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第23話:呪いの霊薬

三人称視点での話です。



「崩落してきた精霊神界の一部にグラノウスがいる……なにか因縁めいたものを感じるな……聖者の贄……か」


 ネルスタシアはムーダイル達からのはぐれ精霊神界の報告を受けた後。報告書を眺めながら思案していた。不安要素の残る断片的な情報、自身と関係のあるグラノウスの出現、偶然の可能性もある。だが、ネルスタシアにはそう思えなかった。これといった根拠があるわけではない、しかし何者かに見られているような、そんな感覚を拭い去ることができずにいた。


「相手が、わたしを狙っているとして……こんなお膳立てをすれば、わたしが警戒することなど簡単に予測できるはず……わたしが警戒することこそが狙いなのか?」


 情報が少ない今、思考をしたところでまとまるはずもない、だが考えることをやめられないネルスタシアは、疲れと不快感から顔をしかめる。このままではよくないと首を振り、執務室の椅子に背中を預けるように大きくもたれかかる。強引に気分を切り替える。


 そんな時だった、ネルスタシアの顔つきが鋭いものへと変わる。ドレスのポケットに忍ばせた短刀を抜き、構える。目線のその先には黒と紫のオーラを纏った女がいた。


「聖者の贄か……」


「うんうん、そうだよ。どうやって入ってきたのかは聞かないの?」


「捕らえてから聞けばいい」


「そう思うなら、アタシにさっさと攻撃すればいいのにぃ~。まぁ、アナタには選択肢なんてないんだけどね」


「要領を得ないな。お前の命の選択肢を持つのはわたしだ」


 ネルスタシアがそう言うと、女はケタケタと笑った。生気のない青い瞳、人の耳と獣の耳の2対を持ち、紫の髪と毛皮、腰に尾を巻いた女は、魔族のような風貌だ。女が笑う度、首にあるエラのような切れ目が髪の隙間から見え隠れする。


「その風貌でヒトか……グラノウスの見間違いでなければだが」


「興味を持ってくれて助かるよ~。意外と話をしてくれるんだね? アタシがアナタを見ていたのが伝わってよかった。じゃあさ、本題に入るけど……ムーダイル君をあの頃の、アナタの理想だった状態まで回復させることができるとしたらどうする?」


 女はまだ話を続ける様子だが、ネルスタシアはもう会話を終わらせるつもりだ。短刀で女を斬りつける。女は回避しきれず、脇腹を大きく裂かれる。だが──


「ちょ、まだ話の途中なんだけど? 知ってるよ? アンタの地雷でデリケートな部分だってことはさぁ。でもいいの? もう二度と、アタシの言うチャンスはないのかもしれないよ? 精霊神界はあと数日で元の場所へ返ってしまうからね!」


 獣の女は脇腹を大きく裂かれても話を続けた。冷や汗をかき、苦痛に顔を歪め、余裕のなさを隠せない。話の続きを聞いても、ネルスタシアは動きを止めない。


「アナタのせいで、壊れちゃったのに……また、アナタに選択肢を奪われてしまうなんて……彼が可哀想だよ。愛故の決断だから、彼を思ってのことだから。全然問題ないんだよねぇ!? 面白いよねぇ! 凄いよねぇ! 愛って! なんでも許してくれそうだもんね! はは! あははははは! きっと今回も彼は許しくれるよ──」


 獣の女はダメージの痛みに耐えながら、力の限りネルスタシアの攻撃を避けることに努めていた。しかし、頬を裂かれ、獣の左耳と、ヒトの右耳を削がれ、右腕の肉を剥がされ、最後に首のエラに刃筋が当たろうかというその時、短刀の動きは止まった。「彼は許してくれる」獣女がそう言い放った時だった。短刀が震えて刹那、刃が床に落ちる音が響く。涙を流し、うなだれるネルスタシアに普段の力強さはない。怒りから捕縛するという目的を忘れ、相手を殺そうとまでしたネルスタシアの殺意は、あっさりと消えた。


「よかった。話を聞いてくれるんだね? アタシは賭けに勝ったんだ! よしよし、じゃあ方法を教えるね。まず最初に、ムーダイルくんは精霊の力を宿してる。なんとなく察してると思うけど、彼は勇者である前に普通のヒトじゃない」


 獣の女はネルスタシアに反応がなくとも、一方的に、早口で喋り続けた。


「だからね? 彼の傷を癒やすには、精霊を癒やす力が必要なんだ。もう分かるよね? 精霊神界ならそれが見つけられる。グラノウスと友誼を結んだアナタならきっと分けてもらえる! 霊薬、エリクサーをね。アタシはそれがどうしても欲しくてさ。ほら分かるでしょ? 取引ってやつだよ」


「……わかった。お前の分も用意してやる。だが聞かせろ。お前はなんのために命を賭けたんだ?」


「……殺したいやつがいるんだ。やつって言い方も変だけど、とにかく消したいものがある……あー、ちょっとアナタには酷いことを言っちゃったし、もうちょっと踏み込んで言ってもいいかな?


 アタシは見るからに異形でしょ? ヒトからも魔族からもいらない子なんだよね。もうそういうのが本当に嫌でさ、目の前にいる存在がただ普通に生きているだけで憎い。こんな風に生まれたアタシも、こんなキモイ考えしかできないアタシも憎い……


 もう色んなものが憎すぎて、何が憎いのかわからなくなっちゃったんだよね。だからもう、逆にそれがデフォルトになっちゃって、大抵のものは等しく憎い、だけどそれでも特別憎いものがまだあるんだよね。それをぶっ殺したら、満足して死ねる気がするんだ!」


 獣の女は相変わらず早口だが、笑顔だった。迷いなど一切ない、ネガティブな目標のために前向きだった。少し落ち着きを取り戻したネルスタシアは、獣の女を執務室の窓から優しく投げ捨てた。獣の女は問題なく着地、ベキベキと体を変形させて犬の姿になると夜の闇へと消えていった。


「なるほどな、犬のフリをしてここへ来たのか。魔法を使っていないから、偽装看破の罠にも引っかからない……わたしはよくないことをしてる。いつか、あの女のせいで誰かが死ぬことになるかもしれないというのに……霊薬か……」


 ネルスタシアは追想する、暗黒の時代。己を罪とさがで縛り、その先の生のすべてを呪った、暗闇の時代を……



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