第22話:巨人の鎧
翌日の朝、精霊神界(仮)の調査が開始された。俺は鎧雷サボテンを切り取ったタイミングで起きた事件に不吉なものを感じ、切り取った鎧雷サボテンをクルトンから精霊神界(仮)へと向かう馬車に積み込んだ。移動中いい感じの場所があったら植えなおそうと思ってのことだ。しかし残念ながら良さげなポイントは見つからなかった。なので、とりあえず調査が終わったら元あった場所に戻そうと思っている。
まぁそんなことはさておき、まずは魔断鉱粉末で加工した調査隊メンバー用の鎧が、高濃度魔力渦巻く精霊神界(仮)でちゃんと機能するかの確認を行った。結果は問題なし、ということでディアとテツヤを先頭に調査隊メンバーと合同で探索を開始した。
高濃度魔力の膜を突き抜け、ちょっとした崖のようになっている外縁部を登ると、幻想的な風景が広がっていた。高濃度魔力に完全適応した植物や動物がいるのだが、そのどれもが半透明だったり光輝いている。動物と言っても実際には動物型の精霊で、エビやカニ、鳥が多い。エビやカニは空気中の高濃度魔力を水代わりにして泳いでいる。鳥も飛ぶことができなさそうな翼をもったデブなのだが、これも高濃度魔力を水代わりにして高速で泳いでいる。エビとカニは半透明、デブ鳥は翼が光り輝いている。
この動物たちは俺達を見ても逃げなかった。それどころか興味があるのか不用意に近づいてくる。普段人が来ないから警戒心というものがないんだろうか? そんなことを呑気に考えていたら、俺は大量のデブ鳥に囲まれてしまった。別に攻撃してきたりはしないが、かなりまとわりついてきて歩きづらい……ディアはそれを見て「かわいい~」と言って笑っている。まぁディアが楽しそうならいいか。
しばらく歩くと明確に整備された道があった。これは間違いなく高度な知性体がこの先にいるだろう。そして、知性体が人に対して敵対的だった場合に備えてディアとテツヤ、俺が前衛として他のメンバーとの距離を広く保ち移動する。俺は丈夫さを期待されているわけではなく、精霊の目の力を持つ、精霊系の知性体との交渉役を期待されてのことだ。
道を進んでいくと、開けた村? のような場所にたどり着いた。すると、ボヨンボヨンと丸いふわふわがバウンドして村内部からやってきた。
「んおお? ヒト!? また悪さしにきたクオ?」
そう言うと丸いふわふわは、つぶらな瞳を俺達に向けながら、前足を自身のふわふわの毛皮に突っ込み、そこから剣を引き抜いた。半透明の刀身と半透明の木材? を組み合わせて作られた幻想的な剣だ……めっちゃ気になる……多分、途中で見かけたカニとかエビの甲殻や半透明の木を素材に作ったんだろうな。
「悪さ? どういうことだ? 他にも人が来てるのか? 俺達はこの大地が空から落ちてきたから、クルトンて場所から調査にきたんだ」
「んお? お前、精霊みたいなやつクオ。もしかして現地民クオか?」
「いやだからクルトンて場所から来たんだって。別に悪さをしに来たわけじゃない。俺はムーダイル、後ろに来た奴らと一緒に、ここに危険がないか調べに来た。あと……その剣って、ここらにいるカニとかの甲殻を刀身にしたのか?」
俺がそう言うと丸い毛玉達はポヨンと跳ねながら、なにやらヒソヒソと相談している。
「お前! 中々に見る目があるクオ! その通りクオ! この剣は、カニさんやエビさんが脱皮した甲殻を貰ってつくったものクオ! やっぱり、お前はクオ達に似てるし、水デブ鳥に懐かれてるから悪いやつじゃないクオ。それに、ちゃんと名乗ったから信用するクオ! クオ達はアザラ族っていうクオ。クオはタルモって名前クオ。クオ達も危険が危なくて色々困ってるクオ。何がなんだかさっぱりクオ」
俺がこの毛玉達と似てる? もしかして俺も癒やし系な存在なのか? そしてこの俺の歩行をやたら妨害してくる鳥は水デブ鳥っていうのか、ひっでー名前だな。わかりやすいけど……
「俺達も何が何やらさっぱりだぜ。突然この精霊神界ぽい大地が空から落ちてきて、バカでかい唸り声がするもんだからびっくりしたぜ」
「おっおっ! ぽいじゃなくて、ここは精霊神界クオ! あとそのデカイ声は多分グラノウス様だクオ。怒るとうるさいクオ! んおお!? グラノウス様に会えばクオ達も事情が分かるかもしれないクオ! グラノウス様はとっつきにくいからいつも避けてるせいで、グラノウス様に会う発想がなかったクオ!」
「お兄ちゃん! グラノウスってネルちゃんが言ってた、黄金の宝剣の神じゃない? 先王を斃した時に力を貸してくれた地神霊」
「あーそっか! なんか聞いた響きだと思ったらそれか! もしかしたら黄金の宝剣もついでに作れるかもしれねぇな!」
一石二鳥じゃね? と喜んだけれど、よくよく考えると、この温和な癒やし系天然生物達にすら避けられているグラノウスってクソ面倒くさいやつじゃないの? 1000年の長い月日の間、ネルスタシアと初代の二人だけにしか宝剣を使わせなかったって話もあるし……なんか気が重くなってきたな……
ま、そうは言っても事情を詳しく知るためにもまずはグラノウスに会わないとな。俺達はアザラ族30人? 程と、大量の水デブ鳥達を引き連れて、グラノウスの元へと向かった。道中はアザラ族に案内してもらう。道中、木が倒れている場所が結構あった。アザラ族いわく悪いヒトがやったとのことだ。そしてグラノウスがいるという神殿にたどり着いた。
「あのデカイ鎧がグラノウス様クオ!」
アザラ族のタルモが前足で指し示す先には、ヒト族の10倍ほどの大きさの巨人がいた。鎧のような黒い甲殻を纏い、赤い目と横に大きく裂けた牙だらけの口を持つ、見るからに人と敵対してますって感じの風貌だ。まぁ見た目で判断するのはよくないし、精霊の目で見ても実際邪悪な感じはしない。
「あんたがグラノウスか? 俺達は何があったのかを調べにクルトンてところから来た」
「精霊? いや、ヒト……か。邪悪さは感じん……ッチ……クルトンとはなんだ? 聞いたこともない地域だ。あとオレを呼ぶ時は様をつけろ。対等であると認めたものにしか呼び捨ては許さん」
思ったよりもテンション低いやつだったけど、普通に舌打ちしたり、様をつけろと言い出したりとなんだか少し察してしまった。
「えーっと、クルトンはアステルギア王国の王都の近くにある街で、電撃を放つサボテンが沢山あるところだ」
「ほう!! アステルギア!! あれはネルスタシアが治める国ではないか! どうだ! ネルスタシアは元気か!?」
急にテンションを爆アゲするグラノウス。ガチャガチャの歯で笑顔になっている。すると笑顔を見られているのを気づいたのか、笑顔なんてなかったとばかりに表情を消し、ごまかそうとした。その様子を見て俺は少し笑ってしまった。グラノウスは舌打ちした。
「ネルスタシアは元気だ。だけど最近は国を脅かす存在が増えて気苦労が絶えない感じだな。俺はムーダイル──」
「──あぁ?」
俺が名乗った瞬間グラノウスが威圧するような声を出し、俺を睨みつけた。いや正確に言えば俺をよく見るために目を細めている。グラノウスは体を乗り出し巨大な顔を俺に近づけてきた。デカいから結構圧があるな……
「お前がムーダイルだと!? ネルスタシアの言う、番と決めた男が貴様か!! この男のためにネルスタシアは修羅となりかけたのか? こんな、なよなよとした雑魚と? ありえん! オレは貴様がネルスタシアの番になるなど認めんぞ!!」
発狂するグラノウス。ネルスタシアが修羅になりかけたってどういうことだ? だが、ネルスタシアを本気で心配してるのは俺にも分かる。やっぱグラノウスがネルスタシアを滅茶苦茶気に入っているというのは事実なんだろう。
「俺はネルスタシアと番になる気はないぞ?」
「はああああああああ????? お前殺されたいのか? あんなに良い子と番になりたくないだと!? 番の資格がないとオレに言われようと、ネルスタシアと結ばれるために無謀と知りつつも、オレに戦いを挑み、認めさせようとするのが当然の流れだろうが!!
おまっ……信じらんない……お前じゃないとネルスタシアを幸せにできないんだぞ? それをわかってんのか? ん? お前、ネルスタシアのことが嫌いか? あの子が幸せにならなくても良いっていうのか? あああああ!! 信じられん! まともなヒトならそんなことはありえん!! ぬぐぐ!! おい!!」
これはめんどいわ……
「なんでしょうか?」
「貴様ネルスタシアのことをどう思っている!!」
え!? これを大人数いる場所で言わなきゃいけないの? まぁでもこいつにごまかしは通用しないし、ちゃんと答える必要がある。さっきから妙な感覚があるんだ。俺の発する言葉ではなく、言葉に乗せた意志そのものを読み取られるような感覚、嘘を言えば多分……それが伝わるんだ。だが、正直な所、ネルスタシアに対する気持ちはよく分からないことがあり、難しい。
「分からない。昔は好きだったみたいだけど、今の俺にはその実感がないから。だけど……大好きだ。今のそれは番になるとか、そういった感じじゃないけど……あの子の役に立ちたいと思ってる」
「ああ!? なんだよその煮えきらねぇ答えは!! 優柔不断で男らしくない! あーでも、役に立ちたいという気持ちには大いに共感できる! そうじゃなくて……ああーくそ!! お前がそんな態度とるだけであの子は傷ついてるに違いねぇんだ!
だからやっぱダメだ! お前にいくら悪意がなかろうと、オレは認めるわけにはいかねぇ! だが、そんなこと言って邪魔することになったら、あの子に申し訳がたたねぇ! うわああああああああ!! ぐ、おい! ムーダイル!! オレはどうしたらいいと思う!?」
「それ俺に聞くぅ!? 知らねーよ! お前の気持ちなんだからお前が決めろよ! 人に優柔不断だなんだと言っておいてお前こそ優柔不断じゃねーかよ!!」
「なっ!? お前! いくら本当のことでも言っていいことと悪いことがあるだろうが! オレは大地の神だぞ!? 優柔不断なんて……足元がぐらついてると思われたらどうする!? 違う! これは違うぞ! 優柔不断なんじゃない! 揺らぐことのない2つの重大な気持ちが! 揺らぐことがない故に! 自分で決められないんだ!!」
「あの~? グラノウス様。ネルちゃんの話はひとまず置いといて、この精霊神界で何があったのか聞いてもいいですか? 揺らぐことのない重大な2つの気持ちは、時が経ち、因果が進むことで自然に選択されると思いますから」
「ぬぅ!? ディアミス!? そうか、お前も来ていたのか……お前の言う通り、今はまだ答えを決める時ではないだけなのだ。そうだ、時が経てば、いつか結論が出る。そして、その時こそが正しく答えを導き出すべき時なのだ」
ディアミスに助け舟を出される。助かった。このままだと一生話が進まなかったことだろう。それにしても、この神、ポンコツで粘着質、それでいてアホ……多分話しかけると話が長くなるからアザラ族に避けられているんだ。ていうかあれ? ディアミスもグラノウスと知り合いだったのか? なんか知り合いじゃなさそうな言い方してたのに……
「しかし、娘よ。嫉妬の心は身を滅ぼすぞ? そこな兄に対し、かなり複雑な感情をいだ──」
「あの、は な し い い で す か?」
「お、おう……!! もちろんだ……」
ディアミスはグラノウスの面倒くさい絡みを威圧することで強引にやめさせた。
「グラノウス様! クオ達も何が起こったのかを聞きにきたんだクオ! 悪いヒトが入ってきたのは知ってるクオ。だけどなんのために悪さをしたのかわからんクオ……」
「タルモ、貴様がここに来るとは珍しいな。まず悪いヒトが暴れたから森が荒れたとお前は思っているようだが、それはお前の勘違いだ。悪しきヒトはやってきた、それは確かだが……暴れたのはカオスの力を持つ魔族、魔物達だ。やつら、互いを攻撃しあっておったから、悪しきヒトとカオスの魔物は敵同士だろう。悪しきヒトはこの地に入ってから少しするとすぐに消えた。だがカオスの眷属達は悪しきヒトが消えたあとも暴れ続けた。
オレもやつらに暴れるのをやめるように言ったが、言うことを聞かんでな……オレは頭に来て魔物を統率する魔族を思いっきりぶん殴ってやったのよ。そしたら、衝撃で大地がぶっ壊れちまった。そのせいで肉の世界と繋がっちまったんだろうな。あとは残った魔物を浄化の咆哮で消滅させて終わりよ」
なんと、精霊神界の一部が崩壊しクルトン周辺に落ちてきた原因はグラノウスの馬鹿力によるものだった。どんだけ強い力で殴ればそんなことが起こるんだ……
「じゃあもう危険はないんだクオ!? よかったクオ~。でも、精霊神界の他の大地とわかれちゃったクオ……グラノウス様の力で元に戻せないクオ?」
「オレは壊すことや育てること、丈夫にすること、命の力を強くすることは得意だが、モノを直すことは苦手だ。オレがやるなら自己回復力を高める形になるが……正直そのやり方でこの大地を元に戻すことはできんな。なんせデカいし、生き物でもないし、元あった場所から離れ過ぎたからな。
だが、元々オレがそうする意味もない。すでに大地は元に戻りつつある。あと数日もすれば、勝手に他の大地の所へ戻ってくっつくだろう、時神霊ノウスグランの力でな。我ながら優秀な弟を持ったものよ。オレがモノの壊しても、大抵のものはあいつが直してくれるからな!」
グラノウスが暴れた原因も滅び、あと数日したら崩落した精霊神界も元に戻る。問題のほとんどはすでに解決されていると言ってもよい状態、俺達の心配は杞憂に終わったってことだ。ま、大した問題じゃなくてよかったよ。しかしグラノウスの弟さんも大変そうだな。きっとグラノウスを甘やかせているわけじゃなく、ごねると面倒だから言うことを聞いているんだろうなぁ……
「カオスの魔族と、悪しき人が争っていた……かぁ。悪しき人の方は消えたって言ってたから、そっちは普通に生きてるのかもね。だとしたら、そいつの目的はなんだったのかな? カオスの魔族が暴れだしたら、あっさりここを出ていったっていうことは、魔族にここに荒らさせることが目的とか?」
そうだ、ディアの言う通り、悪しき人とやらの方はグラノウスは殺していない。殺していたら多分グラノウスは殺したと言っているはずだからな。このはぐれ精霊神界は勝手に元に戻るけど、謎は残る。魔物をここで暴れさせたとして、それが何のためなのかはさっぱりだ。
グラノウスと戦わせるため? それかグラノウスを暴れさせて、精霊神界を崩壊させるため? いやいや、グラノウスが魔物達と争うのは予測できても、精霊神界まで崩壊させるなんて予測できるか? 可能性を考えることはできても、確実性があるとは思えない。だけど……この違和感を、俺は前にも感じたことがある。
「聖者の贄……か」
「え? お兄ちゃんはこの事件に聖者の贄が関わってるって思うの?」
「ああ、当てにするには不確定な要素が多いものを、ピンポイントで踏み抜いていくような感覚。今回のこれも、なんていうか回りくどさを感じる。最初からそうなるって分かってたら実行するのも分からんでもない……そういうラインの策。普通の人が知り得ない情報を持ってるみたいな……」
「あー確かにな……だって悪しき人とやらとカオスの魔族は、僕達と違って崩落して肉の世界と繋がった精霊神界から入ってきたわけじゃないだろうしなぁ。元から入り方を知ってるやつなんているのか? だって、精霊神界って神話とか伝説とかそういうレベルのもんだ。神話には具体的な記述が残らない精霊神界への侵入方法を知っていて、しかもカオスの魔族や魔物達も引き連れてきた……確かに聖者の贄っぽいかもねぇ~」
「やっぱテツヤもそう思うか! ま、証拠があるわけじゃないが……ここで知った情報と合わせてネルスタシアに報告したほうがいいな」
とりあえず初回の調査としては十分な収穫だろう。ここで一度クルトンへと戻り、俺達三人はネルスタシアに報告しようということになった。俺はこの精霊神界の不思議素材達に興味があったので帰り道がてら精霊神界の素材を採取していった。もちろんグラノウスに採取の許可をとったうえでだ。こうしてはぐれ精霊神界の調査初日は特に危険や怪我もなく終わった。
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