第31話:地獄の釜
三人称視点の過去編です。
フラッチャとガーディナスの再会から二日、コマルンは本国から大臣の一人をアステルギアに呼び寄せた。大臣は表向きダイザーとアステルギアの交易関係の交渉に来たということになっている。実際はハムドールではなくネルスタシアがアステルギア王であると、コマルンがダイザー王に認めさせるための事前準備に呼び寄せた。
大臣は視察を名目に王都の酒場ギルド本部にやってきた。このギルドはコマルンがアステルギアで活動するための拠点であり、普段は酒場としても賑わっている。しかしギルド内部は今、大臣の護衛とギルドレジスタンスだけが存在する状態となっていた。そもそもの人が多く、普通の客は入る余裕はなく、実質的に人払いされた状態だ。
そんな中、酒場ギルドの二階にあるVIPルームでコマルンと大臣は事の詳細を詰めていた。
「ふむ、わたくしも王子の提案には賛成です。しかし、王が認めてくださるかどうか……少し説得力というか、実利的な部分がなければ難しいでしょう」
「もちろんそれは当然だね。だからこそ私もそういったメリットを考えてみた。このアステルギアは錬金術の発展した国で、加工難度の高い錬金素材を扱うことに長けた国なのはよく知られていることです。そして特殊な素材も豊富に存在するんですよ。ですが、その素材のどれもが民の生活に直結するものではない。農業生産力に直接結びつかず、魔物との戦いに活用することも難しい。まぁ例えるなら頭でっかちで金食い虫、それがアステルギアという国の本質ですね。
では特殊素材がどのような活用法がされているかと言いますと、完全自動式魔導機というものに活用されています。この技術が存在するのはアステルギアだけですが、他国ではあまり評価されていません。あなたはそれがなぜかわかりますか?」
「ええー確か、その完全自動式魔導機というのは使用者が魔力を注がなくても動く魔道具の制御核でしたかな? まぁ魔力など誰もが持っておりますし、魔力を使わなくてもよいということにそれほどの価値があるとは思えませんからね。しかもコストが通常の魔道具よりも高く、アステルギア国内ですらあまり活用されていないと聞きます」
「そうです、大抵の国はあなたと同じ評価だと思います。実際私もこのアステルギア国内で使われているのはほとんど見たことがありませんでした。しかし、この完全自動式魔導機はおかしなことに大量生産されているのは間違いないのです。だというのにまるで見かけない。ですが、私はこの国に来て、それがどこで使われているのかを突き止めました。完全自動式魔導機を活用した自動魔道具は地底異海の探索、開発に活用されていたんです。
地底異海は水で満たされた異空間であり、異常魔力が空間内を廻る危険な場所です。そして、自動魔道具は異常魔力のある場所でも動かすことが可能なのです。正確に言うと、使用者が何もしなければ魔道具は正常に動作しませんが、使用者が魔力を使用して制御を補助すると動かすことが可能になるんです。元は魔力を活用しなくても動かすことができるのが自動魔道具の強みのはずでしたが、おかしな話で実際にはアステルギア人は魔力を使用することで有効活用していたわけです。
これは実質的に人の活動範囲を拡張する技術、人の魔力制御能力を底上げするような技術です。アステルギア人はサハギンズベルトという自動魔道具を使うことで異常魔力の存在する地底異海で長時間の活動が可能なのです。
正直、地底異海で働く人の感覚は狂ってます。地底異海を活用する業者は数ヶ月地底異海の水中に潜りっぱなしで生活することもあるそうですからね。人によっては数十年ずっと地上に出ていない者もいるそうです。地底異海で農業、漁業をし、魔物と戦うために使う武器の素材も地底異海から持ってきています。
一番異常だと思ったのは、地底異海のとある区画を自動魔道具を駆使して環境改善、そこで地上の野菜を育てているということです。なので今アステルギア国内で出回っている食料のほとんどは地底異海由来です。地底異海で活動しないものはそのことをあまり意識していないようですがね。まぁ、地上部分は見た目上他国とそれほどの差異はありませんしね。実質的にこのアステルギアという国は地上部分と地底異海で二つの国があるようなものなのです」
「はぁ、確かにそれは凄いことだと思いますが、我々の領地には地底異海のような土地はありませんし……やはり、実利的な面では……」
大臣はアステルギア人の風変わりな実態に驚きと困惑はするものの、いまいちコマルンの話に要領を得ないでいた。
「私が自動魔道具で注目しているのは魔力制御能力の底上げ効果です。どうも仕組み的には魔力を注げば、魔力制御能力が強化されるらしく、自動魔道具に組み込まれた魔石から魔力供給が行われることで自動制御が可能になっています。魔石と完全自動式魔導機が合わさることで実質的に人の魔力運用を再現している。
そして私達が属するダイザー国は魔法に長けた国です。だからこそ私は気づいた、このまるで人一人を増やすような仕組みに何か既視感があるなと。これは複数の魔術師で詠唱を行う交差魔法に似ている、異なる魔法を融合させて新たな魔法効果を生み出す技術に。交差魔法は難易度が高い、なぜなら優秀な魔術師が必要なだけでなく、そのための連携能力まで必須だからです。なので我が国でも使用者は魔法騎士団の精鋭のみです。
さて、ここまで話せばあなたも私が何を言いたいのか理解できるのではないですか? この完全自動式魔導機の力があれば連携も必要なく、単独で交差魔法を使える可能性が出てくるんですよ! 魔力を注ぐだけというのは魔術師にとっては初歩も初歩、それによって制御リソースを奪われるということはありません。
運用の難度が低いというだけでなく、例えば出力の高い魔石を用意できたなら超威力の交差魔法だって単独で使えるかもしれないんです! 私の考えが正しいのなら、ダイザーの交差魔法研究は飛躍的に進み、他の魔法系国家の追随を許さない領域へとたどり着けるでしょう。国力が増強され、魔物被害も減る。今まで魔物のせいで開拓が難しかった地域の開墾も進むでしょう」
「──ぅお!! そ、それは、それが本当ならば今すぐにでも王に話を通すべきでしょう。今アステルギアのレジスタンスに資金や人材を提供している国はほとんどがフルブラッドの弱体化、牽制が目的です。国として本格的な協力関係にいる国はありません。しかしこの状況ならば、実際に支援する資金がそこそこでも、国として正式に協力関係を結べばアステルギアへの大きな借りを作ることが可能です。
アステルギアがネルスタシア様に統治されるように持っていけるかは賭けですが、成功した時のリターンがあまりに巨大。正直、軍を使って直接介入したとしてもお釣りが来る可能性が高いです。ネルスタシア様と完全自動式魔導機の技術共有を確約していただけたならば、おそらく王は協力、いや同盟をお認めになるでしょう!!」
コマルンの意図を理解した大臣は興奮気味に身を乗り出した。そこからコマルンと大臣はネルスタシアとの交渉や王への進言する内容を詰めていった。日が暮れる頃、大臣はアステルギアでの滞在を切り上げ、本国への帰還を早めた。大臣と別れたコマルンはネルスタシアと事前の話し合いをするために使いの者をネルスタシアに送った。翌日、コマルンとネルスタシアの話し合いが行われることになり、ネルスタシアの表向きの仕事、王城での公務が終わる昼過ぎからの開始予定となった。
フェルトダイムとディアミスは古代遺跡の調査を行っており、今王都を離れているために話し合いに出席するものはガーディナスとネルスタシアのみとなった。ディレーナはディアミスに詰められてから、レジスタンスの訓練に精を出すようになり、政治や戦略関係にあまり口出しすることはなくなった。そのためディレーナは話し合いに出席しない。今は状況的にもレジスタンスが優勢であり、自分の考えた方針がうまく通りそうだということからコマルンは完全に油断していた。
フェルトダイムとディアミスが王都にいなくても、最強であるガーディナスがいればそう危険はないだろうとコマルンは思っていた。だがそうではなかった。それはコマルンが話し合いのために移動をしていた時のことだった。
「王子!! 炎魔法と魔道具で錯乱しますので、タイミングを見計らってお逃げください!」
「馬鹿な! それではあなたもギルドレジスタンスの皆も……」
「舐めるんじゃねぇよ坊主!! 命なんかとっくに賭けてんだ。元々護衛として坊主についてんだ。お友達をやるためにいるんじゃねぇ! お前がここで死んだら!! この先もっと死ぬやつが出てくる!」
追跡を警戒するために人気のない迂回路を移動中にコマルンとその護衛の部下、ギルドレジスタンスの仲間達はアステルギアの兵士たちに囲まれた。兵士たちはただの兵ではなく、その一部は近衛兵であり、コマルンを殺すことを明確に狙っている。フォスーラの腕輪に操られた生気のない兵士の瞳が、兜の隙間からコマルンを睨んでいた。精鋭の近衛兵とそれを補助する大勢の兵士達、まるで移動ルートを予測されていたかのようにコマルン達は完全に囲まれてしまった。
「そんなことは分かっていますよ! でも簡単に諦める訳には!! やれることを全部やってからです!! どうか気づいてください!」
コマルンは上空に魔力を放った、それは空で弾けると頭が割れんばかりの大きな音を出した。音魔法は強烈な音を発したにも関わらずコマルンとその仲間たちにダメージはない、反対に敵兵達は頭を抱え、ダメージを受けていた。しかし操られた兵士達は苦しみなど意に介さないかのようにコマルン達への距離を着実に、ゆっくりと詰めていった。
音魔法の攻撃的な音は兵士たちを狙うようにコマルンが制御したもので、それとは別の音が街全域に広がっていた。これは攻撃を狙ってのものではなく──
「──っ、こりゃ一体なにごとだ! コマルン!」
ガーディナスが異常事態に気づき、救援へやってくることを期待してのものだった。攻撃的な音はその意図を隠すフェイクとなり、兵士たちはガーディナスの出現を予期できない。ガーディナスは音魔法で動きを鈍らせた兵士達を殴り飛ばし、コマルン達が逃げるための突破口を切り開いた。
「やった! これでどうにか皆助かる。ガーディナスさん、ありがとうございます!! 説明は後です! 今はこの場の対処に集中してください」
ガーディナスはコマルンの言葉に頷き、飛ぶような足取りで一気に兵士達に近づき、剣によってその全ての一太刀で両断しようとしていた。
「──いやぁそれは困りますねぇ! ワタシたちは互いを殺せない、不断の誓いをした仲ですからねぇ!!」
ガーディナスは聞き覚えのある声を耳にした瞬間、剣を振るう手を止めた。いや、止めてしまった。近衛兵の一人が兜を脱ぎ捨て、ガーディナスの方を向いた。その男の顔はフルブラッドのものだった。ガーディナスの剣は止まってしまった、それが意味するところは、このフルブラッドは幻影ではなく、不断の誓いによって命を奪うことを誓った本体であるということだった。
「さぁ兵士の皆さん、ガーディナスが剣を振るおうとしたらワタシを盾にしなさい。そうしたら、この男は何もできませんからねぇ! こうやって事前にどうなるか伝えてしまえば、事故ではなく、故意になってしますからねぇ! っはっはははは!」
「馬鹿な! フルブラッドが何故ここに! 今まで姿を隠し続けていたはずなのに、何故今ここに!」
「コマルン王子、あなたも運が悪い、いや頭が悪いんですかねぇ? アステルギアなんかと関わるから、ガーディナスなんかと関わるからこうして、ついでに死ぬことになってしまうんですよ? さて、本題といきましょうかねぇ」
フルブラッドは手を自身の腹にかざすとそこから魔法陣が展開された。赤と黒の禍々しい光がガーディナスとフルブラッドを包む。ガーディナスはそれを見てその場を離れようとするが──
「逃げるのはおすすめしませんねぇ。だってあなたがこの場から離れたらワタシは死んでしまいますからねぇ。この魔法が完遂するまでに対象が領域外に出るとワタシは死んでしまうんです。悪魔との契約魔法も併用した弊害です。失敗したら悪魔に全ての魔力と魂を捧げる代わりに絶大な魔力を借りることができるんです。はっきりいってリスクが高すぎて、使い物にならないものなんですが……今、すごく役に立っていてぇ、不思議な気分です」
「──っく!」
フルブラッドの言葉でガーディナスは動きを止めた。ガーディナスが動けば、フルブラッドが死ぬ。不断の誓いによってフルブラッドの生命を奪うことを禁じられたガーディナスは戦うことも動くこともできない。
「俺は確かにフルブラッド、お前を殺せない。だがそれはお前だって同じはずだ」
「嫌だなぁ。そもそもワタシがどんな魔法を使おうと、あなたを殺すのは無理な話ですよぉ。だからねぇこれは転移魔法です。一度転移したら二度とこの世界には帰ってくることができない、遠い遠い異界への転移魔法です。ワタシも伝承でしかしらないし、どんな場所かはっきりとはわかりませんが。あなたはもうこの世界とお別れなんですよぉ」
「──なっ! 殺すわけじゃないから問題ないってか!? どんな場所かも分からねぇ所に転移させる? 命の危険の可能性がある転移を不断の誓いが許すはずがねぇ!!」
「ほほぉ? なるほど、ワタシに命を奪うことを意識させて詠唱をやめさせようとしているんですか? でもねぇ、詠唱やめたらワタシは死んでしまうんですよ? あなた馬鹿なんですかぁ?」
「──っぐ!? ぁ、あ──っく!! ああ!!」
ガーディナスはフルブラッドを止める言葉を口に出そうとするがどうやってもそれはできなかった。うめき声のような途切れた音が出るだけだった。
「ははは! いやねぇ? 実際ねぇ、あなたはこの転移で死ぬかもしれません。普通ならば、不断の誓いが、テミス神の呪いがそんな行為を許すはずがありません。あれは厳格ですからねぇ、他のものが転移させるならともかく、ワタシが直接行うなんて無理無理、まぁ普通はねぇ?
しかしですねぇ? ワタシを呪う神が”テミス神”だけでないとしたら? あなたを殺すなという神の呪いと、あなたを殺せという相反するもう一つの呪いがあるとしたら? ワタシはどうなると思います? 呪いの力は相殺しあって、ワタシに少しばかりの自由意志が生まれるんですよぉ。
テミスの呪いは強い。ですから確実に殺すような真似はできません。だけど殺すかもしれない、その程度の選択なら、今のワタシにもできてしまうんですねぇ!! 我が主神の呪いという祝福が! ワタシに勝利を齎すんですよぉ!!」
「なるほどな。そういうことか……やっぱりお前は神の力を借りていた。どこの神だかは知らねぇが、その主神とやらは碌な神じゃねぇんだろう。だがなぁ、それで全てうまくいくと思ったら大間違いだぜ。その神が万能ならお前はここまで追い込まれることもなかったはずだからな。俺を盤上から消しても、戦いは続く。そして……お前は勘違いをしてる。俺は大して強い駒じゃないのさ。本当に怖い駒は俺じゃない。俺が消えて、お前と戦う者が追い詰められた時、お前を殺す化け物が解き放たれる。
もう誰にも止められない。敵も味方も、死人に塗れて、お前はこんなはずじゃなかったと言って死ぬ。地獄の釜を開けたのはお前だ」
「ははは! そんーな捨て台詞にワタシが狼狽えるとでも? 地獄の釜が開くですって? そんなの大歓迎ですよ! ワタシはアステルギアを地獄に変えたいんですからねぇ! ああ、もっとあなたの悔しそうな顔を脳に焼き付けたかったのですがぁ、もうお別れみたいですね?」
「──ちゃんと逃げろよ……コマルン……風刃!!」
ガーディナスが剣を振るうと風の刃が弧を描き、フルブラッドを避けるようにして兵士たちを切り刻んだ。ほとんどの兵士は死んだが近衛兵は回避に成功し、次の攻撃に備えていた。しかし、次の攻撃が来る間もなくガーディナスは光に包まれて消えた。ガーディナスは、遠い異界へと転移してしまった。
コマルンはギルドレジスタンスと部下と共に逃げた。ガーディナスの最後の足掻きによって戦力を失ったフルブラッドはコマルン達を追撃することはなかった。フルブラッドはコマルンを殺すことができなかったが、最大の目的であるガーディナスの排除に成功し上機嫌だった。
フルブラッドは賭けに勝利した。イカサマをしても、それでも危ない橋だった。もしも近衛兵達がもっと弱く、風刃の回避に失敗していたなら、コマルンとギルドレジスタンスによってフルブラッドは殺害されていただろう。しかしそうはならなかった。フルブラッドを殺さず、移動せず、距離の離れた敵を攻撃するには限界があった。
この日、ガーディナスはアステルギアから消えた。その両親と同じく、フルブラッドによって消された。しかし、ガーディナスもまた、希望を繋いだ。
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