第27話:カルマコイン
ネルスタシア視点です。
フラグライト夫妻の死から6日後、その日はムーダイルが留学のためにドルガンタルへと旅立つ日の前日だった。その現実はわたしには受け入れがたく、仕事もロクに手がつかなかった。
あの日、フラグライト夫妻が召喚された日にわたしは感情を殺しきった。それによってフルブラッドの信用を得たのか。様々な仕事を任せられるようになった。王城は人手不足だ、何を任せられようとそつなくこなすわたしは便利な駒に映ったことだろう。
だがこの日だけは仮病を使って休んでしまった。子供の身で働き詰めだったこともあり、まるで怪しまれていない。落ち着かないわたしは、ムーダイル達とよく遊んだ小高い丘の茂みにある秘密基地に来ていた。久しぶりに来た秘密基地は荒れており、先客がいた。ムーダイルとディアミスだ。二人共考えることは似たようなものらしい。ムーダイルは元気がない、両親が亡くなった……いや、殺されたのだから当然だ。
ディアミスは一見すると立ち直っているように見えるが、震える手で兄の服の端を掴んでいる。わたしにそれを見られたのが分かると手を離した。わたしは首をふり、そんなことをしなくていいと身振りで伝えると、ディアミスはまた兄の服の端を掴んだ。
「ネルちゃん! 良かった。その……ドルガンタルに行く前に会えてよかった……ここで色々あったよね。僕が寝てる間にネルちゃんが蛇を沢山捕まえて、目が覚めたら周りが蛇だらけだったり……コロシアムごっこをして野犬に襲われたり、ディアが水魔法で作ったレンズで光を集めてたらドラゴンが襲ってきたり、ネルちゃんが集めてきたキノコが全部キノコの魔物だったり……色々あったよね」
「それ全部お前にとっては良くない思い出じゃないか? でもあいつら、結局全部お前に懐いてたな……考えるとなんでお前がわたしと一緒にいてくれたのかよくわからないな。お転婆にも限度がある」
言葉にして並べられると、わたしとディアはロクなやつじゃないなと思った。
「はは、さっき言ったのは嫌だったけど、今ではそれも大切な思い出なんだ。それ以外の一緒にやったことは全部楽しかったけどね。いや、やっぱり全部ではないかも……
でも、一人でいたら知ることもなかったことが、沢山あって、全部、全部が僕の大切なパーツ。今の僕があるのはネルちゃんやディア、僕の家族と街のみんなのおかげなんだ。それでもやっぱり、ネルちゃんとディアが特別なんだ。どうしてだと思う?」
「え? どうしてって、ずっと一緒に遊んでたからじゃ……」
「違うよ。二人共全然友達がいないから心配だったんだ。僕がいないと一人になっちゃう気がしてさ……でもね。それはね……僕が誰かに必要とされてる感じが欲しくて……二人を利用してただけなんだ」
「えっ!? そうなのか!?」
「そんなわけないじゃん! ネルちゃん馬鹿なの? お兄ちゃんはネルちゃんに意地悪してるだけだよ。だってネルちゃんに友達はいないかもしれないけど私にはいるもん!」
「は? ムーダイルがわたしに意地悪? あれ? そんなこと今まで……」
思い返してみるとムーダイルがわたしに意地悪をしたことなんて一度もない。少なくとも意図的にそういったことをやったのは記憶にない。
「さっきディアと話してたんだ。友達の両親が死んでも様子を見にも来ないのはカス、友達が遠くの国に行っちゃうのに会いにもこないのは最低、とか言ってさ」
「それ話してたというか、ディアがわたしの悪口いってるだけじゃないのか? 無理に妹の罪を背負わなくていいんだぞ……」
「でも、僕も怒ってたのは本当だよ。ネルちゃんのお母さんとカルルスが殺されて、ネルちゃんはきっとすごくつらかったと思うんだ。でもネルちゃんに会いに行っても会ってくれない、会いに来てもくれない。君がつらい時に、僕は側にいたかった。
会わなくたってわかる。君がつらいのを我慢して、本当は僕やディアと一緒にいたかったことは……わかるんだ。僕のお父さんとお母さんが死んだ時もそう。君は、本当は、僕の側にいたかった。でも我慢してたんだ。それっておかしいよ。だから怒ってた。何に怒ればいいのか分からなかったけど……」
ムーダイルの予想は全て合っていた。そしてわたしが話せない理由があるんだろうということも分かっているようだった。
「それでさ、ディアが怒ってみればいいって言うんだ。意地悪してみればいいってさ。今までさんざん振り回されたんだからそれぐらいしたってバチは当たらないって。でも実際に意地悪して思ったけど、やっぱ違うなって思ったよ。別に振り回されたわけじゃない、迷惑を掛けられてたわけじゃない、楽しかったんだよ。一緒に楽しんでた」
「そっか……よかった……それなら、ぅあ、いい……グス……」
楽しかった。そう言われると、過去に区切りをつけて、何かが終わってしまうような感じがして、寂しくなって、わたしは泣いた。あの頃は、もう、終わってしまったんだ……この先は、違う日々が待っている。涙を自分で止められない。
「大丈夫? なんて聞かないよ。だってネルちゃん大丈夫じゃないもん。でも何か決めたことがあるんだよね? 僕も決めたことがあるし、大丈夫なんかじゃない……今だって、お父さんとお母さんが死んだなんてよく……わかんないよ……う、ううう……」
ムーダイルも泣いた。それにつられてディアも泣いている。もはや収集がつかない。そんなことを思っていたところ、ディアは一人立ち上がり、私に耳打ちした。
「私はもう沢山お兄ちゃんと二人で話したから、今度はネルちゃんの番……気に入らないけど、気持ちは分かるから……」
そう行ってディアミスは一人で去っていった。
「ねぇネルちゃんは、僕がドルガンタルに行ってもいいの?」
「行ったほうがいい」
「気持ちを聞いてるんだ。その方が僕のためになるとかそういう話じゃなくて」
「行ってほしくない」
「良かった、なら僕と一緒だ、僕と同じ気持ちだ。僕は決めたよ。凄い鍛冶師になって、僕の作ったモノで、悲しむ人を減らすんだ。鍛冶師で! 勇者をやるんだ! それで、もう一つ決めたことがある。僕が帰ったら──
──僕は君と、ネルスタシアと結婚する 」
「……えっ? いま……なんて……?」
「君のことが大好きだから。君と結婚する。返事は聞いてない、ただ僕が勝手に決めたことだから。だけど、そうなったらいいなって思ってる。じゃあ、また会おう!」
「え? え? え? 待って、どういうこと! ムーダイル! ちょっと待って!」
混乱がまるで収まらない、わたしがアワアワしている間に、ムーダイルはどこかへと消えてしまった。これは……現実なのか? わたしは嬉しい気持ちになっていいのか? 母と弟が死に、好きな人の両親が死に、さして時間が経っていない。さっきまで鎖で縛り上げられていたように重苦しかった心が、跳ねている。落差で死ぬかもしれない……奇妙な感覚だった。幸せと絶望が同時にやってきて、それが心の中をぐるぐると回っている。
ただ分かるのは、おそらくもう、わたしは一生、ムーダイル以外の男を愛せなくなり、ムーダイルという男しか愛せなくなったということ。
そして、絶対に生き残らなければいけない。生きる、いや、生きたいという気持ちが、ずっとずっと、強くなった。わたしを元気づけるためについた嘘かもしれないけど、もうそんなことは関係ない。わたしがムーダイルと結婚したいんだから。
翌日、ムーダイルはドルガンタルへと旅立った。そして、絶望と戦う時代へと、時は移り変わる。
──────
結局の所、ムーダイルとのあれこれがあったところで状況自体は変わらない。フルブラッドの奸計により、勇者二人を死に追い込まれ、敵が一筋縄でいかないということが分かっただけ、そして王都も二つの勢力に二分されていった。
二体の魔王を退けた光の槍、あれは良くも悪くも人々に時代の変遷を感じさせた。ある者は、勇気ある者に生命を救われたと畏敬の念を抱き──またある者は、勇気ある者ですら悪によって滅ぶことを知った。死を恐れ堕落する者と、尊き無謀を貫こうとする狂信者。
ハムドールとフルブラッドは付き従うものに安全と権力を与えた。歯向かうものは殺し、追放し、牢に閉じ込め、腕輪の力で支配した。その結果、邪悪な貴族や民衆が幅を利かせ、治安は悪化、汚職が蔓延り、王都から理不尽に追放された者たちが王都の外縁部に新たな街、暗黒街を形成した。そんな現状に立ち向かうために複数のレジスタンスが結成された。大抵それらは元となるギルド、同業者による組合の中で不満から同調して結成された。
わたしとフラグライト家の者たちは不用意にレジスタンスと合流することはなかった。敵の敵は味方、それが成立するのは、目的が合致した時だけだ。この混乱する情勢を利用して、人を食い物にしようとする者もいる。悪徳な商人にレジスタンス活動のための金を騙し取られた後に、レジスタンス活動を密告される者も少なくない。そんなこともあり、志を同じくする者であっても、団結することは難しかった。それぞれの勢力が善き者であるのか? 悪しき者であるのか? それを見定めることが肝要だった。
前に会議を行った地底異海の入り口付近にある秘密の部屋。そこはわたしとフラグライト家の者たちが集う基地となった。
「フェルトダイム、信用できそうなギルドレジスタンスの精査はどの程度進んだ?」
「人として信用できるギルドレジスタンス自体は多いよ。でも組織的な意味でとなると極端に少ないね。まぁどこも急造の、場当たり的な組織だから、それで当然なんだけど……とりあえず、クルトン出身者の多いサボテンギルドは信用できると思う。両方の意味でね。土地がらなのか、忍耐強く、結束力と力も強い。多分、組めば雷電石を調達できるようになる。
雷電石は防御の難しい電撃を生み出せるからね。電撃は耐性貫通の力を持ってるとも言える。腕輪で操られた人傀儡にも有効だと思う。あいつら、単純な体の痛みやダメージは無視して攻撃してくるけど、電撃には抗えないから、倒せなくとも無力化はできる。うまく調整すれば、非殺傷の捕縛装置を作れると思う」
「なるほど、では魔道具のギルドレジスタンスとの仲介を取り持ち、雷電石を使用した魔道具の共同開発を依頼しよう。魔道具の素材の多くが高騰した今、魔道具ギルドの力は弱まっているが、あそこはこの国と深い関わりを持つギルドだ。力さえ取り戻せば、信用にたる組織となる。
それに、ギルドの立て直しに成功すれば、わたし達の力を示し、求心力を高めるきっかけにもなるはずだ。資金は表向きレジスタンスを弾圧しながら、国の金を不正に横領しているものから奪う。
いくらレジスタンス弾圧に協力していようと、ハムドールが不正な横領を許すことはありえない。あいつは自分に敵意や悪意を向けた者を決して許さないからな。先程いったような者たちは、自分が被害を受けたとしても、保身から被害を報告できない。ハムドールの金を盗んだことまでバレたら終わりだからな」
相性のいいギルド同士の渡りをつけ、その結果生まれる成果物を表向き中立である暗殺者ギルドを経由して他国へ売り込む。そうして手に入れた資金を元手に、信用と金、二つの力でわたし達は仲間を増やしていった。安全圏から情報を得る下地作りであり、そういった情報収集も基本的には危険なことはさせない、上層部の者達の繋がり、背後関係から警備、物流の動きを大雑把に把握するための人員だ。
そうして構築された多角的な視野や思考をわたしがまとめ、レジスタンス弾圧に協力する者たちを経済的に追い詰める。具体的には商材価値の変動に関することに偽情報を混ぜ込み。わたし達の手のものや暗殺者ギルドに買い占めさせ、表向き皆一様に損をさせたように思い込ませ、実際にはわたし達と関係を築いているギルドは商材を実質的に保持したままとする。そうした後に商材価値が上がってきたところで放出する。
こうして大量の反レジスタンスギルド、その関係商人達を破産に追い込んだ。普段であれば、優秀な役人達が事態に気づき、こうもうまくいかないが、ただでさえ人手不足で回らない状態ではロクな対策もできない。さらにわたしも城内での仕事を意図的に手を抜くなどしていた。そう極端なことをしていたわけではない、ミスや確認が増えるように仕向ける程度だ。真面目に働くだけの役人達には悪いことをしたが、これもハムドールを打倒するためだと割り切った。
こうした活動をしているうちに、我々はこう呼ばれるようになった。
【嵐の亡霊】と。
嵐とは敵である反レジスタンス共から見た視点だ。表向き全ての商店が打撃を受けているように見え、一切合切を破壊する不可視の存在。嵐から逃れるには、嵐そのものになるしかない、そんな噂話も流れた。
そんな嵐にも、この時はまだ、人の心があった。過激な拷問や殺人などは行わなかった。身内に犠牲を強いることもなく、それぞれの自我が狂信に潰されていなかった。
うまく行き過ぎていた。活動を始めてから半年……この時、反レジスタンスに加担する者たちはほぼ半壊状態、自然と中立の立場に戻るものが多くなっていた。敵はこちらの情報を得ることすらできていない、完全にわたしの想定通りにことが運んでいた。
しかし、それでも城内の完全な把握はできず、ハムドールやフルブラッドの正確な居場所や指針を把握することはできなかった。フルブラッドは意図的に自分から生まれた発想を活用しなかった。ハムドールから生まれる狂った発想を元に、自分好みにアレンジして策を練った。こちらからすると狂った者の思考を読み取るのは難しかったが、それと同様に効果的でないことが多かった。まるで、それは何か時を待っているかのように見えた。
「ガーディナス、お前には魔王の討伐に行ってもらうよ。今度は水の魔王だけだからお前だけで十分倒せるでしょ? お前はこの前命を使って魔王を仕留めそこなった両親よりも強いんだろ? だったら余裕だよね?」
バルトロナスとディーシャが撤退に追い込んだ水の魔王が再びテミス連合王国を目指しているという情報が入った。傷ついた体を完全に再生し、さらに強くなったという話もある。フラグライト家の長男、ガーディナスはハムドールから城へ呼び出された。またもハムドール達にとって都合の良いタイミングで魔王の侵攻が始まった。それに胡散臭さを感じたが、やはり裏取りのできる、実際に起きていることだった。
「安い挑発だな、どうせ幻影だということも分かってるけどよ。戦場にも立たず王座を空席にしたまま威張るのはスゲーご立派だよなぁ? ハムドール? まぁ確かに、俺なら水の魔王は普通に倒せるだろう。だが、俺も親父と母さんほど甘くはねぇ……条件を通さず、てめぇの言うことを聞くつもりはねぇ」
書記官として同席するわたしを意に介することもなく、ガーディナスは淡々と答えた。
「そんなことを言っていいのか? お前が言うことを聞かないなら……」
「国民を兵隊にするんだろ? 知ってるさ、だが別にそれは関係ないね。したけりゃすればいい、戦えねぇ兵士が魔王と衝突する前に俺が魔王を殺せば被害者などでない。正直、親父と母さんが行かずに俺があの時行ってれば、誰も死なずに済んだと思ってる。勝手にカッコつけて死んだあの二人に、俺は怒ってる」
「親不孝な息子だね! お前らを想って命をかけたっていうのにさぁ! そんなこき下ろすようなこと言って──」
「──黙れ」
ガーディナスが凄み、幻影を睨んだ瞬間、玉座の間に敷き詰められた兵士たちが気絶する。ダメージを受けても、気にせず攻撃をやめることもない傀儡と化した兵士が、威圧だけで意識を刈り取られた。これは強靭な精神力と魔法力で放った、心の斬撃だ。前にガーディナスに見せてもらったことのある、ガーディナスだけが使える技だ。それはわたしにも当たったが、加減されていたため、なんとか耐えることができた。呼吸がしづらくなり、膝をつく。
「お前も、親父も母さんも、レジスタンス狩りも全部馬鹿だ。なんでこうも、仲良く出来ないのか意味不明だ……誰もそんなこと願ってなかったはずなのに不思議だよな? フルブラッド、お前が全ての原因なんだろ? 聞けハムドール、お前の母親を病気にし、死へ追いやったのはフルブラッドだ。お前を不幸にした元凶が、お前の味方のフリをしてる。お前が母親を殺すように仕向けた者に、惨めに縋り付くのはやめろ!」
「は? な、そんなわけないだろ!! 違う! そもそもあれは本物じゃないんだ! あれは母様じゃない!! 違うよな! フルブラッド!!」
「もちろん違いますとも! 陛下を惑わすためのガーディナスの虚言ですよぉ! 第一、証拠もないんでしょう? 証拠があるならこの場に持ってくるはずですからねぇ……
大体、ワタシがそのように仕組み、誘導したなら、陛下が実の母親と息子と妻をその手で惨殺し、そう仕向けた者を重用し、そうしてしまったことにも気づかない間抜けということになってしまいますからねぇ……そんなことはありえないってぇ……陛下もわかるでしょう?
だって……そうだったら嫌ですよねぇ? だからあなたが思いたいことこそが真実なんです。陛下は何が真実だと思っておいでですかぁ?」
「……あ……そうだねフルブラッド! ぼくが感じるままに、思うことが真実で現実なんだ。だから、今も母様はどこかにいるんだ。きっと魔王を倒したら、母様は帰ってくる。そうだよ! 悪魔の使いも悪魔も! 元は魔王が差し向けた者たちだ。だから! 本物の母様もネリーゼもカルルスも! 魔王に囚われてるんだ。水の魔王を倒せば! みんな帰ってくるんだよ! そうだ! そうだ! そうに決まってるんだぁ!!」
「こいつは……一体、何を言ってやがる……?」
「いやぁ陛下の慧眼には感服! くふふ、感服いたしますねぇ! この知性があれば、陛下に敵対する全てのものを滅ぼすことができますよぉ! さぁ、今日もその知性を磨くために、薬を飲みましょう。そうすれば、もっと世界の真理が わ か っ て く る」
最早フルブラッドはハムドールに邪悪な影響を与えていることを隠そうともしない。
「もう話すこともできねぇのか……フルブラッド、条件だ、俺と不断の誓いを立てろ。勇者に魔王討伐を任せるのは成人、16の歳になってから、それまではそうした命令を行わず、そういったことが行われそうになるなら、お前はそれを無効にするために妨害すること。そして、勇者達の命を直接的に奪うことを禁ずる」
「おや? 16でいいんですか? もっと年数に余裕を持たなくて。別にワタシは18でも20でも構いませんけどねぇ?」
「ここんとこの魔王共の異常な活発化を考えれば、16が妥当だ。18にして、その時条件を満たす勇者がいないならこの国は滅んじまう。そんで、16の条件を超える頻度で魔王が侵攻してくるならこの国はどのみち滅ぶ。魔王が一年に一体ならば、勇者の誰も死なずどうにかできるかもしれない、再来年には一体の魔王を複数の勇者で対応することができるようになる。
だが一年に複数の魔王が侵攻することが数年間続く場合、一人の勇者の命で一年を持たせられるかどうか……この国の勇者は俺とディレーナ、フェルトダイム、ディアミスの4人だが、俺は今年16、ディレーナは14、フェルトダイムは13、ディアミスは9。俺が今回死んだら、あと二年魔王とは戦えないな」
「正直、意図がわかりませんねぇ? あなたが今回の魔王討伐で死んでしまったら破綻してしまう条件では?」
これについてはわたしもフルブラッドと同意見だった。もちろんガーディナスの言う通り、一年に複数の魔王が侵攻してくることが数年続いたらどうしようもないのは事実だ。だが、フラグライト兄妹達にそれぞれ年齢差があることを考えれば、勇者の死亡するタイミングによっては空白期間ができてしまう。そして空白期間に魔王が攻めてくれば、この国は確実に滅ぶ。
「俺も魔王との戦いで死なない自信はある。だが、それ以外の理由で戦闘不能になる可能性はあるし、絶対はないことだって分かってる。もし俺が死ねば……きっと他のやつらも死んでくだろうな。だけどここで俺がお前に条件を飲ませなきゃあいつ等は成人する前に死ぬことになる。勇者の使命を放棄できればいいと思ったんだが……どうもそれができねぇみてぇだ。
俺は16になって、この状況になって、気づいちまった。勇者には、魔王と戦う宿命が、本能に、魂に刻み込まれてる。頭では知らねぇ民のことなんて放っておいて、家族で逃げ出せばいいって思う。でも駄目だ、俺の本能が、人のために魔王と戦うことから……目を逸らすことを許さない。こいつは呪いだ。親父も母さんも、今まで生まれ、死んでいった勇者達も同じはずだ。魔王と戦うことから……勇者は逃げることができねぇ。
覚悟を決めて死ぬ、極論力の足りねぇ勇者にはそれしかできねぇ。だからここで決めるんだ。16になれば戦うことになる、それまではそのための準備、戦いから逃げるためじゃない、魔王を殺す確率を上げるための修練の時間。16で勇者の子供は人でなくなる。魔王と戦うための、魂を持った法則になる。16になったら……もう、戦うことは止められない。自分自身にですらな」
ガーディナスの話す勇者の宿命に、わたしは心が真っ白になった。バルトロナスもディーシャも勇者の本能のことに気づいていなかったが、おそらくガーディナスの話したことは本当だ。勇者はいつの時代も無謀とも言える戦いを挑み、およそ狂人でなければ成し遂げることのできない勝利を掴んできた。だがそれは、抗えない本能に従って戦い、強いものが生き残っただけだとすれば、辻褄が合う。
勇者は愚かな者も、賢い者も等しく魔王と戦った。無謀でも、狂気と絶大な魔力で立ち向かった。勇気のない者が、無謀に挑む者の姿を、勇気のある存在と勝手に呼んだだけ。勇者と呼ばれる存在に、本当の勇気はあったのだろうか? 借り物の勇気を神に与えられ、己を偽っただけなのだとしたら?
だとしたら、ムーダイルも……16になれば死んでしまう。力がなくとも、その血に流れる本能に抗えないのなら……
ムーダイルがドルガンタルで夢に邁進し、成長しても、ハムドールの魔の手から逃れたとしても、死んでしまう。一体どうすればいい? わたしはどうすればいい? ムーダイルを籠の鳥のようにどこかへ閉じ込めてしまえば……勇者の本能をどうにかして取り去ってしまえば……なぜだ……どうしてこうなる。なぜ、こうも邪魔をされる。
わたしはムーダイルと結婚して、ただ幸せに暮らしたかっただけなのに……人も、神も、世界も、邪魔をする……
はは、はははははは!
やらなきゃいけないことがたくさんだ……だけど、全部やらなきゃいけない。わたしは全部やるよ……ムーダイル。だって、そうしなきゃ……
わたしが生きてる意味がないから。
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