のような巨人の上半身を形作り、顕現した。振動のさじ加減によって濃淡があり、強く振動する部分は不透明だが、振動の弱い部分は半透明だ。


「あ、あああああ!!! クソっ!! そんな!! なんなんですかほんとにぃ!! さっさと有効打を探しなさいよぉ!!」


 フルブラッドがスレーズゲルミルの弱点を探すため、分析するため、様々な種類の攻撃魔法を近衛兵や兵士達に発動させる。しかし火の魔法はスレーズゲルミルへと届く前に消え、風魔法は音によって弾かれ、さらには凍った。土魔法によって足場を崩そうにも、土は凍り、音によって砕かれた。


 そしてその分析すべてに代償があった。ディアミスによって魔法が妨害されるついでに、霧氷は兵士と近衛兵の体内へと侵入し、体内から臓物のすべてを切り裂いた。


 ある者は目から、ある者は耳から、口から、鼻から、傷口から、接近しすぎた者は霧氷に皮膚を食い破られ侵された。まるでディアミスの相手になっていなかった。敵の攻撃全てを無効化し、カウンター。


 質の高い兵隊、数もある。だが意味はなかった。


 このディアミスの試練を突破できない者、格の劣る者は、その場に存在しないのと同義だった。


「あああ!! 馬鹿な馬鹿な馬鹿な!! そんな複雑な魔法を人の身で扱えるはずがない!! そうだ!! 魔力も体力も持つはずがないんですよぉおおお!!」


 絶望から泣きわめくフルブラッド。まだどうにかなるはずと、希望を探していた。絶望を与える側として君臨していた邪悪が、希望とも呼べぬ願望にすがり、意識を保っていた。


「魔力も体力も持たない? 複雑過ぎる魔法を制御できない? 全部、お前の願望だよね? まぁある意味間違ってはいないよ。私はこの魔法をせいぜい12時間程度しか維持できないし、永遠には程遠い。まぁ、別にその間、他の魔法も使えるし肉弾戦だってできるけど」


「嘘だ嘘だ嘘だ!!! そんなのでまかせだ!!」


「ジーラギガス!! なんで動かない!! このままだとワタシもあなたも殺されてしまいますぅ!!! あああああああ!! 何が大悪魔だ!! 動けよこの無能!!」


 フルブラッドは戦闘が始まってからまるで動かないジーラギガスを希望とし、すがろうとした。しかしその相手を罵倒し、精神的にまいっているのが分かる。


『なぜだ? なぜワシが貴様のために動かねばならんのだ。貴様が勝手に呼び出しただけであろうが。それに、貴様らが滑稽に滅ぶ様は、寝起きの余興に丁度よいわ』


「なんだと!? クソが!! ふざけやがって!! はは、でもアナタが言うことを聞かない可能性、そんなの対策済みなんです!! 依代となったハムドールの体に支配魔法を仕込んであるんですからねぇ!!」


 フルブラッドが手をジーラギガスにかざし魔法陣を空に展開させる。無発音詠唱による支配魔法が発動された。


『なるほど。それで体が勝手に動こうとしよるわけか。あの兵隊共に勝手に魔力を吸われるのも、依代がまだワシの中で生きておる故……しかし、貴様本当にワシに支配魔法が効くと思っているのか? そも異界から解き放たれた時点で、依り代の役割などないに等しいというのにな。この体はただの異界からの扉よ』


「そんな……支配が! 支配が効かない!? 神託ではこの魔法で支配できると……」


『神託……? ふむ、支配がなぜ効かないのか? 貴様はその神託とやらをよこした者に騙されておるようだな。まぁワシが解き放たれた時点で、一切合切を滅するのは確定事項。最初から貴様は捨て駒。敵に殺されるかワシに殺されるかの違いしかないのだろう。哀れよのう。ハハハハ!! まぁこれも余興。貴様があの者らを倒して見せればお前を見逃してやろう』


 ジーラギガスの言葉にフルブラッドは怒り、当惑し、大口を開けて固まっている。しかし、怒りにより、闘志を取り戻したのか、フルブラッドはわたしとディアミスを睨みつけてきた。


「何? まだ戦えると思ってるの?」


「黙れぇ!! こっちだってあの分析で分かったことがあるんですよぉ!! その魔法は闇と鉄の属性に対してはさして有効でないことはねぇ!! ダメージを軽減できても、完全な無力化はできていなかった!!」


「おい、フルブラッド。お前何か勘違いしてないか? スレーズゲルミルのすべての動きはほとんど自動制御だ。そしてディアミスは発音詠唱魔法よりも無発音詠唱魔法の方が得意だ。そのディアミスがお前が分析とやらとしている間に何もしていないと思うのか? 巨人が完成する前から、無詠唱による魔法構築を行っていたとしたらお前はどう思う?」


「は? ──」


 私がフルブラッドに状況を説明するが、理解が追いつく前にそれは起こった。スレーズゲルミルから一筋の水が糸のようにフルブラッドの額に伸び、接触した。そうして水がフルブラッドの額に触れた瞬間、額に穴が空き、水が内部へと侵入した。


 ──ガォオオオオオオオオオオオオン!!


 化け物の雄叫びのような乾いた轟音が、湿っているはずの、フルブラッドの体内から発せられた。それと同時にフルブラッドの全身に穴が空き、氷の棘が突き出てきた。氷の棘は皮膚の下に生き物がいるかのように動き、スレーズゲルミルと同じく、水と氷の変質を繰り返し循環している。そうしてまた乾いた轟音が響く、何度も、何度も。


「あぎゃああああああああああああああ!!!?????????」


 苦痛に叫ぶフルブラッド。全身に穴が空いてもフルブラッドは生きていた。全身に穴が空いているはずだが、血液が一滴たりとも漏れ出ない。


 ──ザクザクザクザクザク!


 今度は突き破るような音が響く。氷の棘によりフルブラッドの穴が増える。それは急速なスピードで繰り返され。すべての穴が繋がってしまった。皮膚があった場所はすべて赤い氷に置き換わっていた。


「あ、ああああ、あがあああ!!!??」


 ──しかしそれでも、フルブラッドは生きていた。人の形をした氷は生きていた。


「もしかして死にたいの? でも肉体的に死ぬのは無理だよ。だって死なないように回復するし、今、最適な形に整えてるんだからさぁ」


 ディアミスは氷人間となって地に倒れたフルブラッドの元へと歩き、見下ろした。フルブラッドのすぐ側にジーラギガスがいることなど眼中にないようだった。


「ずっと、ずっとお前を殺す方法を考えてきた。どうやって殺すのがいいかってね。お前以外の命を殺して、殺して、殺して、歪んでいった私はもう……ただお前の命を奪うだけでは満足できないんだよ。地獄の苦しみを与えたかった。比喩じゃない、本当の地獄の苦しみを与えたかった。だからずっと研究した。永遠の苦しみを与える方法を。


 だから永遠の力を手に入れた、不完全魔力の力をね。この魔法は、永獄の車輪はずっとループする。一度発動したら永遠に続く。お前の肉を壊し神経を鋭敏化させ、回復して、お前の痛みの記憶!! その音を記録し!! 精神体!! 魂に音で響かせる。魂に振動を刻み込み、刻み込むところがなくなって!! 魂がバラバラに砕け散るまで!! 苦痛は続く!!


 まぁでも。それだと時間掛かりすぎるから。仕上げをするね。



          ──チープ・ヘイスト              」



 チープ・ヘイスト。それは魔法運動を加速させる魔法の中でも最も簡単なもの。補助魔法であれば最初に覚えるようなもの。効率は劣悪、これを使うぐらいならより上位のヘイスト系魔法を覚えたほうがよく。実質的に子供に魔法を教える触りのための魔法でしかない。しかし、この加速魔法に加速の上限は存在しない。効率は劣悪であるものの、魔力を注げば注ぐほど、魔法の加速が可能となる。


 わたしの全魔力を使えば一瞬だけだが魔法運動を通常の200倍程度にできるだろう。だがディアミスはわたしの持つ全魔力の軽く300倍の魔力をチープ・ヘイストに使用した。だというのに魔力切れの気配もまるでない。その時わたしは自覚した。ディアミスは人の領域を超えている存在だと。勇者、そんな一言で説明がつく領域ではない。きっと魔王ですら、ディアミスからすれば子供程度の魔力しか持っていない。


 12時間というスレーズゲルミルの発動持続時間は、魔力の問題ではなく、単純な体力と精神力による制限だった。6万倍の魔力運動の加速。その状態が10分程度続いた。


 ──ピキ


 魂が砕け散るその時まで終わらぬ永遠の魔法が停止した。フルブラッドの氷の体は縦から真っ二つに割れ、フルブラッドは絶命した。肉体も魂も、砕け散った。


『貴様には悪魔の才能があるな。部下にしてやってもいい。どうだ?』


「暗殺の神の先約があるから無理。それに、お前もここで潰すから」


 ジーラギガスはディアミスに勧誘を断られると、ついにその重い腰を上げ、ディアミスの眼前に立ちはだかった。




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