第17話:女豹の罠
途中で視点が変わります。
ここ2、3日の間、色んなことから目を逸しつつ暗黒街を探検している俺だが、それでいくつか分かったことがある。暗黒街には沢山の地下道や地下施設があるが土地が脆くなっていないことだ。でも普通、地下に穴だらけだったら脆くなるはずだろ? なんでだろうと思って、今も暗黒街で別の地下道を掘り進める業者に聞いてみた。本当は俺が直接掘り進めて確かめたかったが、力が足りず断念したためだ。
業者によると、暗黒街は丈夫な蜘蛛の巣のような何かが化石化したものと土が混ざった地盤で出来ており、揺れや衝撃、圧力に強いらしい。そんな丈夫な地盤だが、土とその蜘蛛の巣のような繊維を選り分けるようにして掘っていくと案外あっさり掘削できる。土と蜘蛛の巣が合わさった状態だととんでもなく頑丈になるが、2つに分かれた状態なら大したことはないみたいだ。
しかし、そうなると今度はこの蜘蛛の巣のようなものが何なのか? というのが気になってくる。暇な俺は王立図書館で資料を探し、色々と読み込んでいった。が、結局よく分からなかった。ただ言えるのはこの蜘蛛の巣のようなものはアステルギアにおいて重要な場所、地底異海から伸びていることが分かった。だから地底異海に源があるのは間違いないんだが、それがなんなのかは分からないのだ。
単なる自然現象的なものなのか、生物の体の一部が成長した結果なのか、それとも古代文明の超技術か……俺が実際精霊を見る目で見てもよくわからない。なんとなくだが、どこかに本体があるように思う。こんな巨大で大量に、広範囲であるなら普通はなんらかの精霊がいるもんだが、そういったものは見えない。本体が存在し、その場所にしか精霊的なものが存在しないのかも? と思ったからだ。
そんな感じで調べ物をしていたところ。ネルスタシアに呼び出された。玉座の間ではなく、ネルスタシアの執務室だ。他のみんなは準備で色々忙しいらしく、ネルスタシアもここで仕事をしていた。なので今はこの部屋に二人だけだ。
「事後報告になるが、わたしの隙をアピールするための噂を流しておいた。もちろんディアに検閲されたものだがな」
「え? 俺に報告する前に噂流しちゃったの?」
「まぁ聞け。実を言うとディアやデュランダルと会議をしているうちに、より相手の誘導するための仕掛けを強くした方がいいんじゃないか? という話になってな。二日後、16月38日は丁度わたしとお前が始めて会った記念日だ。それを利用しようと言う話になった。ネルスタシアは数日前、ムーダイルにちょっと褒められただけのことを真に受けて、完全に浮かれた結果、急遽記念日を祝うための祭りの開催を強引に決めた。家臣達も困っている。暗黒街が大変な時なのにやれやれだ。といった感じでな」
「祭り? どういうこと? 噂流すだけなのか本当にやるのかわかんねーけど……祭りをやる金なんてあるのか? しかも二日後って、準備間に合うのか?」
「祭りは実際に行う。コストがあまり掛からないようにするつもりだが、今回は敵幹部を釣り出すための軍事作戦でもあるからそっちからも予算を引っ張ってこれる。魔法による出し物がメインとなるから準備はそこまでいらない。出店は私服の兵士が、料理に関しても一般人が入ってこれない範囲はイミテーションで偽装する。これでギリギリだが間に合うはずだ」
「敵幹部を釣り出すって、外患や関係を持ったやつらの処分が甘いことに不満を持った者に敵幹部が接触することを考えてだっけか。接触された奴は危ないんじゃないのか? あと敵幹部が祭りで集まった要人を皆殺しにして混乱を狙うとか……」
「そこら辺は織り込み済みだ。犠牲なしでどうこうできるとは思っていない。わたしは敵幹部に接触される者は元から不穏分子だろうと思っている。国を思うからこそ反抗するという人間は実際存在するだろう。だがな、本当に国を想っているなら復興途中で外患の存在が明らかとなり団結が必要とされる中で敵の助けとなることを選択しない。不満を懐きつつも暴れたりはしない、意見書を出したりとかそういう程度になるだろう。
自分が暴れたいというだけのことに理由をつけて、粗暴な行いを正当化したい。そんな連中が敵幹部と接触することになるだろう。今回に関しては、だがな。これが実際、わたしが先王のような狂王として君臨したならば、話は違ってくるしな。
敵幹部が直接乗り込んでくる場合に関してはそこで仕留めるだけだ。戦力的にはディアとデュランダル、わたし、近衛兵らで十分だ。軍隊同士での衝突ならともかく、対単独、少数戦に関してはうちよりも強い国の方が少ない。割り切るしかないな」
ネルスタシアは明確に、敵幹部と接触してなびいたものは見捨てるといった。確かに国民全員を救うなんていうのは無理なんだろう。危険の降りかかる対象を自分たちや見捨てると決めた不穏分子に集中させるつもりなんだろう。
「不穏分子って言っても。お前は国民だと思ってるんだろ? 本当は犠牲になんかしたくないから、お前また……自分で責任を取りたくなってるんじゃないのか? 自分のために人を犠牲にするのだから、自分もリスクを背負うべきじゃないかって」
「……っ。お前は妙なところで鋭いな。そこだけは昔と変わらない。分かってるさ、王なら、身を危険に晒すべきじゃないってことは……デュランダルからも怒られたしな。だがな、わたしはもう決めたんだ。命の選択をする時、わたしの命が使えるならそれを使うと。わたしが優秀な王だと思っている者もいるようだが、そうじゃない。わたしは愚かであるからこそ、他の王が選ばぬ道を選ぶことができるんだ。
命の価値なんて、誰もが自分勝手に決めているだけ、守りたいもののために命を使う、それにわたしは心底納得しているだけなんだ。この国の民は、わたしが命を掛ける価値のあるものなんだよ」
どこまでも真っ直ぐに、透き通った灰色の目が、ネルスタシアの覚悟と刹那的な危うさを、俺に感じさせた。手を離したらそのままどこかへ消えてしまいそうな、そんな寂しさと怖さがあった。俺のことは好きだ大事だと言うくせに、結婚したいだ、子供を作りたいだの言うくせに……俺との未来を見ていない、諦めているようだった。
この子はみんなから強いと思われてるし、強くあることを期待されてるけど、違うと思った。この子の心は、守られていないんだ。不安や不都合な現実を、不器用に受け止め続けて、痛みを感じないフリをしているだけ。そう思うと、俺は悲しくなってしまった。
「あ、う、うう……なんで、なんでそんなこと言うんだよ!……寂しいじゃんか……会えなくなったら嫌だ。だから簡単に命をかけるだなんて言うなよ!! 死んだら!! 会いたくなっても会えないんだろ?」
「む、むーちゃん……ご、ごめん」
俺は泣いてしまっていた。もう18のはずなのに、子供みたいな泣き方をしてしまった。でもネルスタシアが死んだら嫌だ。頑張ってる女の子が、俺を好きだって言う子が、俺を頼ろうともしない。
「護る価値があるのは、お前だって同じなんだ! 俺がお前を守る。弱いから説得力ないかもしれないけど、お前だって守られていいはずだ!」
そう言って俺は、ネルスタシアを抱きしめた。何かできるわけでもない、昔好きだったという実感だってない。だけど、お前はただ一人の人として、愛される価値のある者だということを伝えたかった。
ネルスタシアも俺を抱き返すが、いつもとはまるで違い、弱々しく、自信のないのが分かる抱擁だった。力なく、俺にもたれ掛かってしまいそうな体をギリギリのところでとどめている。俺の肩に顎を乗せ、交差するようにそれぞれ違う景色を見ていた。
「守るだなんて……そんなこと言っちゃダメだよ。わたしにそんな価値はないし、むーちゃんには十分守ってもらった。きっと、むーちゃんがいなかったら、わたしは今この場所にだっていない。わたし、勘違いしちゃうから……今のむーちゃんには恋愛感情なんかなくて、ただの親愛の感情なんだって、頭では分かっても。勘違いしちゃうから……」
服の肩が少し湿る。ネルスタシアは分かっていた。俺が恋愛感情をネルスタシアに抱いていないことに。俺はこの子を逆に追い詰めてしまったんだろうかと不安になる。
「優しさも全部なくなってしまったはずなのに。それでもまた誰かに優しくしようとするんだね。壊れて、赤ん坊みたいになってしまったのに。私はその現実が受け入れられなくて、現実逃避するみたいに、今のむーちゃんに、昔のように接してた。ちゃんと、向き合わなきゃいけないのに。わたしはやっぱり、あなたが好き。今のあなたも」
ネルスタシアはそう言った後、俺を強く抱きしめた。弱々しさはもうない。そして、手を離した。お互いに向き直ると、ネルスタシアの目は少し赤くなっているものの、いつも通りに戻っていた。
「俺が、壊れて、赤ん坊みたいになったって……どういうことなの?」
そう、その言葉が気になった。一体どういう意味なのか、これに関しては記憶すら辿れない。いや、違う。辿ろうとしても、なぜかそれを途中でやめてしまう。自分の意志に反して。
「お前はドルガンタルからこの国に戻ってくるまで、家族が死んだこと、長男のガーディナス、長女のディレーナ、次男のフェルトダイム達が魔王討伐に送り込まれて死んだこと、行方不明になったことを知らなかった。嫌、知らされていなかった。無理な魔王討伐をさせた先王は私が殺したから、お前は復讐する相手すらいなくて、家族思いだったお前は……その現実を受け止めきれず、心のバランスを崩した。そのせいで、お前は感情の殆どを失ってしまった」
「え? でも、俺は感情あるよ? 今だって……」
「二年前はどうだった? 二年前のあの後、お前は喋ることすらままならなかった。その時の記憶はあるか? お前が鍛冶をしたり、情緒が芽生え、人と話すようになったのはここ一年のことだ。心がまっさらになってしまってから、二年かけて、感情を取り戻していって。今のお前になったんだ」
確かに二年前のことを思い出そうとしても靄がかったように思い出せない。一年前は思い出せる。だけど、そんなこと言われてもまるで実感がない。でも、兄さんたちのことを言われた時、何か引っかかりを感じた。大事だった気がする。小さい頃は確かに兄さんたちのことが大好きだった記憶がある。だけど、その実感はない。ああ、そっか。ネルスタシアが言ってることは。多分、本当のことなんだ。
色々と違和感はあるけど、そうした過去があったとしても。今の俺がやるべきことは変わらない。なんとなくの自分の状態が分かったから、迷いは少し減った。異常があるかもと思ってたけど、本当に異常があったんだ。
「俺のこと、話してくれてありがとう。ディアはきっと、俺に教えてくれなかったから。ま、今は聖者の贄を叩き潰すことを考えないとな」
──────
ムーダイルがネルスタシアの執務室を出ていった後。しばらくして、ディアミスが執務室へ入っていった。兄に見られることがないタイミングを見計らい、滑り込むように。
「お兄ちゃんに話したんだ。勝手に……まだ早いよ。これをきっかけに思い出しちゃったら、お兄ちゃんは耐えられないかもしれないんだよ? お兄ちゃんに抱き寄せられて、罪悪感に耐えられなくなった? 私達はその罪悪感を受け入れて、心を殺さなきゃ」
「ディアミス、現実を見ろ。ムーダイルはお前が思うよりもずっと持ち直した。自分の足で歩みを進めようとしている。お前に頼らずとも自分で何かに興味を持って、探求している。弱々しく見えるだろうが、わたし達が思っていたよりもずっと強い。正直、今日、ムーダイルのおかげで気づいたよ。わたし達の心は病んでいる。あの子は、それに気づいて、癒そうとしたんだ。間違ってるんだよ、わたし達は」
間違っている。ネルスタシアのその言葉にディアミスは怒りを隠さない。およそ少女と言えるような面ではなかった。人を殺す者の目で、ネルスタシアを睨みつけた。
「間違ってるんじゃない。間違えたんだよ。自分たちのエゴで人の心を壊しておいて、その人に好かれたいだとか、癒やすだのどうだのと、都合が良すぎんだよババア。勝手な真似をするなら殺すよ? お前の手伝いで私は暗殺がすごーく得意になったんだ。お前が、歴史に残る英雄だろうと、私はお前を殺せるし、自分だって殺せる」
「ムーダイルがそれを望まなくてもか? 結局それは、ただの繰り返しじゃないのか? 選択肢を奪うのではなく、与えること、選ばせるのがあの子のためだ。今も昔も、守っているようで守られているのが私達だ。己の傲慢さを自覚しろ」
「……っ! はぁ……やっぱ口喧嘩じゃネルちゃんに勝てないねぇ。正論ぽいことばっか言ってほんとキモい。脅しもまるで通用しないし……まぁそうね。お兄ちゃんも私も、あなたも、この国を守りたいのは共通してるわけだし、いがみ合って敵を逃したんじゃ意味もない。
はいこれ、祭り作戦で使う魔法陣トラップの詳細ね。敵幹部とやらに通用するかは未知数だけど、扇動された一般人なら確実に確保できるし情報もとれる。ネルちゃんのことだから敵が使う経路予測だってもう終わってるんでしょ? ポイントを指定してくれればすぐに設置しにいくよ」
ディアミスはまるで別人になったかのように、急激に態度を変えた。異常な切り替えの早さだが、ネルスタシアは関知しない。慣れているし、彼女もまた切り替えが早いからだ。ディアミスに渡された資料を読み込み、地図にトラップの設置ポイントを指定していく。
「これでよし、じゃあトラップの設置、頼んだぞ?」
「はーい」
感情のない、無機質なやり取り。そして二人は、ムーダイルの前ではいつも通りに振る舞うのだ。だが、そこに嘘があるわけではない。二人は共通の目的を持つ、共犯者だからだ。
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