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第32話:クロスブレイド



 ガーディナスが消えた日、コマルンはネルスタシアと予定通り話し合いを行った。フルブラッドに移動ルートを知られていたことを考えて、別のルートを考え、移動した。そのため予定よりも遅れてたどり着いたが、責める者はいない。ネルスタシアも大雑把に事情を把握していた。


 コマルンはダイザーとアステルギアの完全自動式魔導機の技術共有と、同盟のことについて、ネルスタシアに話した。


「しかし、状況が変わりすぎたな。ガーディナスが消えた今、おそらく状況は悪くなるだろう。あいつは民衆の希望だった。皆理解していることだろう。ガーディナスはフルブラッドによって排除されたとな。神話の化け物と渡り合える存在が敗北した。この事実は民衆の心に大きく影を落とすだろう。このままいけばあと一歩のところだったが……クソっ……!」


 ネルスタシアは怒りから手に力が入る。木製の机に指が突き刺さり、表面は割れた。


「こんな状況になってしまっては……! ダイザーとの同盟など……」


「確かに、こうなってしまっては父との交渉は難しいものになるでしょう。ですが! 私と、私の部下と友はガーディナスさんに命を救われたんです!! 私達が生き残って、アステルギアに希望が残ることを期待して!! ……こんなに悔しい気持ちになったことはありません! これは私の使命です。ガーディナスさんから託された、私達のやるべきことなんです。


 だから、私は絶対に父を説得します。これは、私の意地です。そんなもの、私には存在しないと思っていた! ずっと、そういったことを馬鹿にして生きてきた、偽物の、汚れた自尊心ばかりだと……だから本物のそれを持ったあなたに、ネルスタシア様に憧れた。しかし、今この私の胸の中にある、焼き付くような痛みは……きっと、あなたと同じもの。私はこれで、あなた方と同じ景色が見えるようになったのかもしれません。


 ダイザーがどう動くかはわかりません。ですが、私個人は命を掛けて、このアステルギアのために働くことを誓います。だからネルスタシア様、希望は捨てないでください」


 コマルンは大泣きしながら、涙を拭いながら、ネルスタシアに誓った。


 ガーディナスは表向き水の魔王の生死を確認するための調査に向かい、そのまま帰ってこなかった。ということになっていた。フルブラッドの出したこのお触れを信じる者はいなかったが、ガーディナスがフルブラッドによって排除されたという現実は民衆から希望を奪った。レジスタンス活動は少しずつ下火になり、ガーディナスが消えたことにより、ダイザー以外の他国の資金、人材の提供も滞った。


 これによりレジスタンスは規模の縮小を余儀なくされた。状況を好転させる要素もほとんどない、コマルンがダイザー王と熱心に交渉を行っているがあまりうまく行っていない。資金と人材提供を継続するだけに留まった。レジスタンスが弱体化すると共に、フルブラッドにつく邪悪な貴族や商人、犯罪者も力を取り戻していった。


 国内から逃げ出そうと考えるものが増え、亡命を試みるものもいたが、フルブラッドは邪悪な配下と共にその者たちを捕らえ、魔物の脅威に晒される他国へと戦奴隷として売り飛ばした。本来であるならば、肉壁程度にしかならないはずが、亡命を試みた者たちの中にはレジスタンスで活動したものも多く、彼らは売り飛ばされた地の戦場で活躍してしまった。安く、戦闘力の高い奴隷が手に入るという噂話が流れ、アステルギアの奴隷は大人気になってしまった。


 フルブラッドはそうした需要のある国を味方につけ、ハムドールのアステルギアと敵対する国を牽制していった。こうしたこともあり、国から逃げることを選ぶ者は減った。それでも亡命を試みるものはいたし、実際に一部は亡命に成功するものもいた。こうした流れで他国への移動は規制され、フルブラッドの認可を受けた者でなければ他国への移動はできなくなった。


 そして、規制をくぐり抜けることのできる暗殺者ギルド国家であるフォースリアはネルスタシア達、嵐の亡霊との結びつきを強くした。動きづらくなった状況で、ネルスタシア達のできることはあまり多くない。ネルスタシアは配下を使い、地道な背後関係の洗い出しとフォスーラの腕輪の詳細やフルブラッドの居場所の調査をした。報告にあがるほぼ全ての詳細を記憶し、今では仕事場である王城の目に入る全ての人の交友関係から主義趣向、活動範囲を把握していた。


 そうした情報を元に汚職を見つけ、脅迫することで配下にし、配下にならないものはフルブラッドに報告し処刑させた。そうした成果をあげるうち、ネルスタシアの王城での地位は上がっていき、王城内でも一つの派閥が出来上がっていた。ガーディナスが消えたことで余裕のなくなったネルスタシアは敵対者に対してあまり手段を選ばなくなった。


 ディアミスとフェルトダイムは古代遺跡の調査を行い、古代の魔道具を入手、その研究を行っていった。


そうして一年の時が経ち、二年の時が経ち、ディレーナが16になると、ディレーナは魔王討伐に向かった。討伐対象は鉄の魔王、ディレーナは鉄の魔王の城に侵入することに成功したが、そのまま帰ってこなかった。


 そして、ネルスタシアが14になる年、フェルトダイムが16になる年がやってきた。


「ネルちゃんが王城で権力を伸ばしてくれたおかげで、ダイザーとの同盟もどうにかなりそうだね。ほとんどハッタリだけど外部の存在からすれば、ネルちゃんがフルブラッドと戦う上で役立つように見えるだろうから。でも、ちょっと困ったことになったね。むーちゃんが来年留学から帰って来ることになるなんて……来年むーちゃんは16だから、アステルギアにいなくてもドルガンタル周辺に魔王が現れれば危険だけど……この国にいるよりはまだ安全だろうから……


 僕らはずっとむーちゃんに嘘をついてきた。家族があれから何人も死んだり消えたりしたなんて聞いたらきっと、むーちゃんはすぐにでもこの国に帰ってきてしまうから……嘘がバレないように、どれだけ死んでも手紙を書く人が変わらないように、一番年下のディアに嘘を書かせて……今でもむーちゃんの中では、ガーディナス兄さんもディレーナもこの国にいる。そして僕が今年死んでも、むーちゃんがここに帰ってくるまでは……そのことを知らない」


 時が経ち、フラグライト家の者とネルスタシアが会議に使用していた秘密の洞穴も、今はネルスタシアとフェルトダイムしか使用していない。寂しくなった、湿った空間でネルスタシアとフェルトダイムは報告会をしていた。


「フェルトダイム……それはわたし達で決めたことだ。お前だけの罪じゃない。お前の気持ちはわかるさ。ムーダイルは元から鍛冶の才能もあったんだろうが、予定していたよりも何年も早く鍛冶学校を卒業することになったのは、きっとあいつが早くこの国へ帰って来たいからだ。その思いが分かるから……お前は……わたしはお前の命も諦めて……ひぐっ」


「泣かないで、ネルちゃん。勝つためだ。僕はきっと死ぬけど、僕は勝てると思ってる。それだけの積み重ねを僕たちはしてきたから。僕はむーちゃんが生き残ればそれでいいんだ。むーちゃんは僕を許さないかもしれないけど、それでいい。まぁでも、僕としては君とディアが心配かな。特にディアだ。あの子はもう……人として取り返しがつかないところまでいってしまった。完全にフォースリアに染まってしまった。


 そのディアを利用している僕もネルちゃんも、綺麗な身とは言えないね……綺麗事といかない現実だとしても、守るべき一線があったはずなんだ。でも、もう……僕たちもディアも止まるわけにはいかない。レジスタンス達も大勢死んで古株はほとんどいない。僕らに協力したから……勝つための責任が、僕らが止まることを許さない」



 ディアミスは暗殺ギルド国家フォースリアの次期首領候補として、フォースリアの所属になった。旗色の悪くなった嵐の亡霊に対し、フォースリアは協力に対価を求めた。求めた対価は、ディアミスの暗殺者としての才能だった。フォースリアの現首領であるザビスは優れたリーダーだったが、自身の後釜、次代を担う人材がいないことを憂いていた。そこに白羽の矢が立ったのがディアミスだった。


 ディアミスはガーディナスが消え、状況が悪化してから、個人の意志で暗殺と拷問を行うようになった。フォースリアに対する背信行為をする暗殺者ギルドの者を脅迫し、門外不出であるはずのその方法を学んだ。それはフォースリアにも当然露見するが、首領ザビスはディアミスを責めるどころか評価し、感謝状を送った。ディアミスの才能に期待するザビスはディアミスとネルスタシアを呼び寄せ、交渉を行った。


 ディアミスはザビスのフォースリアの次期首領になれという提案をあっさりと飲んだ。ネルスタシアは反対したが無駄だった。こうしてディアミスが正式にフォースリアの所属になると、ネルスタシアが収集した正確な情報を元に、ディアミスが暗殺を実行する。そんな仕組みが出来上がっていった。


 二人の暗躍により、フルブラッドの配下の者に優秀なものは徐々にいなくなっていった。死なずともディアミスの拷問を受けた者は再起不能になり、廃人となった。そうして情報を辿り続け、ついにフルブラッドの狙いの一つが明らかになった。


「フルブラッドはジーラギガスっていう封印された異界の大悪魔を顕現させようとしているみたい。なんでそんなのを顕現させたいのか、なぜアステルギアでなのかは分からないけどね。人の苦痛や絶望を糧に異界の封印を解くみたいだけど、拷問で得た情報によると、すでにその条件を満たしつつあるみたい。ここ最近公開処刑や殺しが多かったのはそういう背景があったんだと思う。それと……」


「そうか、私達が公開処刑に仕向けた者やお前に殺された者、拷問を受けた者の苦しみや絶望も糧になっていたということだな。ヤツを追い詰めていたのは事実だが、別方面ではヤツを助けていたことになる。敵だけでなく我々も過激になったことで異界の封印の解除が早まった。となれば、元から憎しみを煽るように動いていたフルブラッドのやり方にも納得がいく」


 ネルスタシアは王都の錬金学校、ディアミスの研究室でディアミスからの報告を聞いていた。ディアミスはガーディナスの件があってから暗殺者としての腕を磨くだけでなく、フルブラッドを殺すための研究を錬金術方面から行っており、フォースリアの人材を活用して研究室の一つを半ば奪う形で占有していた。


 しかしそれに反発するものは、錬金学校でもあまり多くなかった。まだ12であるディアミスだったが、すでに錬金学校での学業をマスターしており、フェルトダイムと共に行っていた古代魔道具、宝具の研究分野において成果を上げていたからだ。貴重な古代の遺物の知識を得たい他の研究者達は古代遺物の調査を引き換えに、ディアミスの権力拡大を許した。


 ハムドールやフルブラッドは錬金ギルドを軽視していた、というより弱体化を狙い不遇な扱いをしていたために、錬金学校内でもハムドール達の人気がなく、彼らに協力しようとするものはほとんどいなかった。こうした背景から錬金学校の者達はディアミスの配下のような存在になっていた。


「あとこれ、フェルト兄さんからネルちゃんに渡すように頼まれていたものだけど」


 ディアミスがネルスタシアに硝子のような材質のナイフを渡す。ナイフの刀身には古代の文字が刻まれており、ネルスタシアが手にした瞬間、文字が黄金に光った。


「これは……一体?」


「魔返しの鏡のあった場所、トラリス遺跡。その隠し部屋に黄金の宝剣が封印されてることが分かったの。これはその隠し部屋の封印を解き、道標となる鍵。王の資質に反応して道を示す。その導きに従えば、多分……地神霊グラノウスと接触することができるはず。力を借りられるかどうかはネルちゃん次第だけど」


「まて、黄金の宝剣だと? あれは王城の宝物庫にあるはずじゃないのか?」


「あれはレプリカで本物じゃない。レプリカだから今まで初代の王以外は黄金の宝剣を使えたことがないんだよ。もしかしたら他の理由もあるかもしれないけどね。黄金の宝剣の隠し部屋は一度も封印が解かれた形跡がない、おそらく他の王は隠し部屋に入ることを拒否されたんだと思う。その鍵にはしっかりと書いてある。”真に王たる資格を持つ者にのみ、道を示す”ってね」


「黄金の宝剣に門前払いされたことを言えないがためにレプリカを用意したのか……だが、わたしが隠し部屋にたどり着ける保証は……」


「やれるよ」


「え?」


 ディアミスは確信を持った表情で、ネルスタシアに言った。


「グラノウスの言う真の王は、私達の言う王とは意味が違う。王族はヒト族とは別の種族、王族は王として様々な国を統治しているけれど、グラノウスの言っている王は全く別の意味。古代での王の意味を考えるなら、他者のために命を賭し、人々を導き、前進する覚悟を持つ者、という意味。王族であるかどうか、土地を支配し、王と呼ばれているかどうかは全く関係がない。


 真の王、これは古代での王の持つ意味を、より強く持つ者のこと。ネルちゃんは、覚悟決めてるから。ずっと前から、お兄ちゃんとアステルギアの民のために命を掛ける覚悟を決めてるから、やれるよ。ネルちゃんが前に進むなら、必ず道は開かれる。私は確信してるの。建国以来どの王も手にすることができなかった黄金の宝剣を使う者がいるとすれば、それはネルスタシアという王の他にはいないって」


 ディアミスは真っ直ぐ、ネルスタシアの目を見つめて言い切った。そこには一切の迷いはなく、ネルスタシアもその思いを噛みしめるように目を閉じると、ゆっくりと息を吐き出した。


「お前にはそう見えているんだな。不思議な感じだ、仲がいいのか悪いのか。だがわたしとお前は最早、運命共同体、切っても切り離せない。わたしはお前の言葉を信じる」


「ずっと側で見たきたから……嫌でも分かる。ネルちゃんは私とは違って、良い形で人を導いていける。例え憎しみで視界が閉ざされてしまうような現実の中でも、あなたはまだ人の心を忘れていない、醜い現実に穢されても、目指すべき未来がずっとブレていない。私の目にはもう未来は見えない。ただ敵を殺し、絶望に叩き落とすことしか見えない。


 まるで悪霊のようにお兄ちゃんの幻影を追って、世界に痛みをばら撒いていくだけ。幸福な未来を目指すことも、想像することもできない。そんな者の導く行き先は地獄に決まってるから……」


 ネルスタシアは痛々しいディアミスの姿を見ていられず、目を背ける。しかし、その手をディアミスの手に伸ばし、強く握りしめた。


「お前はひとりじゃない、いつか……いつかお前にも憎しみ以外の景色が見える時が来る。どれだけ時間が掛かっても、わたしがその景色を見せる。それが共犯者であるわたしの責任だ」



──────



 それから程なくしてフェルトダイムは魔王討伐に旅立った。対象は水の魔王。水の魔王も鉄の魔王と同じく根城に引きこもっているだけ、攻めて来る様子はない。しかし、調査の命令が下れば、フェルトダイムは断ることができなかった。直接水の魔王が攻めてくることはなくとも配下の魔物がアステルギアに侵入し、被害が出ているのは事実だったからだ。


 水の魔王の城はフェルトダイムによって完全に破壊され、その配下もそのほとんどが葬り去られたが、勝利したのは水の魔王だった。魔族達の間では、水の魔王はあと一歩でフェルトダイムに殺されるところだったという噂話があった。事実、水の魔王は戦闘後しばらく動くこともままならなかった。傷を癒やし、配下を増やすまでに一年の月日を要した。フェルトダイムに破壊された城を再建し、二度と破壊されないように堅牢な構造に強化し、それは最早城と言うより要塞となっていた。


 それから水の魔王シルトロードは二度と城を出ることはなかったという。


 ネルスタシアはフェルトダイムのためにフルブラッドを打倒し、アステルギアを取り戻す計画を早めることはなかった。フェルトダイムは確実な勝利を求めた。弟と妹が生き残ることを願った。ネルスタシアはフェルトダイムの願い通りにフルブラッドの確実な殺害を目指した。


 長期化した抵抗活動によって煮詰まっていったレジスタンス達のネルスタシアへの忠誠心は揺らぐことがない。狂信にも似た崇拝があった。それはネルスタシアとディアミスの鍛錬のための模擬戦であったり、敵拠点の襲撃を成功させることで育まれていったものだ。ここ数年でネルスタシアもディアミスも剣の鍛錬に打ち込んでいた。王城で権力を手に入れたネルスタシアは配下に仕事を任せることが可能になり、派閥内の仕事の効率化を行うことでその鍛錬時間を捻出した。


 王城で頭角を現したとはいえ未だ14、子供で大したことはできないと、事実を知る者以外に疑われることはなかった。同様の理由でディアミスが疑われることもなかった。しかし、年若く修羅場をくぐり抜けてきたこともあり、武力、知力、胆力、権力、経験で二人に敵う大人などいなかった。よくてどれか一つ越えているものがあれば優秀な存在だった。


そして、ついにムーダイルが王都へと帰郷する年、ネルスタシアが15となる年がやってきた。

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