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第19話:勇気の松明


 俺達はフルブラッドをとりあえずの無力化に成功した。精霊と同じ位相にいるとロクに自分の制御もできないフルブラッドでは、大した真似はできない。本当に高位の力を持つ精霊と同レベルになれるなら、そもそも魔力精神体じゃなく、精霊体の状態でも一方的に、肉の世界に干渉できる。声だって伝えられるはずだ。


 おそらく、自我を形成できていないレベルの下級精霊にすら劣る。下級精霊でも肉の世界に干渉できるからな。となると、あいつはかなり強引な方法で力を手に入れたんだろう。


「お兄ちゃん、フルブラッドが見えるんだね。拘束する手段はあるの?」


「そんな心配しなくていいと思うぞ。こいつはお前らから逃げたい気持ちと、俺達が動くことによって事態がどう変化するのかを見届けたい気持ちがせめぎ合っている状態だ。どちらにも振り切れず迷った結果、停滞。その場から全く動けなくなってる。この状況が良い方でも悪い方でも、終わらない限り、下級精霊にも劣るこいつはここから動けない」


「そっか……だけど、正直クランゼルグさんをどうすればいいのか、私にはわからない」


「わたしにも分からんな。だがこのまま放っておけばクランゼルグはこの国の者を大量に殺すことになる。強いものは生き残るだろうが、それ以外は全滅だ。いやそれよりも酷いな。地盤を支えるあの繊維は、アステルギア全土だけでなく、近隣国やジャバン大河にも繋がっている。大河はほぼ僻地のエリアだが、かなり大きい河だからな。大洪水がおこるのは間違いない。人どころか動物たちも大量死するだろう」


「も、もしかして……クランゼルグを殺したりなんかしないよなァ!? あいつは本当はそんなことしたくないンだ! た、助けて! 助けてくれよォ!!」


「ドランゼルグ……わたしもここにいる者たちは全員、クランゼルグを助けるために足掻くだろう。だが、もし何も策が見つからなければ……わたしはクランゼルグを殺す」


「あ、ああ! そ、そんな……」


 ドランゼルグが打ちひしがれる。涙をボロボロと流し泣きじゃくっている。


「ねぇ、僕は専門家でもなんでもないからあれなんだけどさ。今のクランゼルグって悪霊なんでしょ? あれ? 悪霊に取り込まれたんだっけ? じゃあ浄化すればいいんじゃないの? 殺すとか消し去るとか、そんなことしなくてもさ。邪気だけ払うみたいな」


「は? テツヤ、何言ってんだ? 浄化っていうのは死者の魂に恨みや執着を捨てさせ、悪霊となっていない状態の魂を精霊の元へ返すことを言うんだぜ? 完全に悪霊になったら消滅させるしかない。あれ……でも……悪霊をそうじゃない状態にだって戻せるのか? 神話や伝説だと大体悪霊を倒して、倒された悪霊が別の存在へ生まれ変わる時に邪気が消える……」


「あれ? 浄化ってそういう意味だったの? いや~てっきり、僕は闇系の存在を光属性に変化させるのを浄化だと思ってたわ」


「それは私もおかしいと思うな。だって闇属性になったなら、邪気を消すなんてしたら存在そのものが消えちゃうんじゃないの? でも変換? それならいけるのかも……」


 やっぱディアだっておかしいと思うよな。霊体、魂が闇属性になったなら、それは純粋な闇属性魔力に近い存在になってるってことだ。闇を消すってことは闇の魂を消すってことだろ……


「あれ? ん? 悪霊って闇属性なの? ここのアレコレは前のイメージと違って色々噛み合わないこと多いんだよなぁ~」


「悪霊は間違いなく闇属性だ。精霊の目で見てもそれは間違いない。現に今のクランゼルグを見ても闇属性……あれ? でも……あの黒い謎精が残ってるな。あれは闇属性じゃないぞ? 単純な八大元素以外の属性はあるっちゃあるが、それは色んな属性が混ざり合ってるだけで、分解していくと、結局八大属性に辿り……おい! あるぞ、闇属性以外! 毒の魔力を作った時だって俺は毒の精、属性を認識してたけど、あれだって突き詰めれば色んな属性の複合だ!


 八大属性以外の小属性は、様々な属性の複合。クランゼルグの善良な心は、あの謎精、暗黒街のやつらに耐性を与えて守った、ブラックパウダーの中に残ってるかもしれねぇんだ! フルブラッドがネズミの先祖悪霊とクランゼルグにパスを繋げたみたいに、俺らがブラックパウダーから暗黒街のやつらとのパスをクランゼルグに繋げてやれば! いけるかもしれねぇ!」


「ほ、ほんとうなのかよ漬物石!! クランゼルグを助けられるのかよっ!!」


 ドランゼルグの瞳が明るさを取り戻す。テツヤのおかげで自分の中の固定概念をぶっ壊すキッカケができた。


「おい、耐性がまだ切れていないということは、まだ暗黒街の者とクランゼルグの間に繋がりがあるってことの証明じゃないのか? 人を敵視しても一度は仲間だと思ったから、相反する感情がせめぎ合ってるのかもしれん。……ん!? ぐはっ……!?」


「ネルちゃ──……っぐ!?」


「え? おいみんな!?」


 ネルスタシアとディアミスが急に倒れだす。いや二人だけじゃない、そこらじゅうで人がバタバタと倒れだした。いや倒れていない、元気なやつもいる。ドランゼルグや暗黒街に住む者たちだ。今日は祭りだ、暗黒街のやつらも城下町に来ている。何度か見た顔のやつがいるが、そいつらは元気だ。


「まさか、クランゼルグが溜め込んでた毒が、恨みで強化された毒が放たれてんのか?」


 急いでクランゼルグの方を見る。俺の思った通り、クランゼルグから毒の精が尋常ではない量噴き出している。


「そうか、やっぱクランゼルグと繋がりがあって、暗黒街のやつらはまだ耐性で守られてるんだ」


「お、おイ! だったらなんでオメェはヘーキなんだよ!! オメェは暗黒街の住人じゃねーだろ?」


「そういやなんで俺平気なんだ? ディアミスだって勇者だから、勇者の耐性って線はないし……もしかして効いてるけど、耐久が高すぎてなんとかなってんのか?」


「はぁ? んなバカな話が……あるかもしれねぇ……オメェ素手で人が死ぬ温度の火を触ってもなんの問題もなかったもんなァ……おい、どうすんだよ。頭回る奴らが全滅しちまった……」


「っく、急がねぇとみんな死んじまう!! 俺達だけでやるしかねぇ! おい、ドランゼルグ、暗黒街のやつらを集めてこい!! お前自警団のリーダーだから顔効くだろ!」


 やべぇ……俺達の中で賢いナンバー1、2が同時にダウンしてる。意識はあるが、まともに動くどころか喋ることすらできない状態だ。すぐに死ぬことはないだろうがヤバイ……デュランダル師匠の方を確認してもやっぱりダウンしてるし……


『ほ? ほほほほほ? いや~びっくりしましたけどやっぱこうなりますよねぇ? いくら予定外のことが起こったって、毒が機能すれば終わりなんですよぉ!』


 静かだったフルブラッドが調子に乗り出す。ムカつく野郎だ……思ったよりも事態の進行スピードが早い……ディアやネルスタシア、他のダウンしたやつらがすぐに死なないと思うことだって。俺がそう思い込みたくて、そんな風に感じてるだけかもしれない。不安で胸が押しつぶされそうだ……もしかしてこの押しつぶされる感覚は毒なのか? うああああああ、もう、いやあああああああ!! パニくってきたわ!!


 そうこうしている間にドランゼルグが暗黒街のやつらを集めてきた。


「ああ、集まったか! みんな聞け! このデカくてキモイ龍みたいなのは実はクランゼルグだ」


 暗黒街の人々から動揺の声が聞こえる。そりゃそうだ、当たり前だよなぁ……


「クランゼルグは進化したネズミの魔物で先王に撒かれた殺鼠剤を自分が持つ耐性で無効化できた。その力をお前ら暗黒街のやつらに分け与えることで、先王が毒を撒いた時も、お前らは助かったんだ」


 おれがそう言うと、暗黒街のやつらの動揺は急に治まった。「なんとなく、そうじゃないかと思ってた」大体、そんな感じの声が聞こえた。みんななんとなく感づいてたんだ。元々思ってたことが確信に変わった。


「クランゼルグは完全に悪いやつになったわけじゃないかもしれない。お前らにまだ耐性が残ってるのがその根拠だ! だから、クランゼルグを、お前らの仲間を憎しみから救ってやれるかもしれねぇ! それができんのは! あいつと繋がりのあるお前らだけだ!」


 暗黒街の人々の顔つきが変わる。真剣な眼差し、覚悟を決めた顔。泣いている者も多い、だけどみんな前を向いている。みんなクランゼルグを助けたいんだ。恩がある、友情がある。いける、俺はこの温かい人波を見てそう思った。俺が、全力で手助けすればやれる!


「今のクランゼルグは精霊に近い魔力エネルギー体。だからすり抜けられる。今のあいつは馬鹿デカイが、その体内にもすり抜けて入ることができる。クランゼルグの中に全員で突っ込む、それが作戦だ。お前らはクランゼルグの一番近く、やつの体内であいつに対する気持ちを伝えればいい。感謝でも、友情でも愛情でも、絆を思い出させてやれ!」


「それって大丈夫か? いくらみんなに耐性があったてよォ……」


「大丈夫だ。俺を信じろ!」


 ドランゼルグの不安そうな声に自信気な声で答える。本当は違う、自信があるわけじゃない。でも、こいつらを不安になんかさせたくない、この勢いを殺したくない。ディアもネルスタシアも動けない。俺が、やるんだ!


 俺はポーチからハンマーを取り出し手に持った。不安な気持ちを抑えるためだ。俺にとってハンマーは身近な存在、分身みたいな存在だ。俺に勇気をくれ、相棒……


 歩みを進める。俺を先頭に、人波が行進する。悪霊の龍の、腹の中を目指して。毒気だけでなく、大量の闇属性魔力が吹き荒れる影響で空は昼間なのに暗くなっている。


 ハンマーに魔力を込める。その先端が熱く熱を持ち、発光する。ハンマーを松明代わりにして進む。クランゼルグに近づくほど毒の属性は強くなり、それは意志を持っているかのように蠢き、煙でできた触手のような下級精霊と化していた。触手達はこちらに襲いかかってくる。


 だがそれらはただ一人を狙う。暗黒街の仲間でない俺だけを集中して狙う。すべての攻撃が俺に集中する。物理的なダメージはない、だが、魔法的なダメージはある。攻撃を受け続ける俺を人々が心配そうな目で見ている。だけど、俺はタフだから問題ない……問題ねぇ!


「問題ねぇ! 歩みを止めるんじゃねぇ! 俺は勇者だ! だから大丈夫だ!」


 勇者をやめたい。そう思ってたし、今だってそう思ってるのに、俺の口から出たのはそんな言葉だった。自分でもなんでそんなことを言ったのかよくわからない。


 歩き続け、ついにクランゼルグの内部へとたどり着いた。やたらデカくなったクランゼルグの体内には先程見た毒の幽霊触手で溢れていた。触手が大量に、容赦なく俺に向かってくる。


「──っかはッ!?」


 俺は血を吐いた。体を確認すると肌もただれていた。ただれた皮膚から毒気が俺に入り込もうと暴れる。痛い! 痛い痛い痛い!!! 全身から血が噴き出し始める。こんな、こんな大怪我するの初めてだ……俺は出血なんてほとんどしたことがない。昔、ガーディナス兄さんと剣の稽古をした時に一度だけ出血した記憶があるぐらいで、それ以外はまともに怪我をしたこともない。


 はっきり言ってこんなに痛いのは未知の領域だ。俺は、死ぬのか? そんな不安が真面目によぎる。痛い、痛い、怖い……怖い、ディア……!! 助けてディア!! う、ううううう……ああ……そうだ、そうだ……ディアは……今動けないんだった。


 俺が、俺がやらなきゃネルスタシアもディアも死んじゃうかもしれない。ダメだ、そんなの絶対、絶対ダメだ!! 俺がここでヘタれたら!! 多分、毒の触手は俺の後ろの奴らに牙をむく。いくら耐性を付与されていようと、こんな近くまでくれば、相手も容赦はしない、事実、触手達は敵意を暗黒街のやつらにも向けている。


 俺が一番攻撃の優先順位が高いから、他に攻撃がいかないだけ。だから、俺は止まっちゃいけない、倒れちゃいけない、意地でも! なんでもだ!!


「おい! 漬物石!! もうボロボロじゃねぇか! 死んじまう! なァっ!?」


「うるさい!! 大丈夫だって言ってんだよぉ!! 痛いから早く! 早くお前ら、クランゼルグに気持ちを伝えやがれ! 祈れ! ドランゼルグ! お前が一番クランゼルグと仲がいいんだ! お前が日和ってどうするよ!! お前が、お前こそが! クランゼルグを救える! ただ一人の勇者なんだ! 誰かと誰かを繋ぐ勇者の名前を引き継いだ! お前の役目だろうが!! 男なら根性見せろやああああああああああ!!!」


「うるせェぞ馬鹿!! オレは男じゃねぇ! 女だよ!! クソっ!」


 え? こいつ女だったの?



「クランゼルグ!! 戻ってこいよ!! こんなクソつまんねーこと、オメェだってやりたくないんだろ!? 思い出せよ! 釣りして、かくれんぼして、一緒に粘土でドラゴン作った! いつもオレの馬鹿みたいな愚痴を聞いてさ、言ってるオレですらつまんねーと思うことを、オメェは困った顔しながら笑うんだ。オレは、それがあったかくて好きだった!!


 きっと、これが家族なんだって! オレは! オレは思ったんだよォ!! 説教臭くてうざいときもあるけど! オメェがいなきゃつまんねーんだヨ! だから戻ってこいよ!! 家族で、友達で、仲間なんだよ!」


 ドランゼルグに続き、他のやつらも祈ったり、気持ちを言葉で伝えたりしている。そうしていると、クランゼルグが揺れだした。触手達も連動するように俺への攻撃を激化させる。血飛沫があがり、ついに皮に穴があいた。肉が露わになる。


 その部分を狙うように、潜り込もうとするかの如く、触手が暴れ、突撃してくる。痛すぎて逆にもう何も感じなくなってきた。これは、効いてるな。クランゼルグが戻りそうになってるから、抵抗をしているに違いない。


 そんな中、地鳴りがし始めた。ドドドドと、地鳴りがこちらに近づいてくる。ドランゼルグの半透明の膜を突き破って、暗黒街のカオスラット達がやってきたのだ。その目に俺や暗黒街のやつらへに敵意はない。ピム、プリム、ペルム、例の三匹が俺とドランゼルグの元へと駆け寄ってきた。そして身振り手振りで俺達に何かを伝えようとしている。しかし伝わらないのを察すると、ペルムが地面に文字を書き始めた。


「肉になった、所を狙え?」


 ネズミの言う通りならあるはずだ! クランゼルグの体で実体化した場所が……周りを見渡す……が、そこで俺の視界は真っ暗になった。目が毒でダメになったみたいだ。むしろ今までよく持ったな……でも、かえって集中して精霊を見る(あっちの)目で見ることができるぜ!!


 集中し、気配を探る。


 そうか、肉になったのは目玉か!


「おい、肉になってんのは目玉だ。ネズミ共、暗黒街のやつらの魔力を使って魔法を使え、風魔法だ。それで俺をあいつの目ン玉まで吹きとばせ」


「チュチュ!」


 ネズミ達は意図を理解したらしい。なんとなく、そんな感じがする。そして風魔法は放たれた。俺は高く、高く飛ばされた。


「お目覚めの時間だぜ! なぁ! クランゼルグ!! おらあああああああ!」


 俺はハンマーでクランゼルグの目玉を叩いた。肉の感触がある、だがそれだけじゃない、俺には見える景色がある。俺にしか見えない景色がある。クランゼルグの目玉は肉でない部分、魔法エネルギー体である部分と確かに繋がっていた、その境界が俺には見える。実体化した部分は、クランゼルグが必死に抵抗して、力が宿った部分。光の属性が灯った部分。その構造が俺には分かる、実体化しない場所との違いがはっきりわかる。


 どうすればその構造が、光の属性へと変わるのかが分かる。目玉の中の光をハンマーで打ち出す。光はクランゼルグの体を駆け巡っていく。俺は落下しながら、何度もクランゼルグの体を叩く、光が通る瞬間の肉のある場所を叩く。俺は地面に落下した。着地に失敗したが関係ない、俺が、俺が完成させる。こいつらが共に歩める未来を!


「おらあああああああああああ!!!」


 ハンマーで最後の一撃を地面と同化した肉に与える。


「オオオオオオオオオオオオオオオ!!」


 ネズミの癖に、ドラゴンみたいな声で吠えやがる。


 闇は晴れた。目は見えないが光は感じる。きっと空は晴れたんだろう。そして、前とは少し違うが、知っている存在を見つけた。


「クランゼルグ!! クランゼルグうううううううう!!」


 小僧、いや女なんだっけ? ドランゼルグがクランゼルグに勢いよく抱きつき、涙と鼻水でベトベトになった顔をクランゼルグの胸に押し付ける。あれ? 俺、目が見えてるのか? 確認してみると目が見えるどころか全身にあった傷がすべて治っていた。


「よくわかんねぇけど……よかったぁ~」


 流石に疲れた俺は地面に倒れ込んだ。


少しでも「良かった」という所があれば評価、ブクマお願いします! 連載の励みになります!

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