表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

19/42

第18話:宿命の羽ペン


 朝、アステルギア城下町のメインストリートに、俺とディア、テツヤ、ドランゼルグ、クランゼルグの5人でやってきた。今日は俺とネルスタシアの出会いの日を祝う祭りの日、そしてそれを利用した軍事作戦の決行日でもある。ネルスタシアとデュランダル師匠は俺達とは別行動、護衛の近衛兵達に囲まれて広場にいる。


 メインストリートには沢山の出店が立ち並んでいるが、そのほとんどは私服の兵士達で、それ以外は御用商店の従業員たちが協力している。私服の兵士達がだけで出店料理を作れば、料理のクオリティが下がりすぎて相手に感づかれる可能性がある。そこで、それを御用商店の料理人達に協力させることでいくらか、問題の解消の狙った。


 実際、それでうまく回っているようだった。もしかしたら元々料理が得意な兵士達を中心に選抜したのかもしれないな。見ていて手際の良いやつが多い。ただ、女性の兵士がやっている出店はちょっと目立つかも。普通の女性と比べて明らかに体が鍛えられているからだ。男の兵士の見た目は普通の料理人と大差ない、近衛兵クラスになると明らかな違いがあるが。


 俺達は出店の料理を堪能しながら祭りの経過を見守る。正直出店の料理は普段食べるものと大差ない、イモや魚を使ったものがほとんどで、野菜はもやしやキノコが中心。イモをペースト状にして焼き上げた生地で魚や野菜を包んだ、フーティアンという料理が人気だ。まぁ祭りだから特別売れるってわけじゃなく、元々人気な料理だから売れてるって感じかな。しばらく、何事もないまま時が進んで、広場のネルスタシアのスピーチが始まった。


「今日は急な催しをすることとなり、皆に無理をさせた。しかしだ、今日はわたしにとって、とても大事な日だ。幼少の頃よりわたしを支え、励ましてくれたムーダイル・フラグライト。勇者が血族が一人でもある友と、わたしが出会った日だ。だと言うのにわたしはそれを忘れてしまっていた。ここ最近、政治的、経済的にも変化が多く、振り回されることも多かったからだろう。


 そして、おそらくそういった者はわたし以外にも数多くいるのではないか? ということに気がついた。変化や多忙の日々に、自分にとって大切なモノはなにか? それを忘れてはいないだろうか? 私だけでなく皆にも、今一度、己が愛する家族や隣人との絆を確かめる。そんな日が必要だと思ったのだ。


 我々が辛くとも生き抜くのはなぜか? 各々が仕事を真っ当するのはなぜか? その原点の一つは、やはりそういった親愛の情が欠かせない。これを疎かにすれば、自分が何のために奮闘するのか、わからなくなってしまうことだろう。


 それぞれが強く結束することが、この国に豊かさを齎すとわたしは確信している。今日という日を、絆を再認識するために使い、楽しんで欲しい。──以上だ」


 ネルスタシアが広場の壇上から降りる。すると、魔法によるパフォーマンスが各地で行われ始めた。魔法兵や錬金学校の者たちによるモノだ。光り輝く巨大なシャボン玉や、動く水の柱による曲芸、手の代わりに音魔法を使ったジャグリング、魔法水のプールでの水中演舞等だ。全体的に軍事訓練で行うものを応用したパフォーマンスが多いらしいが、クオリティは高い。


 民衆もパフォーマンスに目を奪われている。普通に祭りとして成功してしまっていた。パフォーマーや出店は基本的に、民衆のいるエリアに多く存在し、祭りを楽しもうとすれば自然と民間人は隔離されていくような感じだ。問題が起こるエリアがあるとすれば、広場とその近く、俺達のいるのメインストリート北部だ。敵が元から民衆を狙う場合は当てが外れるが、抗議を行うとすればさっき言ったエリアになる。


 楽しい、嬉しい、癒やされる。そんな感情が渦巻いているのだろう。光精霊達が喜んでいる。すると、どんどん光精霊が集まっていき、珍しい現象が起きた。集まった精霊達が融合して、意志を持った上位精霊にランクアップしたのだ。クラゲのような雰囲気の女性型精霊だ。俺もこんな現象は滅多に見ることはない。祭りの度にこんなことが起きてるとは思えないし、どうしてなんだろうか?


 そんなことを考えていると、クラゲ女の精霊が俺に近づいてきた。


『あちしがみえるの?』


「ああ、見えるぞ。俺は精霊が見えるんだ。上位精霊が生まれる瞬間を見れてびっくりだぜ」


『そうなんだ。みんながまんしてたから、いっきにあったかいきもちがあふれちゃったのかもね』


「あーそっか、皆今まで復興のために頑張り続けてて、温かい感情を出すタイミングがなかったのか。反動ってやつだな」


『なんか、わるいのがきてるよ? こっちくる』


「え?」


 俺は目を疑った。クラゲ女の精霊に言われて振り返ってすぐ、俺の目線の先に、敵幹部がいる。当然俺は幹部の姿なんてしらない、だけど分かる。俺はテツヤやディアミスと違って見ただけで相手の強さが分かったりはしない。だけど、尋常ではない、隠そうともしない邪気が、その男から溢れていた。


 痩せ細った初老の魔法使いだ。黒髪のきしんだ長髪、死んだ魚のような青い目。頬の肉はえぐり取られており、歯や肉が見えてしまっている。なんで、なんで敵幹部がいきなりここへ来る? 民衆を扇動することもせず、直で来た。今までやたら回りくどく、慎重にしっぽを掴ませないように立ち回ってきた存在が、あっさりと表舞台に出てきた。


 ヤバイ、ヤバイ気がする。普通に考えたらこの男がどんなに強くても、この国の猛者が集中するこの場で戦えば、勝てるとは思えない。それなのに出てきた、何か勝つ算段があるんだ。でもどうすれば──


「──結界陣、起動!」


 ディアミスが叫ぶ、少し遅れて、広場の近衛兵達も同様に叫び、城下町各地で不可視の偽装を施された結界魔法陣が起動される。あたりが一斉に緑の光で包まれる。


「なるほどぉ、肉体、精神全てに作用する麻痺の結界ですかぁ。ワタシがいた頃よりも頑張ってるみたいですねぇ。でも、意味ないですよ? ワタシはあなたに殺されたせいでぇ、魂も肉体も死んでいますからねぇ」


「──っ……フルブラッド! お前が、聖者の贄の幹部だったなんてね」


 この男の名はフルブラッドと言うらしい。そして、ディアに対して、あなたに殺されたと言った。ど、どういうことだ……それに、麻痺効果らしい結界が男には全く効いた様子がない。俺や他の皆、民衆達にも麻痺が効いた様子もないが、おそらく敵味方の識別ができるタイプなのだろう。


「ははは、幹部、まぁそんな感じの立場かもしれないですねぇ。あなたも酷い、肉体を殺すだけじゃ飽き足らず、ワザワザ魂まで壊すんですから……魂を壊されるとどんな気持ちになるわかりますかぁ? と言っても? これもまたやられ方次第かぁ? ワタシの魂、バラバラになったのをパズルのように組み合わせて修理してもらったんです。


 でもねぇ、幸福感を生み出す部分が欠落しちゃって、自力では幸福になれなくなりまして、笑っても好きだったことをしても、幸せになった感じがしないんです。でもぉ……幸福の感覚は憶えてるので、やっぱ欲しくなっちゃうんですねぇ」


「お前、何を言って……」


「輪廻転生が不可能なほど壊れ、死んでたワタシですが……組織に色々改造してもらって、さらに幸せになる方法も貰えたんですよねぇ。人を殺して、主神様を喜ばせたら幸福な気持ちがもらえるんですよぉ。きっとワタシを死へ追いやったクソガキ共を殺せば、それはきっと味わい深いものになる。もらえる幸福に味付けするのが、通というものですよぉ」


 フルブラッドが腰に携えた棒を抜き取り、目にも留まらぬ早さでディアミスに向けて振るった。ディアミスはそれをステップで後ろ方向に避ける。だが、俺はそこでありえない光景を見てしまった。フルブラッドがディアミスに棒で攻撃を仕掛ける瞬間、フルブラッドの背中が、縦に大きく裂けた。裂けた穴から、剥がれるようにして二つに枝分かれした背骨の一つが飛び出した。そして、飛び出した背骨が──クランゼルグの胴体に突き刺さった。


「く、クランゼルグぅ!!!! お、お前えええええええ!!」


 ドランゼルグが怒りに任せてフルブラッドへと突進する。体のバネを使い、獣のように跳ねるような動きで距離を詰める。ドランゼルグがその勢いを利用しながら、手に持つ金属性の棒を地面スレスレから振り上げる。軌道は肋狙い、フルブラッドは体を上下真っ二つに分離させ、避けた。いや、正確に言えば避けきってはいない。分かれた上半身に引きよせられるように伸びた腸が棒に引っかかり、ちぎれた。


 フルブラッドは慌てて腸の2つの断面を両手で塞ぎ、慎重にくっつけた。同時に、上半身と下半身も一つに戻る。気色悪い光景に、俺は嫌悪感を隠せない。


「やめてくださいよぉ。うんちがでちゃうでしょうがぁ~。ははは、因縁に目が行き過ぎてミスっちゃいましたねぇディアミス。考えたら分かることでしょう? なんでワタシが暗黒街でネズミ狩りなんてしてたと思うんです? ワタシの狙いがぁ、ネズミの親分に関係してることなんて、バカでもわかる。そんなにワタシが嫌いですかぁ? まぁワタシもあなたが大嫌いですけどねぇ! あはははは!」


 ディアミスはフルブラッドの挑発を無視し、水魔法を展開する。無数の水の柱がディアミスの周りから生み出され、螺旋状に回転したそれは、鋭い刃となってフルブラッドへと襲いかかる。だが──水の螺旋は、黒紫の影によって弾かれた。


 影は、クランゼルグから伸びていた。


「え? く、クランゼルグ? オメェさっき、あいつにやられて、ていうかなんであいつを庇って……」


 ドランゼルグの言葉に、クランゼルグは応えない。


「殺した、殺した、殺した。どこまで殺した? 痛い、怖い、憎い……あ、あああああああああ!!」


 ──ガチッ、ガチガチガチガチ


 クランゼルグの歯が震え、ぶつかる音が響く。ガチガチと連続して響き続ける。響くリズムは、少しずつゆっくりになっていく。クランゼルグの体は中に別の生物がいるかのようにボコボコの慌ただしく動いていて、徐々に徐々に、巨大化していく。変形し巨大化していく体、肉の実体を失い、黒く半透明な魔法エネルギー体に変質していく。


 クランゼルグは最早人型どころかネズミ型でもない。ボコボコと蠢く、黒いビロードで出来た龍、そんなカタチをしていた。


 俺には分かる、これは、人を殺す怨念、悪霊だ。クランゼルグは人を滅ぼすための外敵になったのだ。今もゆっくりと成長を続け、どんどん巨大になっていく。


「汚染したのか……クランゼルグの魂を……あいつは、人と仲良くしたかったんだぞ? 人と一緒に生きようとしてた。なのに、その気持ちを! お前は台無しにしたんだ!!」


「ん? あー……無能なフラグライト家の三男でしたか? 当たり前でしょう? 色々台無しにするためにワタシはここに戻って来たんですからねぇ? やっと、この国も終わりだ。クソガキ共が邪魔しなければ、二年前に完遂して、今日こうする必要もなかった。ワタシがヒトをやめる必要もなかった。もうさぁ、終わってるんだよねぇ! この国は、とっくにさぁ! どちらにせよワタシに潰される宿命だったァ!! あっ──!?」


 その瞬間、閃光が奔る。鈍い銀色の光、遅れて音が響く、空が割れるような轟音が響いた。フルブラッドの頭が胴から離れ、二つに割れると粉々に砕け散った。斬撃と言うにはあまりに荒々しい力が、ネルスタシアの剣から放たれていた。広場にいたはずのネルスタシアは、一度の跳躍で俺達のいるメインストリートの北部まで移動し、その流れでフルブラッドの頭を叩き潰した。


 頭を失っても尚、フルブラッドの胴体は何事もなかったように動き続けている。俺が唖然とするなか、ディアミスがフルブラッドに追撃する。腕に水の刃を纏い、振動させた刃先がフルブラッドの胴体を切り刻む。一切合切、血しぶきの存在すらも、振動する水刃は許さない。フルブラッドの肉体は跡形もなく完全消滅した。


「無駄ですよぉ。そもそも死んでるんですからねぇ」


 フルブラッドの声が響く、フルブラッドは半透明の魔力精神体になっていた。魔力で空気を振動させて、精神体のまま喋っているんだ。体を潰しただけじゃこいつを殺しきれないんだ。


「まぁ、ネルスタシアがこんなに強いのは予想外でした。それに比べてディアミス、あなたは弱くなりましたねぇ? ワタシを殺した時よりずっと弱い。ふふふ、でも力でワタシを殺そうとするなら全部無駄なんですよねぇ。あなた方が認識できないレベルにまで肉の世界からワタシの存在を遠ざければ、一度ワタシを魂ごと殺したあなたと言えど、手出しできない。いやぁ、愉快愉快、あははははは」


 そう言って、フルブラッドは魔力精神体の体を霧散させた。


『はぁ……怖かったぁ。今度は完全消滅させられるところだった。しかし、クランゼルグとワタシが取り込んだネズミ達の先祖霊、いや先祖悪霊とのパスを繋げる作戦はうまくいきましたねぇ。これで、今までクランゼルグが人々を守るために溜め込んでいた大量の毒素が解き放たれる。そうすれば、地底異海のトーリスが伸ばす触手も消えて、この国も沈没する。いやぁ~やはりワタシは賢い』


「トーリスっていうのがあの蜘蛛の巣みたいなのを作ってたのか……それでネズミ狩りをしてたのは、クランゼルグの負の記憶を呼び覚まして、人に殺された恨みを持つ悪霊ネズミ達と繋げやすくするためだった。でもなんで溜め込んでた毒が解き放たれるとトーリスの触手が消えるんだ?」


『それはですねぇ、地底異海の神トーリスは古代神でして、長い間ずーっと眠っているんですよぉ。寝ている間に漏れた特殊な魔力が、クモの巣状の繊維に物質化してるんです。でも繊維はトーリスと繋がっているので、恨みによって浸透性が増し、強化された毒が染み込めば、そのままトーリスへと注がれます。そうなったらトーリスは目覚め、繊維化した魔力を非物質状態に戻すんですねぇ』


「毒がきっかけでトーリスの触手が消えてアステルギアは沈没する。これがマジなら、クランゼルグが与えていた毒耐性もなくなるから、毒の影響を受けたやつはまともに動けない……止めるやつも毒にやられて本当の狙いに気づいた頃にはもう遅い、そんな感じの二重の策だったわけか……」


『そうですそうです。やはりワタシはかしこ……え? あれ、あああああああ!? 何ナチュラルに会話してんのおおおおおおおお!? ななななな、なんで!?』


「そりゃだって俺は精霊が見えるし、話せるからな? お前、元人間だからか知らないけど、魔法エネルギー体、精霊体は自分の心に素直になりやすいって性質を制御できてないみてーだな。だからお前は俺に喋ってはいけないと思いつつも、本当は誰かにその賢さを認められたいから、喋ってしまう」


『そそそ、そんなわけないでしょう!』


「そうか? だけど、お前は実際ネルスタシアでも読みきれない策を展開できたわけだろ? そんな賢い奴が何者なのか? 正直俺は興味あるね」


『はは、賢い? まぁそれは当然でしょう。先王を煽り、狂気に追い込んだのはこのワタシですからねぇ! 大臣としての立場を使って聖者の贄としての工作活動をしていたんです。あなたはワタシが一度死んだぐらいにこの国に帰ってきたようですからお互い面識はありませんが、そりゃあもう、ワタシの悪名は轟いていたんです……は!?』


「そもそも精神力が強いわけでもない存在が、無理やり精霊や神に近い存在になったとしても、己を制御できると思うのか? お前、賢いけどバカだな。ネルスタシア、ディアミス。今の聞いてたんだろ? どうにかしないとな」


 ネルスタシアもディアミスも、フルブラッドが生きている? ことすら知らなかった。現実的な視点からは、確かに二人は悪くない策を立てていた。フルブラッドでなく、生身の他の幹部だったなら、おそらくあっさりと策は成功していたと思う。だが実際はそうじゃなかった。過去の、二人に因縁を持つらしい存在が相手だった。フルブラッドはディアミスやネルスタシアの思考パターンを読んだ上で、それをずらしてきたんだ。


 さらに言えば、フルブラッドと因縁のある二人は冷静さを失い、情報を得るという目的を忘れ、フルブラッドを即、殺しにかかった。フルブラッドが実はヤバイやつで、それを知ってる二人は情報を得るよりも、余計なことをされる前に潰すことを優先したのかもしれないか……


 ここまでのフルブラッドの振る舞いを見るに、こいつはプライドが高い。フルブラッドは、二人の思考の隙を突くついでに自分の自尊心を満たすため、直接復讐しにやってきたんじゃないか? 身を守る手段まで用意して。だけど二年前にはいなかった存在が、ここにはいる。俺がいる。結局フルブラッドは因縁の相手を意識し過ぎて俺の存在を軽視してしまった。ピンポイントでカウンターとなる存在がいたんだ、こいつも運がなかったな。


少しでも「よかった」という所があれば評価、ブクマお願いします! 連載の励みになります!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ