第1話:呪いの装備
主人公であるムーダイル視点の話となっています。
「勇者殿〜? ……フラグライトさん家のムーダイルさーん? 王様がお呼びなんで城に顔出しお願いしまーす! あんたが来てくれないとまた王様に叱られちゃうんだけど……
僕が王様に叱られても心が痛まないのかい!? ぬわ〜ん! うお〜ん! このまま玄関の前で唸り続けたって良いんだぞ!? それがお前の望みだって言うのかぁッ!?」
またかよ……このところずっと王城から兵士が城に顔を出せってうるさいんだよな。しかもこの兵士なんかうざいし。というかお願いの仕方雑過ぎだろ。礼儀ってものをまるでわかってねーぜ。
「嫌でーす、いきませーん。小煩い女王様の説教なんて聞きに行きたくありませーん。悪いけど、まぁ実際はそんな悪いと思ってないけど、今日も女王様に叱られてくれ」
「お、お兄ちゃん!! そんなこと言ったらダメだよ! ネルちゃ……じゃなくて王様はお兄ちゃんのことを心配してお話しをしようって言ってるんだよ?」
小煩いやつがここにも居たか。はぁ、城と玄関と俺の部屋に煩いのが少なくとも3人いる。それだけでやる気が減退するのは当然、だから俺が動かないことには間違いなく正当性があるのだ! 俺のやる気をいい感じに出させる努力が出来ないこいつらが悪いことは明白だ。うん……
そんなことを考えていると妹にもそれが伝わってしまったのか、ちょっと睨んで来る。気まずい……でも、嫌なんだからしょうがないだろ。ずっと妹の言うことを聞くのも飽きた。俺だって俺の考えがあるんだ。
「別に心配も何もねーだろ。俺は勇者ではなく鍛治師、鍛治師として今はそこそこ仕事してる。品質だってこの国じゃ最高峰なんだ、どこに問題があるんだかさっぱりだぜ」
そう、俺は鍛治師だ。今は鍛治師としての仕事をして日々生活している。けど、ジョブは……勇者とかいう呪われた装備に圧迫されてしまっている。
普通の人はジョブを自分で選べるんだけど、世界の役割を担うとされる真理ジョブを持つ者は基本的にジョブを自由に選べない。
真理ジョブは生まれつき持っていたり、神や大精霊といった上位存在から与えられたりして得るモノで、俺の場合は生まれつき、フラグライト家という勇者の血筋によるものだ。望んで勇者というジョブを得たわけじゃないし、正直な話、勇者の血を引くから勇者というのはおかしいと思う。
勇者とは『勇気』ある者のことを言うのであって「お前勇者な?」と言われてなるものでもないし、それこそ勇気が手に入るわけもない。勇気のある者がその行いによってあの人は勇者だと自然に認められていくのが勇者なんじゃないのか?
戦闘力ゴミで戦う勇気もない俺が、勇者なんてあり得ないわけよ。だから表向きジョブは勇者でも、俺は鍛治師なんだ。
「妹ちゃんに叱られちゃってさぁ? まるで君のママのようだね。あんたは妹に母性を求める系なのか? まぁいいや、言っても無駄っぽいし、ククク、まぁ後悔するがいいさ、なーーはっはっはっは!」
兵士が捨て台詞を吐いて玄関から去っていく。窓からその様子を隠れるように見て、その姿が見えなくなると俺は家を出た。鍛治に使う金属類を調達しに街の市場にいくためだ。しかし、兵士のあの高笑いと意味深な捨て台詞、アレはなんだったんだ……?
──────
「すまねぇなぁ。フラグライトさん、あんたに鍛治素材を売ることはできねぇ」
「は?」
いつも贔屓にしている卸商のおっさんの言葉を理解出来ず一瞬フリーズする。俺に鍛治素材を売れないだと? 単に素材が売り切れたとかそんなのとは違うような気がする。
なぜならいつもは売り切れたとしても明るく「すまんな」と言うだけだし、様々な種類の素材全てが売り切れるなんてことは考えづらい……っていうか店の奥を見たら普通に素材あるしっ……!?
「いやな? 正直よくわかんないんだけど、法律が施行されたらしくてさ、ムーダイル・フラグライトへの鍛治素材の販売とムーダイル・フラグライトのつくる鍛治製品を売買することは禁止になったらしいぞ」
「そんなピンポイントな法律あるッ!? えっ……? 俺だけこの国で経済封鎖されるの?え? え? え? というか、 一人の男を制裁するために法律施行するとかおかしいだろ! あのクソ女王何考えてんだ! 暴君かよ!」
いつの間にか俺はピンポイントで経済的に終わらされたらしい。名指しだもんなぁ……これって俺に圧力をかけるのを隠すつもりないってことだよな。
こんな法律出したら恥だろ、まぁ名指しで法を定めなかったことによって無関係な誰かが巻き込まれたら嫌だったんだろうけどさ。
「暴君は先王だろ? 今のネルスタシア女王陛下はアステルギア王国歴代の王の中でも一二を争うレベルの名君だと言われてるし、今まで一度も変な法律を作ったことはなかった。なぁフラグライトさん、あんた何したんだよ?」
「いやーなんだでだろうね……」
俺は思わず顔を伏せる。そうなんだよな……あいつ普通に名君らしいんだよな。先王がゴミカス過ぎてそのギャップから民からの人気がエゲツないことになってるんだった。だから俺に同情するやつはいないだろう。実際俺が悪いしな……
「陛下に謝りに行くならちゃんと髪と髭どうにかして、風呂入ってからいきなよ? 流石に臭すぎるしドワーフと浮浪者の融合体みたいな頭はヤバイって……ここならともかく陛下に会うのにそれはアウトじゃわ」
俺は震えるようにおっさんの言葉に頷くと逃げるようにその場を離れた。
──────
家に帰った俺は壁を背に床に座り込んだまま、頭を抱えて震えていた。行かなきゃいけないってことは分かってんだ……!! でも、頭が、頭が痛ェんだよォお!!
「ただいまー。ってあれお兄ちゃん? なんかただ事じゃなさそうなアレだね……というか酒臭っ!?」
妹が酒臭いと言ったように、おれは市場から帰る途中、目に入った安酒場で酒を呑みまくったのだ。ショックとネルスタシアに会わなければならないという現実から逃げたくなって、ついやってしまった。
一杯呑んだらそこからはヤケだった。鍛治素材を買えないことで余った金を全て酒につぎ込み、このまま意識を失ってなんもかんも滅茶苦茶になればいいんだと呑みまくった。
だが勇者の耐性を持つ俺が酒で意識を失うことはなかった。ふらつきはするものの、金を全て使って呑んでも、歩いて家に帰ることができてしまった。
そんな俺を妹は、ディアミスは本気で心配するように見つめていた。妹の、どう話を切り出すか悩む姿を見て、もう俺は……罪悪感で、心臓か潰れてしまうかもしれないと思った。
そして俺は今日の出来事をディアミスに全て話した。妹は俺を怒らなかった、それでより俺は悪いことをしたのだと思った。明日一緒に王城へ行くと約束すると「髪と髭をどうにかしないとね」と言って俺にカミソリとハサミを手渡した。
「あ、ああ、こ、これダメなやつだわ……手がめっちゃブレちゃう……」
酒を呑み過ぎた俺の手はプルプルと震え、ある時はスライドする。これじゃまともに剃れない……
「そう言えばよっぱらってたんだった。これじゃうまくできないだろうし私がやるね」
そう言うとディアミスは俺の髭を剃り始めた。体全体を使って揺れる俺の体を椅子に固定しながら器用に俺の髭を剃ると、今度はハサミで髪を切っていく。ゴワゴワなうえ放置し過ぎて毛量が凄いことになっていた髪はハサミの入りが悪く、ガジガジと音を立てた。ここ最近、俺は妹への反発心から身なりの手入れを怠っていた。なんでそんなことしたんだろうと思うけど、正直途中からは意地だった。
今から二ヶ月前、女王に城へ来いと最初に言われた時、俺は行きたくないと思った。妹は俺を城へ行かせようとした。それが気に食わなくて、馬鹿みたいな反発をした。身なりとかだけじゃなく、なんでも、なんでも反発した。自分でもよくわからない、なんで自分がこんな、子供じみたことをしているのか……俺は今18なのに……子供の頃ですらこんな馬鹿なことはやっちゃいない。そういった記憶はまるでない。
次は風呂だったかとディアミスの方を見るがポカーンとしている。
「え? もしかしてお風呂に入れて欲しいの?」
「──!? あ、いえ、そういうわけでは……」
そうだよ。冷静になってみれば妹に体を洗ってもらい、風呂に入るなんてヤバイんじゃねーか? けど実際流れで風呂に入れてもらおうとしていた俺は、それを誤魔化そうとする。しかし混乱から敬語で、妙な態度をとってしまった。
風呂に入る。汚れ過ぎていた俺の体は洗うことで肌の色が変わっていった。そうして自覚する。「俺汚過ぎだろと……」そうして風呂から出るといつの間にかディアミスが用意してくれたであろう服があった。着替え終わり居間に出ると妹は鏡を持って俺に向けた。
「ほら、全然違ってビックリでしょ?」
「──っ!? 誰だよ! このイケメン!!!!!? ──って俺だわ……」
鏡の向こうには自分で言うのもなんだけど、物凄いイケメンがいた。中性的ながらも男らしさを感じさせる無骨さを持ち合わせた顔、光の加減によって色味を変える少しくせっけのある栗色の髪、鍛えられた引き締まった肉体美。
そうだな、このイケメン顔に面じてネルスタシアも許してくれるかもしれないよな。と、無理やり己に希望を持たせて俺は明日に備えて眠るのだった。